さて皆さん。夏ですね。ええ、素晴らしきかな夏です。
今では珍しいといえる木造一階建ての小屋。
……いえ板をとりあえず繋げただけの壁は隙間から外の景色が見えますし、屋根も同じように太陽の光がさんさんと降り注いでいます。小屋と形容していいのかも怪しい、雨風を防ぐのも厳しそうな簡単な建物です。
まあそれはいいのです。所詮はこんな小屋、着替え場所でしかありません。大切なのは私の目の前に置かれた鏡なのです。
「ふふふ……」
おっと、いけませんね。私がしたことが。ついつい声が漏れてしまいました。これではいけません。鏡の中に映し出された私は清廉潔白でなければならないのです。それは見た目だけのモノであってはいけないのです。
ええ、鏡に映った私、翔鶴型航空母艦の一番艦「翔鶴」は、その身に柔らかな布を巻いております。大きめのそれは私の細めな身体の大半を隠してはくれますが……決して万能というわけではありません。下半身はどうしても見えてしまいます。
艤装を付けていない私の足。我ながらよく整備されたツヤツヤの生足です。あ、今の言い方はちょっとよくありませんね。まるで良くないコトを考えているみたいに思われかねません。私は純真無垢の翔鶴ですし、なにより瑞鶴の姉です! 瑞鶴の生足……じゃない、瑞鶴と一緒に過ごすのです! そんな瑞鶴の姉は純真無垢ではなければならないのです!
さあ変な思考を全て取っ払い私は翔鶴、瑞鶴の姉になります。なります? いやこの言い方は変ですね。私は初めからたったひとりの瑞鶴のお姉ちゃんではありませんか。
「翔鶴ねぇー、まだー?」
「あっ! ええ瑞鶴っ! 今行くわよっ!」
し、しまった。少し声が裏返ってしまったでしょうか……いや、だって。だってですよ? ず、瑞鶴も私と同じ格好なんですよ? だって色違いのおそろいを用意したんですもの。え? 普段もおそろいの格好をしてるだろうって? 違います、そういう話をしてるわけじゃないんです。
「もう翔鶴ねぇ! おそいよぉ!」
しびれを切らした瑞鶴が仕切りの向こうから出てきます。
「瑞鶴……」
ああ、素晴らしいことです。瑞鶴。瑞鶴の艶がかかった肌の色。瑞鶴が辛うじて必要とする胸を覆う布の色はその肌を引き立てるためにあるのです。
「……むう」
「どうしたの瑞鶴?」
「やっぱり翔鶴ねぇの方が……」
そこでついっと視線を逸らす瑞鶴。ふふふ、大丈夫よ瑞鶴。私は決してタンクの大きさを比較なんてしないし、そんな無粋なことはするべきではありません。皆生まれたまま、天から授かったままの姿で生きているのです。なんら恥じることはないではありませんか。
そしてそんなことより、私には重要なことが、使命があるのです。
「ね、ねぇ瑞鶴?」
「? なぁに翔鶴ねぇ?」
首を傾げる瑞鶴もいいものです。私の企みの一寸も知らないその感じとか……。
「サンオイル、ちゃんと塗った?」
さて、時間を数時間ほど前に戻しましょう……といっても
目の前にはおもむろに艤装を収容していく榛名さん。私と瑞鶴が所属している
で、その榛名さんが言うには。
「サンオイル……ですか」
「ええ、サンオイルです!」
そんな溌剌とした笑顔で言われましても。そんな榛名さんに対し、私はどのようにでも受け取ることの出来る笑みを浮かべることで対応を試みます。
「まあ、必要性は理解しますが……」
私、翔鶴の身体はどちらかと言えば白人、いえ北欧人のそれとも言えるでしょう。銀色の髪に金色の眼。肌の色こそ日本人よりといえるかも知れませんが、このくらいは誰だって色がつくものです。
そして考えてもみてください。日に焼けて真っ黒になった私を見て喜ぶ人が居るでしょうか? 少なくとも瑞鶴は喜ばないでしょう。私たちはその控えめで健康的な肌の色。うっすらと血が通うのが認められるほのかに温かい肌の色こそが、私たちの装束に映えるのですから。
ですのでサンオイルという発想はよく分かるのです。サンオイル。別名サンスクリーン剤。まあ要は日焼け止めです。それだけの存在です。
いえ、否定するつもりは毛頭無いんですよ? 高速修復材で日焼けを直すなんて考えるわけではありませんし、私のこの身体は生きているんです。ぞんざいに扱うつもりなどありません。
「でしょう! 榛名、翔鶴さんならきっと分かってくれると思ってました!」
私の手を取って弾まんばかりに振る榛名さん。
何でしょう。どうしてこんなにハイテンションなのでしょうか。こういう時の榛名さんはだいたいロクなことを考えてないんです。私は経験則で知っています。ええ、大変遺憾ですが経験則です。
「実はですね、榛名。このようなサンオイルを入手しまして」
そう言いながら榛名さんが腰に手を回し何かを取り出そうとします。一体何を……
「ほら、サンオイルとは思えないほどの粘性があって……」
「分かりました止めてください」
ほら絶対そうだと思いましたよ! ええ!
私が慌てて榛名さんが出してきた怪しげなそれを引っ込めされると、途端に榛名さんは不満顔。それから頬を膨らませるようにして抗議してきます。あのですね、そんなことされても全く聞く耳を持つ気分になれないんですけども。そしてですね。
「なぜですか! いいじゃないですか別にサンオイルぐらい! 市販品の日焼け止めなんてだいたい乳濁液じゃないですか!」
「それをいうなら 乳 液 タ イ プ で す !」
なんですか乳濁液って、時と場所を考えてください。どう考えてもそれってs……いえ、なんでもございません。わ、私は純真無垢ですので? そんなことは知りもしないのです、はい。
「榛名さん。まず、落ち着きましょう?」
「ええ、榛名は大丈夫です」
「えと……その、落ち着きましょう?」
「ええもちろん。榛名は落ち着いてます。その上で至極冷静に、貴女にこのサンオイルをお勧めしているのですよ?」
榛名さん。今日の榛名さんは暑さで頭がやられてしまったのでしょうか? それとも元から……前者のような気しかしませんが。とにかく状況を考えて欲しいものです。
「もぉー。とっきーさぁ、こっちはいいからさぁ……」
「えぇ、いーじゃん。きたかみさんと一緒にいれば楽出来るしー」
「その分アタシが苦労することになるんだけどね……」
「榛名氏ー! 翔鶴氏ー! パラソルはこっちでいいんですかぁー!?」
「……ほら、青葉さんがパラソルの設置場所聞いてますよ」
「ふふ。大丈夫ですよ翔鶴さん? ちゃんと自分に素直になって?」
私たちの
まあ早い話が、海に遊びに来たのです。
説明すること約一分。榛名さんの
「……そっか、確かに大事そう。でも翔鶴ねぇ、瑞鶴は日焼け止めなんて持ってきてないよ」
「大丈夫よ瑞鶴。ちゃんと私が持ってきてるから」
そう言いながら私は「普通の」サンオイルを取り出します。もちろん普通のです。榛名さんが私に握らせようとした意味の分からない白濁色のサンオイルなんて論外です。
「さっすが翔鶴ねぇ!」
「ふふ……じゃあ瑞鶴、塗ってあげるから横になって?」
「はーい」
そう言いながら瑞鶴は床の上に敷かれたレジャーシートの上にうつ伏せになります。私はサンオイルの蓋を開けると、容器を振って手のひらにその液体を出します。流石は医療技術が元となったVRゲーム、こう言った液体の表現は本当に凄いものです。
「……」
……。
…………。
……………。
「……」
「翔鶴ねぇ? まだー?」
「ええ瑞鶴、今から塗っていくわよ?」
「うん。早く早くー」
…………………私も。私もこんなことはしたくないんです。
寝そべった瑞鶴に寄り添うように私も屈みます。私とおそろいの水着を着た瑞鶴は、まあもちろん私と同じ水着なわけですから……背中から見るとほとんど紐だけです。
今、私の目の前には瑞鶴の背中が広がっています。瑞鶴には贅肉なんて余計なものはついていません。足先から髪紐で纏められた後頭部手前のうなじに至るまで、全てが最低限度の、そして最高級の素材で出来ているのです。
身体機能を追求した下腹部のくびれはもはや見事という他ありませんし、控えめに、それでも確かに主張する曲線は背中越しでも見応えがあるものです。
そして何よりこの弛緩した筋肉。身体中の力が抜けて、瑞鶴がどれほどリラックススしているのかがよく分かるというもの。
そして、私は今…………その、その瑞鶴の完成された身体に、無防備に背中を晒す瑞鶴に…………
「じゃあ、いくわよ。瑞鶴」
「早くやってよー。時間なくなっちゃうよ?」
その通りね瑞鶴。素早く、そう素早く丁寧に終わらせましょう。まずは……やっぱり背中から始めるのが正解なのでしょうか? ともかく最終的には身体全体に行き渡らせることが重要でしょうから、とりあえずこの背中を塗りつぶすことにしたいと思います。
「んっ……」
瑞鶴の息づかいを間近に感じつつ、ゆっくりと塗り込んでいきましょう。うなじから始めてそこから下へと。背中といってもただ平坦な訳ではありません。ヒトなんですから当然背骨があるわけですし、胴体という頭の次に大切な部位を動かすための筋肉はそれぞれが別の役割を持って複雑に絡み合っています。当然起伏も激しいのです。
それでも、何よりも特筆すべきはやはり肩甲骨でしょう。普段は装束やら艤装やらに隠されて全く見ることの叶わない瑞鶴の裏側。薄い皮膚を伴ってせり上がり、手持ち無沙汰に動かされる瑞鶴の腕に連動して動くそれに、私は液体を両手で包み込むように丁寧に馴染ませていきます。
なんだか、骨格標本でも見てた方がいいんじゃないかと言われそうですね。ですが骨格標本なんかではダメなのです。瑞鶴の、と付くからこその特別なのです。小さなタンクの周辺や肩、脇なども入念に。ゆっくりとくびれの周りにも塗り込んでいきます。
瑞鶴の肌は本当にいいですね。控えめに言って最高です。ただハリのある肌という訳ではありません。その下に潜む筋肉、その力強さあってこその至宝なのです。
「うぅん、翔鶴ねぇ。ちょっとくすぐったい……」
「もう少し我慢してね、瑞鶴」
脇腹がくすぐったかったのでしょうか? 瑞鶴が声を漏らしながら身体をよじらせます。
考えてみれば、なぜ私が瑞鶴にこうして触れる機会は少ないのでしょう? 姉妹艦だというのにおかしな話です。
……曲がりなりにも、榛名さんには感謝しなければならないのかも知れませんね。あの方が居なければ、私は瑞鶴にサンオイルを塗ってあげるという発想に至らなかったでしょうし、その天才的ひらめきがなければ、きっと私は瑞鶴の肌をこうしてなでまわ……瑞鶴のスキンケアをしてあげることも無かったでしょうから。
さて、そのようにして上半身への塗り込みは終わりました。次は下半身へと移ります。
まずは……まあ
その次は太ももです。これは女性ホルモンの作用なのでしょうが、女の子の筋肉というのは基本的に男の人のそれよりも柔らかくなります。どうやらこれは人間だけではなく哺乳類では共通の事象のようです。
「……」
だから……本当にいいものです。私も同じように女の子で、むしろタンクの大きさから鑑みるに私の方が女性ホルモンの作用が大きいはずなのに、それでも、瑞鶴のはいいものです。捧げ銃の代わりに奥底が切なくなりそうですが……そこはなんとか押さえ込みます。流石にここまで来て変なことをしてしまう姉ではありませんもの。
とにかく段々と細くなっていく足にも残さずにサンオイルを塗っていきます。
「さあ瑞鶴。終わったわよ?」
私の塗り具合に合わせて姿勢を変えながら待っていた瑞鶴がこちらを振り返ります。
「うん。じゃあ今度は瑞鶴の番だね!」
「?」
? どういうことでしょう。瑞鶴の番? 首を傾げる私に、瑞鶴は右手を差し出します。
「はい、今度は瑞鶴が翔鶴ねぇにやってあげる」
「え……でもいいわよ瑞鶴。もう皆さんも待ってるでしょうし、早く行かないと……」
「ダメだよ翔鶴ねぇ! 日焼け止めは放っておいたらダメなんでしょ!」
「え、えぇ……そうだけど……」
あれ? これってもしかして私も塗られる流れでしょうか? いや、確かに流れ通りなら私は瑞鶴とサンオイルの塗りあいっこをするのが至極当然の流れとも言えますし、そうと言えないかもしれません。
「ほら、早く! 早く塗って皆の所にいこ?」
とりあえず、逃げられ無さそうな様子ではあります。仕方が無いので私は瑞鶴に背を向けることに。
まあしかし。これも考え方次第です。瑞鶴にサンオイルを塗ってもらえるなんて滅多にないことでしょう。そう考えれば、全然お得な訳です。それこそお釣りしか返ってこないようなオトクさです。
「じゃあ塗ってくよー」
しかし忘れていました。瑞鶴の言葉の後に背中にぞくりと走る感覚。
「ーーーーひゃっっ」
私、背中がせ……背中はあんまり強くないんです。
「ず、瑞鶴っ? 背中をそんな風に撫でないでーーーーあっ」
「翔鶴ねぇ、もうちょっと待ってねー? 直ぐに終わるから」
そう言いながらペタペタと私の背中にサンオイルを塗っていく瑞鶴。瑞鶴、まさかわざとやってるんじゃ……いえ、そんなことはあり得ません。私の瑞鶴ですよ? この私が瑞鶴を信じなくてどうするというのですか。私が声を押し殺して耐える中、瑞鶴は背中を一通り塗り終えると……。
いや、待ってください。それは流石に不味いですよ!
「瑞鶴、そこは私が自分で……」
「いいでしょ。瑞鶴がやるの」
だからといって、私のタンクにまで瑞鶴が手を出す必要はないと思うのです、そりゃ後ろで「瑞鶴じゃダメ……?」みたいな雰囲気を出されたなら無下には出来ませんけども、私だって直接タンクは触ってないじゃないですか! なのに瑞鶴だけズル……いかどうかはともかくとして。
なんというか、いろいろ大変です。瑞鶴はまるで割れ物の陶器に触るようにゆっくり触れてくるんです。ゆっくりと形を捉えるように触られるからいろいろ言い表しようのない気分になっちゃうんですよ! これもしかしてホルモンとか出ちゃってるんでしょうか? もしそうだったら私もっと大きくなっちゃうかも知れません。
……普段は気にすることはありませんが、この身体は轟沈でもしない限りはずっと私の身体で在り続けるのです。あんまり大きいのも考え物です。
「……翔鶴ねぇのは、おっきいよね」
「え、えぇそうね瑞鶴」
特に深い意味もなにも無いのでしょうが、というか無いと信じたいですが、瑞鶴がそう言います。私はそれに返すので精一杯。
「いいなぁ……瑞鶴も大きかったら良かったのに」
その言葉と一緒に瑞鶴の手が私のタンクから離されます。大きさについての愚痴は……私からはノーコメントとしておきましょう。そちらの方が、多分幸せです。はい。
「あっちょっと翔鶴ねぇ! まだ動かないでよ! 終わってないんだから」
「だ、大丈夫よ。顔周りくらいは自分で塗るわ」
というかそもそもですね。瑞鶴に跨がられてて私の理性はもういろいろ大変なんですよ。ホントは跨がられているだけで厳しいところがあるんです。私はこの状況から抜け出したいのです。
ですが私と瑞鶴はこの世界で唯一の姉妹。ですので馬力は一緒。これでは
「じゃあ塗ってくいくよ。翔鶴ねぇ」
「……ぇえ、そうね。お願い」
どうやら諦めるしかないようです。私のふくらはぎに座る格好だった瑞鶴が移動して、足首あたりに軽く体重がかかります。ふくらはぎの時ほどではありませんが……瑞鶴のその、
あれ……ちょっと待ってくださいよ?
「思ったんだけどさ」
背後から聞こえる瑞鶴の声。どこか沈んでるように聞こえるのは気のせいでしょうか? いえ、気のせいなどではないはずです。ここまで瑞鶴は私の上半身にサンオイルを塗ってきました。これから下半身に塗っていきます。
つまりこういうことです。
「翔鶴ねぇってさ……おしり
例え話をしましょう。亜細亜と欧州の中間点。民族学的なことはともかく地理的にはインドより西のアフガニスタンを除く西アジア、及びエジプトなど北アフリカの一部地域のことを指します……えーとあまり意味がありませんねこの例え。ごめんなさい。つまりアレなんですよ。今から瑞鶴がサンオイルを塗るのは、私の中東、腰回りなんですよ! いろんな大事な場所が詰まっている腰回りです。これはもう、なんというか大変な事態です。
「そ、そうかしら?」
「大きいよ! 比べればわかるもん!」
そんな現実逃避をしている最中にも瑞鶴は私の
……さっきまで私も同じことをやっていただろうって? ご冗談を。私は瑞鶴の姉として果たすべきことをしただけです。逆に言えば瑞鶴だってそうなんです。
そうですよ、なにが背徳的な光景でしょう。私の
にゅる。
「……ず、瑞鶴?」
「あ……ゴメン翔鶴ねぇ……ちょっと、つよくやり過ぎちゃった」
いいのよ。瑞鶴、あなたなら。
海に行かずに7500字。