心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年
プロローグ 心を殺した少年は、自身の記憶を振り替える。


 妹の誕生日の風景だ。父と母と兄は笑顔で妹を祝福し、妹も笑顔で蝋燭の火を吹き消す。

 笑顔に溢れた、とても心暖まる光景だ。幸せな家族のお手本のような風景だ。

 そんな気持ちでこの光景を見れている事に安堵する。まだ自分の心は枯れきってはいないのだと認識できる。

 

 いつの間にか風景は代わり、次は兄の誕生日。

 父は唐突に兄に向かって封筒を差し出す。まだ純粋な部分が残っていたガキの頃の兄は目を輝かせ、封筒を受けとる。

 プレゼントが貰えたと思い、嬉々として封筒を開いた。けれどそこに入っていたのは、千円札が五枚。

 驚きと疑問の混じった目で父を見上げるが、父は母と共に何も言わず仕事に出掛ける。

 まだ兄の誕生日を日付として覚えていなかった妹は、もちろん祝福などしない。

 

 こんな風に毎年誕生日を過ごし、祝われないことを受け入れ、家族旅行にも誘われなくなり、どんどん目を濁らせ、世界を濁らせ、腐って行く。

 

 兄は現実に絶望し、何かにひたすら打ち込むことで辛い現実から目を反らした。

 

 動いていないと心が折れそうだったから、家事全般を引き受け、勉強でもしていないと頭が思考を働かせてしまいそうだったから、苦手だった算数にひたすら打ち込んだ。走っていれば気を紛らわせるから、毎日朝と夕方にランニングをし、誰も自分を守ってはくれないから、本やネットで調べた情報を頼りに、空手やら柔道やらを独力で学び身に付けた。

 

 そんなことに明け暮れていれば学校での友達など居なく、当然のように苛められ、けれどそれまで鍛え抜いてきた己を頼りにその全てを跳ね返した。だが所詮は子供の付け焼き刃の武術。数の暴力に勝つことは出来ず、何度も惨めで辛い思いをした。

 そんなことを繰り返している内に、濁り、腐っていた目は、遂に光を無くした。

 

 ある日、妹が家出をした。

 妹まで俺と同じように光を失わせてはいけないと、妹を探し回る。やがてある公園で妹を発見し、何故家出をしたのかと聞いてみると、家に誰も居ないのが寂しかったからだと言う。

 俺が欲しかったものを当たり前の様に手にしておきながら、それでも満たされない。そう言う妹に何度手を上げようとしたのか、最早数えきれない。

 それでも、ここで暴力を振るってしまえば、自分は両親以下の存在に成り下がる。そう考えることで妹への負の感情を制御した。いつか爆発してしまわない様に妹を溺愛した。

 それから妹は俺になつくようになった。それを見て父は嫉妬し、母は俺を無視するようになる。やがて父の嫉妬は最高潮に達し、妹と仲良くすれば暴言を吐かれ、かといって突き放して泣かせれば、なぜ妹を守る立場のお前が泣かせるんだ、と殴られる。

 

 やがて俺は妹と距離を置くようになり、何故そうなったのかを理解できるようになった妹も、それを受け入れた。もちろん改善しようとはしてくれたのだろう。俺の妹は優しいから。けれど、その優しさが俺は嫌いだ。

 そう伝え、妹と徹底的に距離を置く。嫌われたいわけではないから、最低限の会話はするし飯も作ってやる。けれど仲の良い兄妹になんかなれない。

 

 俺に救いは無い。その結論に辿り着いたのはいつだったろう。あまりに昔過ぎて思い出せない。

 けれど、その結論に辿り着いてからはほとんどの感情を押し殺し、自分が何をされてもそう言うものだと納得し、受け入れることが出来るようになった。

 俺はそれを悲しいとは思わない。

 なぜなら、俺がそうあろうと努力し、たくさん心の血を流して手に入れた力だから。俺はそれを誇りに思う。

 

 

 

 

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 ある日、俺は職員室で平塚先生のお小言を聞き流しながらそんなことを考えていた。と、いうよりは振り替えっていたのだ。俺が生きてきた記憶を。

 平塚先生は、俺が少しでも信じられる唯一にして初めての大人だ。俺が何と言っても受け入れ、あるいはそれは違う、と本当の意味で叱ってくれる。理不尽な暴言でも暴力でも無い。心の底から言ってくれているであろう言葉でだ。

 そんな、世界一俺との距離が近い人(今のところ)が言うには俺は異常らしい。まあ、自覚はしている。わざわざこれまでのことを振り返らなくても分かってはいる。

 けれどそれを何故今更言うのか。

 

「……はあ、一体どんな人生を送ったらこんな作文が書けるんだ」

 

 どうやら俺の作文が不満らしい。作文のタイトルは高校生活を振り替えって。え?どんなことを書いたのかって?そりゃお前あれだよ、あれ。まあ要約すると、俺は周囲にとって異物でしかなく、居ても居なくても変わらないどころか寄って集って潰そうとしてくるから全員返り討ちにしてぶっ潰しました~って感じだよ。え?おかしい?この作文そんなにおかしいこと書いてないし実際のことよりマッ缶並みに甘くしたんだがな。

 

「いやいや、そんなおかしな事書いてないでしょう。それどころか、大分事実より甘く書いてますよそれ」

「……はあ」

「先生、ため息つくと幸せが逃げるそうですよ。俺には無い幸せを持ってるんすから逃がさないで下さい」

「だからせめて私の前でぐらいその自虐を引っ込めろ」

「無理です。俺は自虐で精神保ってるんすから」

 

 そう言うと、平塚先生は「分かってはいるが……ぐぬぬ」などと唸っている。今の会話に唸る要素があったのだろうか、ぐぬぬ。

 唸りながら何やら腕を組んで考え事をしていた先生は、何かを思い付いたのか顔をあげ、イタズラ好きの少年のような表情を向ける。やめて、そう言う表情がちょっぴり羨ましかったりするから。

 

「ならばこうしよう」

 

 む、嫌な予感。

 

「君には奉仕活動を命じる!」

 

 どやどやーん!な表情で立ち上がり、俺を見下ろす平塚先生。真顔で見上げる俺。そのままの姿勢で十秒程静止。やがて耐えきれなくなった先生が若干頬を赤くしながら顔を反らす。よし、勝った。……何に?

 

「ん、ごほん。とにかく、君には奉仕活動をして貰う」

「……はあ」

「分かったならいい、着いてきたまえ」

 

 そう言って、白衣をはためかせながら無駄にかっこよく、颯爽と職員室の出口に向かう。

 そしてこれから、俺は『面白い』人間と出会うことになるのだった。


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