「どいつもこいつも出がらしどもが!!」
レエブン侯は思わず自邸の執務室で思わず叫んでいた。今回の戦争は間違いなくまずい。冒険者たちを徴用する? 愚かな王子め。そのせいでどれだけの被害が出ると思っているのか?
間違いなく帝国も冒険者を徴用してくる。そうなった場合農民である王国の兵士では対抗は不可能だ。それだけ個としての力が違うのだ。帝国の騎士団だけでも王国兵を凌駕する力を持っているのだ。そこに冒険者たちまで加わるのだ。
結果として農民の死人が増える。
問題はそれだけではない。今回の帝国の布告官の言葉。
『王国は八本指という罪悪を国中に曝させている。それを討伐せずに貴族どもは迎合している。恐ろしい害悪である。また麻薬等を中心に他国に輸出しもはや王国の存在は帝国にとっても害悪に過ぎない。そのため革命を起こす者たちと共同し王国を滅ぼすものである』
……あまりにも正論であった。確かにこの国は麻薬を国中に蔓延らせている。他国に輸出もしているだろう。八本指という害悪を排除できないほど、貴族派閥と王派閥の敵対具合はすさまじい。
そして法国からも宣言が出された。『帝国の行いは正義の行いであり、王国は大人しく降伏すべきである』と。法国も王国を滅ぼそうとしているのだ。
最近は八本指の噂を聞かないだけましだが。いや、もしかしたら八本指も王国に見切りをつけたのかもしれない……。だが彼らからすれば帝国よりも王国が存在したほうがメリットはあると思うのだが。貴族派閥と手を組むことで、国を好き放題にできるのだから。
……話がわき道にそれた。革命を起こす者たち。聞いた話によれば戦士長ガゼフが、命からがら生き延びたカルネ村という辺境の村が革命を起こすようだ。
ああ、その通りだ。革命を起こす気持ちも分からなくはない。彼らからすれば罪悪なのは王と貴族たちだろうから。レエブン侯自身、何度自分の手で今の王国を滅ぼそうと考えたかは分からない。しかしそれは実行に移せない。
そして、それを見過ごすわけにはいかない。このままでは王国は帝国に滅ぼされる。それだけは避けなければならなかった。
(唯一の救いは王国のアダマンタイト級冒険者たちが戦争に参加してくれるとのことだな)
人類の切り札である、王国のアダマンタイト級冒険者。しかも両方とも貴族に連なっている。何とか最悪の事態だけは防がなければならない。
我が子のためにも。
問題はザナック王子をどうやって王位に就けるかだが……方法はない。このままでは王国は亡びる。それだけは確かだ。だがどうすればこの国を救えるか……レエブン侯は必死に思考する。自分の子どもを守るために。どうすればこの国を救うことができるかを。だがいくら考えても答えは出なかった。
「蒼の薔薇と朱の雫が帝国の騎士たちを半分近く殺し尽くしてくれれば……こちらも農民兵が同じように殺されまくるだろうが……何とか痛み分けにできる」
それでも被害は甚大だ。だがその事に僅かな希望を見出す事しかレエブン侯にはできなかった。帝国の騎士たちは専業の兵士たちだ。その数が少なくなれば、少しは楽ができる。だが一つだけ疑問に思う事がある。何故、鮮血帝は冒険者たちを徴用したのだろうか……組合の反発を抑えられるとしても二度目は難しいはずだ。
王国側はバルブロ王子が冒険者たちを徴用するように命令を下した。それをアダマンタイト級冒険者たちがデメリットを無視して受けてくれたからこそ、徴用できる。恐らく来年以降も徴用できるだろう。
しかし帝国は別だ。帝国の貴族が冒険者になっている訳ではない。恐らく今回の戦争が終われば帝国の冒険者たちは他国に流れるだろう。
そのことが鮮血帝に分からない訳がない。一体何を考えて、冒険者たちを徴用するのか……。
いやそれ以上の問題はバルブロ王子が功績を挙げてしまうという点だ。これではザナック王子を王位につけるのが難しくなってしまう。それが狙いか?
(いや、そんな遠回りをする必要はない。帝国は今まで通りで良いはずだ。冒険者たちを徴用したら、それを批判して軍を戻せばいい。実際に戦わなくても農民兵たちが農業ができない期間ができれば帝国にとっては勝ちなはずだ)
だからこそ鮮血帝の考えが一切読めない。何故冒険者を徴用したのか……ここに何かカギがあるはずだ。
だが。
コンコン。ドアがノックされる。その瞬間レエブン侯の顔がふやける。
「おっとこの顔ではだめだな」
愛らしい息子を迎え入れるために顔の準備をして、迎え入れる。
そして思う。
(この子の未来を守らなければ)
★ ★ ★
帝国の宣言から2か月が経過した。エ・ランテルには20万近くの兵士が動員されていた。レエブン侯は周りを見渡しながら口を開く。
「皆様、お疲れ様でした。これで、取りあえずは、ですが期日までに準備は終わりました。これより帝国との戦争に向けて計画を進行させます」
レエブン侯は貴族たち全員を見渡すと羊皮紙をその場の皆に見えるように持ち上げる。
「このように数日前に帝国から合戦の場所を記載した宣言書が届きました」
これにより周りの貴族たちは一瞬にして安堵の溜息を吐いていた。この戦争が例年通りに終わることが間違いないと直感出来て。
「それで戦場は――」
「もったいぶるな、レエブン侯。いつもの場所であろう? というよりあそこ以外にどこがあるというのか
「そうです、ボウロロープ侯がおっしゃる通り、例年の場所。呪われた霧のかかる地、カッツェ平野。その北西部すぐです」
「同じ場所を指定してくるとは、帝国の侵攻も例年通りということかな?」
今回は革命が起きている。その討伐もしなければならないが。その事から目を逸らしている貴族たちに怒りを覚える。だからこそ例年通りではないと現実を貴族たちにたたきつける。
「いえ、それはないでしょう。私の配下の元オリハルコン級冒険者たちに調べさせましたが、紋章は7つ確認できたの事です」
「7つも!?」
ざわめきが場を支配した。帝国騎士団は8騎士団からなる。今回はそのうち7軍団も出してくるのだ。残りの1軍は何かがあった場合のために、予備兵力として帝都に残しているのだろう。つまり帝国は実質的に全戦力を王国領の支配のために出しているのだ。
「しかも皇帝の親征だそうです」
「馬鹿な……」
そうありえないことが起きている。一軍団だけを残し皇帝が親征を行う、間違いなく本気だ。今回の戦争で帝国は間違いなく王国を滅ぼそうとしている。だが、冒険者たちの存在も考えれば、アダマンタイト級冒険者たちの存在が希望だ。唯一、不幸中の幸いと言っていいのだろうか? 上手くいけば逆に帝国兵を半分近く殺し切ることができる。
「さらに法国の宣言を読み解けば……法国も帝国に援軍を出す可能性が否めません」
場に沈黙が支配された。全員がやっと正面から帝国は本気で今回の戦争で王国を滅ぼそうとしているのだと理解できたのだろう。
「王子のおかげで冒険者たちを徴用できて正解でした。でなければ王国は亡国になっていた可能性が高いはずですから」
バルブロ王子を支援する。これは現在、貴族派閥に在しているから仕方ない。というよりもすでにレエブン侯は今すぐザナック王子を王位に就けるのを諦めていた。とにかく今回の戦争を何とか引き分けに持ち込む。それが今回、ザナック王子と話し合って決めたことだ。
農民兵たちの死者は多くなるだろう。それの責任を取らせて、バルブロ王子には王位継承レースから外れてもらう。それがレエブン侯たちの思惑であった。
上手くいくかは分からない綱渡りな作戦であると認識している。だがそうするしかないのだ。そうこの先に何が待っていようとも。
「それでレエブン侯。帝国に与した革命兵たちをどうするのかね? 無視はできないと思うが」
「それに関しましては、陛下よろしければ。カルネ村を滅ぼすのにその指揮官を王子にお願いしたい」
バルブロ王子が力を込めてこちらを睨んでくる。それを平然とレエブン侯は無視する。こんな愚かな王子ににらまれても、何も怖くはない。
「侯!」
「それは悪くない考えだ。我が子よ。お前に命じるカルネ村に向かい……反逆したものを討伐してまいれ」
「……王命であるならば、従うほかありません。ですが、私としては望む仕事ではないということを知っておいてほしいものです」
王が撤回する様子を見せないことにバルブロ王子が渋々といった感じではあるが、バルブロ王子は頭を下げた。だが自分を強くにらんでいるのが分かる。ふむ、逆に今回の帝国との戦争を経験させて、自分が間違っていたことを自覚させたほうが良かったのかもしれない。冒険者により多くの農民たちが死ねば少しはまともになっただろう。
いや、でがらしに期待は出来ないか。
そしてボウロロープ侯が発言した。ボウロロープ侯は貴族派閥の者では唯一話せる程度の知能を持った存在だ。だが王を軽視していることを隠さない。危険である。
「村に向かう王子の軍には私の精鋭団からある程度お貸ししよう。それと王子とともに向かう貴族を募らせて頂きたい5000人に冒険者……オリハルコン級冒険者から幾チームが妥当ですな」
「なるほど、別動隊を警戒されているということですね。確かに今回の帝国の動きを見ればカルネ村に別動隊がいてもおかしくありません。いえ、いてしかるべきでしょう。」
王が重々しく頷く。
「うむ別動隊の危険性を考えればそうあるべきだろう。その辺りは一任しよう」
「感謝します。陛下。それともう一つ質問が」
ここでボウロロープ侯が一拍おいた。呼吸のためではなく、自分の言葉に注目を集めさせようとしてだろう。
「誰がこの戦争の全軍指揮を? 私であれば問題ありませんが?」
場の空気が変わった。これはとても不穏な発言だ。王に対して指揮権をよこせと恫喝しているのに等しい。しかしボウロロープ侯をあまり非難は出来ない。彼は今回の戦争で5万人……4分の1の兵力を用意して見せた。当然自分に全軍指揮権が与えられてしかるべきだと思っているのだろう。確かに彼は他の貴族たちと比較すれば優秀だ。
だが貴族派閥の彼に指揮権を与えて功績を出させるわけにはいかなかった。
「レエブン侯」
「はっ!」
「侯に任せる。全軍を指揮して、今回の戦争に関しての全権を委任する」
レエブン侯が頭を下げる。ボウロロープ侯が少しだけ欲しかった地位を横から取られた形になるが、非難はしなかった。
「レエブン侯。私の軍も任せるぞ。何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございます、ボウロロープ侯。その時はお願いいたします」
他に発言する者がいなくなり王が散会を命じた。
そして部屋の中に王とガゼフしかいない時間ができた。それもすぐ終わった。まずパナソレイが今後のことを話すために現れた。
そしてレエブン侯も遅れてだがやってきた。
「皆様、お待たせしました」
「おお、待っていたぞ。レエブン侯。手間をかけてすまなかったな」
「いえいえ、お気になさらずに私以外に適任者がいなかったのも事実です。あと申し訳ありませんがここにも長く居られません。早速本題に入らせていただきます」
レエブン侯はゆっくりと息を吐いた。あまりにも絶望的な状況を王と話し合わなければならないことに。
「今回帝国は本気です。本気で王国領を占領しようとしてくるでしょう。そのために革命軍まで用意しております。しかも7軍団を動員し、鮮血帝自らの親征。今回の戦争で帝国は王国を滅ぼすつもりでしょう」
「何ということだ……」
王が無念そうに声を挙げる。だがここで思考停止をさせる訳にはいかない。
「今回の戦争で王国はアダマンタイト級冒険者を二組動員いたしました。帝国も同様でしょう。しかし調査によればアダマンタイト級冒険者の質では王国が勝っているとのことです。勝ち目があるとすればガゼフ殿とアダマンタイト級冒険者の連携で帝国の軍団を半壊させることです。今回農民たちは捨てます。半分は死ぬでしょう」
「何ということだ……。そんなに私は死なせるのか」
「王、お辛いでしょうが耐えて頂かなければなりません。ここで帝国の兵士を半壊にまで持ち込めば来年以降帝国のアダマンタイト級冒険者は帝国から去るはずです。ですので今年持ちこたえれば王国が生きる道が見えてきます」
「……レエブン侯には迷惑をかける」
王が臣下に頭を下げる。貴族派閥の者たちも王派閥の者たちもこれを見れば怒り散らすだろう。だがこの王は悪い方ではない。善良なのだ。だからこそ何とかこの国を守りたいと思うのだ。
「陛下、おやめください。私としても陛下に相談せずに色々と動いた身。もっと早く別の手段を取っていればという悔恨の念がありますので」
そして、ガゼフが今までのことを謝罪してくる。
★ ★ ★
死の大地がガゼフたちの目の前にあった。カッツェ平野。アンデッドやその他モンスターがうごめく場所であり、危険な地だ。
何よりもおぞましいのは常に表れている霧に微かにだがアンデッドの反応を持つのだ。
そんな霧が毎年戦争の時だけ消え去り、視界は遠くまで澄み渡っている。アンデッドの姿も見えない。一本の線を引いたようにそんな光景と草原が隣り合っている。呪われた平野であるというゆえんでもあった。
赤茶げた大地に王国軍の20万の兵士たちが陣形を作っている。左翼、右翼に6万、中央に8万人である王国の冒険者たちは中央に集まっている。力を分散させること無く、帝国軍を倒すためだ。
農民兵たちは5列に並んで槍衾を形成している。両手でなければ持てないような重い槍を持っている。槍衾を形成した陣地は堅牢だ。そう簡単には突破できない。だが素早い動きには対応できないだろう。後は後は自分とアダマンタイト級冒険者たちでどれだけはやく帝国兵を半壊に持っていけるかだ。
だが暫くたっても帝国から仕掛けてこなかった。どういうことだろうか。
「ふむ、我々が先に冒険者を動かすのを待っているのか? どう思いますかガゼフ殿?」
「分からない、というところが正直なところです。ですがそれなら先に動いて兵士たちを戦わせないで済むようにしたほうが、いいかもしれません」
「……そうですね、ではアダマンタイト級冒険者たちを集めましょう。彼らの意見を聞いた後ガゼフ殿には先陣を切っていただきましょう」
「承知した」
そしてアダマンタイト級冒険者たちが集められた。そして全員が待つのではなく動くべきだと進言した。兵士たちの損害を抑えるためにだ。
そしてアダマンタイト級冒険者たちが動き出そうとした時だった。相手陣が動いた。そして遠目には小さな子どもが見えた。どういうことだ。
「王国兵の皆さん、聞こえていますか!」
ガゼフの顔が青白くなる……これは彼女の声だ。自分が救えなかった罪。その象徴の声であった。
「王国の貴族たちは、私たちを幸せにしてくれません! 王国戦士長だって謀略で殺そうとするんです!」
その言葉に全陣地が震撼した。呆れ怒り茫然。様々な感情が織り交ぜられていた。
「貴族たちは、私達から大事な人たちを奪うだけです! そんな人たちに尽くす価値はあるんですか!? 無いはずです!! 今すぐ武器を手放してください!! それに無理矢理奴隷にするんです! 私より小さい子どもが奴隷にされているんです! それを放置してるんです! そんな王国に忠義を尽くす必要がありますか!? 無いはずです!」
「――これは、不味い。戦士長! 今すぐあの少女を殺してください、アダマンタイト級冒険者の方々も援護をお願いします!」
「――何の罪もない少女を殺さなければならないのか? レエブン侯」
「罪ならあります! 帝国に与した逆徒です!! このままでは王国兵は戦うことなく降伏を――」
そして一人の冒険者が武器を地面にたたきつけた。その顔には怒りが渦巻いていた。
「これだから貴族は……彼女を支持する!!」
銀級の冒険者だった。一人の冒険者が武器を手放した。それに呼応するようにそのチームが武器を手放して……周りの農民の兵士や冒険者たちが迷っているのが分かる。
「ガゼフ殿! 早く!!」
「――承知した」
そしてその少女に向かってアダマンタイト級冒険者とガゼフが殺害に向かうと……敵が現れた。帝国のアダマンタイト級冒険者たちと逸脱者フールーダ・パラダイン……そして忘れもしない。あの男は!?
「ブレイン! ブレイン・アングラウスか!?」
「よう、久しぶりだなガゼフ。前回の敗北の雪辱ここで晴らさせてもらう」
見た限りブレイン・アングラウスは既に自分を大きく上回っていることが読み取れた。だが負けるわけにはいかない。ここで自分が負ければ王国の士気は壊滅する。降伏することになるだろう。
フールーダ・パラダインが叫んでいた。恐ろしい事実を。
「第7位階に到達した、私の力ここに見るがいい!!」
そして絶望的な戦いがここに開かれた。朱の雫は二組の帝国のアダマンタイト級冒険者に抑えられている。
蒼の薔薇は獣とフールーダ・パラダインが操る1体のアンデッドの騎士とフールーダ・パラダインに完全に抑えられている。
そして自分は。
絶望的な戦いを行っていた。ブレイン・アングラウスは強い。逸脱者に至ったのだろう。英雄の領域に片足踏み込んだ程度のガゼフでは勝ち目はないだろう。だが敗北を受け入れる訳にもいかない。気迫で食らいつく。
「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! ブレイン・アングラウス、たとえお前が逸脱者になったのだとしても俺は負けん!!」
「――ああ、お前は凄いよ。今の俺に食らいつけている。それだけこの国を愛しているんだろうな……だが本当にこの国を愛する価値はあるのか? ネムの言葉を聞いただろう? あれが王国の者たちの本音だ。それに後ろを見てみろ全員が武器を下ろしているぞ」
「何!?」
思わず後ろを振り返る。振り返った瞬間、罠かもしれないと思ったが本当に槍衾を形成していた農民兵たちの武器がレエブン侯とボウロロープ侯の直轄の兵士以外は武器を下げていた。
「――お前の負けだよガゼフ。武器を下ろせ、大人しくしとけば、もしかしたらお前が忠誠を誓う、王は助命されるかもしれないぞ」
アダマンタイト級冒険者たちの戦いは既に終わっていた……全員が武器を悔し気に手放していた……。王国兵の士気が地に落ちたことを察したのだろう。
帝国の皇帝の目的はこれだったのだ。王国兵の士気を攻める。そして降伏した王国民を捕虜にするために7騎士団を投入したのだ。
「負けたのか」
ガゼフの手から剣が滑り落ちた。
これで王国は滅んだ。帝国が王国を滅ぼしたのだ。その統治がどのようなものになるかはまだ分からない。しかし王国領のままでいるよりははるかに良い暮らしが農民たちはできるだろう。
★ ★ ★
「糞、レエブン侯め……」
バルブロは耐えきれずに罵声を漏らす。確かに革命を起こした者たちを倒す必要は分かるが。王子がすべきことか? 王と共にいてこそ大きな功績を挙げられるのだと、思いながら。
だができたのはそこまでであった。
目の前には仮面をした悪魔が立っていたからだ。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました。私デミウルゴスと申します。カルネ村に歯向かう者どもを捕らえるように、命令された者です。大人しく軍門に下っていただけませんか?」
「――敵襲だ! 俺を守れ!」
バルブロが吼える。それに呼応するようにボウロロープ侯から借りた精鋭兵団が自分と悪魔の間に割って入る。
そして騎士の一人が切りかかる。そして武器が折れた。
「ば、馬鹿な……」
ここに来て全員が異常事態を認識した。だがそれだけであった。
「やれやれ、あなた達にはお仕置きが必要ですね、誇りある悪としてあなた達は捕らえさせて頂きましょう」
さて、始めますか。悪魔が軽くつぶやいた。死ねない地獄が始まった。いや悪魔に殺す意志は無かったのだろう。恐怖だけを多く与えようとしてくるのだから。
★ ★ ★
夜、夕闇が染まるころ、パンドラズ・アクターは村長夫人を訪ねていた。まるで人目を避けるかのように。実際避けているのだろう。裏の護衛であるコキュートスに見つからないように行動しているのだから。もちろん表の護衛であるブレインにも。
王国の革命計画が終わり、明日はカルネ村でサトルとネムの結婚式が行われるため、準備も終わり皆早く休んでいる夜であった。
そして村長宅のドアをノックする。普段であれば二人はもう寝ている時間である。だが何らかの予感が村長夫人にあったため、村長夫人は村長と共に起きていたいようだ。
「夜分遅くに申し訳ありません、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」
確かに夜分ではある。普通に考えれば失礼な行動である。しかし村長夫妻は彼らに対してそれ以上の感謝をささげている以上、問題にはならない。
「ええ、構いません」
一拍間が置かれる。その後いつも開いているように家の中にゲートが開かれる。
「奥様だけ、来ていただいてよろしいでしょうか?」
「……それは」
村長が少しだけ不安そうに夫人を見ている。だが、それを見返すと一つ頷き夫人はパンドラズ・アクターの目をしっかりと見ながら言った。
「分かりました」
「感謝いたします」
そしてゲートに入っていった。村長が納得しながらも少しだけ不安そうにそれを見ていた。それを振り払い村長夫人はパンドラズ・アクターに付いて行く。
ついた先は以前とは違う場所であったが豪華な部屋であった。そしてそこからパンドラズ・アクターはある物を取り出した。
指輪である。
パンドラズ・アクターはその指輪を村長夫人に渡した。
恐らく、ナザリックの者が見れば彼の気が狂ったと思うかもしれない。幾らモモンガの母親に準ずる扱いをするにしてもそれは行き過ぎだと。しかし彼の内心を知ることは出来ない。誰にも。モモンガすらも。
「この指輪とこの装備を着けて頂きたい。そして宝物殿へ移動したいと願って頂きたい」
「……仰られる意味はよく分かりませんが、分かりました」
パンドラズ・アクターが準備していた装備を見につけ指輪を手にする。そして彼女は声を出しながら願った。
「宝物殿へ」
そして黄金色に輝く世界が溢れてきた。そこには床一面に金銀細工がそこら中にあるのだ。宝物殿その言葉に偽りは無かったのだ。
茫然と見つめる。黄金の世界を。それからほぼ一瞬後にはパンドラズ・アクターが見えていた。
「ここはナザリックの真の心臓と言っていい場所です。本来であればこの場にあふれ出る毒によりあなたは死亡しているでしょう」
「それは、……」
一瞬だけ恐怖を感じたようだが、装備を握りしめることで恐怖を押し隠しているようだ。だが眼だけは強い。何か重大な事があると察しているのかもしれない。
「その装備があなたの命を守る物です決して離さないように願います」
そして奥に進む。そのさなか乱雑に置かれている黄金の宝物をいくつも見ながら村長夫人は進む。呆然としてしまう白亜の宮殿と同じくらい、美しい景色だった。そして終点に近くなったのだろう。今まで会話をしていなかったパンドラズ・アクターが会話を開始した。
「ここから先は先程の指輪を外して頂きたい。毒もありません。霊廟ではこの指輪を装備していると襲われるので」
「なんに、襲われるんでしょうか?」
「そうですね……いえ、入ってから説明したほうが分かりやすいでしょう、とにかく指輪をお外しください」
そして村長夫人は指輪をパンドラズ・アクターに返す。それを大事そうに受け取りながら金色に輝く小さい宝箱のような物に入れて近くにあった棚に置いた。
そして霊廟に入ると37の人形?のような物がこちらを見下ろしている。一か所だけ空いている場所が気になった。
「霊廟、お亡くなりになった、至高の方々の形を安置する場所です」
「……彼らがモモンガさんのお仲間の人たちなんですね」
「はい、そして指輪を装備する者に攻撃を仕掛ける番人であります」
成程パンドラズ・アクターが言うように心臓と言えるかもしれない。疑問があるとすればなぜ村長夫人をここに連れてきたがだが……。そう村長夫人が考えていると、パンドラズ・アクターが大きく頭を下げた。思わず慌てて顔を挙げてと彼女はお願いする。しかし彼は顔を決してあげない。
そして頭を下げたまま願い事を口にした。
「十位階の蘇生魔法では届きませんでした。超位魔法単独で上手くいきそうですが……可能性を高めたいのです」
それは一体何のことなのか村長夫人にはすぐには分からなかった。だがとても大事なことであることだけは分かった。でなければ自分をこの場所に連れてくることもないだろう。
「あなたが、あなたが触媒になっていただければ、モモンガ様の……父上が心の奥底で願い続けている夢が叶うかもしれません。どんな危険があるかもわかりません。もしかしたらあなたが亡くなって、よりひどい結果になるかもしれません」
村長夫人はある程度察した。一体彼が何を考えているのかを。村長夫人の思うとおりなら……。だが、その願いは叶うのだろうか? 叶うのであれば、なぜ今まで行わなかったのか。それが疑問だった。
だが自分に対して頭を下げるパンドラズ・アクターを見て何となくだが村長夫人は察した。生贄が必要なのだろう。
そしてその役目は、自分以外にはできない。
「ですが、あと一歩なのです、あと一歩で父上の本当の願いが叶うのです」
「どうか、どうかお力をお貸しください」
「……一つだけ教えてください、その願いは――」
確認をした。彼女の思っている通りかを。自分が生贄になる。それが一体何のためなのかとパンドラズ・アクターに問いかけていた。自分の想定通りかを。
「――その通りです、貴方を中心に超位魔法を発動させる。恐らくそれで叶います」
超位魔法が何かは彼女には分からない。だがその願いは彼女の考えた通りであった。ならば拒むことはない。村長夫人は何度も命を助けられている。命を懸けることぐらい許容範囲である。
何よりここで逃げてはサトルに申し訳ない。彼は自らの財力を削って、村人たちを蘇生してくれた。そんな恩人の願いをかなえることから逃げられるだろうか?
逃げられるわけがない。たとえ、どんなに怖くとも。
「……分かりました。どんな結果になろうとも私は構いません。モモンガさんが来なければ帝国の偽装兵に殺されていた、すでに死んでいた命です。命の恩人の願いを叶えるために命を懸けることに後悔はありません」
その言葉に感激したかのように、パンドラズ・アクターが喜ぶように頭を上げる。表情は変化していないが喜んでいるのは分かる。
「おお! 感謝致します! では早速――」
「――ええ早く始めましょう」
モモンガのいやサトルの願いが叶うことを信じて。
ラスト一話になりました!
クリスマスの19時19分に投下致します!
お待ちください!