邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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現実主義者と儚い想い

 最近の私はとあるクラスメイトとお昼を共にしている。学生同士の交流を促そうと学園側が作ったテラス、その一角で私達は決められた時間決められたテーブルに座る。

 私は自分で作ったご飯を食べながら、彼は難しい本を読みながら一緒にお昼を過ごす。

 

 

 彼の分もご飯を作ってこようと思ったけど、私に悪いからと彼に断られてしまった。

 別に貴方のためじゃないし!――――――なんて、そんな風に怒っていた自分が恥ずかしい。

 彼はとても不思議な人だった。初対面のときから……ううん、今だってよくわからないし怖いと思うことだってある。

 

 

 だけど、その……なんて言うか、こうして本を読んでいる姿はちょっとだけカッコよかったりする。

 灰色の死神という二つ名を与えられた序列二位、学年首席でもある彼は一部の生徒から恐れられていた。

 その理由を私もそれとなく調べてみたけど、どうやら彼の戦い方に問題があるそうだ。

 

 

 代表戦に於ける予選、最初の戦いで彼は同じく序列七位の二年生を一瞬で倒した――――――までは良いんだけど、その際に彼は先輩の左手を切り落としたらしい。

 そして二回戦目ではあろうことか学園の職員を斬りつけた。多くの人が彼の行動を疑っていたけど、あれは本当に不幸な事故としか言いようがないと思う。

 

 

 彼はそんな風に誰かを傷つけるタイプじゃないし、どちらかといえば物静かな人間だもん。

 こうして一緒にいる私だからこそわかるけど、他の人たちがそんな風に勘違いしてしまうのもしょうがないと思う。

 私だって初対面のときは勘違いしちゃって、そのせいでヨハン君にはいっぱい迷惑をかけてしまった。

 

 

 

 ごめんなさい――――――なんて、そんな言葉じゃ足りないくらいのことをしてしまった。

 あのときのことは私としても忘れたい……でも、時折彼がその話を持ち出して私のことをからかったりするの。

 

 

 

「まずはおめでとう、ベストエイトということは後一勝すれば四城戦への権利(キップ)が手に入る。

 君のことをただのシスコンだと思っていたが、どうやら私の勘違いだったようだ」

 

 

 そう言って私の反応を見ながら楽しむ姿がどこか子供っぽくて、死神というよりは小悪魔に近いと思う。

 名前で呼んでほしいのに彼は私のことをシスコン……って、よくそう呼んでくるからとっても嫌だった。

 だからどうして人が嫌がることを平気でするのか、それをやめてほしくて問い詰めたことがあったの。

 

 

 

「いいじゃないか、シスコンというのはなにも差別用語ではない。

 君のそれは素晴らしい家族愛にして褒められるべき個性、私はそんな君に敬意を払っているだけだよ」

 

 

 褒められているのか貶されているのか、あの日からほぼ毎日一緒にいるけどそれでもよくわからない。

 ヨハン=ヴァイスには近づくな。誰が言い出したのかはわからないけど、それが学園内での共通認識となっていた。

 

 

 化物。異常者。幼女趣味。

 こうして一緒な時間を過ごしているからこそ、私は彼が誤解されやすい体質だと知っている。

 とっても強いのになんだか近寄りがたい雰囲気、生徒会の人も彼に対する質問は答えたがらない。

 

 

 彼の読む本は決まってこの国の歴史や政治に関するもので、それを読んでいるときの彼はいつも憤慨していたの。

 よくわからない単語を口走ったかと思えば頭を抱えて、その動きがなんだか面白くて私はよく彼のことを観察していた。

 この人はとっても頭が良いんだなー……って、私の視線に気づくと彼はちょっとだけ不機嫌になる。

 

 

 なんて言うか――――――私のような凡人には彼の考えていることがよくわからなくて、だからこそ彼という人間に恐怖を感じてしまう。

 理解できないから彼を怖いと感じて、怖いと感じるからこそ理解しようとしない。

 変な噂に探されていた私がいうのも変だけど、きっとこの学園にいるほとんどの人がそんな風に思ってる。

 

 

 

「誤解されるのには慣れているし、そもそも噂なんていうものを気にしていたらなにもできない」

 

 

 こうして同じ時間・同じ空間にいるからこそ気づけたけど、彼には他の人たちとは違うなにかがあるんだと思う。

 個人的に一番嬉しかったのは獣人に対する偏見がなかったこと、彼は獣人としての私ではなく一人の人間として扱ってくれる。

 一応クラスメイトや他の生徒たちと話す機会はあるけど、やっぱり壁というか……ちょっとした隔たりを感じてしまうことが多かった。

 

 

 きっと初めて見る尻尾付きにどう接したらいいか、それがわからなくて戸惑っていたんだと思う。

 最近はヨハン君との関係とか、どんな会話をしているのか色んな人から聞かれていた。

 だから……その、なんて言うかちょっとだけ嫉妬しちゃう。

 

 

 こんなのは言い訳にしかならないけど、たぶん寂しかったんだと思う。

 挨拶したり物を貸し合ったりする人はいるのに、お昼休みを一緒に過ごすような――――――そんな人が誰もいなかったから……だからこのテラスでお昼を過ごすのが入学してからの日課だった。

 

 

 

「ふむ、御一緒させてもらおうか」

 

 

「えっ?」

 

 

 ある日、いつも通りテラスにいた私にヨハン君が声をかけてきた。

 私の返事も聞かずに向かい合わせに座るとそのまま読書を始めて、ページをめくる小さな音だけがこの空間を支配する。

 

 

 

「申し訳ないが、お姉さんの居場所はまだ掴めそうにない。

 だが……いずれ必ず会わせてやるから、君は安心して彼女の帰りを待っていたまえ」

 

 

 その言葉は本当に突然だった。驚く私を尻目に彼は何事もなかったように読書を続けて、気がつけば涙が溢れていたの。

 嬉しかった、本当に……なんて言うかとっても嬉しかったの。

 

 

 入学テストでのことを私は一生忘れないと思う。だってあのときの彼は本当に怖かったから、そのせいで変な噂に流されて彼という人間をそのフィルター越しに見ていた。

 でもそれは違った……いや、違ったというか違ってほしいと思ったの。

 なにか私の知らない事情があったんじゃないか、ちょっとした偏見に悩んでいた私がいつの間にか彼らと同じことをしていた。

 

 

 

「うん!」

 

 

 本当に最低な女、笑っちゃうくらいに自分が情けなかった。

 こうして私は彼に対する偏見や噂話を信じないことに決めたの。……なんて言うか、その日のお弁当はちょっとだけしょっぱかったと思う。

 

 

 

「ねぇ、私聞いたんだからね!

 ヨハン君初戦で対戦相手の先輩に大怪我させたって、なんでそんなことしたのよ!」

 

 

 それからこの不思議な人とのお昼休みが私の日課となった。普段はなにも喋らず本ばかり読んでいる彼も私の言葉には反応してくれて、時折私の方から彼を注意するなんて珍しい光景もあってね。

 そのたびに彼は妙な屁理屈ばかり並べて、私に謝ったかと思えば数秒後にはその私を馬鹿にするの。

 

 

 なんだかよくわからないけど居心地が良くて、そんなくだらないけど楽しい毎日を送ってた。

 相変わらず彼に関する噂は酷かったけど、本人が気にしていないのだから私もそうすることにしたの。

 一応彼の事を聞きに来る生徒やクラスメイトには本当のことを言ったけど、だけど私が話すヨハン君よりも噂で語られる彼の方がわかりやすかったみたい。

 

 

 

「ほら、ヨハン君は無表情だから誤解されがちなの!

 もっと笑って、ほら! もう一度……ニーって!」

 

 

 その日、私はテラスで待っていた彼に現状を説明してね。

 いつもはポーカーフェイスな彼が困ったように笑う姿を見て、いつの間にか私はこの状況を楽しんでいたの。

 

 

 私だけが彼の笑った顔を知っている。恥ずかしそうに笑った顔がとっても可愛らしいことを……それが少しだけ嬉しかったり嬉しくなかったり、自分でもこの感情がなんなのかよくわからなかった。

 いつもは無表情なくせに笑うと可愛らしくて、怒りっぽいくせに実は優しい人で、気がつけばお昼休みの時間を楽しみにしている自分がいたの。

 

 

 

「早くそこに座って……じゃあ、どうしてあんなことになったのか私に教えてください」

 

 

「あんなこと? ああ、この間の代表戦を言っているのか。

 教えるもなにも知っての通りただの事故、こうして君と会っていることがなによりの証拠だ」

 

 

 職員が怪我を負った試合、あのときのことを私が聞くと彼は盛大なため息を吐いた。

 きっと彼自身その手の質問にうんざりしてたんだと思う。だけど彼は私の質問に嫌々ながらも答えてくれて、彼の口からその言葉が聞けてちょっとだけ安心してた。

 

 

 

「うん……わかった。私は信じるよ!」

 

 

 ヨハン君がそう言うなら私は信じてあげよう――――――って、話を聞く前から私はそう決めていた。

 やっぱり独りぼっちは寂しいもんね。どんなに強い人でも寂しさには耐えられない……誰にも信じてもらえないなんてとっても悲しいこと。

 

 

 

「あの先生一命は取り留めたって、当分学校には来れないけど順調に回復してるらしいよ」

 

 

「そうか! それは私としても嬉しい限りだ!

 初めて君と一緒にいて良かったと、そう思ったかもしれない稀有な一日だ」

 

 

 ほら……こうやって見れば彼も普通の高校生、最後の一言は余計だけどそんな照れ隠しも含めて彼のいいところなのにね。

 笑った顔も呆れた顔も、怒った顔だって私は嫌いじゃない……そう、あくまでも嫌いじゃないだけだ。

 なにも知らない人達が彼のことを悪く言うのはどうしてだろうか、どうしてあんな酷い噂を流すのか私にはわからなかった。

 

 

 

「今日も棄権されたの? 今更驚きもしないけど、このままだと体がぷにぷにになっちゃうね」

 

 

 あの事件以降ヨハン君は一度も戦っていない。対戦相手の棄権又は試合放棄、予定されていた生徒は一人残らず彼の前から逃げ出していた。

 彼らの気持ちがわからなくもないけど、それでもなにかしらの悪意を感じてしまう。

 一度だけその試合を見に行ったことがあるけど、アリーナの中央で一人立っている彼はなんだか寂しそうだった。

 

 

 

 結局予定の時刻を過ぎても現れなかったことにより、職員からヨハン君の不戦勝が告げられてその日の試合は終わったの。

 私は慌ててこのテラスまで帰ってきたけど、そんな彼が決まって向かうのがこのテラスだった。

 だから彼の試合が行われる日はちょっとだけ特別、その日だけ私は一日二回ここを訪れる。

 

 

 お昼休みに一回と彼の試合が終わった後に一回、さすがに恥ずかしいからちょっとだけ偶然を装ってね。

 そこから先は適当な理由をつけて次の授業が始まるまでの間、なにをするわけでもなくただぼんやりと過ごしている。

 

 

 初めは本を読んでいる彼の横顔をこっそりのぞき見してたけど、彼に怒られてからはもうやっていない。

 あのときは私の意思に反して動き回る尻尾のせいもあって、恥ずかしさからうつむくことしかできなくてね。

 どんなに押さえつけても一向に落ち着かないので、思わずちょん切ってやろうかと本気で考えた。

 

 

 

「そうか……確かに、君が付き合ってくれるならそう悪くもない提案だ」

 

 

「はっ!? なっ……なによ、変な勘違いしないでよね!」

 

 

 ヨハン君の唯一嫌いなポイント、その妙に鋭いところがあんまり好きじゃなかった。

 結局今日も言えずじまい。暇なら一緒にクラスへ行こうよ!せっかくだから授業を受けてみたら?――――――って、そのちょっとした言葉が出てこない。

 

 

 

「さて、今日は大事な試合があるしそろそろいくとしよう」

 

 

「あっ……うん、確かベストエイトを賭けてアルフォンス君と戦うんだよね。

 今日の戦いに勝った方が私の対戦相手ってことか、なんだか気まずい雰囲気だね」

 

 

 今日行われる試合はアルフォンス君とのもので、勝った方が私と戦うことになっていた。

 ヨハン君は勿論だけどアルフォンス君にも頑張ってほしいし、同じクラスメイトでもある私は二人とも応援していた。

 ただ個人的にはほんのちょっぴり、尻尾一本分くらいの差で彼に勝ってほしい。

 

 

 

「まあ、今日という日を私は待ちわびていたからな。

 君も時間が空いているなら見にくるといい。絶対に損はさせないし、なにより君が来てくれると私としても助かる」

 

 

「しょ、しょうがないわね。そこまで言うなら見に行ってあげる」

 

 

 彼を見上げながら慌てて尻尾を押さえつけた。ここで暴れたら本当にちょん切るからね!――――――なんて、そんなことを考えながら精一杯の意地を張ってね。

 獣人の感情は尻尾に表れる。……うん、誰が言い出したのかは知らないけどぐうの音も出ない。

 

 

 

「ああそうそう、それと君のお姉さんに関してかなり有力な情報を掴めた。

 全ての手筈は整えてあるから、このまま上手くいけば数日中に会えるかもしれない」

 

 

「本当に!?……あっ」

 

 

 あまりの嬉しさに思わず手を放してしまって、案の定押さえつけられていた尻尾が――――――ね?なんて言うか……これ以上はあんまり言いたくない。

 

 

 

「この続きは試合が終わってからゆっくりと話そうか、私の方も相応の準備が必要だからね」

 

 

 そう言って踵を返した彼に私は大きな声で言ったの。ありがとう!――――――って、だけどその気持ちはあっさりと踏みにじられた。

 ベストエイトを賭けたアルフォンス君との代表戦、その舞台で私の感情は絶望へと変わったの。

 アリーナに詰めかけた大観衆、その激しい喧騒の中で私の声はとても小さかったと思う。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

 

「そんな……嘘、なんでヨハン君がお姉ちゃんの――――――」


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