虚空に浮いた仮想ウインドウ、その
なにかと効率ばかりを追い求めるシステムが「自動で着替えますか?」などと無粋なことを聞いてくるのでもちろん無視、手元に『それ』を呼び出します。
なに、難しいことを考える必要はありません。専用の衣装は公式が配布してくれていますし、なんなら有志製作の衣装だってあります。要するに、自分が気に入った服を着ればいいだけのこと。
「ふんふん、ふふふ~♪」
みなさんこんにちは。今日の翔鶴、つまり溢れんばかりの機能美を身に纏ったこの私ですは大変気分が良いのです。それもそのはず、なにせ今日は……。
「翔鶴ねぇ、榛名さんからメッセージきたよ! やっぱり予定がついたみたいだからクランルームに集まりましょう、だって!」
「……そ、そうですか」
「? どうしたの翔鶴ねぇ?」
小首を傾げる瑞鶴。私よりも小さくて……あ、小さくはないですね。とにかくぎゅっと抱きしめて守ってあげたくなる細い線で象られた私の大切な妹。
「ううん、なんでもないわ。そう……なんでもないの」
その瑞鶴と、姉妹水入らずで過ごす予定だったのですが……。
★
「翔鶴さんに瑞鶴さんっ、メリークリスマスー!」
「わーい! 榛名さんもメリークリスマス!」
「あ、今日は別に招集はかけてないですよ? あくまで有志のクリスマスパーティですからね。他の方の邪魔をしてしまってはいけませんし」
だったら、私と瑞鶴も放っておいてはくれなかったものでしょうか? 私たちが二人でクランルームにやってきたあたりからもう理解しているとは思いますがね榛名さん。私と瑞鶴は、さっきまでず~~~~っと二人で居たんです。
いつも居るだろうって? 違うんですよそうじゃないんですよ佐藤記者。今日は特別な日、クリスマスじゃあないですか! この大切な日に私の瑞鶴と一緒に居られる幸せ! あなたには分からないでしょうね!
そしてきっと榛名さんにも……いえ、このヒトに限ってそれはないですね。きっと分かった上で私を呼び出したに違いありません。
そしてそのX級戦犯である榛名さんは、素知らぬ顔でこう続けるのです。
「ところで、お二人はサンタクロースの格好をされてないんですね?」
「え? あ、うん。なんか翔鶴ねぇが『別にいいでしょ』っていうから」
「……瑞鶴。お姉ちゃん、今の情報はわざわざ言わなくてもよかったと思うの」
そう言えば、何かを言いたげにじとーと私に視線を寄越す瑞鶴。な、なんですか。まさか瑞鶴まで榛名さんの味方をするんですか? これが俗に言う「背後からの一撃」ってやつなんですか???
「そうですか~。残念ですねぇ、今日はみんなでサンタコスして写真撮影しても許される日なのに……」
「榛名さん。それは多分クリスマスという行事のボタンを数十個レベルで掛け違えていると思いますよ?」
ちなみにご慧眼をお持ちの皆様は当然気付いているとは思いますが、今の榛名さんははっきり言って目に余る格好をしておられます。いえまあ、確かにサンタクロースの格好ではあるんですよ。ただその、肩をむき出しにしたりおへそを見えるようにしたり、果てはミニスカートを更に切り詰めたようなスカートにしたり……。
「まず、公式版の衣装を着るという選択肢はなかったんですか」
「いいじゃないですか翔鶴さん。せっかくの身内パーティなんですから」
そう。榛名さんはどうしたことか公式に配布されている衣装ではなく有志製作の衣装、それもかなーりキワドイ感じのサンタクロース
……というか、これはもはや水着なのでは? いくら寒さ暑さをある程度無視できる仮想現実と言っても、温度の概念はちゃんと実装されているわけですし……。
「ルームは温度調整されてるので問題ありません!」
そう言いながら部屋の隅を指さす榛名さん。そこには、いつの間にやら用意された暖炉。
「……なんか、いつの間にか増設されてるんですけれど」
「
それは私物化なのでは……と言いたいところですが、まあ実際クランルームは皆々して勝手に飾っているのでまあ榛名さんの言い分は分からないでもないです。
「わぁ~すごい。ちゃんと炎が揺れてるしパチパチって音もする。ほんのり暖かいし本当に暖炉って感じだぁ……」
そんなことを言いながら手をかざす瑞鶴。ルームの設定で室温を弄ってしまえば簡単に調整できる温度も、こうして暖房器具を設置するだけで暖められている気分になれるのだから不思議なものです。
とその時、にこにこしながら暖炉を見ていた可愛い瑞鶴の表情が変わります。なにかに気付いたようです。
「あれ。これってもしかして……?」
「ふふふ……瑞鶴さん、気付かれてしまいましたか……」
どこぞの悪代官みたいな笑みを浮かべる榛名さん。まあ榛名さんの言動は常に悪代官っぽいですから仕方ないのですが、キワドイ系サンタコスでそんな表情をされてもコメントに困りますね。
しかし榛名さんはそんな私の内心を知らず、腰にかけてのくびれを強調するようなサンタコスのままガッツポーズをしてみせるのです。
「なんとそれ、天下の『ヒトミブランド』なんです!」
「え……!? 榛名さんすごい!」
びっくり仰天といわんばかりに驚いてみせる、驚きに勝るほどの喜びが混ざった瑞鶴の表情、有志系のMod製作者の中でも「ヒトミブランド」はひときわ輝く憧れの的です。ブランドという名前で呼ばれていることからも分かるとおり、同じ製作者がつくったというだけで希少価値がグンと上がる一品ということになります。
さらにこのブランド、
「でもこれ、すっごく高かったんじゃないの?」
「まあ、それなりには。
「ありがとう! ほら翔鶴ねぇも!」
「え、えぇ……榛名さん、どうもありがとうございました」
なんでしょう。榛名さんが当然のように「いいこと」をしているのにヒジョーに違和感があります。これはなんでしょうか、いわゆる光堕ちというヤツですか? それとも何か遠大な計画の一端なのでしょうか。
「いえいえ。やっぱり素直に感謝されると嬉しい物ですね。あ! ちなみにお代は身体で払ってくれてもいいんd……」
失礼、私が深読みしすぎましたね。一歩踏み込んで跳躍、そのまま身体を一本の軸にして回転跳び蹴りを食らわせます。断末魔に黒がどうとか言ってた気がしますが気にしませんとも、ええ。
「しょ、翔鶴ねぇ……」
「いいのよ瑞鶴、
ぽんぽんと手を叩きながら言えば、瑞鶴はなんだか不満そうな顔……私が恩を仇で返したとでもいいたいのでしょうか。
「でも翔鶴ねぇ。やっぱり私は身体で払うよ!」
「は?」
しまった。ちょっと強い言葉を使ってしまいました。こういう時は「え?」とか「ふえ?」とかの方が良かったですかね。いえ、流石に「ふえ?」は狙いすぎですね時津風さんじゃないんですから。
……というか、そう言う問題じゃないでしょう今は。
「瑞鶴、あなたなんてことを……」
「だって。私たち榛名さんにクリスマスプレゼント用意してないじゃん。だったら
そう言いながら瑞鶴は仮想ウインドウを展開すると……え、待って下さい一体何を始める気なんですか? というか瑞鶴あなた、そんなに積極的な性格じゃないんですよね??
そして瑞鶴は何かを取り出したのでしょう。虚空から光の粒が寄り合って、物体を顕現させます。そしてそれが、なんと私に差し出されました。
「はいこれ! 翔鶴ねぇも手伝ってね?」
「……あ、飾り付けですか。なるほど」
それはなんでもない。そう何でもなさ過ぎるクリスマスの飾り付けでした。あれですね、なんか折り紙をくるっと巻いて作った鎖っぽいなにかとか、あと針葉樹の葉っぱと松ぼっくりとかで作ったなにかとか、そういうのですね。もちろん既製品ではありません。瑞鶴が差し出したのはその材料。それを机の上に広げると、続いてハサミやらノリやらを展開していきます。
「ふふん、工作なんて久しぶりだね! 翔鶴ねぇ!」
「え、ええ。そうね、なんだか私も楽しくなってきたわ」
もちろん本心です。だって邪魔はさっき倒しましたし、今は瑞鶴と水入らず。二人で並んで座ると、道具を手に取って加工してゆきます。もちろん私はヒトの姿をした航空母艦の翔鶴ですが、自らの手を操ることなどお手の物です。一つ一つの材料にはきっと瑞鶴の想いが籠もっているのですから、それを丹念に飾りへと昇華させていきます。
「そういえばさ翔鶴ねぇ。私たちは着替えなくていいの?」
「え?」
「いやだから、クリスマスの衣装。さっき着替えようとしてたでしょ?」
「あれは、クランルームにいくことを優先したから……」
そこで、瑞鶴からの視線が突き刺さります。これはあれですね、弁明は許して貰えないタイプの視線ですね。
「……分かったわよ。でも、流石にここでは着替えられないから、替えてもいい?」
「うん。いいよ」
そう言いながら自分も仮想ウインドウを展開する瑞鶴。私も同じ画面を開くと、衣装を選択。効率ばかりを求めるウインドウが提案してくる自動着替えを承認。途端に服が光に包まれて、別の衣装へと形を変えていきます。
……こういうの、よく美少女が変身して戦うタイプの作品演出としてよくありますけれど、実際にする側になってみるとなんというか、恥ずかしいんですよね。だってこれ、光に包まれているだけで服は着てない時間があるってことですし……。というか全身がスースーしますし。それを瑞鶴の隣でやっていると考えると、なんというべきでしょうか。心が掻き乱されます。
「……はい、お着替え完了! 翔鶴ねぇ可愛いよ~!」
「そ、そんな……可愛いだなんて……」
「もぅ、照れないでってばぁ!」
瑞鶴はそう言いながら私に体重を預けてきます。さらりと腕が背中に回されて、普段の道着モデルの装束とは違う材質の、ふわふわとした感触も直に伝わってきます。
「ふふ、やっぱりいつもと違うと楽しいね。翔鶴ねぇ」
そんな声は私の耳元から。確かに、いつもと違って瑞鶴に抱きすくめられるのも悪い気分ではありません。そっと私も、抱き返しておきます。
「ええ、私も楽しいわ。瑞鶴」
こうして、いつまでも時間が止まっていたら良いのに。もちろんそれが許されないことは分かっています。それでも、こうして瑞鶴の温もりが感じられる時間が私にとっては大切な時間なんです。
「あのさ、翔鶴ねぇ」
そんなとき、瑞鶴が口を開きます。すっと私の肩から顔を退けて、ちょうど真正面に彼女の整った顔立ちが。
「翔鶴ねぇにはね、ちゃーんとプレゼント用意したよ?」
ああ、この子はどんな台詞をどのタイミングで言えばいいか完璧に理解しているのでしょう。二人きりで過ごせなくなったことを私がどう考えていたか、さっき榛名さんをはっ倒したのがどちらかという私怨に近かったことをよく理解しているのでしょう。
だってそれが私の賢い妹、瑞鶴なのですから。
「実は私も、用意したわ」
「やった!」
うきうきと言わんばかりに身体を揺らして、満面の笑みを浮かべる瑞鶴。私と瑞鶴の視線が絡み合って、二人の距離が次第に近づいていきます。
「はぁ……いいですねぇ……最っ高のクリスマスプレゼントですよ……」
最悪のタイミングで、横からの強烈な視線を感じるまでは。
「…………榛名さん。いつから起きてたんですか?」
「手加減したってご自分で仰っていたじゃありませんか。お邪魔はしませんから、このまま続けて下さい? ねぇ青葉さん?」
「ええ! 後からやってくる時津風北上両氏のためにも。バッチリ記録しておきます! 青葉、はりきっちゃいますよぉ!」
……まあ、二千歩譲って榛名さんはいいでしょう。問題は隣のパパラッチ。いつから居た。ここでカメラを構えるということは戦争をご所望ですね? クリスマスまでに戦争は終わらなかったんですね?
「もう翔鶴ねぇったら! 今日くらいカッカしないの!」
「でも瑞鶴……、この人達がやってるのは……」
私は言いたいことが百から二百ほどあるのに、瑞鶴が私の頬を引っ張るので言わせて貰えません。むむむーと言っていると、私の愛おしい妹は耳元で一言。
「明日お休みでしょ? だから、ふたりっきりでずーっと一緒にいられるよ?」
「……ずるいわよ、瑞鶴」
そんなこと言われたら、ここで怒れないじゃないですか。最高の明日のためには、まず今日を最高にしなくちゃいけなくなっちゃうじゃないですか。
仕方が無いので私は青葉さんと榛名さんに向き直ります。もちろんお二人だって私の
「まあ、まあいいでしょう。それじゃあ榛名さん? クリスマスパーティーを盛り上げる準備をしようじゃありませんか」
「ええ、そういたしましょう!」
「よーし、青葉がんばっちゃうぞー!」
「やろっ、翔鶴ねぇ!」
それでは皆さんもハッピーメリークリスマス!