心を殺した少年   作:カモシカ

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まずは謝罪を。
長らくお待たせして申し訳御座いません。学総で武甲山に登ったり中間考査期間だったりで中々時間が取れませんでした。
週一投稿をすると毎回宣言して毎回破ってる気がしますがこれからは頑張ります。

ではどうぞ


心を殺した少年は、川崎沙希とOHANASHIの約束をする。

「さて、川崎沙希。家族に心配かけるとは感心しねぇなぁ」

 

出会い頭にそんな言葉を川崎沙希に叩きつける。もちろん川崎は困惑している。そりゃあ見たことも聞いたこともない(多分)ぱっと見インテリヤクザの男にいきなりこんなことを言われたらそうなるだろう。それくらいは狂人にも分かる。

 

「あ、あの、失礼ですがどちら様でしょうか」

 

どうやら警戒されてしまったようだ。そりゃまあ見たこともない男に家族の話をされたのだ。警戒しないほうがおかしい。だがな、そこまであからさまに警戒するようでは自分は弱いですと主張するようなものだぞ。

 

「ちょっとヒッキー、いきなりそんなこと言わないの。川崎さん困ってるでしょ」

 

と、俺が川崎の睨みをかるーく受け流していると由比ヶ浜が仲裁に入る。俺一人ではまともな雰囲気は出来上がらなかっただろうしぶっちゃけ川崎の事情とかどうでも良かったりするので助かる。俺の目的はあくまで大志(毒虫)の駆除、あるいは小町から遠ざけることである。俺の理想は川崎家の問題が解決し、小町と大志が疎遠になっていくことなのだ。

 

「ん?……由比ヶ浜、か」

「私も居るわよ」

「……雪ノ下」

 

いきなり話しかけられたことで俺を警戒していた川崎は、由比ヶ浜を見つけ、次いで雪ノ下を見つけると諦めたようにため息を吐く。

 

「……そっか。ばれちゃった、か。てことは彼も総武高の人?」

 

思っていたよりも淡々と状況を受け入れているようだ。案外肝が据わっている。

 

「うん。おんなじクラスのヒッキーだよ」

「……ヒッキー?……同じクラス?」

 

川崎が俺の顔を見て首をかしげている。俺は金髪ドリルやリア王の件でそれなりに悪目立ちしているので俺の事を知っていてもおかしくは無いのだが…………ああ、あれか。今の俺は眼鏡で死んだ目を隠してるからな。そりゃ気づかれないわ。

俺の識別ポイントが死んだ目となっている件について。

 

「比企谷八幡だ。今日はお前の弟が俺の天使に相談という体で迫ってきたからさっさと解決してお前の弟を小町から排除するために来た」

「……は?」

 

川崎が俺をゴミを見るような目で見つめる。なので無表情で見つめ返す。………………よし、川崎が目を反らした。俺の勝ち。何がだ。

 

「……あの、何でも良いけど座りましょう」

 

……ふむ。そうだな。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「……何飲む?」

「ペリエを」

「あ、あたしもそれで!」

 

落ち着いた雰囲気の中、川崎が注文を聞いてくる。何故雪ノ下が慣れを感じさせるほど堂々と注文しているのかは知らないが、由比ヶ浜はもう少し勉強するべきだと思う。こういう飲食店に入って注文する飲み物は決まっている。そう――

 

「あんたは?」

「ふっ……MAXコーヒー」

「いやいやヒッキー、有るわけないでしょ」

「……あるよ」

「あるの!?」

 

ふはは、やはりマッカンは最強だ。高級ホテルのバーにすら領土を広げているのだ。なのに何故か他県には少ないよね。

 

「……どうぞ」

 

慣れた手つきでグラスを用意し、それぞれに飲み物を配る。コースターの上に乗せられたグラスを手に取り、目線の高さまであげて目礼してから一口飲む。……ふむ。やはりマッカンは良いものだな。ちなみに礼儀作法なんか知らなかった由比ヶ浜がわちゃわちゃしてたが放っておく。

 

「で?三人揃って何しに来たわけ?まさかデート?」

「まさか。隣のこれとデートになんか来るわけ無いでしょう。冗談にしては悪質だわ」

「何?お前は俺を罵倒しないと死ぬの?」

「あら、貴方ならこの程度の罵倒は効かないと思ったのだけれど」

「まぁそうだけど……」

「効かないんだ……」

 

だからって、ねぇ。あんまり攻撃されると反撃したくなってくるんですもの。まあその辺はいつか身を持って学んで貰うとしましょーか。

そして由比ヶ浜と川崎、お前ら何故哀れみの視線を向けてくる?

 

「……お前の弟から俺の小町(天使)に相談が来てな。だからさっさと解決してお前の弟を小町(天使)から引き離そうと言うわけだ」

「はぁ?」

「……まったく、この男は。川崎さん、最近貴女の帰りが遅いと弟さんが心配していたの」

「で、その原因をあたしたちが突き止めようってことになったの」

 

雪ノ下と由比ヶ浜が交互に説明していた。何だろう。こいつら連携がパない。べっー、べっーわ。マジべっーわ。……思わず戸部化してしまった。

 

「ああそう。うちの大志が迷惑かけたみたいだね。大志に話はしとくから、もう良いよ。ぶっちゃけそういうの鬱陶しいし」

 

おーっと!ここで川崎がきっぱりと拒絶ー!!!見事に場を凍りつかせ、雪ノ下との間にものっそい緊張感が漂います!さあ、開戦は何時になるのか!?

 

「……止める理由ならあるわ」

 

そう言って、雪ノ下は手首に巻いてある腕時計をちらと見やる。わりかし早い開戦だね。もちっと待っててくれないとMAXコーヒー味わえないんだけど。

 

「十時四十分……シンデレラなら後一時間ほど猶予はあったけれど、貴女の魔法は今ここで解けてしまいそうね?」

「魔法が解けたなら、後はハッピーエンドが待ってるんじゃないの?」

「あら、それはどうかしら人魚姫さん?あなたに待っているのはバッドエンドかもしれないわよ」

 

場の雰囲気に合わせたのか、八幡式フィルターを通してみれば殺傷能力が高すぎると分かる言葉の応酬さえ、上流階級のお遊びめいた物になっている。もちろん由比ヶ浜は理解できていない。

 

「……やめる気は無いの?」

「ん?無いよ?……まあここはやめるとしても他のところで働くし」

 

十八歳未満が夜十時以降働くのは禁止されている。だが夜の仕事と言うのは例えバイトでも時給は高い。毒虫から大体の事情は聞いているから何故川崎がこんなことをしているのかは大体想像がつく。それを俺は否定する気も肯定する気も無い。俺だって人のこと言ってられない状況だし。

 

その後も由比ヶ浜と雪ノ下が説得を試みるも、その悉くを否定される。

 

「別にこっちは遊ぶ金欲しさに働いているわけじゃない。そこいらのバカと一緒にしないで。あんたらも偉そうなこと言ってるけど、あたしのためにお金、用意できる?うちの親が用意できないものを、あんたたちが肩代わりしてくれるんだ?」

 

返される言葉は辛辣で、なおも川崎は近付くな、邪魔をするなと吠えるように睨み付けてくる。だがその言葉とは裏腹に、細められた瞳には涙が浮かんでいた。

 

「それ、は……」

「それぐらいにしなさい。それ以上吠えるなら……」

 

そこで雪ノ下は一度言葉を切る。そしてそれによって雪ノ下が発するプレッシャーも高まっていく。俺にとっては大したことの無い威圧でも、『一般』の範疇に生きる川崎は微かにたじろぐ。

しかしそれも一瞬のことで、小さく舌打ちした川崎は雪ノ下を睨み付ける。

 

「……ねえ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕があるやつにあたしのこと、分かるわけ、無いじゃん……」

 

川崎が吐き出したそれは、諦めの言葉。俺が小さい頃に何度も吐き出した、理解を求めるその言葉。俺が既に忘れてしまったもの。希望を求める小さな願い。そしてそれでいて諦観を含んだ哀しき言葉。それは呪詛となり雪ノ下を痛め付ける。音を立ててグラスを倒した雪ノ下を見て、家庭の事情ってのはどこにでもあるもんだなと感じる。

 

「……由比ヶ浜、雪ノ下を連れて先帰れ。俺を待つ必要は無いから雪ノ下に付いてろ」

 

俺はMAXコーヒーを飲みながら、これから川崎に語ろうとしていることを纏める。

 

由比ヶ浜が雪ノ下を連れて出ていってから五分ほど経った頃、俺は何の脈絡もなく語りかける。

 

「なあ川崎、何で歳誤魔化してまで働いてんだ?……何て分かりきったことを聞く気は無い」

 

いきなり喋りだした俺を川崎は軽く睨んでくるがそんな程度でやられるほど俺は柔じゃない。

 

「どうせ予備校代とか大学の学費だとかそんなとこだろ?別に俺は歳誤魔化して働くことを悪だと断じる気は無いし、寧ろそこまで出来てすげーと思う。……だがよ、お前さあ。別に親に嫌われてる訳じゃ無いだろ?ただ単に金が足りないだけなんだろ?なのに家族に心配かけて働かなきゃならんほど、お前は追い詰められてんのか?」

「……何よ、あんたに、あんたなんかに、あたしの何が……ッ」

「俺さ、ネグレクトされてんだわ」

「は?」

 

俺が気楽に、

()()()()()()()()()()()()を口に出す。川崎は何を言われているのかか分からないようで、呆けた顔のまま静止する。

 

「だーからネグレクトだネグレクト。育児放棄だよ。しかも小さい頃から殴られ蹴られで身体中傷だらけだ。……今は関係ないか。まあそんなわけで俺の親は毎月保護者の義務だかなんだか言って生活費だけ払う。つまり俺は学費なんか最初からゼロなんだ」

「……え?いや、でも」

「もちろんお前のように深夜のバイトもやってるぜ?」

「……………………」

 

川崎は驚きと同情と喜びの混ざった奇妙な表情を浮かべる。それが同じ境遇の存在と出会えたがゆえの物かは本人にしか分からないが、兎も角これで俺の話を聞かせる土台は出来た。

 

「別に俺の方が辛いんだからとかそんな腐りきった毛ほどの価値も無い言葉を投げるつもりはない。だが一つだけ聞け。……お前、このままだと家族巻き込んでバッドエンド確定だぞ」

「……は?何?何のこと?」

「自分の体のことだろ?それぐらい分かってる筈だ」

「ッ!?」

 

川崎は驚愕に目を見開き、明らかに動揺したまま俯く。俺もそれきり何かを言うことも無く、未だ半分ほど残っているMAXコーヒーをただ飲むだけに徹する。こういったときに話しかけられるのは苦痛となるのだ。他の人にとってもそうなのかは知らないが、未だ俺が狂いきっていなかった頃の体験だ。少なくとも間違いでは無いだろう。

 

「……そっか……お見通し、か」

 

自嘲に頬を歪め、俯いたまま静かに、涙に震えた声を絞り出す。

 

「……ねえ、明日の放課後、ちょっと付き合ってくんない?」

「……別に構わんが」

「ん、ありがと」

 

そうして俺はMAXコーヒーを飲み干し、代金を支払ってバーを出る。その間ずっと、川崎の瞳は涙に濡れていた。


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