心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、その教室に導かれる。

 そして、連れてこられたのは特別棟の一角。何の変哲もない教室の並ぶ廊下の隅っこ。ここで奉仕活動とか一体何をやらせるつもりなのか。……まあ、机とか椅子を運ぶってところか。

 

「雪ノ下、入るぞ」

 

 おろ?他にも誰か居るのん?まあ、俺の他にも平塚先生に奉仕活動と称して呼ばれた奴がいるんだろうな。

 

「……ですから平塚先生、入る時はノックをして下さい」

 

 凛とした声が響く。周りが静かだから余計にだ。

 ……それにしても女子かー、相手に恐怖を植え付けないようにしなきゃなー。具体的には働かずに帰る。……いや、待てよ。家に帰ってもどうせやること無くね?寧ろ居場所が無くね?

 

「ハハハ、細かいことは気にするな!」

「いえ、全然細かくありません。寧ろ常識中の常識です」

 

 うん。そんなんだから結婚できないんじゃないかな~。……いや、ごめんなさい睨まないで。

 

「まあまあ良いじゃないか」

「……はぁ。それで、一体何の用でしょう」

「ん、ああ。何、一つ依頼をしようかと思ってな」

 

 教室に入らずに廊下で棒立ちしていた俺は、平塚先生に引っ張られ教室に入る。

 

「はあ、依頼ですか……。そこに居る死んだ眼をした男と関係があるのでしょうか」

「いや初対面の人間に死んだ眼とか失礼すぎだろ……まあいいか事実だし。……比企谷八幡だ。レポートの罰として奉仕活動を命じられて来た」

「そう、私は雪ノ下雪乃よ」

 

 いきなり失礼な物言いをしてくるのぉ、お主。しかも嘲笑を浮かべるとかそう言うことは無く、むしろ罵倒されてるこっちが清々しくなるほどに切り捨ててくる。……うん、これまで会ったことの無いタイプの人間だ。壊れない程度に遊んでみようかな~。

 

「うむ、見ての通りこいつは死んだ眼をしているし、性格面でも健全とは言いがたいのだ。そこでだ。この部活で更正させようと思ってな、頼めるか?」

「その男と部活動をしろと言うことでしたら全力でお断りさせていただきます。その男の眼を見ていると身の危険を感じます」

「ふむ。さしもの雪ノ下でも怖いものがあるのか」

 

 先生の安すぎる挑発に反応したのか、雪ノ下の眉がピクリと動く。……ほう、負けず嫌い、ますます遊びがいがあるというもの。クックックッ。

 さて、俺も挑発しようか。

 

「あー、安心しろ。わざわざ怖がってるか弱~い女子に強要はしねえよ。……ほら、平塚先生行きましょ」

 

 そう言って振り返り、平塚先生がさっきしたような悪戯っ子の笑みを浮かべる。それで察してくれたのか、ぷるぷる震えている雪ノ下を置いて出て行こうとする。すると雪ノ下が、

 

「……待ちなさい。その依頼、受けてあげましょう。その眼と性格、治してあげるわ。……覚悟しなさい」

 

 ふぇぇ、何だよ覚悟って、更正するのって覚悟がいるものだったっけ?……まあ、更正する気はさらさら無いが。

 

「そうかそうか、受けてくれるか。では頼んだぞ~雪ノ下」

 

 そう言うと、平塚先生はハッハッハッ、と笑いながら教室を出ていく。……何か挑発にかかってくれると嬉しいよね。え?そんなことない?おっかしーなー、苛めてきた上級生を挑発してボコるのとか超楽しくね?

 

「……座ったら?」

 

 ドアの方を見ながら突っ立っていた俺に座るように促してくるので、近くにあった椅子にどかっと腰をかける。

 することも無いのでただ天井を見上げぼーっとすること数分。……そういやここ何部なんだ?

 

「……なあ、雪ノ下。ここって何部なんだ?」

「当てて見なさい」

 

 そう言われ、ヒントは無いかと教室を見渡す。……特殊な機具は無いようだ。あるのは教室の真ん中に無造作に置かれた長机が一つ、その机のほぼ両端に置かれた俺と雪ノ下の座る椅子。そして、俺達の椅子が置かれた辺とは反対の、机の長い辺のところに置かれた椅子。これらから推理しようとすると……

 

「お悩み相談室ってとこか?」

「……ほぼ、正解ね」

 

 流石に当てられるとは思っていなかったのだろう。雪ノ下の顔が悔しそうに歪む。ふぉっふぉっふぉっ、良い眺めじゃ。ぼっちの観察眼舐めんな。

 おっと睨まれた。

 

「……持つものが持たざるものに慈悲をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、眼の死んだ男には更正を、人はそれをボランティアと呼ぶの。……ようこそ奉仕部へ、一応歓迎するわ」

「なんか物凄くピンポイントな例があった気がしたんですが気のせいですよね。……まあ、いいや。奉仕部って言うのか、ここの部活は」

「ええ、ここでその死んだ眼を治して、最低限社会に出ても問題ないように更正してあげるわ」

「いやいや、俺に更正とか必要ないし。まあ人格とか眼とかその他諸々が破綻してるのは認めるが」

「……そこが問題なのよ。自分がおかしいと自覚しながらも、それを認めてしまっている。変わろうとは思わないの?」

「……俺のことを何も知らない人間に、俺のことを語って貰いたく無いんだが」

 

 わざと声を低くし、怒気を滲ませた声で雪ノ下を睨む。……さーて、どう反応する?

 

「……自分だけが辛い、なんて言いたいのであれば、それは只の甘え。只の逃げよ」

「変わるのだって現状からの逃げだろ。今とこれまでの自分を認められない奴に、人は救えない」

「ッ……でも、それじゃあ誰も救われないじゃないッ」

 

 そこまで会話をしたとき、唐突に部室のドアが開く。入ってきたのは平塚先生だ。

 

「ですから先生、ノックを――」

「ああ、すまんすまん。それより雪ノ下、比企谷の更正にてこずっているようだな」

「ええ、本人が変わろうとしていないので。……すみませんが先生、この依頼は長い目で見て貰わないといけないようです」

「ハハハ、もとよりそのつもりだ。そもそも比企谷程の奴を直ぐに更正させられるとは思っていない。と言うわけでだ、少し勝負をしよう」

「は?」

 

 疑問を浮かべたのは雪ノ下のみ。平塚先生登場の時点で俺は何となく察していた。だってあの人こういう正義と正義がぶつかりあうみたいな少年漫画な展開大好きだもん。

 

「なに、簡単な勝負だ。奉仕部に持ち込まれる依頼を解決し、どちらがより多く人の役にたてるかで勝負してもらう。まあ、ただ勝負するだけではつまらんしな、勝ったほうは負けた方になんでも命令できるとしよう」

「な、なんでもって、平塚先生。その提案には賛同しかねます。このような男と勝負をしたら、何をさせられるかわかったものではありません」

 

 おうおう、信用ねえな。まあこんなすぐに信用されても困るが。

 

「ほう、雪ノ下には余程勝つ自信が無いのだな」

 

 おっとここで先生の挑発。まあ、いくら負けず嫌いといえどこんな危険な勝負には乗らないだろう。

 

「……いいでしょう、その安い挑発に乗るのは癪ですがそこまで言われて引き下がる訳には行きません」

 

 えー、まじか。どんだけ負けず嫌いなんだよ、いいじゃん勝負しなくても、俺楽しそうなのは好きだけど面倒臭いのは嫌いだよ。

 すると雪ノ下がこちらを向き、

 

「……勝負になったからには、こてんぱんに叩き潰してあげる。覚悟なさい」


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