心を殺した少年   作:カモシカ

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ちょっと短めです。


心を殺した少年は、美少女二人とららぽへと行く。

 その日、紅茶が香るその部屋は、いつもより幾分か静かだった。それはあの元気な少女が、まだやって来ないからなのだろうか。それ自体を俺がどうこう言うつもりは無いし、その資格もない。だが壊れきったこの心でも、辛うじて一抹の寂しさを感じる事ぐらいは出来るのだなと、いつも通りの調子でふと思う。

 

「遅いわね。由比ヶ浜さん」

「そうだな」

 

 あの日以来、由比ヶ浜はこの部室に来ない。ただ無断で休んでいる訳でもなく、平塚先生にだけは話しているようだ。それも、休みの理由を俺と雪ノ下に伝えないよう、先生に頼んで。

 だから雪ノ下が遅いと言ったのは時間的な遅れの事ではなく、由比ヶ浜が休み始めた日から数日が経った今となっても、部活に復帰しないことを指しての事だ。

 

 と、その時である。部室の扉が───開いた。それに雪ノ下は期待に満ちた目を向ける。果たして扉から入ってきたのは……

 

「たのもー!!!」

 

 ……まあ、そうだよね。

 雪ノ下の目が微かに細められ、静かな怒気がひしひしと伝わって来る。幸か不幸か、先生はそれに気づくこともなく満面の笑みを浮かべて、ずかずかと部室に進入してくる。そりゃ先生は奉仕部の顧問なのだから入ってくるなとは言わないが、それでももう少し弁えて欲しかった。言動とかその他諸々を。

 

「……先生?部屋に入る時はノックをして下さいと言ったはずですが?」

「ハッハッハ、その位良いではないか」

 

 雪ノ下の殺気をものともせず、涼しい顔をして俺達の座るテーブルの前に堂々と立つ。……いや、やっぱものともしてたわ。めっちゃ冷や汗垂らしてる。

 

「今日は新たなルールの発表に来た」

「はぁ……」

 

 雪ノ下は困惑。俺は無視して読書の続き。新しいルールだか何だか知らないが、どうせあの時強制参加させられた奉仕対決のあれだろう。とするなら俺に決定権も拒否権も存在しない。

 

「由比ヶ浜がこの部に参加した事で、君達の一騎打ちという訳には行かなくなった。そこでだ!!!」

「先生、いきなり叫ばないで下さい。人としての常識を疑ってしまいます」

「まあまあ雪ノ下、こういう時の先生はテンションおかしいんだから相手すんな」

 

 二人して些かどころか凄く失礼な発言をかまして先生のライフを削る。精神ダメージを受けた先生だが、持ち前の打たれ強さというかしぶとさで持ちこたえ、何とか本題に戻る。

 

「こ、これからは、君たち三人のバトルロワイヤルだ!」

「そうですか」

 

 う、うわー。ゆきのん容赦ないっす。ばっさり行きやがった。俺は本読んでるだけだけど。

 

「……ぐすん。良いもん。雪ノ下が構ってくれなくても、私にはアニメがあるもん」

 

 何だか凄く残念な事を言いながら、平塚先生は帰って行った。……ごめんね?お詫びに今度ラーメン付き合ってあげよう。先生の奢りで。

 先生を見送り、俺と雪ノ下は顔を見合わせる。

 

「……何だったのかしら」

「さぁ?先生だしな」

「それもそうね」

 

 そう言うと、俺も雪ノ下も活字の世界へと帰って行く。俺達の間で多くが語られることは無い。第一、俺に人と同じ感覚など無いのだから普通の会話など成り立ちようが無い。だが、雪ノ下もどこか『普通』からはズレている。だからだろう。俺がこの教室に足を運び続けるのは。だからだろう。雪ノ下が、由比ヶ浜と友達で居られるのは。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 空が赤く染まり始めた頃、雪ノ下の一声により二人だけの部活は終わりを告げる。

 

「……六月十八日」

「あ?」

「誕生日なの……由比ヶ浜さんの」

 

 突然何なのだろう。由比ヶ浜の誕生日と言われても……あ、もしかしてお祝いしたいとかでねーの?

 

「んで?それがどうした?」

「その……お祝いをしたいのよ。今なぜ由比ヶ浜さんが部活に出てこないのかは分からないけれど、友人の事はきちんとしたい、から」

 

 ほーん。これが美しき友情ってやつなんかね。そりゃ普段の態度を見る限り、こいつにとって由比ヶ浜は初めての友人なんだろうが。それを差し引いても、こいつがこんな素直に、それも俺に語るだなんて。四月の態度からは考えられんな。

 そんな事を考えながら雪ノ下を見つめる。そして雪ノ下は恥ずかしそうに若干頬を赤く染め、咳払いをした。

 

「ねぇ、比企谷くん……」

「あ?」

 

 雪ノ下は躊躇うように自分の胸元をきゅっと握っていた。緊張しているのか、こくっと喉を鳴らす。上気した桜色の顔を隠すように、俺を上目遣いに見上げる。何かを絞り出すように、雪ノ下はか細い声で囁いた。

 

「そ、その……つ、付き合ってくれないかしら?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 日曜日。

 梅雨の晴れ間とも呼ぶべき晴天だった。今日は雪ノ下と出掛ける事になっている。というかもう出張ってる。時刻は一〇時になるところか。少し早いが、まあ小町の言う通りマナーという奴だろう。こんなに時間に細かいのは日本ぐらいなものだと聞いた事があるような気がするが。

 さて、気まぐれて付き合っているとかそういう訳では無く、俺も今日の行動には目的があったりする。雪ノ下の付き合ってくれ発言に一瞬惚けはしたが、俺の心がその程度で揺らぐ筈も無く。その目的というのは、ずばり()()()センスを知る事だ。俺は『普通』なんてものとは掛け離れてる狂人だし、『普通』など分かる筈が無い。だが普通が分からなければ、小町にプレゼントを贈ることも出来ない。小町は良い意味で『普通』だからな。

 

「お待たせ」

 

 涼やかな一陣の風を引き連れ、雪ノ下雪乃がゆっくりと歩いてくる。

 

「いや、ちょっと早く来ただけだ」

「そう。なら良かったわ。では、行きましょうか」

 

 そう言うと、雪ノ下は誰かを探すようにきょろきょろと周囲を窺った。

 

「小町なら今コンビニ行ってるぞ」

「そう。……けれど、休日に付き合わせてしまって何だか申し訳ないわね」

「仕方ないだろ、俺とお前で由比ヶ浜の誕生日プレゼント買いに行ったところで、絶対ろくなもん買わねえし。それに小町も喜んでたんだ。俺はそれだけで既に満足している」

「シスコン……」

 

 と、ここでネタばらし。

 何ということは無い。付き合ってくれというのは、単に誕生日プレゼントを買いに行くのに付き合えというだけの話。しかも俺でなく小町に付き合って欲しいんだと。

 まあ賢明な判断だ。友達が極端に少ない雪ノ下が頼れるのは、由比ヶ浜や小町位のもの。しかし今回は由比ヶ浜の為にプレゼントを買いに行くのだから、由比ヶ浜に頼るわけにも行かず。だから小町にお鉢が回ってきたのだろう。

 

 二分ほど無言で待っていると、小町が戻ってきた。いつもより清楚な方向に服装がシフトした小町は、有り体に言って天使だ。女神だ。

 

「およ、雪乃さんだ!こんにちわ」

「ごめんなさいね。休日なのに付き合わせてしまって」

「いえいえ。小町も結衣さんの誕生日プレゼント買いたいですし、雪乃さんとお兄ちゃんと、お出かけ楽しみですし」

 

 雪ノ下に謝られて、小町はにっこりと微笑む。俺とのお出かけを楽しみにしていてくれた事に喜びで咽び泣きそうになったが、今はお出かけを優先すべきだと思い直す。

 

「うし。そろそろ行こうぜ」

 

 二人を促し、高校生が良くデートスポットに使うと噂のららぽーとに向かう。

 

 そしてそれは、同類との出会いをも内包する、長い長い一日の、始まりだった。




明日から谷川岳へ行ってきます。ヤマノススメの聖地ですね。今から楽しみです。

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