心を殺した少年   作:カモシカ

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八幡は思考というか情緒というかが不安定です。だから平気で矛盾もします。


心を殺した少年は、真っ直ぐな少女を少しだけ変える。

「……どういう意味かしら」

 

 綺麗な笑顔を向けてはいるが、物凄く怒っているのが感じられる。だって目が笑ってないんだもん。あんな目で睨まれたら八幡びびっちゃう。……え?お前の目の方が異常?やかましい!

 

「そのまんまの意味だよ。……確かにお前の目標は素晴らしいし、綺麗だ。他の奴がどれだけ笑おうと、少なくとも俺は肯定する」

 

 これは結構本気だ。俺の死んだ心でも綺麗だと感じるしな。

 

「だがな、お前は弱い。本気の悪意に晒されたことはあるか?信じていた、友達だと思っていた人間に手酷く裏切られたことは?味方だと思っていた親から見捨てられ、殴られたことは?……本当に、独りになったことは?」

 

 こいつは『一人』ではあったのかもしれないが、『独り』では無かった。

 

「……何が言いたいのかしら」

「ハッ……つまりな、お前は人に苦しめられて、人を分かった気になってるようだがな、本気の人の悪意って物はその程度じゃ無い。お前は、目が死ぬほど腐った世界も、人の黒い部分も見てないんだろうな。だからそんな綺麗な目をしていられる」

 

 話を聞く限り、こいつは何かとてつもなく恵まれた何かを持っているのだろう。

 

「上履きを隠された?女子からは嫌われた?それぐらいで理解した気になるんじゃねえ。それに、世界を変えるったって具体的にはどうするつもりだ?お偉いさんにでもなって、上から目線で変われとか抜かすのか?そんなんじゃ変えられないし、変わったとしてもお前の描く世界じゃ無い。他人が間に入った時点で、もうお前の考えからは外れちまうんだよ」

 

 こいつは理解していない。心が死ぬ程の黒くて禍々しい、腐った世界を。

 

「お前一人に変えられる世界なんてのは、精々一人の世界だけだ。お前の言う『人ごと世界』を変えるなんて、今のお前じゃ絶対に不可能だ」

 

 知らないでいることは楽だが、生憎こいつの目標の為には知って、理解して、立ち向かわなくてはならない。

 

「そんなこと無い!もっと方法が……」

「あるのか?人ごと世界を変える方法が。お前の理想そのままに変えられるのか?」

「それ、は……」

「なんだ?言ってみろ」

「…………なら、あなたには変えられるの?」

「……変えられるわけじゃ無いが、壊すことはできる」

 

 人は、理解できない狂気をぶつけられると強い恐怖を感じる。既に狂気に染まった俺は、中学時代、何度も何人も恐怖のどん底に突き落としてきた。だから、誰かの世界を『壊す』ことはできる。

 

「逆に言えば、壊すことしかできない。俺は正気も真っ直ぐさも純粋さも、目の輝きも、とっくの昔に捨てちまった。……だからな、お前と昨日話した時こいつは面白えなと思った。そして今日、それが確信に変わった。いきなり世界を変えるだなんて、普通は言えない。俺ほどじゃ無いにしても、世界の黒い部分を見ちまったらどうしたって腐ってく」

 

 まあ俺の場合腐りを通り越して死んじまった訳だが。

 

「けどお前は、純粋さを失わなかった。まあ、誰かに守られてたんだろうがな。だから問おう、お前に『自分』はあるか?」

「自分……?」

「ああ。自分自身が持つ価値基準、信念、依る辺無くして立つ強さ。どうにも俺には、お前の『自分』が見えねえ。それをどうにかしない限り、世界を変えるなんて出来ない」

「ッ」

 

 何か思い当たる節でもあったんだろう。雪ノ下が俺をキッと睨む。その視線を受け俺は、狂気に堕ちた笑みを返す。

 

「分かったか?お前は弱いと言った意味が。この程度の応酬でダウンするようじゃ、お前の目標の実現は夢のまた夢。絶対に実現しやしない」

「…………」

「ま、本気で変えたいと思ってるなら、もっと知って強くなれ」

 

 そう吐き捨て、

 

「そんで、もっと俺を楽しませろ」

 

 

 

 

 

 side:yukino

 

 

 

 

 

 初めてだった。家族以外にここまで惨めに言い負かされたのは。けれど同時に、私の目標を真剣に……ではないのでしょうけど聞いて、笑いもせず『面白い』と言ったのは彼が初めてだ。

 そもそも、なぜ彼に私の目標を話したのだろう。ぼっち同士何か親近感を持ったのだろうか。……いえ、これは親近感などでは無いわね。けれど敵対心でも無い。もちろんプラスの感情などでも無い。……中々名状し難い感情ね。

 

 そんなことを考えている内に職員室へ到着する。

 平塚先生に奉仕部の鍵を返却し、下校しようとするが平塚先生に話しかけられる。

 

「どうだい?比企谷は」

「どう、とは?」

「中々面白いだろう」

「いえ。とてつもなく不愉快でした」

 

 そう答えると、平塚先生は少し悲しそうな顔をする。……なぜかしら?

 

「けれど」

 

 そう。確かに不愉快な時間だったが、たったあれだけの時間でここまで見抜いた輩なのだ。何か意味があったのだろう。最後に言っていた「楽しませろ」というのがどういう意味なのかは分からないけれど。

 

「彼は私の目標を笑いませんでした。それどころか、面白いと言った上で今の私では不可能だとも言ってきました」

 

 彼は私がずっと悩んできたことを一発で言い当てたのだ。そして、『今の』私では不可能だとも言ってきた。話しているときは姉さんと対峙している気がしたが、姉さんとは根本的に違うのでは無いかと思う。

 

「……そうか。……どうやら私の選択は間違っていないようだな」

「?何の話でしょう」

「いや、比企谷を奉仕部に入れて良かったなと思ってな」

 

 それとこれとでは話が別だ。いくら違うとはいえ、どこか姉さんと似ているところのある男だ。これからの部活動を想像するとぞっとする。

 

「ああそれと、あまり彼に踏み込み過ぎるな。中途半端に知っても、彼を壊すだけだ」

「?壊す?」

「……いや、何でも無い。それより下校時刻だ。さっさと帰りたまえ」

「はあ。……それでは、失礼します」

 

 そう言い、職員室の出入り口まで向かうと静かに退室する。

 

「……いつか、話してくれるだろうか」

 

 平塚先生が何か言っていたが、独り言のように小さく聞き取れなかった。


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