由比ヶ浜の依頼を終わらせて一週間が経った。部長さまは本人の成長の為に最後までやるべきとか何とか言ってたが無視した。
何はともあれ俺の奉仕部としての最初の依頼は無事(?)に終了した。……はずだった。
「やっはろー!」
劇毒料理人こと由比ヶ浜が、あほくさい挨拶をかましながら奉仕部へとやってきたのだ。……なして?いやまあ面白そうだから放っとく気は無かったがな?まあ来ることは良いんだよ。でもさっきから嫌な予感がビンビンするんだよ。
「……何の用かしら。依頼なら一応解決したはずだけれど」
そんな俺を尻目に、いつもより(といっても俺に対しての罵倒に比べればましだが)刺を含んだ言葉で雪ノ下が対応する。
「あ、あれ?何か歓迎されてない?雪ノ下さん、あたしのこと……嫌い?」
「いえ、嫌いでは無いわ。そうね。少し苦手……かしら」
「ちょ、それ女子言葉じゃ同じことだからね!?」
まじかよ女子こっわ!じゃああれか、女子の言う可愛いとか綺麗とか大半がお世辞だったりするのか。などと怯えてみたが俺のほうが女子に怯えられる側でした。てへ。
「それで何か用かしら」
「あ、そうそう。クッキー作ってきたんだ!この間のお礼!」
「いえ私今食欲が……」
「あ、それでねゆきのん!これからちょくちょくここ手伝うから!」
「いえ私は……」
「いやーこれもお礼だから!だから気にしないで!」
「だから私は……」
「あ、ゆきのん!明日からここで一緒にお昼食べよう!」
「いえ、あの……」
「あとね、ゆきのん!」
……すげー。ガハマさんぱねぇ。雪ノ下をマシンガントークで抑えてる。こんなのが雪ノ下のお友だち候補とは……。がんば、雪ノ下。
そんな訳で俺は部室から出て行く。べ、べつに雪ノ下と由比ヶ浜の位置がやたらと近くて百合百合しくて居づらかったとかじゃないんだからね!
ええそうです早く今日のトレーニングをやりに行きたかっただけです。
そんな訳で廊下をすたすた歩いていると、後ろでガラッと扉が開けられた音が、次いで何かが飛んでくる気配がする。
その投げられた何かを迎撃するために、振り向き様に裏拳を叩き込もうと体を半回転させるがその飛んでくる『何か』を視界に入れた瞬間、これをここでぶちまけたらヤバイと判断し受け止める。その『何か』とは――『由比ヶ浜の』クッキーである。
あっぶねー。もしここで迎撃してたら俺死んでたかも。主にクッキーから発される悪臭で。
それはまあ冗談として、流石に人様が努力したものを粉々にしたいほど狂っている訳では無い。むしろ健全に努力する人間を見るのは好きだ。
そう思うのは、もう俺が健全では無いからだろうか。
「……ナイスキャッチ」
俺の一連の動き(と言っても一瞬だが)を見た由比ヶ浜はそんなことを言う。
「……どうも」
そう答えながら何のつもりかと由比ヶ浜に視線だけで尋ねる。
「あ、えっと……一応、お礼。ヒッキーも手伝ってくれたし」
俺にお礼など怪しいとしか思えないが、こいつからはそういった感情が見えない。……まさか、本当にお礼をしようってのか?
珍しい奴もいたもんだ。
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「……けっ、あいっかわらず禍々しいこって」
俺は今ベストプレイスに居る。由比ヶ浜から貰ったクッキーを取りだし、最初に出た言葉はそんなものだった。
今日俺は生まれて初めて人に感謝された。未だに実感は湧かないし、何か感情が沸き上がってくるわけでも無い。
ごりっ、
と一口クッキーを食べる。真っ黒なハート型をしたそのクッキーは、見た目と臭いの通り物凄い味がした。常人ならすぐさま吐き出してしまうような味だ。けれど不思議と、そのクッキーは無性に美味しく感じた。