そしてややらかした感がすごい。果たして文才の無い作者にこの設定が活かしきれるのか。
「んー?そりゃあ雪乃ちゃんが友達と出かけるって言うんだから気になるのは当然でしょう?」
「はぁ……まあ、そういう事にしておきましょうか」
「むー、本心なのに……」
俺が懸念するのは、この雪ノ下陽乃という人間が俺や俺のバイト先のことを分かっていて接触してきたのか、という事だ。
『雪ノ下』という名前的にも、うちの部長の姉という事実からも、そうである可能性は低いのだが。まあ、もし分家の回し者だったならば雇い主との協定に従って処分するだけだがな。
「……なら、質問を変えましょう。これに、見覚えはありますか?」
そう言って俺が取り出したのは、俺がバイトの時好んで使う小ぶりなナイフ。柄の部分に雪の結晶を模した装飾がされている。そして柄の先端、槍でいう石突の部分に小さく刻まれた『Assassin No.8』。
俺の仕事道具、その一つだ。
「……なるほど。ようやく分かった。君がそうだったんだ」
「で、あんたはどっち側ですか」
「ふふ、安心して。私は本家の人間よ。あなたのクライアント側の、ね」
「証拠は?」
「これでいいでしょ?」
そう言って姉のんさんが取り出したのは、雪の結晶を模したネックレス。本物であれば色々と物騒な機能が付いているそれを、何の躊躇いもなく俺に渡してくる。
デザインされた雪の結晶の先端に指を当て、赤外線のような不可視の光を照射する。それにナイフの雪の結晶を翳し、真偽を確認。
……本物、だな。
「ありがとうございます」
「ん。どういたしまして」
その会話を最後に、俺たちの間に言葉は交わされなくなる。幸いにして、俺は狂人なので気まずいとかは無い。別にこの人と仲良くしようってわけでもないし。
だが、そうか……どうしよう。
陽乃さんが本当に本家の人間だった事が確認出来たので、こちらとしてはもう陽乃さんと一緒にいる理由がない。
俺のバイトは
そもそも、雪ノ下家というのは裏社会で蠢く掃除屋だった。要するに暗殺から謀殺まで色々な『掃除』を請け負う家系だったのだ。
現雪ノ下家当主の父の代──つまり陽乃さんや雪ノ下の祖父の代──から表社会にも進出し、混迷の時代を生き残り、現在は表と裏の社会に影響力を持つ一大勢力となったのだ。
雪ノ下建設を創設したのが本家の人間。掃除屋時代の頭脳部だ。
そして、本家のネックレスや俺の仕事道具を作っているのも本家お抱えの偽装された研究所。
そして、雪ノ下分家とは、裏社会での掃除屋だったころの実働部隊。表立って敵対はしていないし出来ないが、裏社会から逃れ、本家の会社を乗っ取り、表社会で栄達を極めたいと欲する人間たち。
と、まあ俺にはその辺の抗争は関係がないのだが。俺がすべき事は指定された敵を滅殺することであり、決して護衛などではない。テンション上がると全方位無差別攻撃だからねしょうがないね。……決して色々やらかして護衛業務からはずされた訳ではない。ないったら無い。
「……ねぇ、お母さん達から……その、色々と聞いてるんだけど……どこまでほんとなの?」
「はあ……具体的には?」
「曰く、肉体にかけれた枷をいとも簡単に外してのける。曰く、その特技を活かし、肉体の全てを余すことなく使い切る。曰く、本家の道具を使いこなし単騎で百人以上を制圧した」
「……一つ、違います。百人ではなく二百人です」
「……まじで?」
「本家の道具と訓練された狂人がいれば可能です」
実際、本家から支給される道具は一世紀先を行くレベルの物なので、俺がリミッターを外し肉体の無駄を省いて戦えば軽火器で武装した程度の人間など百や二百集まったところでただの餌だ。ガチもんのレールガンを渡された時はさすがにビビったが。
「疑う訳じゃないけど……ちょっとね」
「まあ常識的に考えて信じられない筈ですしね」
「……まあ、今はそれはそんなに問題じゃないのよ」
はて、ならば何が問題なんでごぜーましょ。
思考さえも適当になってきた俺に対し、陽乃さんの顔は物騒なまでの剣呑さを帯びていた。
「雪乃ちゃんに、手を出してないでしょうね?」
「?……ああ、俺恋愛感情とか性欲とかそういうの無いんで大丈夫です」
「……そう。よく分からないけど、あなたが言うならそうなのかしらね」
お互いに奢ろうとするようなイベントも起こらず、自分の分の金を払い俺たちはカフェを後にした。
ちなみに、帰ってから嫉妬と呆れの感情を隠しきれないままの小町に問い詰められた。
とても可愛かったです。
****
『あなたと同じ症状の人間を見つけた』
母にそう告げられた私に湧き上がった感情は歓喜。
同類を見つけたことによる孤独感の消失などではなく、私の乾きを満たしてくれるかもしれない玩具を見つけた歓喜。
制限を外した脳で視る世界には、未知がなかった。
制限がない脳は、多少の知識さえあれば大抵の不思議を解き明かしてしまった。
制限を外された肉体は、どんなスポーツでも私を勝利に導いてしまった。
……つまらなかった。
いつしか自然に身についた仮面で人を騙し、操り、自分を崇めさせようともこの渇きが満ちることはなかった。
好敵手がいなかった。天敵がいなかった。それどころか、少しでも苦戦するような相手さえも現れなかった。
居たのは、ただ私に狩られるだけの弱者だけ。
悔しかった。
そんな弱者でさえも当たり前に持っているそれらを持っていないことが。
興ざめだった。
無いものだらけの私を目指す、ちっぽけな妹が。
不甲斐なかった。
普通とは違う力を持っていながら、その程度のことも解決出来ない自分が。
そこに来ての、この吉報。
悦びが止まらなかった。溢れ出る歓喜を隠すことも出来なかった。
……だと言うのに。
『あなたは
そう告げられた。
愚かな両親は、狂っているという彼と私を会わせ、私までもが狂ってしまうことを恐れたのだ。私が遠の昔に狂っていることにも気づかないまま。
つまらなかった。悔しかった。興ざめだった。不甲斐なかった。
けれどそれも、さっきまでの話。
私は、彼と出会ってしまった。
理性で狂気に蓋をして、常人の振りをするバケモノに。
一目惚れだった。
強固に過ぎる理性の鎧でもなお隠せはしないその狂気に、魅入られたのだ。
どうやら雪乃ちゃんも気に入っているらしいという事実も素晴らしかった。
愛おしいと思えた。
欲しいと思った。
奪いたかった。
狂人に堕ちた私に相応しいのは、きっと彼だけだろう。
今は雪ノ下本家の駒に甘んじてはいるが、私がそれを許さない。
必ずや、手に入れて見せよう。