心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、新たな連絡先を手に入れる。

職場見学希望調査票

 

 2年 F組 比企谷八幡

 

1、希望する職業

 

  特になし

 

2、希望する職場

 

  特になし

 

3、理由を以下に記せ

 

  特になし

 

 

 

 

 ****

 

 

 

「……比企谷、私が何を言いたいか、わかるな……?」

 

 放課後、俺は平塚先生に呼び出され、職場見学希望調査票についてダメ出しをくらっている。

 

「いいえまったく」

 

 職場見学希望調査票には特に変なことは書いていない。前回の作文の反省を活かし、逆に何にも書かなきゃいいんじゃね?という考えの元、俺は全ての欄に『特になし』と書き入れた。反省なんかまったく活かしてねぇな。

 

「ほう……」

 

 平塚先生の目が細められ、額に青筋が浮かぶ。そして指をこきこきとならしながら拳を作る。もちろん殴りかかったところで俺がリミッターを外せば掠りもしないのだが、この人は拳を避けたり手で止めたりすると露骨に悔しがるから楽しい。え?趣味が悪い?ほっとけ。いまさらだ。

 

「お?やりますか先生?」

「ふっ、今日こそは当ててやる……私の、自慢の拳を!」

 

 お互いに立ち上がり、平塚先生は腰に拳を落としてタメを作る。対して俺は両手をぶらりと下げ、全身から力を抜いた状態で立つ。

 

「行くぞ比企谷ぁぁ!衝撃の!ファーストブリッドォォォ!」

「ハッ!」

 

 平塚先生は目にも止まらぬ速さで拳を振るう。常人にとっては避けることもままならないもので、それは俺にとっても同じである。リミッター外してないし。

 しかし避けられないのであれば当たらなければいいだけの話なのだ。

 平塚先生の右手から放たれたファーストブリッド(笑)に右手を当て、拳の向かう軌道をずらす。平塚先生の初動からの予測だけで当てたのでほとんど軌道にズレは生じないが、それでも俺の体に当たらないようにはなる。そして俺と平塚先生の勝負において、それこそが俺の勝利条件。つまり俺の勝ち。

 

「くっ、ぐぅぅぅ……!」

「まだまだですね。先生」

「おのれ比企谷、次こそ当ててやる……!」

「おぉ怖い」

 

 しかし実際ギリギリだった。俺と先生の戦績は俺が二十勝十九敗、平塚先生が十九勝二十敗である。この人麻雀強すぎて追い抜かれそう……。

 ちなみに他の種目としてラーメン早食い、ボードゲーム全般、平塚先生の愚痴にどれだけ耐えられるか、などがある。そして最後の種目は基本引き分けになる。勝敗のつけようがないし。なので実際に勝負した回数はかなり多い。

 

「まぁとにかく、調査票は再提出だ」

「うーっす」

 

 うむ。普通の基準というのは難しい。

 

「……そしてだ」

 

 う、なんか嫌な予感。これはいつか俺が奉仕活動を命じられた時と同じように仕事を押し付けられそうな気がする。

 

「君は私のプライドを踏みにじった」

「その割には嬉しそうっすね」

「フンッ!」

「ぐえっ!」

 

 ちょっと指摘しただけで殴ってきた。解せぬ。そんなだから婚期が……いやすみません睨まないで。

 

「まあいい。君にも開票を手伝ってもらうぞ」

「……はぁ、分かりましたよ」

 

 黙々と開票を続けること三十分。その間職場や職業によって選別をしながらひたすら手を動かす。そして今度は俺と平塚先生のどちらが多く開票できるかで戦いを始めた。

 

「比企谷、次こそ私が勝つ……!」

「へっ、また勝ち越させてもらいますよ……!」

「あー!ヒッキーこんなとこに居たー!」

 

 そして俺たちが熱き戦いに今一度闘志を燃やしていると、それをやけにぽわぽわしたアホっぽい声が遮る。

 何だよ勝負中にしかも人の事を引きこもり呼ばわりとか失礼だなと思って顔をあげると、なぜかというかやはりというか、とにかく由比ヶ浜が居た。

 

「あぁ由比ヶ浜か。悪いな、比企谷を借りているぞ」

「これでラストっ!」

 

 平塚先生が油断した隙を突き、俺は最後の一枚を開いた。

 

「あぁ!?」

「試合中によそ見するからですよ。平塚せんせー」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ」

「……なにやってんの?」

 

 俺は勝ち誇り、平塚先生は割と本気で悔しがり、由比ヶ浜は引いていた。かおす。

 

「気にするな。ただの開票だ」

「ただの開票でそんなに落ち込まないよね!?」

「ははははは。で、何の用?」

「スルー!?」

 

 由比ヶ浜に説明するのも面倒なので突っ込みはスルーした。

 

「えっと、ヒッキーが部室に来ないから探しに来た」

「お、おう。何か済まんな」

「いいって別に。それより用事は終わったの?」

「ああ。すまんな由比ヶ浜。さ、比企谷。もう部活に行っていいぞ」

 

 いつの間にか復活していた平塚先生に許可を貰い、俺は開票から解放される。よし、これで俺の二十一勝。

 

 

 

 ****

 

 

 

 部室に行くと、雪ノ下が本を読んでいた。俺や由比ヶ浜が居なくともいつも通り。あ、いや、由比ヶ浜が来てちょっと嬉しそう。

 

「あら来たのね。遅刻谷くん」

「おう来たぞ。あと誰だ遅刻谷」

「あら、あなたのことよサボリ谷くん」

「ふっ残念だったな雪ノ下。俺は平塚先生に働かされていたのだよ。よってサボりじゃない」

「私には何も連絡を寄越さない時点でその言い訳は意味がないわ。休むなり遅れるなりするなら連絡をするのが筋ではないの」

「あ、そういうものなの?俺誰かに連絡したりされたりとか経験無いからそういうの知らんかったわ。お前らの連絡先とか知らねぇし」

「……ヒッキー」

「ごめんなさい比企谷くん。そこまでだとは思わなかったわ」

「そのわりには嬉しそうだな」

 

 由比ヶ浜は引きながら憐れみの視線を俺に向け、雪ノ下は勝ち誇ったような笑顔で形ばかりの謝罪をする。ひでぇなお前ら。

 

「もぅ!わざわざ聞いて回ったんだからね!?そしたら微妙な顔されてあーあのとか言われるし!超恥ずかしかったんだからね!」

「まじか、すまんな」

「だ、だから、その、連絡先、交換、しよ?そっ、その、いちいち聞いて回るのとかおかしいし!」

 

 聞いて回ったときのことを思い出したのだろう、由比ヶ浜は羞恥からか怒りからか顔を赤くする。そんなに嫌だったのん?

 

「まぁいけど。ほれ」

 

 鞄からスマホを取りだし、由比ヶ浜に手渡す。

 

「わわっ、あ、あたしが打つんだ……ていうか人に躊躇いなくスマホ渡せるってすごいね……」

「まぁ見られて困るものとか入ってないからな」

「そうなんだ……って、連絡先が一つしか入ってない!?」

「うっせ、妹以外の連絡先なんてこれまで必要なかったんだよ」

 

 両親の連絡先とか教えられてないし教えられてても入れない。あんなクソどもの連絡先なんか必要ない。まぁ一応育ててもらったから報復をする気は無いが。

 

「じゃ、じゃあ、あたしが家族以外で初めてだね!」

「あー、そうなるな」

 

 そう言うと由比ヶ浜は嬉しそうにはにかむ。……なぜそんなに喜ぶんだ?

 

「あら、両親の連絡先すら無いのね」

 

 いつの間にか由比ヶ浜と一緒に俺のスマホを覗き込んでいた雪ノ下が、俺の連絡先を自分の携帯に打ち込みながら言う。せめて許可とってからそういうことしろよ。個人情報保護法を知らないんですか?

 まぁそれは別にいい。俺の個人情報とか毛ほどの価値もないし。

 

「……あんまりそういうとこに踏み込むな」

 

 訳ありっぽい雰囲気を漂わせ、努めて無表情を作り雪ノ下を軽く睨む。おれ自身は別に話してもいいのだが、それによって腫れ物を触るような態度を取られるのは嫌だ。それは面白くない。

 

「っ……そうね、浅慮だったわ」

 

 何かを察したのか、はたまた自分の境遇に重なるような何かを感じたのか、雪ノ下は俯いて自分の非を認めた。悪いな。まだそこまで話せるほど信用しちゃいないんだよ。平塚先生にも話せてないし。

 

「あぁ、まぁあんま気にしないでくれ。変に気を使われるほうが迷惑だ」

 

 一応フォローを入れ、雪ノ下と由比ヶ浜が黙ってしまったのを横目に本を鞄から取り出す。

 

「ぁ……」

 

 それきり誰も話すことのなかった部室で、由比ヶ浜が反射的に出したであろう声がやけに大きく聞こえる。

 雪ノ下は俺が本を開いてからずっと読んでいた本を置き、由比ヶ浜に声をかける。

 

「……どうかしたの?」

「あ、ううん。何でもない……んだけど、ちょっと変なメール来たからうわーってなっただけ。ほら、これ」

「比企谷くん……ではないわね。クラスについてのチェーンメールなら比企谷くんは無関係だもの」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下にメールを見せ、次いで俺にも見せてくる。そこには戸部はヤンキーだの大和は三股だの大岡はラフプレーでエース潰しだのと書かれている。誰だこいつら。

 

「ほえー。チェーンメールなんか初めて見た。送られたこととかないし」

「ヒッキー……」

「やめろ、憐れむな……」

 

 まぁ俺のアドレス帳にクラスメートの連絡先が登録されたことなんか無かったからな。

 とまあ俺のせいで変な空気になってしまったが、何とか元の空気に戻ってきた。俺としてもつまらない雰囲気はいらない。

 と、そこにコンコン、と扉を叩く音が聞こえる。雪ノ下が入室を促し、その扉を叩いた依頼人であろう人間が姿を表す。

 

「ちょっと、お願いがあるんだけどさ」

 

 そう言いながら入ってきたのは、ついこの間俺が叩きのめした葉山(笑)である。無駄に爽やかなオーラを振り撒きながら雪ノ下の前に進み出るも、雪ノ下にばっさり切り捨てられる。ざまぁ。

 

「何のようがあって来たのかしら。葉山隼人くん」

「あ、あぁ、それなんだけどさ……」

 

 そう言って葉山はスマホを取りだし、先程由比ヶ浜が見せてきたものと同じメールを見せてくる。ちなみに俺はこの間気配を遮断しているため葉山には気づかれていない。だってこいつめんどくさいんだもん。

 

「あ、変なメール……」

「これが出回ってからクラスの雰囲気が悪くてさ。あぁでも、犯人探しがしたいんじゃないんだ。丸く納める方法が知りたい。頼めるかな」

 

 葉山がそう言うと、雪ノ下は顎にてを当てふむと考える素振りを見せる。

 

「つまり、事態の収集を図ればいいのね?」

「うん。まぁそういうことだね」

「なら、犯人を探すしかないわね」

「うん。よろし……あ、あれ、何で、そうなるの?」

 

 雪ノ下は慌てる葉山を一瞥し、

 

「チェーンメール。あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の顔も名前も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。止めるならその大元を根絶やしにするしかないの。ソースは私」

「根絶やしにしたんだ……」

「あ、あはは……」

 

 ソースとか実体験かよ。

 

「とにかく、そんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。それが私のやり方。私は犯人を探すわ。一言いったらぱったりやむと思う。そこからどうするかはあなたの裁量に任せる。それでいい?」

 

 怖い。怖いよ雪ノ下。後怖い。

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