心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、同類(シスコン)の気配を察知する。

 集合場所だった南船倉駅から少し歩いた所に、俺達の目的地はある。左手に見えていたイケアや、その辺りに昔あったレジャースポットに思いを馳せる。巨大迷路に室内スキー、一度で良いから行ってみたかったな……

 歩道橋を渡り終えると、そこからショッピングモールの入口に繋がっている。構内の案内図を見ながら、雪ノ下が考えるように腕を組んだ。

 

「驚いた……かなり広いのね」

「はい、なんかですね、いくつかにゾーンが分かれてるんで目的を絞ったほうがいいですよ」

 

 詳しい大きさは分からないが、近隣最大の名は伊達ではなく、適当にブラブラしていたらそれだけで一日が終わってしまう。

 

「んじゃあ効率重視で行くべきか。俺こっち見てみるわ」

 

 案内図の右側を指さす。すると雪ノ下は反対側を指さして、

 

「ええ、では私は左側を受け持つわ」

 

 うし。これで小町とのデートが出来る。完璧だ。え?雪ノ下?知らない娘ですね。

 

「……どした?」

 

 と、歩きだそうとしたが、小町に道を塞がれてしまう。

 

「お兄ちゃんは馬鹿ですか?」

「小町になら馬鹿って言われても嬉しい」

「うーん、ここまでとは知らなかったなぁ……」

 

 小町からの罵倒に言い知れぬ快感を覚えていると、小町は大きなため息を吐きながら、アメリカ人がしてそうな「はぁ〜、こいつ分かってねぇな~」みたいな感じで肩を竦めるリアクションをする。小町は何してても可愛いなぁ……

 しかし雪ノ下には小町の可愛さが分からなかったようで、訝しげに首を傾げて小町を見る。

 

「何か問題でもあるのかしら?」

「お兄ちゃん……は何か違う気がするけど、雪乃さん。そのナチュラルに単独行動しようとするのやめましょう。こんなときでなきゃこうやって揃うこと無いんですから、みんなで回りませんか?その方がアドバイスとか出来てオトクです」

「けれど、それだと回りきらないのではないかしら……」

「大丈夫です!小町の見立てだと結衣さんの趣味的にここを押さえておけば問題ないと思います」

 

 小町の意見を俺が却下する筈も無く、雪ノ下と小町を伴って歩き出す。小町が指した女の子っぽいゾーンはここから2、3区画離れた所にある。それまでは男性向けだったり雑貨だったりと俺にはあまり縁のないコーナーが続く。ユニクロぐらいでしか金なくて買えないからなぁ……

 雪ノ下と共に完全にお上りさん状態でキョロキョロしながら歩く。若干の視線を何処かから感じ、僅かな時間視線をやる。けれどどうやら小町や俺に悪意が向けられている訳では無いようなので無視。

 そうこうしているうちに、分岐点に辿り着く。正面には上へと登るエスカレーターが見えるが、さっき記憶した案内図の通り右を指さして小町に確認を取る。

 

「小町ー、こっちをまっすぐだったよな?」

 

 と振り返ってみると小町が居ない。

 

「……あれ?」

 

 だが俺が小町をそう簡単に見失う筈も無く、通路の中央にある柱の後ろに隠れている気配を感じる。……また何か企んでるな。

 なので小町のスマホに仕込んで置いたGPSの設定を変更し、常時俺に位置情報が送られるようにしてから気づかなかった振りをして雪ノ下に話し掛けようとする。

 と、そこで気づいた。雪ノ下がぐにぐにしている謎生物に。凶悪な目と研ぎ澄まされた爪、そしてギラりと光る牙を持ったパンダ。すなわちパンダのパンさんである。それをまるっと無視して、雪ノ下に近づく。

 

「雪ノ下」

 

 声をかけると何事も無かったかのようにぐにってたそいつを棚に戻し、視線だけで「何?」と問い掛けてくる。突っ込まないからな。

 

「小町知らないか?どっか行ったらしいんだけど」

「そういえば居ないわね……携帯に掛けてみたら?」

 

 雪ノ下の言葉通り、携帯に掛けてみる。ちょっと聴覚のリミッターを外して、柱に隠れている小町の付近の音を拾う。どうやら電源を切り忘れていた様で、電話が掛かってきて慌てて電源を落とす。まあGPSは起動したままなのだか。

 

「出ねぇな……」

 

 まるまる2コールしたところで諦めた体を装って電話を切る。すると雪ノ下の荷物が増えていた。買ったのね、それ。

 

「小町さん、何か気になるものでも見つけたのかしら……流石にこれだけの品があるとついつい見入ってしまうものも、あるわよね」

「お前みたいにな」

 

 雪ノ下が例のぬいぐるみをしまったバッグに視線をやると、雪ノ下は唐突に咳払いをした。

 

「……とにかく、小町さんも最終目的地は分かっているわけだし、そこで落ち合えばいいでしょう。ここでうだうだしていても仕方ないわ」

「まぁ、そうだな」

 

 俺は小町に「先行ってるぞ。後帰ったら楽しみにしてろ」とメールを送り先へ進む。

 

「……左ではないの?」

 

 歩き出すと雪ノ下がきょとんとした顔になる。

 正解は右です。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

「……雪乃ちゃんが男連れてる」

 

 雪乃ちゃんがおめかししているのを察知した私、陽乃は、当然雪乃ちゃんに着いて行った。害虫との密会だったら駆除しなきゃだし、毒虫に脅されているなら助けなきゃだしね。

 

「ふーん……もしかして追加されてた連絡先は彼のかな?」

 

 二年生に進級してから少しした頃に追加されていた連絡先があった。一つは『由比ヶ浜結衣』。そしてもう一つ、『比企谷八幡』。

 

「なるほどー……でも、デートって訳じゃあないのかな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、聴こえてきた会話から考察する。まあ妹も連れてるみたいだし大丈夫かしらね。

 

「………………気づいたっぽいね」

 

 ちらりと向けられた視線。一秒にも満たない刹那の時間で、まるで自分の全てを覗き込まれたような錯覚に陥った。まあそんな筈はないのだけれど。

 

「うーん。この距離で気づかれるってことは……」

 

 自分の同類。そんな可能性が頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 周囲の雰囲気が変わった。何かケバケバした派手な色彩の空間に甘ったるい『ふろーらる』とやらの匂いが充満している。参ったな、これじゃ匂いでの索敵が出来ん。

 服屋にアクセサリーショップ、キッチン雑貨に果ては靴下専門店と来た。俺にはもう訳が分からない。ユニクロで良いじゃん。

 

「どうやらこの辺みたいね」

 

 雪ノ下が涼しい顔でそう言う。さすが女子、こんな空間でも余裕だとは……

 

「で、何買うんだ?」

「……そうね、普段から使えてかつ長期間の使用に耐える耐久性を持ったもの、かしら」

「……鉈とか?」

 

 刃物だって手入れをすれば長期間使えるし、鉈なら耐久性にも問題ない。

 

「そんなものを日常的に使って欲しくは無いわね」

「えー……じゃあ何買うんだよ」

 

 結局はそこに辿り着く。俺達が最初にブチ当たった難問で、何なら正解は無いまである。

 

「最初は万年筆や工具セットなども考えたのだけれど、流石に嬉しがるとも思えなくて」

「……そーいうもんか?」

 

 俺は嬉しいが。工具セット。武器の幅が広がる。やっぱバールは良いよなぁ……あの絶妙なカーブとか綺麗に先端が別れてるとことかたまらん。

 

「それで、由比ヶ浜さんの趣味に合わせることにしたの。どうせなら喜んでもらいたいし……」

 

 雪ノ下が穏やかな微笑みを浮かべる。もうここ録画して渡してやれば由比ヶ浜喜ぶんじゃねえかな。

 

「んじゃ、選ぶか」

「ちょっと待って。小町さんは?」

 

 問われ、自分のスマホを覗く。着信が1件。小町からだ。要約すると、『ちょっと気になるもの見つけたから二人で頑張ってー。何なら一人で帰るしさー』という事らしい。ラブコメ的な何かを期待しているらしく近くに気配を感じるが、まあ小町がそう言うのであれば気づかない振りをしてやろう。

 

「小町は何か買いたいものがあるらしい。で、後は丸投げされた」

「そう……まあ、わざわざ休日に付き合わせているのだし、文句が言える義理ではないわね」

 

 雪ノ下は残念そうに言ってから、気合を入れ直すように言葉を継ぐ。

 

「由比ヶ浜さんが好みそうなジャンルは分かったのだし、あとは私たちで何とかしましょう」

 

 うわー凄い不安だなー。

 およそ一般的でない感性の雪ノ下に、それ以前の問題の俺。うん。詰んだな。

 俺の心配を他所に、服屋に入っていった雪ノ下を追いかけ俺も店に入る。

 

 警戒しながら比企谷包囲網を作る店員さん達に囲まれないように立ち回りながら、雪ノ下に近づく。

 

「……あなた、物凄く警戒されてるわね」

「まあな、俺の目を見たら誰だって警戒するだろ」

「自覚はあったのね……」

 

 うわー、完全にゴミを見る目だー。

 

「……仕方ないわ。行く先行く先で毎回店員を巻くわけにもいかないし、今日一日だけ恋人のように振る舞うことを許可するわ」

「うわー、すごい上から目線」

「なによ、不満?」

「んにゃ別に」

「そ、そう」

 

 雪ノ下が拍子抜けしたかのように素で驚いた顔を見せる。

 しかし、驚くような事じゃない。こいつと、いや誰とも恋人になるなど不可能であるのだから、恋人のふりをするぶんには構わない。雪ノ下は()()()()嘘をつかない。だからこいつが今日一日と言うのであれば寸分違わず今日一日であり、恋人のふり、と言うのであればそれは間違いなく恋人のふりなのだ。

 

「……案外嫌がらないのね」

「そりゃこんな事で勘違い出来るほど幸せな人生送ってないんでね。つーかお前は嫌じゃねーの?」

 

 俺が問い返すも、雪ノ下は澄ました顔を見せる。

 

「別に構わないわよ。知り合いに見られてる訳でも無いし、周囲に他人しかいない状況なら勘違いされて風評被害に遭う心配もないもの」

 

 何だか俺まで他人扱いされているような気がする。まぁいいんだけども。

 

「では、行きましょうか」

 

 そう言って雪ノ下は次の店に向かう。俺も雪ノ下の隣に並んで歩きだした。

 俺は人の愛など期待しないし、自分がそういうのを求められるとも思ってない。だからまあ、これはこれで良いんじゃないだろうか。ほら、パンドラの箱ってあるだろ。あらゆる災厄と希望が一緒に詰まってたやつ。希望も災厄ってことだ。

 

 ……ところで、うちの妹とおそらく貴女の家族が見てるのは伝えた方が良いのだろうか?

 ……あ、小町と雪ノ下の姉(仮)が合流した。




同類=はるのんでした。

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