心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、もう一人面白い少女を見つける。

 雪ノ下を言い負かした次の日。俺が奉仕部に入ってから初めての依頼を受けている。その依頼とは、クッキーを渡したい人が居るので作るのを手伝って欲しいというものだった。正直言ってこの手の相談は面倒くさいだけだが、雪ノ下が受けてしまったために俺も手伝うことになる。……まあ、家に居ても居場所無いしいいんだがな。

 

 そんな訳で、俺と雪ノ下、そこに依頼者の由比ヶ浜結衣を加えた三人で家庭科室に来ている。何故か由比ヶ浜が俺のことを知っていたりヒッキー呼ばわりしてきたりと色々あったが特に問題は無く、案外すんなりと家庭科室の使用許可が降りたため、今からクッキー作りを始める。

 

「早速始めましょうか」

「うん!よろしく雪ノ下さん。……後、ヒッキーも」

「別によろしくせんでいいぞ」

「あら、あなたにも手伝って貰うわよ。奉仕部の一員なのだから働きなさい」

「へーへー分かりましたよ」

 

 そんな訳で、雪ノ下によるお料理教室が始まった。……のだが、

 

「んしょ、うんしょ……」

「違うわ由比ヶ浜さん。もっとヘラで切るように動かすの」

 

 だの、

 

「由比ヶ浜さん、何故桃缶を出したの?まさか入れないわよね?……ええ、そう。絶対に入れないでちょうだい。いえ、コーヒーも入れないわ」

 

 だの、

 

「お願い。言う通りにして。そう。……だから桃缶は必要無いの」

 

 なんて会話が続き、由比ヶ浜によって作られたクッキーではない何か。……物体Xとでもしておこう。

 その黒々しくも禍々しい物体は、人類が、いや、生物が食してはいけないものだと本能的に感じる。……いやいや、最早これ料理の指導とか依頼云々の話じゃ無いぞ。毒物処理だろ。流石に俺でもこれを食う奴には同情……する、と思う。え?何で疑問形なのかって?いや、俺心が死んでるから。

 とまあそんなことを考え、この毒をどうやって処理しようか、どうしたら由比ヶ浜が今後料理しないようにできるかを検討していると、

 

「……比企谷くん、早速仕事よ。味見を死なさい」

「……ねえ、何かしなさいの所に不適当な漢字が当て嵌められていた気がするんだが」

「……きっと死なないわよ」

「……こっち見て言ってね?」

 

 雪ノ下が恐ろしい指示を出してきた。それも、目を背けながら。……いや、これ洒落にならんレベルだと思うんだが。然るべきところに持っていった方がよろしい気がするんだが。

 

「う~いっつもママの料理見てるのに……」

「いや、見てるだけならやってないのと変わらんから」

「ええ。あなたは何故レシピ通りにやろうとしないのかしら?」

「え?桃とか入れた方がおいしそうじゃん!」

 

 あ、これあれだわ。初心者がレシピ通りにやらずにアレンジして、くっそ不味い料理が出来るパターンのやつだ。

 

「はぁ……」

 

 雪ノ下が大きくため息を吐く。……心中、お察しする。

 

「つーかさ、最早これ味見と言うより毒味だろ」

「な!何が毒だし!流石にそこまで……」

 

 …………………………。

 

「やっぱ毒かな?」

 

 俺と雪ノ下は揃って頷く。思わず動きがシンクロしちゃう位には気持ちが揃っていた。

 

「まあ、いいわ。食べてみたら案外普通かも知れないもの。試しても居ない可能性を捨てるわけには行かないわ。……と言うわけで比企谷くん。お願いするわね」

 

 いや、全然揃ってなかった。寧ろ真逆だった。俺、まだ死にたくないもの。

 しかしまあ、流石に死にはしないだろうということで一応味見は……毒味はしておこう。

 そう結論付け、物体Xを口に放り込む。

 すると一瞬で口内に広がる焦げ臭さ。コーヒーの苦味と桃缶シロップの微かな甘味がコラボレーションし、死にたくなる味が広がる。吐き戻しそうな程不味いが、気を失うほどじゃ無いからたちが悪い。

 何とか気合いで飲み込み、すぐさま買っておいたMAXコーヒーを煽る。

 

「はあ、はあ、はあ」

「ヒ、ヒッキー大丈夫!?」

 

 由比ヶ浜が体を支えようとするが、手でそれを制す。

 

「それで、どうかしら。……まあ、聞く必要も無い気がするけれど」

 

 俺をこの状態に追い込んだ張本人が涼しい顔で聞いてくる。……よし、いつか復讐しよう。

 そんな訳で何の感情も伴わない、死んだ眼で雪ノ下の目を覗き込む。三秒ほど見つめあっていたが、気まずくなったのか雪ノ下が目を反らす。……ふっ、勝った。だから何に?

 そんな茶番をぼけっと見ていた由比ヶ浜だが、雪ノ下の咳払いで我に帰る。

 

「んっ、んん。……それで、結局どうだったのかしら?」

 

 ごくり、と由比ヶ浜が唾を飲み込む音が聞こえた。それほどに緊張しているのだろう。何せ、何年間も鍛えてきた俺をここまで追い詰めたクッキー、その制作者だ。ある意味、生半可な実力では無い。

 

「端的に言うと超不味い。こんな不味いクッキー俺にはどうやっても作れない。ある意味才能だ」

「……そっか。えへへ、やっぱりあたし料理とかそういうの向いてないのかな。ほら、才能っていうの?そういうの無いし。それにほら、今時みんな手作りとかしないって言うし。……えへへ、ごめんね。やっぱ依頼は取り消すよ」

 

 ……ま、結論としては妥当だろ。このまま終わらせてさっさと今日のトレーニングを始めたい。

 しかし、だ。雪ノ下はどう動くだろう。平然と世界を変えるだなんて言えるやつだ。才能の有無を持ち出されたら黙っては居ないだろう。それに、ここで動かなければただのつまらない奴でしか無い。もしそうだったら俺がここに居る理由も意味も無くなる。

 そして、雪ノ下の返答は期待通りの面白いものだった。

 

「ふざけないで」

「へ?」

「才能が無い?ならあなたは才能を羨めるほどの努力をしたのかしら。最低限の努力もしない人間に才能を羨む資格は無いわ」

「い、いや、その」

「それに、周りがどうだとか自分が出来ないことの遠因を他者に求めないで。それと、あなたのその人の顔色を窺うような態度、やめてくれるかしら。見ていてとても不愉快だわ」

 

 その言葉に由比ヶ浜は俯いていたが、

 

「…………かっこいい」

「は?」

「何か建前とかそういうの全然言わないんだね!」

「え、いや、その、話を聞いていたのかしら?結構きついことを言ったつもりなのだけれど」

 

 ふむ。あのぐらいが『結構きつい』のラインなのか。だとしたら俺はこれまでかなりやばいことを言ってきていた訳なのか?精神崩壊させてる奴も居たし。いやまあ相手は選んでたけども。

 

「あー、まあ言葉は結構きつかったしぶっちゃけ引いたけど……なんてーの、何か本音~って感じがするの。だから、うん。ごめんなさい。次はちゃんとやる」

 

 ほーん。こんな奴も居るんだな。何だよ。この学校面白い奴等で溢れてんじゃん。へー、これで当分は退屈を凌げそうだ。

 

「……ええ。ちゃんと教えるわ」

 

 雪ノ下もこいつの態度には驚いていたようだが、どうやら本気になったようだ。さっきまで手を抜いていた訳では無いが、二人とも明らかに顔つきが変わっている。

 ならば、俺も少しサービスをしよう。

 

「二人とも、一回外に出てくれるか」

「……何故?」

 

 雪ノ下が訝しむが、俺は特に答えるでもなく、

 

「本当の手作りクッキーって奴を見せてやりますよ」

 

 後で聞いたが、この時の俺の顔はさながら狡猾な魔王のようだったと言う。


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