「ふぅっ……!」
「瑞鶴は変わらず柔らかいわね」
薄っぺらい布越しで伝わってくる瑞鶴の体温。健康的な白い首筋とうなじ。垂れ下がったツインテールは艶がかかっていてきらきらしているかのようにも見えます。
でも、ここで集中を切らしてはいけません。私は瑞鶴の姉です。姉として、しっかり妹を導いてあげないといけないのです。間違っても食べちゃいたいなんて口にしてはいけないのです。
「もう少し押すわよ?」
「うんっ……」
瑞鶴の背中が沈み、私もさらに腕に体重をかけます。
え、なにをしているかって? ご安心ください。ただ瑞鶴と一緒に準備運動をしているだけです。ええ、ストレッチです。開脚前屈の手伝いをしているだけですよ?
「……はーち、きゅー、じゅうっ! 翔鶴ねぇ、ありがとう!」
さて。私たちは今、演習場に来ています。
まあ演習場といっても見た目は完全に呉鎮守府――現代の呉基地ではなく旧軍のそれを模したものです――なのですが、ここは指定したプレイヤーだけで隔離されたステージなのです。ルームというやつですね。
この空間には私と瑞鶴だけ。つまり、これから私と瑞鶴は一対一のガチンコ勝負をするのです。
「ストレッチはおしまい、さぁ瑞鶴。準備なさい」
「はい翔鶴ねぇ!」
さあ、艤装を身に纏いましょう。
まずは艦艇としての能力を発揮するために絶対に必要な
その次に飛行甲板以外の艤装。高角砲や機銃を取り付けていきます。私の対空兵装は史実に準拠しているので連装高角砲6基と機銃ですね。腰や背中に張り巡らせるように装着していきます。
と、横を見ると瑞鶴も同じように対空装備を装備しています。あ、あれは墳進砲ですね。個人的には誘導弾でないあれがどれほどの成果を上げるのか、なんとも疑わしいのですが……。
ともかく、最後に航空艤装です。飛行甲板のジョイントを巻いて、一応航空艤装に分類されるらしい腕の強化外骨格――史実の翔鶴型にカタパルトの設置スペースが設けてある名残でしょうか――を装着します。なんだかカッコいいですよね、これ。
それから航空母艦には欠かせない格納庫、私にとっての矢筒を取り付けます。そしてそこには自慢の艦載機たち。航空隊がなければ空母なんてただの箱ですからね。
ちなみに、搭載機数に関しては格納庫の収容能力に準拠しているので一概に何機ということは出来ませんが……空母艦娘の中では割と入る方だと自負しております。これでも、大型正規空母ですから。
そして、空母自慢の飛行甲板。ここには着艦ワイヤやら誘導灯やらがいろいろ付いていて、艦載機を着艦させるのに必要なものが揃っています。はい、着艦に必要なものだけです。
本当なら発艦も行うのですが……ご存知の通り、私は艦載機を弓矢に変化させて格納しております。つまりどういうことかというと、発艦に必要なのは弓矢です。弓掛をはめて……
「はい翔鶴ねぇ、これ!」
瑞鶴が私に和弓を手渡してくれます。いい妹を持ったものです。
「ありがとう、瑞鶴」
……その分だけ、しっかりと見本を見せてあげませんとね。
さぁ、準備完了です。
「五航戦、翔鶴!」
「瑞鶴!」
「「出撃します!!」」
まあ、演習なので出撃という表現が似合うかは分かりませんが……まあ、それは良しとしましょう。
演習場は呉、瀬戸内海を模しています。だから海は穏やか。私たちはそんな海を駆けていきます。
海を走ることを想像すると難しいかも知れませんが、要は足がずんずん進んでいくだけです。バランス取りに慣れてさえしまえば、意外と簡単ですよ?
「さぁ瑞鶴。始めましょうか」
「うん!」
その言葉と同時に私たちは散開。広々とした海原に二つの航路が刻まれてゆきます。
私は矢筒に手を伸ばすと、指先の感覚で戦闘機のそれを選びます。
これだけでもホントに大変なんです。まずは基本の型が出来てないと話になりません。一応の形が出来るまでどれほど時間がかかったことでしょう――お察しの通り。私は
軽空母や雲龍型の方が人気があるのはそういう都合もあるんだろうなぁと思いますが、まあそれは置いておきましょう。
「航空隊、発艦!」
ともかく、私の努力により放たれた矢は鋭く飛翔。ぱっと輝いて一個小隊4機の戦闘機へと姿を変えます。はたと見れば瑞鶴からも同様に一個小隊が上がりました。
「いくよ! 翔鶴ねぇ!」
「ええ、瑞鶴」
互いの視線が交差、同時に私は戦闘機部隊へと命令。以前はインタフェースを開かないとできなかった個別指令も、今ではちょっと念じるだけでできます。それは瑞鶴も同じ。
そして
ええそうです。私たち姉妹の演習にはやり方があります。
空母戦と一口に言っても、それは索敵に始まり制空、攻撃、直掩……様々な戦いがあります。それらを網羅するのは難しいですし、なによりそれらを全部やっていては時間がかかって仕方がありません。
そしてなにより、考えてみてください。空母にとって必要なのは敵機を撃ち落とす、雷撃を放つ、爆弾を投下する……その一瞬、ほんの一瞬の動作。その精度だけです。
ですので、まずは一対一です。
瑞鶴と私、それぞれ代表として飛んできた戦闘機が腹を向けあうようにしてすれ違います。
それは
「くっ……」
瑞鶴は航空機を直接操作するとき、だいたい高度な空戦技術を使いたがります。それに真っ向から付き合う必要はありません。
巴戦で決めましょう。私の戦闘機は翼を翻して相手に追いすがります。セオリー通りなら追われる立場の瑞鶴機は逆にこちらの背中を取るべく急旋回を仕掛け、お互いの機がぐるぐる回るようにして追いかけっこを始めるはずです。
これが巴戦。機体の旋回性能と、なにより操縦者の体力・精神力により勝敗が決まる戦いです。
しかし私の頭には、照準器のど真ん中に捕らえられた瑞鶴機が映し出されます。瑞鶴機は背中を明け渡すかのように急旋回をしなかったのです。
ですが。これではなにかよからぬことを考えてるのがバレバレですよ、瑞鶴。
射撃開始。戦闘機の両翼に備え付けられた20mm機関砲と胴体の7.7mm機関銃が瑞鶴機に襲い掛かります……が、当たらない。
――――
次の瞬間、照準器から瑞鶴機が消えます。どうせ左捻りこみ――こんな難度の高い技を「どうせ」というのはいろいろ失礼なのですが、瑞鶴は平然とやってのけるのです――でしょう、後ろを取られる前に横ロールで逃げなくては――――
結論から言うと、負けてしまいました。
「どうよ翔鶴ねぇ!」
私の戦闘機が力なく海に落っこちてゆきます。あぁ、私のボーキサイトが……。
私としてはやったぁやったぁとはしゃぐ瑞鶴も観賞用としては大変貴重ですし脳内保存待ったなしなのですが、演習中の身としては敗北は悲しいものです。なにより、姉として恥ずかしいものです。
「もう一対一では瑞鶴には勝てないわね……」
「そ、そうかな……? でも瑞鶴、今日はちょっと調子よかっただけだし……」
謙遜というのは美徳だけどね、瑞鶴。一対一の勝率はあなたの方がかなーり上なんですよ? そういうのを一般には「煽り」っていうんですよ?
「ふふ、それも含めて瑞鶴の実力よ」
まあ、私は翔鶴ねぇですから許しますとも。ええ。かわいい妹のためです。
そして加えて言えば、瑞鶴が鍛えねばならないのは空戦技術ではなく、航空戦です。瑞鶴の航空機操作はエース級かもしれませんが、飛行隊司令のそれではありません。
「……さ、瑞鶴。次行くわよ」
「うん。次はスリーオンスリーだよね! 航空隊、全機突撃!」
瑞鶴の号令によって空中待機していた3機の瑞鶴機が突っ込んできます。私は微笑んだまま航空隊へと下命。
ええ、