翔鶴ねぇ☆オンライン!   作:帝都造営

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E7甲クリアしました。

なんといいますか。はい。すごい、なんというか、その。瑞鶴のボイスがいいです。はい。


鶴の矜持は。その弐

 VR艦これにおけるログアウトには二種類あります。というより、どのようにログアウトが表現されるか、といった方が正確でしょうか。

 

 一つ目は、ログアウトと同時に消えてなくなる方式。一般的(よくある)というか、ある意味当たり前ですよね。ログアウト中の人間(アバター)が街路とかに捨て置かれてたりしたらすごいというか滅茶苦茶邪魔ですし。

 

 で、もう一つは睡眠方式。死んだように眠って、顔にラクガキしようが殴ろうが目覚めることはありません。これは物資保管庫(アイテムストレージ)艦隊(クラン)ルームという確固たるプライベートスペースがあるからこそ出来る技で、布団に横たわってから眠る様にログアウトするのです。

 こうすると、次ログインしたときまるで眠りから覚めたかのように『起きる』ことが出来ますし、寝間着inお布団スタートというなかなか欲張りな展開が楽しめるわけです。いいこと尽くめですのでとてもおススメです。

 

 

「……そんなことを、翔鶴さんは仰っていましたかね」

 

 だとするなら、艦隊(クラン)ルームに設けられた一室――といってもパーティションで区切っただけなのですが――でベッドに横たわる翔鶴さんは、きっと『眠っている』と呼ぶのに相応しいのでしょう。

 あの北方の戦火のなかからどうにかして連れ帰った翔鶴さんを船渠(おふろ)に入れ、高速修復材を使った彼女は……生まれたてのような新品の身体です。少なくとも外側(ガワ)だけは。

 

 

「……翔鶴ねぇ」

 

 そんな翔鶴さんの眠るベッド。その横に瑞鶴(かのじょ)はいました。

 

「瑞鶴さん」

 

 そう呼べば、ゆっくりと振り返る。翔鶴型の二番艦、瑞鶴。

 

「榛名さん……」

 

 さて、本当にどうしたものでしょうか。寄り添うようにゆっくりと隣へ。流石に最低限度の信頼されているようで、瑞鶴さんはなにか抵抗したりといったことはありません。

 しばらくはお互いに黙ったまま。やがて瑞鶴さんは、ぽつりぽつりと話し始めました。

 

「私もね。分かってるんだ。翔鶴ねぇがこのまま目覚めない原因も、ここでこうやってたって何も解決しないってことも」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように。ゆっくりゆっくりと。

 

「だってさ。もし目覚めるんだったら翔鶴ねぇが瑞鶴(わたし)にこんな顔をさせるわけないじゃない?」

 

「……そうですね。それについては同感です」

 

 瑞鶴の姉はなにも言わず、安らかというよりは無表情という表現が適当な顔をして横たわったまま。

 

「榛名さん……初めはね。()()の延長だと思ってたんだ、多分」

 

 それは、翔鶴さんが被弾したときの錯乱具合を言っているのでしょうか。それとも、普段の振る舞いのことでしょうか。それは榛名(わたし)には分かりません。

 瑞鶴さんはそのまま続けます。

 

「でもさ、こうして待ってたらさ。本当に翔鶴ねぇが帰って来るんじゃないかって、そう信じてる瑞鶴(わたし)がいるんだよね、おかしいよね」

 

「……」

 

 言いたいことが分からない訳ではありません。この世界はゲームの世界。つまり私たちの存在は虚構です。ですが、計算に裏付けられた肉体と感情があることは事実です。それが電子的な処理においてしか存在しないとしても、存在するのは事実なのです。

 

「この世界の私にとって、翔鶴ねぇは一人しかいなくって。だからその翔鶴ねぇがいなくなるなんて信じられなくて……」

 

 ねぇ榛名さん。瑞鶴、どうしたらいいのかな?

 

 あぁ。本当に不思議なものです。この場にいる「榛名」と「瑞鶴」は単なる人体モデルにしか過ぎなくて、あくまで遠隔操作される傀儡に過ぎないというのに。榛名(わたし)瑞鶴(このひと)も、信じられないほど感情移入してしまっている。まるで自分自身のことのように、いえ、まるで榛名や瑞鶴(かんむす)自身であるかのように。

 

「……ホント、リアリスティックなんて狂った設定ですよ」

 

 記憶の削除。いくら技術的に可能で、そして虚構の、いうなら夢に過ぎないVRゲームだからといって、記憶を削除するなんてとんでもない設定です。忘れられる権利があるからってそれを轟沈の再現に用いるなんて酷な話です。

 

「ですが、だからこそ私はこれが好きなんです」

 

 なにを言っているんだ。そんな顔をする瑞鶴さん。理解して貰えないかも知れません。ですが、それでもいいんです。

 

「一発轟沈すらありえて、それで記憶が消されてしまう。非常に合理的じゃありません。少なくとも、ゲームの(こういう)場には不適切でしょう」

 

 でも、それが生きてる証なんじゃないでしょうか。

 

「いつ消えるかも分からない。いつか何もなかったことになってしまうかも知れない。それがいつも通りの戦闘も、一晩の過ちも、私が榛名(わたし)として過ごす全ての瞬間が、かけがえのない、素敵なものになるんです……貴女だって、そうだったんじゃないんですか?」

 

「……」

 

 何も言わず、俯くだけの瑞鶴さん。やがて砂時計のように少しずつ、でも途切れることなく言葉を紡いでいきました。

 

「……ちょっとね。甘えてたんだ。私が「瑞鶴」だから、翔鶴ねぇは優しいし。強いし。だから「瑞鶴」であったなら、ずっと一緒にいてくれるかなって……でもね。気付いたらいつの間にか、すごい居心地よくなってちゃって。離れられなくなっちゃって」

 

 私たちは二人組(コンビ)ではなく姉妹なのだと。昔、翔鶴さんは言っていました。当然あのヒトのことですから、まあ瑞鶴さんには甘々でしょうし……瑞鶴さんにとっても素晴らしい環境だったのでしょう。こんな時代、誰だって無条件に愛されたいんですから。

 

「でもさ、こんなのってないよ。理由もなく、いきなりさ。もう翔鶴ねぇが戻ってこないなんて信じられない。それだったらさ、もっとちゃんと、いっぱいいろんなことすればよかった。例え二人のタブーだったとしても翔鶴ねぇのリアリスティック設定に口を出せば良かった!」

 

 実際、翔鶴さんと瑞鶴さんの姉妹関係は本物(げんさく)の鶴姉妹のようでした。それが二人の暗黙の契りだったのでしょうし、それを護るために翔鶴さんはあえて『リアリスティック』という設定を選んでいたようにも思えます。

 もちろん、それは彼女なりの「轟沈などしない」という自信の表れでもあったのでしょうが……。

 

「まだやり足りないことばっかりだし。翔鶴ねぇに言ってほしいこと言ってもらえてないし、翔鶴ねぇが教えてくれたみたいに艦載機も飛ばせないし、近接戦闘も出来ないし……それになにより、私が伝えなきゃいけないことを伝えてない!」

 

 瑞鶴さんの口調が激しくなって、徐々に声が掠れ始めます。それを美しいと思ってしまったのは、私の心が歪んでいるせいでしょうか。

 今の瑞鶴は、まるでVRから、そう仮想(Virtual)の軛から解放されているように感じたのです。

 

「あぁあ、榛名さん。瑞鶴、なんで泣いちゃってるのかな、泣くつもりなんて、ないのに……!」

 

 本当に、本当にずるいですよ、翔鶴型姉妹(あなたがた)は。こんな臭い芝居なんかで、榛名(わたし)の涙腺を刺激しようなんて。電子回路上の涙腺なんて、開いたってどうしようもないというのに。

 

「大丈夫。大丈夫ですから。いいんですよ」

 

 そういって、せめてもと瑞鶴さんの背中をさすってあげます。クランマスターとしてではなく、一人の艦娘として。

 

 

 

 とはいえ、私はやっぱり艦隊(クラン)旗艦(マスター)です。ひとしきり涙を流した瑞鶴さんに、説明しないといけないことがあります。

 

「翔鶴ねぇの……代わり?」

 

 その言葉に、眼に、私に対する隠しようもない憎悪が混じったのは言うまでもないでしょう。VR空間というのは元来、感情を隠しにくい場所なんですから。

 

「ええ。そうです。翔鶴さんを待つための代わりです」

 

「……待つため?」

 

 瑞鶴さんの表情が疑念のそれに変わります。これは別に難しい話ではありませんし、瑞鶴さんにとっても悪い話ではないはずです。

 

「ええ、この艦隊(クラン)の名声を保つ。それによって翔鶴さんが帰る場所を守ってあげるんです……帰る場所がなくなったら、悲しいでしょう?」

 

 榛名の言葉に、瑞鶴は納得したようなしないような表情で、小さく頷くに留めます。

 それでいいんです。理解されなくても良い。

 翔鶴さんが目覚める日を待つと決めたのは私ですし、目覚めなければこの瑞鶴さんを育てて立派な空母にしてしまえばいいだけです。

 

「そのためにも、私たちは北方AL海域(3-5)を攻略しなければなりません。欠員は私のほうで手配しますが……瑞鶴さん。僚艦は、必要ですか?」

 

 それはつまり、空母の補充が必要かということ。翔鶴さんがいない以上、航空戦指揮は瑞鶴さんが担当することとなります。北方の制空権争いは厳しいですし、一隻だけでは辛いのでは、という提案でもありました。

 

「……これは瑞鶴のわがままだけど、翔鶴ねぇを待ちたい。瑞鶴は、翔鶴ねぇを信じたい」

 

「分かりました……次の出撃では空母は貴女だけですけど、大丈夫ですね?」

 

「大丈夫、きっと。大丈夫!」

 

 こんな顔を瑞鶴(このこ)にさせる翔鶴さん、貴女は本当に、罪作りな艦娘(ひと)ですよ。まったく。瑞鶴は無条件に貴女が帰るのを信じるつもりですし、そのために空母の席は空けておくとまで言いました。

 

 そしてこの私にまで「待つ」という選択肢を選ばせた。

 

 恥ずかしい話、翔鶴さんが帰ってこないなんていうのは、その実私も信じられないのです。この世界が仮想現実ではない「世界」として存在するならば、そこでは本来とは異なる法則が働いてもおかしくはないと思うんです。

 

 ちゃんちゃらおかしい理論で結構、榛名(わたし)が信じる以上はそれが正解なのですから、これでいいのです。

 

 

 

 さあ、還ってきなさい瑞鶴狂(しょうかく)

 

 貴女はただで消えてなくなる艦娘ではないでしょう?

 








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