燃ゆる沖ノ島沖!その壱
「あ、翔鶴ねぇ! 待ってたよ!」
フォーク片手に出迎えてくれる瑞鶴。ちょっと遅くなってしまいましたが、どうやら遅刻はしなかったようです。置いていかれた、なんてなったら悲しいですからね。
……ってフォークですか。もちろん
と、いうことはもちろん食事中なのでしょう。瑞鶴はほれほれと言わんばかりにフォークを机の上に置かれたケーキに向けて見せます……イチゴの乗ったホールケーキです。
なんでショートケーキにしなかったんでしょうか。流石にそんな大きさでは飽きるでしょうに……あ、切り分けてるんですね。瑞鶴の前には小皿に乗ったケーキが置かれています。
瑞鶴は本当に楽しそうです。それを見ているだけで私も楽しいです。
しかし、瑞鶴は私に対してこう言いました。
「翔鶴ねぇも食べる?」
ど、どうしましょう。
正直VRで食べるものはスクロースか塩化ナトリウムでもないかぎりヘンテコな味が多いのですが……よりにもよってケーキ。それもイチゴですか。果物、生鮮食品の類は本当に再現率が微妙なんです。
まあ、甘味がベースとなっているケーキなら……どうでしょうか。うーん。
「翔鶴ねぇ……食べないの?」
そ、そんな顔をしないでください瑞鶴。う、上目づかいなんて販促で、じゃない反則ですよ! あなたにそんな顔をされてしまっては、私は……。
「ほら、あーん」
それって、もしかしてもしかしてですか? 瑞鶴と、かか間接キスをすすす、するのだですか? 確かにここにはフォークが一つしかありませんし、私が食べるのならそれ以外に手段はなさそうですが。
ええい、翔鶴。ちょっとの我慢です。味なんてどうでもいいじゃないですか。適当にお世辞言っとけばいいのです。
「わ、分かったわ。瑞鶴……あ、あーん」
ぱくり。
「……」
あ、やっぱり不味いですね。はい。食感は確かにいい感じですし、生クリームの香りも結構いい線いっているんですが……だから余計に、味が。
「やっぱり美味しくない?」
「そ、そんなことないわよ瑞鶴。おいしいわ」
ごめんなさい。毎朝のお茶も変な味ですけど慣れればどうってことないのです。ですが申し訳ない。不味いものは不味いのです。私は本心から翔鶴だから突き通せますが、元来嘘は苦手なのです。え、矛盾? してませんとも。ええ。
瑞鶴がちょっと寂しそうな顔。
「……翔鶴ねぇ。美味しく、ないんだよね」
ば、ばれた。流石に今の私の表情は引きつっているのでしょうか。
「ええとね瑞鶴、ちょっと斬新な味だったの。それだけよ?」
まあ間違ってはいません。食レポなら多分こんな感じでしょう。うん。
すると瑞鶴が、私の目の前で手のひらをパンッと合わせました。
「ごめんっ。実はね、瑞鶴も美味しくなかったんだ」
え、そうなのですか? だってさっき……。いや、待ってください、確かに瑞鶴は「美味しい」とは一言も言ってません。それに瑞鶴の分として切り取られているのであろうケーキの一部分は、確かに今私が食べた一口分しか減ってませんし……あれ? 一口分しか?
「あぁー、ダメでしたかぁ。青葉、残念ですぅ」
と、私の思考を遮る声。音源へと視線を向ければ、そこには私のクランのメンバーが。
「ほらぁ! だから言ったじゃん青葉!」
瑞鶴が頬を膨らませながらフォークを青葉へと指向。青葉さんは両手で言い訳のポーズ。
「いやーどうしても試してみたかったんです。榛名氏や瑞鶴氏がダメでも、翔鶴氏なら美味しく感じてもらえるかと思いまして」
なるほど。だいたい事情は察しました。
この青葉さん、趣味でMod作成を行ってる方でして――なんでも目標はとあるカメラをVR空間で完全再現することなのだとか――その関係でいろんなモノを作ってるんですよね。今回はポンコツ味覚エンジンに挑もうとした、と。
で……まだ5/8ほど残っているホールケーキはその
まあそれはいいのです。失敗は成功の母。そんなことを偉い人が言っていたような記憶もあります。それに味覚の完全再現、味覚エンジンの完成。それはVR業界の夢ですから、その踏み台になるのであればまあ、いいでしょう。いつか青葉さんが完成させてくれることを願うばかりです。
ですが問題はそこではないのです。見てくださいケーキを、ケーキは一口分しか減っていません、つまりどういうことかというと、瑞鶴は一口も食べていないんです。ああなるほど、ホールケーキは八等分されていて残りは5/8。榛名さんと瑞鶴が食べたのなら残りは6/8であるはず。この1/8は私の分なのでしょう。
私は青葉さんに向き直ります。
「青葉さん、なぜ瑞鶴をダシにしたのですか」
「えーいやそのあの、翔鶴氏は瑞鶴氏のいうことならだいたい聞いてくれますのですでありまして、まあ詰まるところそういうことなのでありますよ」
「なるほど、事情は分かりました。青葉さん。私は許しましょう」
「え、ホントですか? 恐縮d――――」
残念ですが例外条項発動です。メニュー画面展開、アイテムストレージより米帝御用達トンプソン機関銃を召喚。そして腰だめ。
「ですが、
「それやりたかっただけでしょ翔鶴氏! あっやめっ――――!」
正義の鉄槌が今、降ろされました。
私は瑞鶴との絆を利用する輩を、ましてや瑞鶴と間接キスが出来ると囁き、あろうことに私の乙女心を持て遊んだ輩を許すわけにはいかないのです。
なに、所詮はゲーム、痛覚制限くらいはありますし、修理の資源と
私が青葉さんの入渠に必要な操作を書面に書き込んで――もうメニュー画面を開くほどの緊急性はありませんので――いると、瑞鶴がどこか申し訳なさそうに言いました。
「しょ、翔鶴ねぇ……瑞鶴も悪いんだ」
「?」
「やろうって言ったのは青葉だけど、面白そうだったから瑞鶴も、つい……」
なるほど。「あーん」すれば私が乗ってくると、そう思ったのですね? なるほどそれは大正解です。
だから自分も共犯者だと、そう言いたいのですね?
「瑞鶴は悪くないのよ? 悪いのは思いついた青葉さんです」
「ううん。瑞鶴が悪いの。だから――――」
ちゅっ。
「ず、ずいかくっ?!」
「えへへ、これで許してね。翔鶴ねぇ」
青葉さん、申し訳ないですが……もうしばらくそこで大破のままくたばっていてください。
私、少々用事が出来ましたので。
こんな作品に感想ありがとうございます!それもたくさん……恐縮であります!
そのうえで申し訳ありませんが、感想返信についてはしばしお待ちください。作品が一段落したところでまとめて行わせていただこうかと思います。