心を殺した少年   作:カモシカ

13 / 27
感想をログインユーザー以外からも受け付けるようにしました。できるだけ返信するので、感想を書いてくれたら嬉しいです。


心を殺した少年は、うさぎな彼に相談される。

 数日の時が過ぎ、再び体育の時間。度重なる一人壁打ちの結果、俺はボール四つの同時打ちを習得しつつある。まあ五回に一回ぐらい失敗するが。

 そんなことを考えながらひたすら無心で壁打ちをしていると、後ろから肩を叩かれる。えー誰だよ俺に話しかける奴とか居るわけ無いし。もしや背後霊的な何かが……

 

「あははー、引っ掛かった」

 

 振り向くと天使に頬を刺されていた。そして戸塚の笑顔が可愛い。戸塚可愛い。とつかわいい。……はっ!待て、俺には小町が居ると言った筈だ!今さら他の女に靡くなど……あれ?戸塚男だし良いんじゃね?うぇーい戸塚も我が天使。

 

「どした?」

 

 そんな考えを覚らせないように努めて冷静に返す。

 

「うん。今日さ、いつもペア組んでる子がお休みなんだ。だから……よかったらぼくと、やらない?」

 

 ……はっ!何だこれ超可愛い変な気持ちになってくるんですけど。まさか、これが……恋?

 

「ああ。いいぞ。俺も一人だしな」

 

 そんなことは無かった。

 壁よ、これまで相手をしてくれてありがとう。これからは戸塚と頑張るよ。今日だけだけど。

 

 そして、俺と戸塚のラリー練習が開始された。

 戸塚はテニス部だけあってそれなりに上手い。が、それなり止まりではある。二年でこれでは、我が校のテニス部は大して強くないのだろうか。まあそんなことも知らない時点で『我が』とか言ってんなって話だが。

 

 そんなことを考えながら壁打ちで習得した正確無比なサーブを打ち込み、戸塚はそれを返す。そんなことを無言で続け、五分ほど経った頃戸塚が休憩を申し出てきた。

 

「やっぱり比企谷くんテニス上手いね」

「そうか?戸塚だって充分上手いだろ」

 

 戸塚に足りないのは体力とパワーだろう。見た目よりは体力も筋肉もありそうだが、それでも高校生男子の基準からしたら大分下だろう。

 俺がそんな考察をしながらベンチに座ると、俺の真横に戸塚がちょこんと座る。近い近い可愛い良い匂い。……どうした俺。

 

「あのね、比企谷くんに相談があるの」

「?何かあったのか?」

 

 というか俺で良いのか。自分で言うのも何だが俺に問題の解決なんかできない。破壊は得意だが。

 

「うん。うちのテニス部、すっごく弱いでしょ?それに人数も少なくて……今は三年生が居るから良いけど、大会が終わったら三年生は引退してもっとうちの部は弱くなると思う。人数も少ないから自然とレギュラーになってモチベーションも上がらないみたいだし」

「ふむ」

 

 まあ自然とレギュラーになれるから練習しないってのは分かる。確定したことのために努力しようとする人間は少ないものである。その点、戸塚は特殊だが。

 

「それで……比企谷くんさえよければ、テニス部に入ってくれない?」

「は?」

 

 なぜそうなる。俺が入ったらそれこそテニス部が崩壊するだろう。俺が全員倒すとかして。もちろんテニスでだよ?

 それに俺という共通の敵が出来ただけで練習するとは思えないし。

 

「えっと……比企谷くんテニス上手いし、正直経験者以上だよ。だからみんなの刺激になると思うんだ。あと……比企谷くんと一緒なら、ぼくも頑張れると思うんだ。へ、変な意味じゃなくてだよ?ぼ、ぼくも、強くなりたい、から。……ダメかな?」

 

 そう上目遣いで頼まれるとこちらとしても断りづらいことこの上無いのだが……かといって俺が部活に入ったところで今のテニス部の状況が改善されるとは思えない。むしろ悪化する。

 

「すまん戸塚……俺、もう部活入ってんだよ」

 

 そう。俺は一応奉仕部に入っている。そもそも俺を受け入れてくれているあの部活がおかしいのだ。ある意味普通な部活のテニス部に入って、戸塚以外のメンバーが受け入れてくれる筈が無い。

 

「……そっか。ごめんね。変なこと頼んで」

「いや、こっちこそ力になれなくてスマン」

「ううん。気にしないで。相談したら気持ちも楽になったし」

「……まあ、何か考えとくわ」

「うん。ありがとう」

 

 戸塚のように頑張っている人の足を引っ張るわけにはいかない。俺の死んだ目は、価値がないと判断したものを価値があるものも巻き込んで壊してしまう。これまでが、そうだったように。一握りの価値あるものを守るためにも、俺はテニス部には行けないのだ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「……て、相談があったんだがどうにかできんか?」

 

 俺は放課後、雪ノ下に戸塚の相談を伝えていた。俺に手伝えることなどたかが知れているが、かといって手伝わない理由にはなるまい。

 

「そうね。あなたがテニス部に入らない選択をしたのは正しいわ」

「まあ俺に集団行動とか不可能だしな」

 

 何なら集団をぶち壊すまである。

 

「わかっているじゃない。身の程を知るのは良いことよ。孤独谷くん」

「はいはいどうせ俺は友達居ませんよー。っていうかお前も人のこと言えないだろ」

「わ、私には、その、由比ヶ浜さんがいるもの」

「ほーん。お互いにのろけ合うとかお前らお互いのこと好きすぎだろ」

「は?」

「何でもねえよ」

 

 孤独というのは強さだが、こいつが世界を変えるって言うなら親友ってのは必要だろう。残念ながら一人で出来ることには限りがある。

 

「まあそれで戸塚のことだが……戸塚のためにも何とかできないか?」

 

 そう言うと、雪ノ下は珍しいものを見るかのように俺を見る。……まあ俺は珍生物だしな。そのぐらいのリアクションは良くやられた。

 

「あら。あなたに人の心配ができたのね」

「当たり前だろ。俺は進むために努力するやつは好きなんだよ。俺の努力は、逃げるための、俺自身を守るための努力だったからな」

 

 ただしいくら努力をしていても俺の敵になるなら容赦なく潰す。

 

「……そう」

「ああ……ところで、お前ならどうする?」

「私?」

 

 雪ノ下は目をぱちぱちと瞬かせ、そうね、と俯き思案顔になる。

 

「全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

「三回死んでんだけど……」

 

 こいつは素で言ってんのか本気で言ってんのかいまいち分からん。

 

「やっはろー!!」

 

 そんな雪ノ下とは対照的に、あほっぽい挨拶をしながらアホの子こと由比ヶ浜が入ってくる。

 その後ろには、女子の間で『王子』なんて呼ばれている天使、もとい戸塚が居る。怯えたうさぎのようにビクビクとしながら、由比ヶ浜の袖口を摘まんでいる。

 

「……あ、比企谷くんっ!」

 

 自信無さげに揺れていた瞳が俺を捉えると、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せる。……何でこんな暗い顔してたんだ?

 

「……どうした、戸塚?」

 

 とてとてっと近づいてきて、今度は俺の袖口を掴む。……おいおい可愛いなそれは反則だろう。

 

「比企谷くん、ここで何してるの?」

「いや、俺部活入ってるって言っただろ?それがここなんだよ……ていうか、お前こそ何で?」

「ふふん、今日は依頼人を連れてきてあげたの」

 

 アホの子が無駄に大きい胸を反らしながら自慢げに答える。お前に聞いてたわけじゃないんだがな……

 

「やー、ほらなんてーの?あたしも奉仕部の一員じゃん?だからちょっとは働こうかなーみたいな?」

「由比ヶ浜さん」

「いやー、ゆきのん、お礼とか全然いいってー部員として当たり前の事をしただけだから!」

「いえ、あなたは別に部員では無いのだけれど」

「違うんだっ!?」

 

 違うんだっ!?なし崩し的に部員になってるパターンかと思った。

 

「ええ。入部届けも顧問の承認も得ていないから部員では無いわね」

 

 雪ノ下はルールに厳格だった。

 

「書くよー!入部届け位いくらでも書くよー!だから仲間に入れてよー!」

 

 そう言って由比ヶ浜は涙目になりながらルーズリーフを取りだし、『にゅうぶとどけ』と丸っこい字で書いた。それぐらい漢字で書けよ。

 

「それで、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら?」

 

 雪ノ下の冷たい眼差しに睨まれて、戸塚はびくびくしながらも答える。

 

「え、えっと、テニスを、強くしてくれる、ん、だよね?」

 

 最初の方こそ雪ノ下を見て話していたが、語尾に向かうにつれ戸塚の視線は俺の方に向かっていった。戸塚は俺より背が低いので自然と見上げるような形になる。おい、やめろ、可愛いだろ。そんな目で俺を見るな。死んだ目が間違えて崩れちゃうだろ。

 

「由比ヶ浜さんが何と説明したかは分からないけど、奉仕部は便利屋ではないわ。奉仕部が出来るのは、あくまで手伝いよ。その結果強くなれるかはあなた次第よ」

「そう、なんだ」

 

 肩を落とし、目に見えて落ち込む戸塚。大方、由比ヶ浜が何か調子の良いことを言ってつれてきたのだろう。「はんこはんこ」と言いながら鞄を漁る由比ヶ浜をちろりと睨む。

 

「ん?なに?」

「なに?では無いわ。あなたの不用意な発言で一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたのよ」

 

 雪ノ下は友達と認めた筈の由比ヶ浜にも容赦がない。が、由比ヶ浜はそんな言葉をものともせず小首を傾げる。

 

「んー?でも、ゆきのんとヒッキーならできるでしょ?」

 

 おうおうガハマさんよぅ。そんな言い方したら雪ノ下の負けず嫌いが発動しちゃうだろうが。

 

「……へぇ、あなたも言うようになったわね。私を試すような発言をするなんて」

 

 あー、変なスイッチ入っちゃったよ……。めんどくせぇ、働きたくない。けど戸塚の依頼だしなぁ。それに部長さまがこうなったら一介の部員たる俺がどうこうできる筈が無い。

 

「いいでしょう。戸塚くん。あなたの依頼を受けるわ。あなたのテニス技能の向上をはかればいいのよね」

「は、はいっ!ぼ、ぼくが上手くなれば、みんなも頑張ってくれる、と思う」

 

 雪ノ下の威圧感は増しているが、依頼は受けるようだ。まさか、由比ヶ浜はこうなることを予想してあんな発言を……いや、無いな。判子を入部届けのど真ん中に押すようなやつがそんなことを考えるわけがない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。