オーロラと踊れ!その壱
私、翔鶴型一番艦、翔鶴の一日は布団の中から始まります。
正直、布団から出たくありません。
そもそも考えてみてください。脳神経工学がもたらした思考加速の技術により、一般市民たる私でも30倍の世界に浸ることが出来るのです。つまり朝の五分は二時間半になり、一日は一か月になるのです。
分かりますか? つまりこうです、VR空間というのは寝るには最高の空間なのです。
まあ実際には電郵省令で思考加速には日ごと週ごとの制限がかけられてはいるのですが……そもそもあれはVR中毒による衰弱死を避けるための省令ですから私の
……おっと失礼、私は翔鶴以外の何者でもありませんでしたね。私は帝国海軍の航空母艦であって、決して脳神経工学を学ぶVR時代の申し子ではないのです。なんだか何を言っているのか訳が分からなくなってきましたね。もうこの話はやめましょう。精神衛生的に良くないですからね。
さて……なんの話でしたっけ。そうです睡眠です。安眠です。翔鶴としてもここは譲れないのです。ええ五航戦ですが譲れません。
「……」スヤァ
そう、私の隣に瑞鶴が寝てるんです!
隣に瑞鶴ですよ!
もし私が鋼鉄の塊であったなら絶対になしえなかったであろう光景です!
分かりますか佐藤記者! 私の興奮を! あなたには分からないでしょうね!
失礼しました。
いやもう、ホントに。すごいんです。瑞鶴は私の方に顔を向けて寝ています。もちろんツインテールは解かれて彼女の輪郭の一部分となり、閉じられた瞼に添えられた可愛いまつ毛と控えめな眉毛。
ああ、なんて愛おしんでしょうか私の瑞鶴。そっと顔を近づけると柔らかく暖かい吐息が……まあ正確には鼻息なのですが、それもまたよいものです。
「ん、ぅん……」
と、瑞鶴がうめき声を。これは起きる兆候ですね。と、とりあえず瑞鶴を舐めるように見まわしていたことがばれるのは小恥ずかしいですので……私はそっと目を逸らします。それから寝返りを打つフリをしてそっと瑞鶴に背を向けます。
これで完璧です。
「……翔鶴ねぇ? 起きてる?」
小さく聞こえる瑞鶴の声。小さいのは周りへの配慮でしょうか。私はころりと瑞鶴に向き直って、そっとささやくように返します。
「おはよう、瑞鶴。よく眠れた?」
「うん。翔鶴ねぇと一緒だったからね」
そう微笑む瑞鶴……そ、その表情は反則ですって。そんな顔されたら……私……。
「あれ? 翔鶴ねぇどうしたの、顔赤いよ?」
「な、何でもないわ……」
「ふーん?」
な、なんですかその何か企むような声音は。
その刹那、私の太ももを拘束するようにナニカが回されます。
「ひゃっ……ず、瑞鶴?」
「もう、翔鶴ねぇったらぁ」
もちろん私たちは同じ布団……当然ながら二人で入ってもまだ十分広いヤツに……くるまっている訳でして、私の太ももに回されたのは彼女の足以外の何物でもありません。
あ、もちろん素足ですよ? 裸で眠るのは健康上よいとされますからね。当然の配慮です。
そうちょっといたずら気に笑いながらもっと絡めてくる瑞鶴。膝が、あ、当たっちゃってますって。
「ず、瑞鶴やめなさい? 他の方もいるし、それにもう朝よ?」
「えぇ~いいじゃん。もうちょっと寝てようよぉ」
「ずいかく!?」
おかしい、今日の瑞鶴調子がおかしいですよ! 一体何があったというのでしょう。私たちは世界に唯一の翔鶴型姉妹。どんな艦よりも美しい翔鶴型に恥じない姉妹でなければならないのです。
「いいじゃん姉妹なんだからぁー」
……いえ、ちょっと待って下さい。もしかするともしかするとこれも「健全」というものなのでしょうか? 確かに姉妹仲がいいことはいいことです。それは世界平和よりも尊いものです。それならばむしろこれは歓迎すべき状況なのでは?!
ですが、ですがですよ皆様。これではまるで私が瑞鶴の手玉に取られているようではありませんか……私の方がお姉さんだというのにホント調子が狂います。
いつも思うんですよ。なんでこんな積極的になれるんですかこの娘は。
これは大変な危機です。
このままでは姉の威厳がなくなってしまいます。このまま瑞鶴の圧力(物理)に屈してばかりでは、私の危機です。私はこの空を支える一航戦の跡継ぎ。妹の手玉に取られるなんて、日本の空を担う航空母艦としても看過できない事態です。
ですので公序良俗に反することは百も承知。一転攻勢に出させていただきましょう。深い意味などありませんとも。ええ。
「……もう、しょうがないわねっ」
足に力を入れて瑞鶴の細いももを逆に拘束、そこから一気に身体を捻って上半身をぐっと瑞鶴に近づけます。私が持ち上がったことで布団も持ち上がり、そこに隙間が出来て冷たい空気がするっと入ってきて、それを補うため瑞鶴にぐっと肌を押し付けます。
ここまで一秒とカンマ五秒。その後の動作におおよそ二十秒。
「……っぱぁ」
「えへへ……そうこなくっちゃ翔鶴ねぇ」
両頬を染めた瑞鶴が小さく笑って、私も笑います。
「
「うん……」
「――――あー、ご両人。申し訳ないんですが日の出です。作戦行動開始ですよ」
というわけで私たちは、
……さらに、どう考えても一日では攻略できないこの広大さ。
移動するだけでも骨が折れますし、ステージの地理条件が北極圏に似せていることもあり吹雪は当然時には電波障害まで発生する始末。この前の
真面目に勝利を目指すなら、着実に前進しないといけないんです。
にも関わらず私たちの
なんせ、さっきのように瑞鶴とお泊り会が出来るんですからね!
しかもオーロラのおまけ付き! まあ空母の夜間戦闘なんて現実的じゃありませんし、当然です。
個人的には(夜の)自由度が高く楽しい海域。私の
ただ、惜しむらくは……
「へくちっ!」
「んー。やっぱ寒いよねぇ。青葉っち大丈夫?」
「す、すみません北上氏……青葉、ちょっと寒いかなって……」
そう言いながら腕を抱く青葉さん。まあそりゃ半袖じゃ寒いですよね。しかもおへそのあたりとか丸出しですし。一方の北上さんはわざわざ長袖の制服を用意してマフラーまで巻く重装備。改二の格好だと北上さんもお腹を露出させることになるのですが、ベージュ色の制服はちゃんと隙間なく彼女の身体を覆ってくれています。
「ご存じですか青葉さん? 子供の身体って大人よりも温かいらしいですよ?」
そう言うのは私たちの
「えーと、なにかな? 榛名さん?」
「時津風さん。青葉さんの直掩をして貰ってもよろしいですか?」
「なんで?」
「青葉さんが寒がってますから、抱かれて暖まって貰って欲しいんです」
「ふえっ? 榛名氏!? 何言っているんですか?」
素っ頓狂な声を上げたのは青葉さん。そりゃそうですよね。なんせあの榛名さんからいきなり抱けと命令されたわけですから。ご愁傷様です。
「風邪を引かれては困りますからね。あ、青葉さん? くれぐれも変な気は起こさないように」
「だっ、誰が起こしますか!」
顔を真っ赤にしながら青葉さん。私と瑞鶴のスカートを狙ってきたり、変なModを作ったりとなかなか榛名さんと同様に掻き回してくれる方なのですが……こういう話になると急に奥手になるんですよね。
「んー……。とっきー、こっち来よっか」
「はーい」
北上さんが自分の艤装をポンと叩き、時津風さんがそれに従うように北上さんの背へと回ります。北上さんはなんだかんだで時津風さんに甘いです。
そして榛名さんの魔の手から無事逃れた時津風さん。
「んぅー。残念です」
榛名さん。これでも私たちの中で一番の実力者だとか言うのだから本当に不思議です。あれですが、天才とは紙一重的なサムシングなのでしょうか?
「うーん。ねぇ翔鶴ねぇ」
「どうしたの? 瑞鶴」
すると瑞鶴は、寒さのためでしょうか少し頬を赤らめながら近寄ってきます。接触事故の一つや二つ起きてもおかしくない距離ではありますが、まさか私たちの連携の前でそんなことが起こるはずもなく。瑞鶴はささやくように私にこう言います。
「瑞鶴も……ちょっと寒い、かな?」
あら。瑞鶴ったら、しょうがないんですから。
「おぉぅ。相変わらずお熱いねぇお二人とも」
「翔鶴さんと瑞鶴さんはなかいいよねー」
そう言う北上さんは頭の後ろで手を組んだまま。時津風さんに至っては北上さんの背に隠れたまま顔だけ出しての煽り台詞。
冷やかすのは勝手ですけどもね。私は単に瑞鶴を温めたいだけなんですよ? 可愛い妹に凍えられてはお姉ちゃんも後を追って冷凍七面鳥になってしまうかもしれません。いえ、冷凍鶴でしょうか。非常に不謹慎ですね。
というかあなた方だって大概ですよ。いくら榛名さんの魔の手から逃れるためだからといってそんなにくっついてしまって。どうせもう……いえ、いけません。瑞鶴の面前で私はなんて破廉恥なことを考えているのでしょう。いけませんいけません。
「翔鶴ねぇどうしたの?」
「なんでもないわよ。瑞鶴」
なんといいますか。瑞鶴は時折野生動物のような鋭さを見せるんですよね。内心が見透かされているようで本当に怖い……いえ、瑞鶴に見透かされて困る気持ちなどあるものですか。そりゃキスくらいはしますよ? でもそれは姉妹だからであって、それ以上のことは考えたこともありません。
「あー……翔鶴氏、少しいいですか」
「なんですか青葉さん。取材は広報を通してくださいね?」
「いや、そういうのじゃなくて……ですね」
青葉2番機、敵艦隊発見です。
ああ、そういえばここ戦場でしたね。すっかり忘れてました。
「ところで、なんで榛名さんに報告しなかったんですか? 艦隊旗艦はあの方なのに」
「あぁ……それはお察しください」
……なるほど。だいたい察しました。
「なんですか青葉さんも翔鶴さんも、まるで榛名がそういうことしか考えてないみたいに!」
「事実です」
「事実でしょう」
さあ、いよいよ