たっち・みー「」
その時、事件は起きた。
「……あぅ」
大声を叫んでしまったせいだろう。我慢していた物の、一部が少しだけ漏れて下着を汚したのが感覚で分かる。恥ずかしいし、濡れた感触が気持ち悪い。
だが、何とか下着だけですみ、ネムが着ているワンピースはなんとか無事だった。姉が用意してくれた一番良い服とすごく綺麗な広間が汚れなくて安堵していた。
それも時間の問題だ。もうこれ以上我慢するのは難しい。宮殿の主に事情を話して早急にトイレに連れて行ってもらわなければ、もっと恥ずかしく、凄い場所を汚してしまうことになる。
恥ずかしさを我慢してネムは発した。
「あ、あの」
「ああ、そうだろうとも! ここはこの杖と同じように、我々の結晶の一つなのだよ! この広さを見てくれれば分かるように、一度に数百人が入ることも可能だ……うん? 何か言ったかな」
「……何でもないです」
これだけ喜んでいるのに水を差すことはネムにはできない。だから、何とか少しでも気をまぎれさせようと、全体を見渡すと、周囲に天井から地面まで続く旗が四十枚見つけた。
その旗には異なる絵が描かれていたのがネムの目に留まり意識を逸らすためにも質問した。
「アインズ様、旗の絵は何ですか?」
「ああ、あの紋様か? あれは仲間たちそれぞれを表した紋様だ……あれが、たっち・みー。その隣が死獣天朱雀。餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ……」
失敗したと悟った。
★ ★ ★
アインズは楽しくついつい話し込んでしまったが、ある程度今話したい事は終わったため、別の場所に向かっていた。
そしてさすがにアインズも、ネムの体調が悪そうなのに気づいた。歩くスピードも落ちて、息遣いも荒くなっているのが分かる。
「ネム、大丈夫か?」
「……だい、じょうぶ、です」
とても大丈夫そうじゃない。
「あー、なら、どこかで休憩するか? それとも、どこか行きたいところはあるかな?」
「……トイレに行きたいです」」
「……すまない、よく聞こえなかった。もう一度頼む」
「トイレに行きたいです!」
ネムが顔を赤くしながら叫んだ。
ここまできてようやく何故ネムが具合が悪そうにしていたのに悟った。アインズがずっと我慢させていたことに。
「わわわわかった。すぐに案内しよう!」
アインズはネムの歩幅に合わせながら急いで、トイレに向かった。ここから一番近い場所はスパの中にあるトイレだ。
途中もう動けないかのように止まってしまったネムを。脇から腕を通して急いで連れて行く。途中メイドたちに任せようとか考えていたが、通りかからない以上仕方がない。
女性用トイレには入れないため、男性用トイレに急ぐ。男女共通のトイレがないのが悲しい。
個室に入ると、人が来たのを感知したのか、自動的に便座のふたが上がる。
後はネムが下着を脱いで便座に座らせるだけだ。だが、アインズへの試練はそれだけではなかった。ネムに限界が訪れた。
「あっ、もう、だめ――」
……結論から言えば、ネムは本当にあと一歩のところでトイレに間に合わず、自身の服や床、アインズの手や服。その他諸々に汚すことになったのだ。
アインズは呆然と立ちすくみ、少女の泣き声がトイレの一室に響き渡ったのだ。
そして、アインズが沈静化が止まり再起動するほど時間が経過した後、とても奇妙な光景が生まれた。
トイレの一室で少女が泣き、骸骨が土下座するという奇妙な光景が。
その後、泣きながら謝り続けるネムに、アインズは謝った。土下座した。誠意を込めて。根気よく謝り続けて、どうにか、泣き止ませることに成功したアインズは、ネムと一緒にトイレを掃除して、証拠隠滅を図った。
二人とも汚れたことと、スパリゾートが目の前にあったため、一緒に入ることになったのだ。
逮捕待ったなしである。
★ ★ ★
ネムは前を歩く存在にタオルを持ってただ着いて行く。お互いに裸で。
「……では入るとしようか、ネム?」
「……はい」
少しだけ元気がなかったが、入った先の世界を見ることで一気に拭き取んだ。
「わぁ!」
少し部屋に見とれて足が止まってしまう。
二人で服を脱いで風呂場に向かう。
「凄い凄い!」
入った瞬間に空間の広さやお湯による湯気により驚いてしまう。
「そうだろう? ここは仲間達と一緒に作った物の中でも、特にお気に入りなんだ。……まずはジャングル風呂に行こうか? 走らずに付いてきなさい」
「うん! 分かりました!」
この場所のモチーフになった場所を教えてもらいながら、洗い場に付く。
「ネムは初めてだから、知らないかもしれないが、湯船につかる前には体を洗わなければならない。特に大風呂の場合はたくさんの人が入るから、体を綺麗にしなければならないからだ。それでは体を洗うとしよう。そこから液状石鹸という物が出てくるから、体とタオルをしっかりお湯で濡らすんだぞ? ……それと私は洗うのに周囲が汚れるから少し離れるといい」
言われた通りネムは少し離れた場所にイスと桶を置いて、お湯を溜める。真似をするようにお湯を被る。
「……あったかい」
そうなのだ。村の暮らしではお湯を作る事すら大変な作業なのだ……。
彼女自身は実際に水を桶に入れて運んだことはない。
水汲みは女の仕事であるが、彼女はまだ甕に水を入れて持ち運べるほど力がないのだ。
それでも姉が毎日やっていることと、真似をしようとしてお湯を作るのが大変だとよく理解している。
(アインズ様はやっぱり凄い人なんだ……)
今までも神々しい物ばかり見てきたが、ある意味でこれが一番凄いと思うことで、現実感があるかもしれない。
そして、ボトルと呼ばれる物から、シャンプーと呼ばれるものを手に取って、暫く手に塗り合わせる。不思議な感覚がする物体ではあるが、嫌な感じではなかった。
(どうしたんだろう?)
何となく視線を感じる。しかし視線をあまり気にせずに、シャンプーを指先にまで塗り付けてから、頭に手を持っていく。後は普段家で水で頭を洗うのと一緒だ。
だが今までと違い気持ち良かった。
いや、普段でも汚れを落とすのは気持ちが良かった。だが、シャンプーを使ったほどではなかった。
まるで今まで水で洗うだけでは落ちていなかった汚れが、落ちて行っている感じだ。
そして気づけば、頭には白く泡立ったものがたくさんついていたのを面白く感じた。
頭を洗い終わると、次にタオルに石鹸を付けて、手と同じように塗り合わせる。すると、頭の時と同じようにタオルが泡立ち始めた。
「おもしろーい!! これって何なんだろう?」
今の言葉は質問をしたわけではない。ただ、口から洩れていたのだ。その勢いのままタオルで体をこすり始める。
村でも布で汚れを落とすことはあるが、ここまで柔らかくはなかった。
何より凄いのは柔らかいだけではなく、しっかりと汚れが落ちているという実感がある。
気づけば全身が泡だらけになっていた。気持ちいいのは確かだが一部分、股の部分が少しだけ沁みるようで痛かった。
いつの間にか視線は気にならなくなっていた。
お互いに体を洗い終わった後ただの人間では、否、王族だったとしても生涯に渡って見ることができないほどの大きな浴槽に二人で入った。
体が芯からぬくもり、体の隅々にまで溜まっていた疲れが抜け落ちて行くような感覚を味わったのだ。
★ ★ ★
「ふわー。気持ち良かったです!」
あれから暫く立ち、二人はリラクゼーションルームにいた。残念ながら数種類の風呂には回らなかったが、次の機会の楽しみに取っておくことになった。
ネムの服装は、浴衣である。
「私としても、お客様をもてなせたようで良かったよ……」
それに、気が晴れたようで良かった。本当に良かった。忘れているだけかもしれないが、気にしていないようで。
「さて、十分涼んだようだし、私の部屋でゆっくりするとしよう」
「はーい!」
そして、アインズは服を一応きたが、ネムは下着無しで直に浴衣と言う、とても防御力の薄く、肌色が多くペロロンチーノが喜びそうな格好でアインズの私室に向かう。
その際に、メイドたちNPCに出会わずに済んだのは幸いだと思う。
幼女を裸にひん剥いたうえで、浴衣だけを着させて出歩かせるという、出るところに出れば確実に問題になる行為が、知られなかったのだから。
「わぁー! ここがアインズ様のお部屋何ですか?」
「そうだ」
今までの案内してきた場所と違い、ここはアインズの自室だ。
ナザリックや仲間たちのことを間接的とはいえ褒められるのは嬉しいが、自室を褒められているのは、何となく気恥ずかしい気持ちにアインズをさせた。
それを振り払うように、説明をする。
「ここが客用寝室……お客様を泊めるための部屋だ」
その部屋には一通りの家具が置かれていた。机や椅子、それにソファはもちろん、手紙などを書くのに使用すると思わしき文具一式。ドレスコート。
そして、何よりも目を引くのは天蓋付きの豪華なベッドだ。
このベッドの寝心地はアインズでも最高と思う。
そう言いつつ思う。晩御飯もネムが食べて行くのであれば……折角なら。それに彼女をこのまま帰すわけにはいかない。
「ネムさえよければ、今日はここに泊っていくかね? もう一度言うが、ネムさえよければだが」
「……私、こんなお姫様が眠るような凄いベッドで眠っていいんですか?」
「ああ」
「……やったー!」
もちろんよければではない。何があっても説得するつもりでいた。
「折角だし、今寝心地を確かめてみるかね?」
「はい!」
ネムはベッドに近づいて、大きくジャンプして座ろうとする。が、スプリングが良かったせいか、上手く着地できずに、ベッドの上でバウンドして、眠る体勢で着地することになった。
アインズとは違い、軽いからこそバウンドすることになったのだろう。
一瞬、大丈夫かと心配になりアインズは近寄るが、ネムの目はキラキラしていた。
「ふかふかだー! アインズ様、本当に今日このベッドで眠っていいんですか?」
「……ああ。もちろんだとも」
「わーい!」
これだけ喜ばれるとこそばゆいが、悪い気はしない。機嫌がいいアインズはネム……というより子どもがしたいと思うことに許可を出す。
「それと、ベッドで跳ねまわりたいなら、怪我をしないように跳ね回るといい」
そしてネムはベッドをトランポリンのように飛び跳ね遊びまわる。
横目に見ながら、ネムが読みたいと言っていた本を取り出して、もう一度声をかける。
「暫くここで楽しんでいてくれ。本もここに置いておくからな」
「はーい!」
ほっこりした気持ちになりながら、アインズはアイテムの外装等の物置になっている部屋に来ていた。その間にパンドラズ・アクターを通してネムが宿泊することを連絡させておいた。
服をプレゼントすることにしたので……というより、今は浴衣で代用させているが、
であるならば、服をプレゼントするのが最適だと思う。洗濯して急いで乾かすというのもあるが……。
(誰が洗濯するんだ)
メイドたちに任せて洗濯させる? ……それはネムがかわいそうな気がする。
若しくはアインズ自身が洗う?
想像してみよう。アインズが洗う場合は、NPCやシモベたちにばれない様にしなければならないため、洗濯機などは使用できない。なら、手洗いするしかない。
少女の服や下着を風呂場などで洗うアンデッド……。いかがわしいにも程がある。
ネムの
いくら忠誠を誓ってくれているアルベドを筆頭にしたNPCや……パンドラズ・アクターであれ、この件がばれたら見捨てられる気がするのは被害妄想なのだろうか?
……多分、ダイジョブだろうが、リスクは避けるに限る。それに何より、仮にギルドメンバーが帰還した場合、NPCたち経由でこのことがばれてしまったら……。
(うん、間違いなく社会的に死亡して、ギルド長弾劾裁判が開かれるな)
ギルド長の役職を奪われた上に、たっち・みーにドナドナされて一般人には関係がない場所に連れて行かれると思う。
いやギルド長じゃなくなるのは別に良い。仲間たちが帰ってきてくれるのであれば、すぐにでもギルド長の座を降りよう。降りた方が良いといわれればすぐに降りれる。別に地位に未練はないのだ。
大事なのは友情なのだ。
だが今回の件の場合、他の仲間たちには友人が犯罪者になったという複雑な視線で見られ、女性陣には引かれるのだろう。ぶくぶく茶釜なら、アウラを庇うように立つのだろうか? 学校の先生をしていたやまいこは、ゴミを見るような視線で、アインズを見てくるはずだ。そんな光景が目に浮かぶ。
友情がその時終わるのは、容易に想像がつく。
それでもペロロンチーノは、ペロロンチーノだけは熱い友情を送ってくれそうな気もするが……。
「いや、違うな……俺と、俺と代われ―!! そんなこと言いながら、殴りかかって来るかな? ……ありそうで困る」
分かっていることは一つ、今回の件がばれたら、アインズの人生、アンデッド生は終わりを迎える……! これから先、もしかしたら仲間たちに再会できることをを楽しみにしながら、それと同時に今回の件が彼らに知られるのではないかという恐怖を持ち続けることになる。
というより、無いと思うが今この瞬間に帰ってこられたらと思うと、恐怖が湧きあがる。沈静化が発動する程に。
口止めが終わっていない今帰ってきたら、先程の想像通りになる可能性が高い。
確かにカルネ村でギルド長という役割を剥奪されても良いという覚悟はあった。だが、今回の件では別だ。今回の件で剥奪されたら泣く。泣けないが。
ショック死する。できないと思うが。
何より事実が事実だけにアインズが100%悪い。反論もできない。
少女にナザリックを紹介するのが楽しすぎて、気遣わせたのを気付かずに我慢させたうえで、トイレに行かせずに間に合わせず瞬間を目の前で見た……。
そのせいで、お互いに汚れたため一緒にお風呂に入って裸を見た。
こんな事情を説明したうえで、それでも俺は悪くないと仲間たちに主張してみよう。
(どう考えても、ペロロンチーノより悪化したロリコンとしか見られないだろうな……)
だから、今回の事件はお互いの未来のために、決してアインズにやましい気持ちは無いが、闇に葬るのが最善なのだ。そう、ネムのためにも。
そして、アインズはネムの裸を見てほんの少しも好奇心を抱いてなんていないのだ。絶対だ。
視線が釘付けになったとかはないのだ。体のつくりが異なっていないか何て一つも興味を持っていないのだ。
アインズは誰に対してか分からない、いい訳を続けながら、急いでネムの服になる外装を選ぶ。
「……うん、やっぱ無理だわ」
アインズに女の子の服を選ぶなんて無理だったのだ。なので、ネムを連れてきてどの外装が良いか選んでもらうとしよう。
その後で、いくつかのデータクリスタルを込めればプレゼントとしても問題ないだろう。そう考えながらネムの下に向かう。
「ネム」
「はい! 何ですか、アインズ様!」
「ちょっとこっちに来てくれ」
飛び跳ねるのを止めて読書をしていたネムが、読書をすることを止めたのを見て、目的地に向かう。
目的地であるバスルームに到着してネムに振り返る。
「えっと、ここは何ですか?」
「ここは、先程入った風呂の一人用だな。それで、だ」
アイテムボックスからある袋入りのアイテムを取り出す。その袋は、アインズにとって何の価値もない袋に過ぎない。
だが、アインズにとってもネムにとっても忘れられないものだ。その袋からネムの事件の証拠を取り出すころには忘れようとしていたネムが真っ赤になっているのが分かる。
アインズとて複雑な気持ちだ。どうして
……無言のままバスタブにおいて、シャワーを取り水をかけ始める。
十分水浸しになった。これで分からないだろう。
「ああ。ネムすまない、水が思いっきりかかってしまったな。弁償しよう」
「……え、あの、その服とかは」
「いや、本当にすまない。お風呂に案内した時に間違って、蛇口を開いてビショビショにしてしまうなんて」
ネムは最初は恥ずかしそうな顔をしながらも、何を言っているか分からない様な表情をしていた。
しかし次第に事態を飲み込めたようだ。理解の表情が浮かぶ。
「違いますよ~。私が、間違って蛇口をひねって、水がかかっちゃったんですよ」
「うん? そうだったかな? まぁそれはどっちでもいいな? 大切なのは間違って、水がかかってしまった事なんだから。そうだろう?」
「はい!」
そう言う事にしようと、お互いに理解しあった。
「そういえば、ネムは洗濯とかはできるかな?」
「お手伝いでしたことはあるけど、自分一人でしたことはないです」
「そうか、なら誤って水浸しにしてしまったこの服は明日持って帰った時にエンリに洗って貰うということにしようか?」
納得の表情で頷いている。
これで、上手くいった。お互いに今回の件は無かったことにするということを心で通じ合うことができた。
(上手くいって、本当に良かった)
アインズの気持ちにあるのは一心に安堵だ。これでたっち・みーが帰ってきたときに、性犯罪者として逮捕されずに済む。
……思考が完全に犯罪者な気がするのは必死に目を逸らした。
「では、失敗は水に流して無かったことにするとして、ちょっとネムが着る服を選びに行こう」
「はい……!」
そしてアインズたちは風呂場を後にして、アインズの持っている外装の中からじっくりと時間をかけて選んだあと、晩御飯を食べることにしたのだ。
晩御飯は昼よりも豪華である。
リアルでは食べることが無かった肉。それもドラゴンの肉がメインのコースだ。
ネムの食べ方はお世辞にも行儀がいいとは言えない。ただ美味しそうに食べてくれていることが、喜んでいることを表している。
(それでも、少しでも丁寧に食べようとしてくれているんだろうが……まぁ、仕方ないな)
アインズとて食事の作法を知っている訳ではないのだ。
それに少しだけ、味見してみたい気もしないでもないが、ない物ねだりだろう。
食事を終えた後は自由時間としている。
どうやらネムは、この部屋の中を探検しているようだ。
(確かにこの部屋広いもんな~。……普段使いに適している部屋が欲しいな)
正直言ってこの部屋は広すぎて落ち着かない。
極短時間であるならば気分が良いだろうが。長いこといると、落ち着かない。やはり人間は身の丈に合った生活をするのが一番だ。
(といっても、俺もう人間じゃないし、慣れてくしかないんだろうな)
そんなことを考えていながら視線を人影の方に向けると、果物を食べているネムが目に入った。
かなりの量を食べたはずだが、やはり果物は別腹なのだろう。
「オレンジ、おいしいよ~」
いや、果物だけではない。飲み物もどうやら飲んでいるようだ。成長を考えればいい事だろう。
(アウラたちがどんな風に成長するかも考えなきゃな……)
暫く幸せそうにしているネムを眺めていると、大きな欠伸が一つ。
時計を見れば子供は寝る時間だった。
「……そろそろ、休むといい」
「はーい」
眠たげに目をこすりながら、ネムは浴衣を脱ぎ始めた。そう、着ている服を脱ぎ始めた。
思わず叫んでいた。
「待て待て待て!? 何で服を脱ぐんだ?」
「えっ? カルネ村では普通ですよ?」
アインズとの価値観の違いが浮き彫りになった瞬間だった。
……その後アインズは全力でネムを止めた後、適当に寝間着を用意してそれに着替えさせることに成功した。
「じゃあ、トイレに行ってから眠ると……うん?」
気付けばアインズにしがみついてネムは眠ってしまった。そのまま起こさないために一緒に横になることになった。
可愛い寝息が部屋に響いていた。
ベッドでは遊び疲れて眠りについたネム。
そしてしがみつかれていて、最初は緊張していた。
言っては悪いがアインズにとって女の子と寝るのは初めてのことだ。
いくら子供とはいえ、緊張して何度か沈静化が起きていた。
魔法使いには難度が高すぎるの。
――というより、アインズは気づいていないだけで、ロリコンの気はあるのだろう。でなければ、シャルティアの裸に釘付けになりそうになんてなるはずがないのだから。類は友を呼ぶ。やはりモモンガはペロロンチーノの親友なのだ――
だが最初とは打って変ってアインズは、ドクンドクンというネムの心音を感じていた。体温を感じていた。
生命の息吹を聞いていた。
(……暖かいな)
そのままネムの体温や心臓の音を聞いているとアインズの何かが溶け出す感じがした。
しかし、一定以上の心の動きを感知したためか、アインズの心情を無視して、沈静化が発動する。
(……邪魔、だな)
転移してからこの方、沈静化には何度も助けられてきた。今日はとくに沈静化が多く起きて助けられた。そしてこれからも助けられるのだろう。だが、今は邪魔だった。
沈静化が発動しなければ、何か大事なこと……
明け方まで、アインズはアンデッド故に悶々と眠れずに過ごすことになった。
いつしか、ネムが選んだ外装にデータクリスタルを組み込もうと思っていたことも忘れていった。
★ ★ ★
可笑しい。どこで間違えたのだろう?
シャルティアが信じられないほど威嚇してくる。何がいけなかったのだろうか?
「……叩くなんてひどいじゃない」
「それはこっちのセリフでありんす! さっきから何の真似でありんしょうか!? 気持ち悪い!」
「っな! 気持ち悪いですって!?」
お互いに武器を構えて臨戦態勢に入る。尤もさすがに武器を振り回したりはしない。なので、アルベドは一回深呼吸をして武器を下した。
よくよく考えれば、おバカなシャルティアにアルベドの素晴らしい演技が理解できるわけがないのだ。
(……それに、ちょっと加減が分からなくて、過剰すぎたかもしれないし)
アルベドはモモンガに愛されるようになんだってするつもりだ。だが、過剰にアルベドの考える母親という物をちりばめて接するのもまずい。
本人を見たことも、似ている人とも長い間を接したことはないのだ。別な方向に行くわけにもいかないのだ。
(……雰囲気をほんの少し醸す程度で行きましょう)
ある程度アルベドの中でどうするか咀嚼を終えると、アルベドは椅子に座りなおした。その様子を見てようやく、シャルティアも座ったようだ。
「それで、何だったんでありんすか? 遂に壊れたでありんしょうか? ……っぷ。アルベドがこの調子なら、私が正妻に選ばれるのは間違いないでありんすね!」
アルベドは気持ち悪いといわれた恨みを忘れていなかった。
そして、今の一言でアルベドの怒りは流せる範囲を超えた。
(泣かせよう)
早速、アルベドは今まで得た情報で、シャルティアに喋っても問題がない物をピックアップする。
「……あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね。シャルティアの中だけでは、ね」
「おや、降参でありんすか? 私は優しいでありんすから、第二妃に推薦しんしょうかぇ?」
ぷち。
「―――ところで知ってるシャルティア? モモンガ様は母性にあふれる存在がお好きらしいわよ?」
わざとらしく、シャルティアには無い本物を指さす。これなら、真実に近いが決して真実が知られることも無い。
凍った顔にさらに追撃を繰り出す。
「お互いに与えられたもので、正々堂々競い合いましょうね?」
ぷるんぷるん。わざとらしく胸を揺らしてやる。
「…………嘘でありんす。だって、モモンガ様はペロロンチーノ様の御親友!? だったら、きっと――!」
ぷるんぷるん。
どうやら、シャルティアはアルベドの体の一部に釘付けで世迷いごとを言っているようだ。
青ざめた顔にさらに追撃を繰り出す。とことん絶望させてやろう。
「ふふふ。この話はね。アインズ様が御自ら創造されたNPCである、パンドラズ・アクターから聞いたのよ? あなたは、自分が知っているペロロンチーノ様より、私の方がペロロンチーノ様を知っているとでも言うつもり?」
ぷるんぷるん。
自分より愛する方を知ってる存在がいるのは、かなり癪だが。何れはアルベドの方がより深く知ることになる。
何よりこう言っておけば、シャルティアはより深く絶望するはずだ。
他のNPCが自分の創造主の内面をより知っているなんて、認めることは出来ないだろう。
(……それにしても、かなり絶望的な表情じゃない。あと一歩ね)
このまま終わらすのは気に入らない。いや、それだけでは気が晴れない。あと一歩で泣かせられそうなのだから、今言おうとしている反論を論破して決着をつけるとしよう。
ついでに、正妻戦争からも降りてもらおう。ライバルは潰すに限る。
(あなたが悪いのよ、シャルティア? 私が優しくしてあげたのに、気持ち悪いなんて言うんだから)
ここで潰せなくとも、多少は戸惑いが生まれるはずだ。そうなれば、より深く彼女と仲良くなってアドバンテージを握ることもできる。やって損はないのだ。
「ま、まだでありんす。アルベドは知らんと思うけれど、ペロロンチーノ様は『男はみんな小さい女の子を、自分好みに
「――あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね? あなたの中では、でも良いのかしら? 今あなたの言った通りだと、アンデッドで成長できないあなたも、対象外になるのだけれど? ……ナザリックの中でその条件に適うのはアウラだけかしらねー。ああ。私、モモンガ様に選ばれないショックで泣いちゃいそう」
マザコンな愛する方がロリコンなわけがない。何の心配もすることも無く、アルベドは棒読みしながらウソ泣きをしてみることにした。
……暫くすると、目に大粒の涙をためたシャルティアが呟いた。
「……何でも無いでありんす……」
「ええ。そうでしょうね。えっと、何だったかしら。ああ。そうだったわ!」
わざとらしく咳ばらいをして、先程のセリフをもう一度呟く。
「――
ようやくアルベドの優しさを理解したのか、シャルティアは嬉し涙を流し始めていた。
めでたしめでたし。
遅くなって申し訳ない。割烹で言い訳します。
クリスマスとクリスマスイブ、どっちが最終話に相応しいですか?
-
クリスマス
-
クリスマスイブ