心を殺した少年   作:カモシカ

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心を殺した少年は、そのクッキーに思い出を幻視する。

「……比企谷くん、これが本当の手作りクッキーだと言うの?」

「なんか焦げててあんま美味しくない」

 

 五分経過し、俺が用意したクッキーを食べた二人から言われた感想はこんなところだ。……まあ不味いのは当たり前だろう。

 

「……ま、そうだよな」

 

 そう言って、わざとらしい程に落胆した表情を作り、クッキーを捨てようと生ゴミの袋に突っ込もうとする。 すると由比ヶ浜が、

 

「あ、ま、待って!そんな捨てるほど不味かったわけじゃ……」

「いえ、この味は最早クッキーへの冒涜ね。全世界のクッキーに謝りなさい」

 

 ……うん。期待してたのは由比ヶ浜のフォローだけなんで雪ノ下さんはちょっと黙っててくれません? だが俺の願いが届くはずもなく、俺を攻撃する材料を見つけた雪ノ下はとてもとても嬉しそうだ。しかしその笑みには、俺がこれまで受けてきた醜悪で残酷な性質は見えない。どこまでも雪ノ下雪乃という人物は俺を退屈させてくれないようだ。しかし雪ノ下の発言は少し間違っている部分がある。

 

「そりゃあこれは由比ヶ浜が作ったクッキーだからな。全世界のクッキーへの冒涜にもなるだろうよ」

「は?あなたは何を……」

 

 そこまで言ってようやく気づいたようだ。さっきのあれをこいつらに食べさせて良いものかと一瞬迷ったが、倒れたら倒れたで面白そうだしいいかと思いこいつらに食べさせたのだ。……や、何で倒れないのん?俺が食ったのがたまたま物凄く不味かったのか?昔からそうだが俺って本当に運が無いよな。それともこいつらが異常に強いのか。まあ俺が人の事異常とか言ってられないが。

 

「……えっと……あたしのクッキー、そんなに不味かったかな」

 

 由比ヶ浜が物凄く落ち込んでいる。雪ノ下が歯に衣着せぬ言い方をするのは分かっていたはずだが、流石にここまで言われると傷つくらしい。俺はそうでもないが。

 

「い、いえ、由比ヶ浜さん。別に本気で言っているわけでは無くて。そ、そう、そこの男に騙されただけなの」

 

 ここにきて全力の責任転嫁。いっそ清々しいほどの丸投げである。いやまあいいけどね?けどあんまりやり過ぎると怒っちゃうぞ~、みたいな?……まあ無言で圧力かけた方が面白そうだが。

 

 まあそれはそれとして、今はさっさと依頼を終わらせよう。

 

「まあ俺のせいでも何でも良いんだが、説明していいか?」

「え、ええ」

「あ、そうだよヒッキー。あたしの料理が不味いのは分かったけど……」

 

 そう言って、雪ノ下に慰められ復活した由比ヶ浜が俺に疑問をぶつけてくる。まあ自分の料理を散々扱き下ろされた上に、自分で作ったとはいえ不味いクッキーを食べさせられたことに何の意味があるのか分かる筈も無いだろう。

 

「……これは俺の友達の従兄弟の友達の話だ」

「は?」

「いいから聞け。……俺の友達の従兄弟の友達……仮にH・H君としておこう、はよくいじめられていた。そのせいか、誰も立候補しなかった学級委員長なんて仕事を押し付けられた。まあそんな状況で立候補する女子なんざ居る筈もなく、役職の押し付け合いで揉めに揉めた。その時、ある一人の女子が立候補した。それだけならまだしも、H・H君に向かって『一年間よろしくね~』などと言ってきたのだ。しかもそれからと言うもの、ちょくちょく話しかけてくるようになった。まだ夢見がちな少年だったH・H君は期待に胸を膨らませた。……これ、俺の事好きなんじゃね?、と。そしてH・H君は意を決してその女子に『ね、ねぇ、好きな人って居るの?』『え~恥ずかしいよ~』『イニシャルだけで良いからさ』『……H』そこまで聞いて俺のテンションは柄にもなく上がってしまった。そして俺は最後の質問をする。『それってさ……俺?』『……は?何言ってんの?キモいんだけど。近寄らないで』そして俺の期待は裏切られ、翌日からナル谷というあだ名で親しまれることとなるのだった」

 

 そこまで言い切り、雪ノ下と由比ヶ浜に視線を向ける。……あれ?伝わんなかったか?

 

「……それでその話のどこが説明になっているの?」

「H・H君て誤魔化してたのに結局俺って言っちゃってるし……」

「ちょばっかてめえ。友達の従兄弟の友達のH・H君の話だよ。断じて俺じゃねえ」

 

 うん。このテンポの良い会話、結構気に入った。

 

「いいから早く説明しなさい」

「へーい。まあ要するにな、男ってのは恐ろしく単純でバカな生き物なんだよ。話しかけられれば気になるし、メアドを手に入れた日には携帯を手放せなくなるもんだ。まあ個人差はあるだろうが。……そんなわけで、手作りクッキーなんてのはその娘が自分のために作ったって事実が嬉しいもので、多少焦げてようが不味かろうが問題じゃない。むしろベター。つまりだ。多少不格好でも、お前みたいな美少女に手作りクッキーなんて渡されたら男心も揺れるんじゃねーの」

 

 ま、そんな気持ちで居られたのも今となっては随分と昔の事だ。そんな風にどんな感情も、どんな感傷も、どんな痛みも割りきってしまえる様になった俺は、周りから見れば確かに異常だろう。

 

「……ヒッキーも揺れるの?」

「あ?俺?……さあな。貰ったこと無いから分からん」

「なにそれ……」

 

 そんな異物である俺が、数少ない楽しい思い出を未だに忘れられないのは何故なのだろう。考えても答えは出ない。

 

「でも、そっか……雪ノ下さん!あたし、自分のやり方でやってみる!」

「そ、そう」

「うん!ヒッキー、雪ノ下さん、ありがとう!」

 

 そう言って由比ヶ浜は家庭科室を出ていく。その時の由比ヶ浜は、最初に見せたおどおどした感じを微塵も出さず、愚直なまでに真っ直ぐに見えた。そんな姿勢を眩しく感じ、そんな風に感じた俺に、俺自身が驚愕する。

 

 そして、何年間も狂気を押さえ続け、結果異常なほど強大に成長した理性が俺に諭すのだ。お前はもう普通じゃない。ただの狂人だ。だからあの真っ直ぐさを羨んではいけないし、近づいてはならない。あれは、お前が壊して良いほど無価値なものでは無い、と。

 それは実際その通りだろう。けれど、狂った人間でありながらも、理性を未だに強いまま残し、狂人になりきれない中途半端な俺にはどうしようもなく眩しく見えるのだ。俺がとうの昔に捨てた純粋さを未だにその身に宿す彼女は、おそらくとても強いのだろう。

 何にせよ、失ったものは戻らない。だから俺は、羨ましいと思ってもどうすることもできない。

 俺に出来るのは、恐ろしく矛盾を抱えた自分自身を縛り、護り続ける理性という鎧を着け続けること。

 そしておそらくその為には、あの思い出を忘れてはならないのだ。俺がまだまともだったころの、優しい記憶。何故このタイミングで思い出したのかは俺にも分からない。

 けれど俺は、今日の風景をあの思い出に重ねている。それは俺にはあり得ないことで。けれど不思議と、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そういや由比ヶ浜、片付けして無いな。

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