邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
部屋の中はアンティーク調の家具によって統一されており、建物の外観とは違ってとても落ち着いた雰囲気だった。
部屋の中央に置かれた大きな長方形のテーブル、置かれている家具は全て木製の物で統一されており無駄なものが一切ない。
本当に話し合いをする為だけに作られた部屋、それがこの部屋に対する第一印象だった。
「思ったよりも遅かったので心配しました。では我が校の代表選手は揃いましたし、四城戦に関する注意 事項とこれからの方針を話し合いたいと思います。
どうぞ、二人とも御好きな席に座ってください」
長方形のテーブルを中心として向かい合わせに並べられた椅子、生徒会長様は上座に座り御姫様はその右手に腰を下ろしていた。
こうして御姫様と会うのも代表戦以来か、私の視線に気づいた生徒会長様が困ったように笑っている。
なんというか……部屋の中にいるのは私達四人だけだというのに、これ以上ないというほど空気が淀んでいた。
私はその原因でもある彼女と向かい合わせに座ったのだが、当の本人はなにも言わず睨みつけてくるだけでね。
この学園の代表として共に戦う仲間だというのに、こんな状態で話し合いなんて出来るのだろうか。
生徒会長様も私達が来るまで彼女と話していたのだろうが、この御姫様がその忠告を素直に聞くとも思えなかった。
苦笑いする生徒会長様と正面から感じる視線、どうやら思った以上に嫌われているらしい。
あの程度の事でこんなにも怒っているとは、少しは生徒会長様の事を見習いたまえ。
己の利益を見出した彼女は理性で感情を制御し、私という愚か者と取引したほどの合理主義者だ。
世間知らずの小娘にはわからないだろうが、少なくとも正義や優しさなんてものよりはよっぽど誠実である。
「待て、これはいくらなんでも近すぎる」
「えっ?あっ……ごめんなさい」
それにしても彼女はいつまで続けるつもりだろうか、私の隣に座るのはかまわないがさすがに近すぎる。
隣にあった椅子をわざわざ近くまで寄せて、御互いの体が触れ合う程の距離までやってきた彼女に呆れてしまう。
私の言葉に落ち込んでいるようだったが、さすがに限度と言うものがあるし目の前にいる二人の視線が痛い。
「セシルさん……そろそろよろしいですか?では四城戦に参加する各学校について、まずはそこからお話するとしましょう。
この国に於ける四つの名門校とその特色、四城戦に出場する生徒こそわかりませんがそれでも対策は可能です」
生徒会長様の口から説明されたものとスロウスから聞いたもの、そのほとんどが同じだったので思わず感心したよ。
四城戦に出場する四つの名門校に関する内容、所属している派閥の特色がそのまま各学校にも現れている。
たとえば私のいるコスモディア学園。卒業生のほとんどが近衛隊や王城の警備など、なにかしらの形で王族と関係を持っている。
細かな就職先などは私にもわからないが、少なくともこの学園に御姫様がいる時点で答えは出ている。
王立コスモディア学園は王党派、つまりは王族が管理する王族の為の人材教育機関だ。
そしてその王党派と敵対しているのが門閥貴族と世襲派軍閥、この二つはとある戦争以降仲が良いらしい。
奉天学院。数多くの有名将校を輩出している軍のエリート校である。
この国の最大軍閥でもあるリトヴャク家が設立したもので、ここを卒業した者は軍でも優遇されるらしい。
剣技・体術こそが最高の武器であり盾でもある。軍事関連の知識と過酷な状況に対する訓練、要するに士官学校のようなものだ。
その主義主張から魔術師協会とは仲が悪く、魔法というものを毛嫌いしているそうでね。
前回の四城戦で優勝した大本命、生徒会長様の話では一番の強敵らしい。
次にグランゼコール専門学府。門閥貴族が金と権力にものを言わせた学校、その設備から教職員に至るまで最高のものを揃えているそうだ。
四つの学校の中でも最も入学が難しく、入る為には様々な条件を満たさなければならない。
貴族であればその血筋を調べられるし、商人であれば毎年莫大な金を寄付しなければならない。
そして他の学校とは違って卒業しても就職先が特になく、社交界に於けるステータスとして使うのだそうだ。
彼等は名誉や伝統といったものを大事にしており、貴族間に於ける礼儀作法から美術や芸術といったものまで勉強するらしい。
その為前回の四城戦ではあまり成績がよくなく、今回はその挽回も含めて多くの職員を雇い力を入れているそうだ。
最後にラッペンランタ魔道学院。この国の魔術師協会が次世代の魔術師を教育する為、そして新しい魔法を開発する為に設立した学校である。
彼等は魔法第一主義者であり、魔法こそが人々の生活を楽にして国を豊かにすると思っている。
その考え方から世襲派軍閥とは反りが合わず、新しいものを積極的に取り入れる姿勢は貴族受けもよくない。
協会は常に新しいものを求めて行動しており、その風潮は魔道学院の方にも色濃く出ている。
学校にいるものは研究者にして技術者であり、生徒になったりもすれば教職員になったりもする。
実力至上主義なのは私達の学校と同じであり、王党派と協会はそういったところが似ているかもしれない。
「私達が最も注意すべきは前回の優勝校である奉天学院、彼等をなんとかしなければ優勝は難しいでしょう。
我が校も含めて代表選手に関する情報は遮断されており、各学校からどんな生徒が出場するのかはわかりません。
ですが奉天学院に関しては一人だけ――――――リュドミラ=リトヴャクという生徒は確実に出てきます」
その言葉に反応を示したのは御姫様だけであり、最近この国に来たばかりのセシルは不思議そうな顔をしている。
かく言う私もそんな人間に心当たりなどないのだが、彼女達の雰囲気から察するに有名人なのだろう。
リュドミラ=リトヴャク……まだ見た事もないしどんな人間なのかもわからないが、少なくとも早口言葉の類ではなさそうだ。
奉天学院を設立したのはリトヴャク家らしいので、それを踏まえて考えればなんとなく想像はつくがね。
それだけ有名な家の人間であれば交流もあるだろうし、学園長の娘である生徒会長様や御姫様と顔見知りでも不思議ではない。
「確かリュドミラさんとターニャさんは交流があったと思いますが、彼女から代表選手について――――――」
「そんな卑怯な真似絶対に嫌、私は私の友達を裏切りたくないしそんな風に勝ちたいとも思わない。
正々堂々戦って勝つ、それがこの学園に対する恩返しでありリュドミラへの礼儀でもある」
この御姫様は相変わらず世間知らずというか、勝負事というものをなにもわかっていない。
戦いに勝つことこそが正義であり、情報戦とはそれ自体が一つの争いでもある。
敵が私達の事を調べてその対策を用意してきたらどうするのか、負けた後でその事実を指摘しても結果は変わらない。
御姫様の言う通り正々堂々と戦うなら、勝率を上げる為にはどうすればいいのかも考えるべきだ。
勝率を1パーセントでも上げる為に、努力なんていうあやふやなものではなく明確な事実が欲しい。
たとえば相手校の出場選手を特定するなど、そういった確固たる結果を追い求めてなにが悪いのだろう。
生徒会長様の言葉に彼女は憤慨していたが、私に言わせれば御姫様の方が理解出来ない。
私との試合でまだ凝りていないのだろうか、こんな世間知らずと一緒に戦うなんて憂鬱である。
御姫様の言葉に生徒会長様は苦笑いしていたが、本来であれば彼女の考え方こそ重んじるべきである。
「これは失言でしたね。では四城戦に関するルールと試合形式、誰をどの順番で出すのか決めるとしましょう。
代表戦の時とは違って団体戦ですし、それに相手校がどんな生徒を出してくるかもわかりません」
四城戦とは個人戦ではなく団体戦であり、複数の代表選手が戦うのでその形式も少々特殊である。
試合は先鋒・次鋒・副将・大将の順番で行われる。先鋒から副将までは勝った方に1ポイントだが大将は2ポイントであり、その与えられた合計ポイントによって勝敗が決まる。
つまり一日に行われる試合は四試合、たとえ先鋒から副将までがストレート勝ちしたとしても大将戦は行われるそうだ。
負けが決まっていたとしても誇りをもって戦え。これは四城戦に於ける一種のスローガンのようなもので、誇りとやらが大好きな王族らしい御言葉である。
試合のルールは概ね代表戦と同じらしく、戦えない相手の殺傷や拷問などの行為を禁止されている。
この試合の為だけに他国から使者も来るそうで、代表戦とは比べものにならないほどの警備だろう。
案の定生徒会長様には遠回しに忠告されたが、私だってそこまで命知らずではないので安心して欲しい。
先鋒から副将までは同じポイントなのでさして重要ではないが、大将に関しては明らかに別格である。
どこの学校も大将には最も強い生徒を配置するので、その位置に関しては他よりも怪我人が多いらしい。
「私としては代表戦の順位をそのまま照らし合わせ、この四城戦に臨むべきだと思っています。
ですから我が校の大将はヨハン君で――――――」
「悪いけどこの男が大将なのは反対、私はシュトゥルトさんこそが大将に相応しいと思う」
初めてこの御姫様と意見があったのだが、彼女の口調に棘があったのはなぜだろう。
最も強い生徒を大将に据えるというなら私は適任ではないし、そもそも危険とわかっている場所に自ら突っ込む馬鹿はいない。
私に与えられた仕事は大将になる事でなく、あくまで私という人間を売り込むことである。
大将にならずともそれは出来るし、なにより相手が弱ければ弱いほど私としてもやりやすい。
御姫様の言葉に私は深く頷いたが、生徒会長様の方はどこか浮かないものだった。
しかしここで最後の一人でもあるセシルが同調すれば、さしもの生徒会長様とてその意見を無下には出来まい。
私はここぞとばかりにセシルの手を握り、私の意思を伝えようと視線を向ける。
直接その言葉を口にして不評も買いたくないので、なんとか意思の疎通を試みたのだが結果は――――――まあ言うまでもないだろう。
「私はヨハン君が大将でいいと思います。ターニャさんの言いたい事もわかるけど、優勝を狙うんだったら絶対にヨハン君です」
頬を赤く染めながら二百キロの剛速球を平然と投げる獣人、彼女の辞書には索引という項目がないのだろうか。
予想外の言葉に慌てる私だったが、なんとか立て直そうと口を動かした瞬間の事だ。
生徒会長様が不機嫌そうな顔で割って入り、そのまま決定的な言葉を口にしたのである。
「これはヨハン君も承知の事ですし、なにより前もって彼の方からやりたいと言われていました。
ターニャさんが危惧している理由もわかりますが、ここは彼の事を信じて任せてみてはどうでしょうか。
無論私としても彼を監督するつもりですし、彼自身その辺りはある程度理解してくれる筈です」
生徒会長様の冷たい視線が私を貫き、その身に覚えのない事実への反論を許さない。
私を大将に据える事で勝率が上がると思っているのだろうが、私に言わせれば生徒会長様の方が適任である。
確実な勝利を掴むと言うならここは生徒会長様が大将で、私が先鋒辺りなのだろうがそれを否定される。
生徒会長様から向けられる視線はとても強く、それこそ反論する余地などどこにもなかった。
この学園を勝利に導く事が彼女と交わした取引であり、それを反故にして更なる不評を買うのは得策ではない。
なんというマッチポンプ、後はお姫様がどれだけ粘ってくれるかにかかっている。
「まあ、シュトゥルトさんがそこまで言うなら――――――」
最初の勢いはどこにいったのやら、予想はしていたがなんとも情けない光景だ。
こうして大まかな流れを確認した私達は話し合いを終えて、一旦生徒会室を出る事となったわけである。
代表選手は四城戦の間は授業が免除されるらしく、この後は好きにしていいとのことだった。
ただ……その、なんと言うかここでとある問題が起きた。
生徒会長様が奉天学園への対策として体術の練習、それを提案したのが全ての始まりである。
その時の私はそれほど注意深く聞いておらず、大方マリウス先生辺りに教えを乞うのだと思っていた。
しかし彼女の口から飛び出した言葉はそんなものではなく、この私が思わず聞き返した程だ。
状況が理解出来ない私は呆然とし、セシルは尻尾を振りながら嬉しそうにしている。
御姫様は心底嫌そうな顔をしており、私としては生徒会長様の提案に是非とも反対して欲しかった。
「そうそう、奉天学院との試合を想定してヨハン君が手伝ってくれるらしいです。
彼の動きはこの学園の職員を含めてもトップクラスですし、ここは彼の御言葉に甘えて練習試合でも行いましょう」
生徒会長様は私になにをさせる気だろうか、まさかこの私に先生の真似事をしろというのか――――――まさか……いや、それだけは断じてやめてほしい。
生徒会長様の視線は先程と同じであり、それはつまり決定事項ということである。
私に与えられた選択肢は限りなく黒に近い白、要するにその提案を飲むことだけだった。