事案1
「ふふふーん」
とある国の辺境にある小さな村で、ある少女の楽し気な鼻歌が流れていた。
少女の名はネム・エモット。
ネム・エモットは村の救世主である、大
一人だけ。
今となっては、たった一人の家族である姉と共に行けないのは少々……いや、かなり残念であったようだが、そんな素振りも今となってはない。ただ、楽しみなだけだ。
あるいは、つらい記憶を無意識のうちに消し去ろうとしているために、一層無邪気にはしゃいでいるように見えるのかもしれないが。
「ネム、ちゃんとトイレには行った? 服は着替えた?」
「大丈夫!」
共に行くことができないネムの姉であるエンリは、今日のために一番良い服をネムに準備してくれていた。
「そう? それと、ネム? お願いだから、アインズ様に失礼の無いようにね」
少し落ち着きがなくはしゃいだ様子のネムに対して、姉であり熱烈な告白をされたエンリは失礼な真似をしないように妹を諭す。
だがそのことは、何度も言われて分かっているため、ネムも対抗して話題を変える。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん! ……そういえば、どうするの?」
思わずと言った風に、ネムはニヤニヤしてしまう。特に農村では子どもでも毎日忙しく仕事がある。こんな色恋沙汰は少女からしても楽しい娯楽である。
そして、そんなネムの態度でエンリも何のことを言ってるのか、察したのだろう。顔を真っ赤にしていた。その反応は分かりやすいと思う。
「ネ、ネムには関係ないでしょう?」
「ううん! 関係あるよ! もしかしたら、家族が増えるかも……」
……自分で言っていて悲しくなり、ネムは少し俯く。エンリも同じように、だ。
家族を喪った傷はまだ癒えていない。
このまま沈んだ空気に成りかけてしまったが、それを遮る存在がいた。
「……くすぐったいよ、コロちゃん」
少し離れたところにお座りをしていた、コロちゃんがいつの間にかネムの手のひらを舐めていたのだ。思わず笑みが出る。
つられてエンリも。
「……今日はアインズ様のお家で、楽しんできてね?」
「……うん!」
すっかり元気を取り戻した二人で仲良く手をつないで、外に歩いて行く。その後ろを一匹が付いて来る。よくある光景になりつつある。
外には恐らく義兄になるンフィーレアと、昨日仲良くなった冒険者ニニャや、その仲間たちもカルネ村に滞在している。
彼らは本当にいい人たちなのはネムにも分かる。
(でもあの人たちが、特別なだけなのかもしれない)
それでも、カルネ村で今まで共に暮らしてきた人たち以外の人間たちへの警戒心は失せない。
……そんなことを考えつつ暫く待っていると、ネムと仲良くなっていた、ユリと……初めて見る人が到着したようだ。
その男?の人は変わっている。
目と口の部分が無いのだ。あるのは黒い穴のみ……それに歩き方が独特だ。常に踵を鳴らしている。それに、帽子をつてに奇妙な手で押さえながら歩いている。
……冒険者の人たちは武器を手に持っていた。いや、冒険者だけでなく、ンフィーレアも同じようだ。それにエンリやネムを庇うように自分たちの前に立っている。少しだけ離れた位置にいたゴブリン達も警戒心を露にしながら、近づいてくるのがネムには見えていた。
もっとも、ゴブリンたちもそこまで警戒心は高いようには見えない。それに周辺にいる村人たちも、エンリも同じだ。
何故か? 簡単である。コロちゃんが警戒していないからだ。だからきっとアインズ様のお知り合いなのだろうと考えたからだ。
そして、二人が十分に近づいて来た頃にネムはユリに話しかけた。
「ユリさん、おはようございます!」
「おはようございます、ユリさん」
「おはようございます、ネム様、エンリ様」
「それと、初めまして! アインズ様のお友達の方ですか?」
ネムたちは朝の挨拶を交わしてから、もう一人の男に、自己紹介をする。だが、その人は暫く黙ったまま立ってネムのことを少しの間だけ眺め、エンリや周囲にいる人たちを少しだけ見回すと、足音を大きく鳴らし、額に手を持って行った。
一瞬すると額から手を離し、今度は胸の近くに持っていき、大きな動作を伴いながら頭を下げた。
「……お初にお目にかかります! 私、パンドラズ・アクター! ユリ・アルファと同じようにアインズ様にお仕えする者でございます! ですが、そうですね……そこにいる、コロちゃんと同じ感覚で構いませんよ。以後お見知り置きを! 本日は、ネム様を途中まで、ご案内するために参りました!」
先程以上の大きな身振り手振りを交えながら、彼は自己紹介を始めた。そして、ネムではなく固まっている、ンフィーレア達たちの下へ語り掛けていた。
「安心してください。あなた達が怯える必要は何一つございません!」
彼らは顔を見合わせた後、軽く頭を下げた。
「ネムの姉のエンリ・エモットです。あの、本当に妹が招待して頂いて良いのでしょうか?」
「ええ、構いませんとも! それに本来なら村長御夫妻とあなたは共に招く予定でした! が、村の中心人物である、村長夫妻をいきなり招待するのはまずいとの、アインズ様の御判断で延期されたのでございます!」
……ではなぜ、姉とは一緒に行けないのだろうか? ネムは疑問をそのまま口に出していた。
「えっと、それなら何でお姉ちゃんは一緒に行けないんですか?」
「簡単ですよ!」
そう言って、目の前にいるカルネ村の救世主の使者は、何故ネムしか招待しなかったかのかを大きな身振り付きで説明を始めたのだ。
「コロちゃん……でしたか? あれはアインズ様によって召喚されたモンスター。故に、召喚者との繋がりを通じてアインズ様との連絡を取り合うことが可能でございます!」
まずンフィーレアの顔が青ざめていた。それに少し遅れてエンリの顔は真っ赤に変化していた。
「そして、あなたたちがカルネ村に訪れた時、連絡が来たため魔法を使って監視……もとい、見学しておりました……いや、お見事でした! アインズ様も感心されておりましたぞ!」
ンフィーレアが姉と同じように真っ赤になり、口から絞り出すように声を出していた。
「……他の人にも見られてたなんて」
「まぁ、そういう事です。ネム嬢、ご質問の解答にはなりましたかな?」
「はい、ありがとうございます! ンフィー君凄かったですもんね! だって……モガモガ」
「ネムっ!?」
慌てて真っ赤な顔のエンリによって口から上を掌で押さえられて、それ以上言わせてもらえなかった……だが、二人への追及は終わらなかった。
別の存在からの奇襲があったのだ。
「ええ! 告白した相手の実の妹や大勢の人に聞かれながら、いきなりプロポーズするとは、普通ではありません! 素晴らしいことです!」
必死に口を押えていたエンリは昨日のことを思い出したのか、力が抜けてしまったのか、簡単にネムは脱出することができた。
「でも、そう考えると、ちょっと残念です。何だかお姉ちゃんをンフィー君に取られちゃったみたいで……」
少しだけ、寂しかった。今まで傍にいてたった一人の家族である姉がどこか遠くに行ってしまいそうで。
「問題ありませんとも! 何れは、一緒にご招待させて頂きますので! ……では、ネム嬢。私に付いてきてください」
ネムはパンドラズ・アクターに言われた通りその後を付いて行き、何らかの木枠を越えた。
そして、ネムは茫然としていた。本当なら村の救世主のお住まいに招待されたはずだった。しかし実際に招待された場所は……本当に家なのか? 家と呼んで良いのだろうか?
そう、ネムが連れてこられた場所はまるでお姫様が出てくる夢の世界のようなのだ。
ただひたすら美しかった。いや、ネムにとって神々しかった。多分お話に出てきた王宮とはこんなところなのだろうと、ネムは子供ながらに感じていた。
床全体に敷き詰められた絨毯。これだけでも本当なら、ネムが見る機会もなかっただろう。
「では、ネム嬢。このまま先にお進みください。この先にアインズ様がおられます。私は少し用事がありますのでこの辺で……」
声を遠くに聞きながら、絨毯の上ををまるで夢遊病者のようにネムは歩く。歩いていて分かるのは触ったら肌触りがよさそうと言うことぐらいだ。
……そして、七色に輝く薄い膜のような物を進み、先程以上の豪華な通路に出ていた。さらに……。
「いらっしゃいませ」
豪華な通路の左右にはネムとカルネ村で仲良くなっていたメイドのお姉さんにも劣らない美貌を持つメイド達がいた。白亜な床には塵一つなくて、天井にはキラキラ輝く……大きな街にはあると言う、シャンデリアと呼ばれる物がぶら下がっていた……。
先程まであった、姉を義兄にとられてしまったような少し悲しい気分もいつの間にか吹き飛んでいた。
だがそれ以上に、ネムはここが夢の世界ではないか、いつの間にか幻想の世界に迷い込んでしまったのかもしれないと思い始めていた。
確かめる為に思わず手を頬に持っていって、強く抓っていた。
「……いちゃい」
頬に痛みが走った。つまり、まるで幻想のような世界は夢幻ではない。ネムの目の前に実在しているのだ。思わず、きょろきょろと付近を見回してしまう。
「……凄い」
そして、通路の一番奥に骸骨の姿の救世主をネムを見つけた。やはり、この物語に出てくるような王宮みたいな家は本当に村の救世主様のお住まいなのだ……。
(ううん、違う。やっぱり、アインズ様は神様なんだ)
あの時は否定されていた。だけど間違いがない。ここは神が住む宮殿なのだ。そしてネムは、そんな場所に招待されているのだ。本当に自分が物語の一員になったような気分だ。
そんな気持ちを持ったネムは、村の救世主でありこの宮殿の家主の下に、自身の感情の赴くままに大声を出しながら走り出していた。
「凄い! 凄い! 凄い!」
無邪気な声が空間に広がる。ネムの声は空間中に木魂し続け、さらに大きな声が伝わり、ネムは何事もなく無事にお目当ての人物の下に辿り着く。
「アインズ様! アインズ様のお住い凄いです! 今日はこんなすごい所に連れてきてくれて、ありがとうございます!」
★ ★ ★
アインズは今日ネム・エモットを招いていた。シャルティアの事件があったばかりであるため少しばかり、躊躇いはあったが、最終的にパンドラズ・アクターに押し切られる形で、だ。
だが、今では呼んで良かったと心から思っている。これだけ、仲間たちとともに創った物を凄いと素直に思っているのだから。
それは一緒に出迎えさせているメイドたちも同じだろう。自分たちが住む場所を褒められて嫌なはずがない。
「……そんなに凄いかね?」
「うん、凄い! アインズ様が作られたんですか!?」
「そうだ。私の大切な仲間たちと一緒にな」
「すごーい! アインズ様も! お仲間の方達も! こんなに凄いお家を作るなんて!」
少し虚を突かれて沈静化が発揮していた。それも負の感情ではなく、喜びの感情で。そして次の瞬間、アインズはアンデッドとは思えない程に朗らかに笑った。
「あははは! そうか……。いや、そうだな。その通りだ……! 私の大切な、素晴らしい友人たちだ!」
合間合間に沈静化が発して少し不快な気分になるが、関係ない。アインズは骨の手をネムの頭に伸ばし優しく撫でる。嬉し気に優し気に楽し気に。
そして上機嫌なままにネムにナザリックの凄さを、徹底的に見せてやろうと決めたのだ。
「よし。このまま私達の家を見て回ろう……どれだけここが、私たちのナザリックが凄いか見せようじゃないか!」
「はい! お願いします!」
「そうだな、ではまずは……ああ。お前達は通常の業務に戻れ」
アインズは少し意識の外にあったメイドたちに通常業務に戻るように命令を下し、興奮気味にネムの方に振り返った。
「さぁ、では今度こそ行こうか!」
「うん!」
まず初めにネムを連れて行ったのは雑貨屋だ。雑貨屋には多くの商品が陳列されている。尤も、今まで商品を見に来る存在はいなかったため、お客と言う意味ではネムが初めてかもしれないが。
NPCや自分たちプレイヤーはノーカンだろう。
「さて、ここは雑貨屋だ。食器やちょっとした人形や模型、アクセサリーにカーテン、いろいろ置いてあるんだぞ?」
ユグドラシルでは様々なアイテムが存在していた。武器や防具以外にも様々だ。しかもプレイヤーたちはありとあらゆるアイテムを自分たちの手で作成することもできた。
ある意味でこの雑貨屋もアインズ・ウール・ゴウンの冒険の一部と言っても過言ではない。
ここもアインズにとって大事な場所の一つだ。
そんなことをつらつらと考えながら、自分が知っている蘊蓄をネムに披露する。そして最後に一言添えて。
「それで、どうだね?」
「……凄いです!!」
感動の余りか、呆けたようにしていた少女はアインズの声に反応して喜びをあらわにしていた。
アインズが望んでいたように。
「ふふふ。そうだろう? 手に取って見ても良いんだぞ?」
「良いんですか!? ありがとうございます!」
そして少女は慎重に手を伸ばし、あと一歩で手が届くというところで手を引っ込める。それを慎重に繰り返し、遂に手に取ったようだ。
最初に手に取ったのはシルクやレースで作られたカーテンだった。
「すべすべだー! それに、柔らかーい!」
最終的にネムはシルクのカーテンに頬ずりまで行っていた。感触が気に入ったのだろう。
少しだけカーテンの感触が気になったのは秘密だ。
「ネム、他は見なくて良いのかな?」
「見ます!」
アインズの一言で、カーテンから手を放して次の商品を見に行く。何となく小動物のようでかわいい。
次に手に取ったのは食器のようだ。無地の白色のコップにアクセントのように何かの文字が刻まれているのだろうか?
「うわー……こんな綺麗な食器初めて見ました。アインズ様たちは、こんな凄い食器を使って食べられるんですか!」
「むっ……見て分かる通り、私はアンデッドだから食事は不要……というより食事はできないんだ。だから正確なところは何とも言えないな……尤も部下たちはそれよりも良いものを使ってるはずだが」
「……凄いな~!」
「後で、見せてあげよう。それと、だ。ここにある物でほしい物があったら言いなさい。都合が付けば上げようじゃないか」
「……本当ですか!? 」
ユグドラシルのアイテムは大別して二つある。モンスターを刈った際にドロップするデータクリスタルを外装に複数個積み込んで作成されたオリジナルのアイテム。仲間たちがデータクリスタルを込めて創った物をプレゼントするのは絶対に駄目だ。
……ペロロンチーノなら進んでプレゼントしそうだと思ったのは内緒だ。
もう一方がデータクリスタルを組み込むことが不可能な、アーティファクトと呼ばれるアイテムだ。アーティファクトならば、プレゼントしてもいいだろう。
しかし、アーティファクトの中でも上位に位置するアイテム、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに組み込まれている宝玉シリーズ等の上位のアーティファクトも駄目だ。
プレゼントするならば、一番最初にネムに出会った時に渡した、
「ああ。本当だ。私の『アインズ・ウール・ゴウン』の名にかけて約束しよう」
「アインズ様、ありがとうございます!」
構わないと頷きながらアインズは促す。どれかを選ぶようにと。そしてネムはいろいろと商品を見比べだしていた。
微笑ましく思いながら、アインズは別のことを考えていた。
(食器や衣類ぐらいなら……よし、ネムへのお土産のついでに、村長達にも似たようなものをプレゼントするか)
そんな別のことを考えていると、本当に笑顔で楽しそうに、店の中を見て回る少女がいる。
(……機会があれば、アウラたちと引き合わせてみるか)
ネムのように無邪気に遊びまわるアウラたち……そんな光景をアインズは見てみたいと思った。
その後、一通り雑貨屋を見終わったアインズたち洋服屋に来ていた。ネムはいろいろありすぎで。どれが欲しいか中々決めれず、最終的にありふれたアーティファクトの一つである、髪飾りを贈った。
それで良かったかどうかはアインズには判断しかねるが、喜んでいたのでいいのだろう。
「見て分かる通り、ここは服を置いている場所だ」
「綺麗なお洋服がいっぱいある!」
ネムも随分とナザリックに慣れてきたのだろう。雑貨屋の時には商品を見るときおっかなびっくりだったり躊躇いが見受けられていたが、今はそんな様子はない。
それを証明するように、この広い衣服屋の中をアインズを置いて一人で先に先にへと歩いていき、服を眺めたり感触を確かめるように触れている。
(……思い返すと、俺はリアルでまともに服を選んだ経験もないんだな)
働くために必要最低限なスーツなどの服は所持していた。だがそれは、義務だから購入したとしか言えない。
部屋着も多少は所持している。だがこちらも、生活に必要だからという、義務故だ。
今のネムのように楽しみながら、服を見るような経験は一度としてない。働き始めてからは。働き始める前は……。
(……と、危ない危ない)
心の奥深くから出てきかけた記憶に蓋をする。今までできなかったのなら、今楽しめばいい。悩みも全て棚上げにして。ただそれだけでいいのだ。
「ネム、何か欲しい物はあったか!?」
「……えっ!? 服も頂いていいんですか!」
「ああ。何が欲しい?」
アインズの言葉に従ってか、ネムは先程よりも真剣に服を探し始める。やはり子どもとは言え女性なのだろうか?
女性は服を見るのも購入するのも好きと聞いたことがあるが……。実際見たことはないから判断はつかないが。
そして暫く眺めていて、いくつか決まったのだろう。ニコニコしながら元気に持ってこようとして、いきなり我に返ったかのように固まった。
「どうしたんだ」
「……よく考えたら、服が私より大きいです」
「……ああ」
確かにネムの目から見れば、自身の体形に合わない大きなものしかないだろう。だが実際はここに置いてある品々のほとんどは魔法のアイテムのはずである。
価値が低いとしても魔法のアイテムなら、着る人物の体形に合わせて変化はするはずだ。
この世界では珍しい事なのだろう。
それに今更ながら、先程ネムにプレゼントした一般的な髪飾りとは違い、この場所の服には仲間たちが練習で作った品物が無いとも言い切れない。
ここはネムの誤解を解かずに、アインズが一肌脱ぐことにしよう。
「よし、服は後で別の場所で選ぶとしよう! 今ネムが手に取っている物よりも、良いものだと保証するぞ?」
そう、アインズが今までに買い込んでいた物を、流用すればいいのだ。かなりの代物もあるはずだ。
(それに、少しだけデータクリスタルを組み込んでみて、ユグドラシルとの時と同じように作成できるか試してみるとしよう)
我ながら、良いアイデアだと心の中で自画自賛する。
「……ありがとうございます! アインズ様!」
「構わないとも……そうだな。では、次の場所に向かうとしよう」
アインズの思考の中に次にどこに向かうか、色々と瞬時に浮かんでは消える。
そして最終的にはギルド武器が置かれていた場所、仲間たちと一緒に集合して作戦を話し合った場所であり、最後にヘロヘロと話した場所だ。
「では、後ろから付いてきてくれ」
暫くネムの後ろからの感嘆の声をバックミュージックに廊下を歩く。
(……それと、最後はあそこを見せなきゃな)
「ここだ」
扉を開く。
「ここは、在りし日は私や私の仲間たちを含めた、四十一人が集合する場所だった……」
「ここにアインズ様たちが……」
「そう、この場所でだ。それに――」
アインズはアイテムボックスに手を突っ込む。それを見ていたネムが目をパチクリとしているのが見える。
手が空間で消えたのだからその反応は正しいといえる。アインズとてリアルの世界で同じ光景を見たら目を疑う。
そして、アイテムボックスから引き抜かれた腕にはある武器があった。
アインズ・ウール・ゴウンの象徴であり、ナザリックその物と言っても過言ではない、重要アイテム。
『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』。ギルド武器だ。
これを何故アインズが今も所持しているのか? ギルド長と言う役職上で考えれば正しい。だが、本来なら八階層の領域守護者の下で厳重に守護される予定であったのだ。
しかし、それはアインズが冒険者になって外で活動することがメインになっていた場合だ。
アインズはカルネ村での一件以降は、シャルティアの件でしか外に出ていない。それ以外は全てナザリック内でしか活動していないのだ。そしてこれから先も暫くはそうなるだろう。
また同じく、NPCたちの多くもナザリックか、ナザリック近郊での活動が主になる。情報収集に関してはパンドラズ・アクターとその配下のシモベたちに一任することになるだろう。一部のNPCは別だが。
その例外たちも、厳重な警備の下、時機を見て帰還させることになるだろう。
それらの点から、アインズが外に出るとき以外は、常にギルド武器を携帯することになっているのだ。
「この杖を、飾っていた場所でもある。思い出の詰まった、大切な杖だ」
「その杖はあの時、カルネ村に来た時に持っていた物ですよね?」
「そうだ。この杖は、我々の結晶の一つだ」
しみじみと呟く。瞼を閉じれば(無いが)在りし日の思い出が今でも浮かぶ。
「……あっ、思い出しました! 確か、その杖から、コロちゃんや火の巨人さんを出したんですよね?」
少しだけ、ネムの声に悲しみが過ぎった気がした。家族を失ったときのことが頭に過ぎったのだろう。
……招いた以上、アインズにはネムを楽しませる義務がある。特に家族を失った悲しみは今だけは忘れさせてやりたい。
「ああ。その通りだ……この杖にはな、様々な効果があるんだよ? 聞きたいかね?」
「……聞きたいです!」
どうやら興味を持ってくれたようだ。良かった良かった。
「そうか! まずこのスタッフの蛇が咥えている宝石はそれぞれ
アインズの自慢はまだ始まったばかりである!
★ ★ ★
アルベドは第一階層のシャルティアの下に一人で来ていた。
現在シャルティアは休むようにアルベドの愛する御方に言い渡されていた。
……正直、シャルティアに対して苛つく気持ちはある。NPC全体の忠義に泥を塗ったのだから。とはいえ、泥を塗らないように行動していた場合、より悲惨な結末になった可能性が高いため、NPCたちは誰も何も言わないが。
そして、アルベドは自主的にシャルティアを慰めるという名目で来ていた。
今日は残念ながら仕事はない……というより、パンドラズ・アクター主導の仕込みのため、愛する方が命令を下さなければならない仕事は、全て中止となっていた。
アルベド単独でできる仕事は……言っては悪いが、片手間で終わる程度だ。
だがそれ以外にも出来ることはある。否、本来なら今すぐにでもパンドラズ・アクターと共にカルネ村に赴くつもりだった。
パンドラズ・アクターの策を考慮して……今すぐにとは、行かなかったが。
(その代わり、いつでも仕事を押し付け……代理してもらって時間が取れるようになったわけだから、十分元は取れるわ)
カルネ村で彼女と親交を深める……ナザリックに招待したときは仕事を任意で押し付けることができるようになった訳なのだから損はない。
それに、アルベドは一度モデルがいない状態でどこまでできるか試したかったのだ。どうすれば母親っぽく見られるのかを。
その意味でシャルティアは練習台だ。吸血鬼と言う特性を考えれば、決して子供とは言えない。だが、落ち込んでいる上に、少しばかり頭が抜けている……。はっきり言えばアホの子だ。
性別も同性等と全く違うが、実験にはもってこいだ。特にシャルティアは同性愛者でもある。女らしく……母親らしくすれば喰いつくのは間違いないと言える。
本気で胸にしゃぶりつかれそうなのは少々怖いが。その点を考慮すると、アウラで練習したかった。が、落ち込んでいない上にシャルティアに比べて非常に賢い。精神的にも現状安定している以上、練習にはならない。
アルベドが愛する方と結ばれれば、シャルティアもアルベドの義娘になるのだ。
子どもを恐れてどうすると言うのだ。実の子どもができた時の予行演習と思えば良い。
そう思えば、もう、何も怖くない。
(さぁ、今の私でどこまでできるか試させてもらうわ、シャルティア!)
合言葉は
クリスマスとクリスマスイブ、どっちが最終話に相応しいですか?
-
クリスマス
-
クリスマスイブ