邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
――――――私が勝ったらコンちゃんに謝ってもらう。
この御姫様は試合が始まる前そう言っていたが、実際に私と戦ってみて気づいた筈だ。
私達の間に存在する絶望的な隔たり、実力差と言う名の残酷な現実である。
ではそんな私にどうやって勝つつもりなのか、ここは御姫様の立場に立って考えてみよう。
「ああ……そうか、それを狙っているなら納得できる」
さて、取りあえずは中々出て来ない小娘を誘い出そう。
わがままなボルゾイを教育する為に、私は彼女の大好きなドックフードをちらつかせる。
血統書付きの間抜けなボルゾイに対して、私は少しだけ体勢を崩してアピールしたのである。
「悪いけど、これで決めさせてもらう!」
すると、案の定そのドックフードに彼女は食らいついた。
鬱陶しい壁が消えたかと思えば、そこから私という獲物に間抜けなボルゾイが向かってきてね。
数少ない好機をものにする為、彼女は私という餌にその牙を突き立てようとする。
「残念、君の考えている事などお見通しだ」
私の雰囲気が変わった事に気づいたのか、御姫様の焦りようは中々面白かった。
慌てて大剣を振り下ろそうとするが、私の間合いに踏み込んだ時点で意味はない。
甲高い音と共にあれほど大きな武器が宙を舞い、媚びるしか能のない馬鹿共が騒ぎ出す。
突然のことに固まる御姫様を尻目に、私はその無駄に大きくて豪華な大剣を回収した。
全く、見れば見るほど無駄が多いというか、あまりにも実用性に欠ける造りである。
この大剣に施された装飾一つでどれだけのライフラインが整備できるか、これではまるで中世ヨーロッパの暗黒時代である。
おそらくは絶対君主制の弊害だろうが、こんなものを造る金があるならインフラ整備に予算をあててほしい。
私に言わせればただの無駄遣いであり、無能な国王が幅を利かせている時点で終わっている。
国を滅ぼすのは無能な権力者と相場が決まっているが、その権力者をトップに据えたのは愚鈍な民衆である。
カビの生えた貴族制度を採用し、古臭い政治体制に依存している国家に未来などない。
無能な癖に自尊心だけは一人前の人間なんて、それこそ正真正銘の不良債権である。
そう言った国がどんな結末を迎えるか、そんな事は歴史の教科書を開いてみればいくらでも載っている。
「汚い手でその剣に……御父様から貰った私の宝物に触れるんじゃない!」
思わず出たため息は御姫様に対してか、それとも無能な国王に対してかは私にもわからない。どちらにせよなんとも胸糞悪い話だ。
御姫様の叫び声と共に再び火球が現れ、それと同時に彼女の体を激しい炎が包む。
これは少し前に闘技場の中で見た技、セレストが使っていたものと同じタイプの魔法だろう。
彼女を起点に炎の渦を作りだして、その熱風によって触れるもの全てを焼き尽くす。
セレストの時は雷撃だったが、今回はそれよりも質の悪い炎ということだ。
ただその大きさはセレストのものよりも小さく、そしてその密度も薄いように感じたがね。
「剣?ああ、この趣向品の事を言っていたのか――――――では少しばかり君に聞きたいのだが、この装飾にはなんの意味があるのだろう。
外見が良いだけで実用性に欠け、その中身はこの国のように空っぽだ。
空っぽの御姫様が空っぽの武器を使う?なるほど、私が触れたらメッキも剥げるか」
ただセレストとの戦いとは違って制限があり、御姫様を切りふせることは出来ないのである。
なんとも面倒ではあるが、彼女への直接的な攻撃は許されていない。
降り注ぐ火球と突っ込んでくる御姫様、おかげさまでリングの上は大炎上である。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!返せ、それは私にとっての誇りなんだ!」
激情する彼女とは打って変わって、私の方は小躍りしたいくらいの気分だった。
先程までの御姫様には考える余裕というか、この実力差を覆そうとする戦術的努力が垣間見えた。
しかし今の彼女は主人公君よりも酷く、もはや王族としての威厳すらも霞んでいる。
類は友を呼ぶ。魔術に疎い私でさえも彼女が無理をしていること、要するに大量の魔力を消費している事がわかった。
彼女の後先考えない行動はそれだけでも興味深い。つまり御姫様にとっては命よりも大切であり、一刻も早く取り戻したかったのだろう――――――確か……誇り?だったか、これは良い事を教えてもらった。
「さて、正義の味方である君はどちらを選ぶのかな。
哀れな召喚獣の仇を取ろうとするのか、それともくだらない誇りとやらを守ろうとするか……まあ、答えなんてわかりきっているがね」
私は奪った大剣を適当に投げ捨てると、そのまま彼女の出方を伺っていた。
甲高い音をたてて転がる大剣、間抜けなボルゾイはどちらに飛びつくだろう。
誇りと言う名の玩具に飛びつくのか、それとも勝機と言う名の餌に食らいつくのか。
その選択次第で私の方針も決まるわけで、個人的には前者であることを願っているよ。
後者を選べば限りなくゼロに近い勝機が生まれるかもしれない。だが前者を選べば大量の魔力を消費しただけで、得られるものもなければ数少ない勝機も失う。
これで彼女という人間について、その行動理念を私は知ることが出来る。
「そうか、やはりそちらを選んだのだな」
誇りと言う名の玩具を取りに行く、そんな子犬を見ながら私は笑ったのさ。
攻撃の主軸である筈の御姫様が背を向けて、そのまま鉄くずを拾いに行く光景は新鮮だった。
間抜けなボルゾイを見ながら極めて悪辣に、それでいてとても楽しげに私は微笑んだ。
彼女が勝機よりも誇りを重んじるならば、そこを攻め立てれば自ずと瓦解するだろう。
私を嫌悪しているなら尚のこと、無力な自分に絶望してくれる筈だ。
「くっ、私の大切なものをよくも――――――」
「ああ、大切なのはわかったから拾えよ。……ほら、貴様の誇りとやらが泣いているぞ」
彼女が大剣を拾い上げた瞬間、私は一気に間合いを詰めてそれを弾いた。
甲高い金属音が響いたかと思えば、御姫様の手から誇りと言う名の鉄くずがこぼれ落ちる。
最初はなにが起こったのか理解していなかったが、すぐに数発の火球を私に飛ばして彼女は自らの誇りに手を伸ばす。
私は飛んできた火球を刀で切り裂くと、それ以上の攻撃はなにもしなかった。
その光景をただ眺めているだけで、彼女が誇りを取り戻した瞬間に私は拍手を送る。
投げたフリスビーを子犬が咥えたのだから、それを褒めてやるのは人間として当然のことだ。
くだらない誇りを守ろうと踵を返し、私に背を向けた時点で君は終わったのさ。
私の思惑に気づいたのか御姫様の顔が徐々に歪んでいき、そして再び大剣を構えて呪文を唱える。
その鉄くずがそんなにも大切なら私が手伝ってあげよう――――――彼女の心が折れるまで何度も……ね。さて、それではゲームの続きを始めるとしようか。
「これではまるで金管楽器だな。特に綺麗な音色を奏でるわけでもないが、そうやって地面に転がっている方が御似合いだ」
彼女の大剣が発火した刹那を狙って、私は再びその刀身を弾き飛ばしてね。
本日三度目の金属音は今まで一番響き渡り、その音はどこか泣いているようにも聞こえた。
ふむ、ここまでくれば御姫様だけでなく、観客席にいる馬鹿共も私の目的に気づいただろう。
彼女の大剣をフリスビー代わりにして、そのくだらない誇りとやらを徹底的に冒涜する。
御姫様の手から誇りと言う名の鉄くずを奪い取り、そして犬のように永遠と拾わせるのである。
出来の悪い駄犬を躾けるのは私の務め、由緒正しきボルゾイとのドッグスポーツである。
「さっさと拾ってくれないか、君が拾ってくれないとなにも始まらない。
そのガラクタが大事なんだろ?ほら、私は邪魔しないから安心して拾うといい」
そんな風に見られたら照れるじゃないか、御姫様から向けられる視線はとても怖くて――――――でも、私はそこにある種の絶望を感じとったのさ。
まあ、彼女が焦っている理由もわかるがね。先程の火球にしても足りないというか、最初のものよりも明らかに劣っていた。
つまり彼女の魔力はほぼ枯渇しており、私に対抗する手立てがないのである。
多種多様な魔法で敵を翻弄すること、それが彼女の強みであり武器なのだろう。
だがそれが使えないともなればどうしようもなく、御姫様の勝機は完全に潰えたのである。
今の彼女はなにを考えているのだろうか、王族としてのプライドと立場、加えて観客席で騒いでいる馬鹿共が彼女の降参を許さない。
私を倒してみせると宣言したこと、それも彼女を苦しめている原因の一つだろう。
彼女に出来る事といえばその誇りが蹂躙される様を、躾けの行き届いた犬のように眺める事だけだ。
降参するという事は敗北を認めた事であり、つまりは君の誇りが擦り切れてしまった証明でもある。
私は君の大切な友人とその
君の心がどの程度まで持つのか、それを私だけの特等席で見物しようじゃないか。
「黙れ、あんたみたいな異常者に私の気持ちがわかってたまるか!」
それはただ単に逆上しただけだったのか、それとも王族としての意地だったのかはわからない。
それでも最後の魔力を振り絞って、あの鬱陶しい壁を作り出した頑張りは評価しよう。
最初の奴よりも少しばかり小さかったが、今の彼女にはこれが精一杯なのだろう。
私達の間を隔てる鬱陶しい炎の壁、しかし今回のそれはとても薄っぺらくてね。
これならば強引に突破しても大丈夫だろうし、むしろそうする事によって精神的負荷を与えよう。
持っていた刀でその壁を切り裂いて、もはや時間稼ぎすら出来ない事を教えるのさ。
「なにを言うかと思えば、そんなもの興味もなければ知りたいとも思わない。
私と君は違う人間であり、見てきたものも歩んできた道のりも違うからね」
壁を突き抜けた先にいた御姫様、人間の形をした哀れなボルゾイは既に大剣を回収していた。
だが壁を突き破って現れた私を見た瞬間、その瞳は明らかに動揺し唇は震えていた。
ハハハ、ここにいるのは私という存在に脅える小娘であって、決して御姫様なんて上等な代物ではないな。
「私は私という個体で完成されており、君は君という個体で完成されている
残念ながら君から学ぶべきことはなにもないし、あったとしても私の考え方とは相反する」
ゆっくりと近づく私に彼女は呆然とし、攻撃する素振りすらみせない。
あまりにも無反応なので勘繰ってしまったが、結局はなんの抵抗もせずに本日四度目である。
この光景を見るのもそろそろ飽きてきたが、それでも彼女の心が折れるまでは続けよう。
「ねぇ、あんたの目的は――――――」
そして今回ばかりはすぐに動こうとせず、御姫様は空虚な瞳で睨み付けてきてね。
一筋の涙が頬を伝って地面に落ちていく、彼女の声は震えており少し可哀想だったよ。
「目的?目的か……そうだな」
御姫様の言葉は私としても予想外だったというか、そんな事を聞かれるとは思ってもいなかった。
さすがに本当の事を言うわけにはいかないので、取りあえずは適当な言葉で取りつくろう。
こんな時は論点をすり替えようとせず、わかりやすい言葉を使って簡潔に答えるべきだ――――――彼女の耳元まで近づいて、そしてその問いに対する答えを告げた。
「ただの趣味だろうか、私には目的なんてものはないからね」
震える御姫様には申し訳ないが、せっかくのゲームがこれで終わりなんてつまらない。
今更途中退場なんて認めないし、なにより君の心はまだ壊れていない。
凍ったように動かない彼女を尻目に、私は踵を返すとそのまま
彼女の誇りを投げ捨ててみれば、それは甲高い悲鳴をあげながら擦り切れる。
そして最後に一際大きな声で鳴いたかと思えば、その誇りは御姫様の足元で醜態を晒していた。
「さて、そろそろ再開するとしようか」