いきなり雪ノ下に宣戦布告された日から一日、特に受ける必要の無い授業を受け終えた。え?なんで受ける必要が無いかって?全部理解してんだよ。意図的に学年三位をとれる位にはな。
まあこんな『壊れた』ぼっちの事情なんかどうでもいい。それよりも今後のことを考えよう。具体的には教室の前で待機している平塚先生をどう出し抜くかだ。いや別に部活をサボろうとしている訳では無いですよ。ええ。……あんなおもしろい奴見つけて放っとく訳無いだろ。壊れない程度に遊び倒すさ。
さて、このまま教室に居ても意味は無いのでさっさと教室から出て特別棟に足を向ける。え?平塚先生?考えたところでどうなる訳でも無いので、普通に廊下出て普通に奉仕部に向かおうとしたら意外そうな顔をされたが何故か勝手に納得された。……平塚先生ってたまによく分からん。まあ俺が言うなって話だが。
まあそんなこんなで奉仕部部室へ到着。
「う~っす」
「……あら、本当に来たのね。もしかしてマゾなの?」
開口一番これである。ククク、本当にこいつはおもしろい。ぼっちでありながら『持つ者』だなんてな。本当に誰からもなんとも思われず、いつも理不尽に攻撃をされるような生活をしていたならこんな気の強い性格は出来ないだろう。つまりこいつは、本当の意味でぼっちでは無いのだ。まあそれはそれとして、
「あー、案外そうかもな」
「…………」
そんな風に返したら思いっきり引かれた。只でさえ離れている椅子を更に一メートル程離された。
「いやそんな引くな、あくまで『かもしれない』という話だ。俺の場合は、周囲が向けてくる暴力にも暴言にも耐性ができて何も感じなくなっただけだが。でもその苦痛を理不尽に抗う力に変えてきたからな、ある意味ドMだ。ぼっちの一つの完成形だな」
未だ疑わしげな視線を送ってくる雪ノ下だが、椅子は元の位置に戻してくれた。
「まあそれに、入っちまった以上は来といたほうが良いだろ」
「意外ね」
「何がだ?」
「部活なんか下らないとか言って逃げるかと思っていたから」
「いやいや、俺これでもルールとか超守るし」
「そう?なら、これからも来るつもり?」
「そのつもりだが」
「そう……」
そう言うと、雪ノ下は読むのを中断していた本に視線を落とす。俺も持ってきた本を開き、心地よい沈黙の中ただただ読み耽る。……心地よい?俺が?『壊れた』心では何も感じない筈なのに。……いや、これは面白い人間を見つけてテンションが上がっているだけだ。死んだ心は帰って来ないのだから。
「……そう言えばさ、お前友達居んの?」
「……そうね、どこからどこまでが友達かを定義して貰える?」
「あーはいはい、要するに居ないんだな」
「…………」
何かまた本を読み始めた。これはあれか、拗ねているという奴か。俺は何言っても怒らせるか怯えさせるかしかしたこと無いから初めて見た。
「で?人から好かれそうな容姿してんのになんで一人なんだよ」
そう。こいつは『一人』なのだ。決して『独り』では無い。完全な孤独では無く、ただ一人で居るというだけ。いざというときに頼れる人間は居るし、家族には家族として扱って貰える。だから俺の様に光を失わなかったのだ。希望を持っているのだ。そんな中途半端なこいつの経験談を聞いてみよう。
「……人に好かれたことの無い貴方にとって辛い話になるでしょうけど」
「安心しろ、もうただの言葉じゃ傷つかん」
「……私に近づいてくる男子は大抵私に好意を持っていたわ。好かれたいだなんて思ったことは無いけれど」
「問題だったのは、本当に誰からも好かれていた訳では無かった、ということよ」
「……小学校の頃、上履きを六十回程隠されたことがあったわ。内五十回は女子にやられたの。そのお陰で、私は毎日上履きとリコーダーを持って変えるはめになったわ」
「けれど仕方ないわ。人は醜くて、すぐに嫉妬するし蹴落とそうとする」
「不思議な事に、この世は優秀であればあるほど生きにくいの。……けれど、そんなのおかしいでしょう」
「だから変えるのよ」
「人ごと、この世界を」
そう、平然と言ってのける雪ノ下。その目標はとても美しいのだろう。俺には一層その美しさが眩しく見える。だから俺は残念でならない。その目標は絶対に叶うことがないのだから。
けれど、だからこそ、こいつが変えた世界というものが見てみたい。こいつは良くも悪くも純粋で真っ直ぐだ。時に愚直とさえ思える程に。けれどその真っ直ぐさは俺が捨ててきたものだ。だから暫くの間は、こいつを『強く』してみよう。こいつの真っ直ぐさはきっと脆い。いつか理不尽に屈し、折れてしまうかもしれない。
だから先ずは、
「無理だな」
否定から始めよう。