邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方とジャンクフード

「申し訳ないですけど、私はこの男になにかを教わるだなんてごめんです。

 シュトゥルトさんに迷惑をかけるつもりはありませんが、彼と一緒に練習するくらいなら一人でやらせてもらいます」

 

 

 唯一の希望はそう言い残して部屋を出て行き、残されたのは賛成派の二人だけだった。

 セシルに関してはただの興味本位だろうが、生徒会長様がなにを考えているのかがわからない。

 私に相談したとしても断られると思ったのか、それとも単純に思いついたことを口にしたのか……どちらにせよそんな面倒事はごめんである。

 

 

 

「ジークハイデンさんが嫌だと言うなら、やはりマリウス先生に頼むのが一番だと思います。

 四城戦とは最終的なポイントで勝敗が決するものであり、求められるのは個人ではなくチームとしてのレベルアップ。

 私が提案しておいてなんですが、ここはチームとしての結束力を優先すべきです」

 

 

 御姫様を口実に生徒会長様の提案を辞退し、更には代案を用意する事で彼女をフォローする。

 これならば生徒会長様のプライドを傷つける事もなく、かと言って私の評価が下がるわけでもない。

 この場を逃げ切れば私の勝ちであり、後は生徒会長様がなんとかしてくれるだろう。

 

 

 少しばかり心苦しくはあるが、そもそも私を選ぼうとした時点で間違っている。

 彼女達のように炎や氷を出せるわけでもなく、少し前までサラリーマンをやっていた私になにを教わるのか。

 生徒会長様からの視線がとても痛かったが、それに構わず私は立ち上がろうとして――――――そして彼女に腕を掴まれた。

 

 

 

「これは貴方にとっても悪い話ではない筈、私達を鍛えると言う事はそれだけ優勝に近づきます。

 貴方一人が勝ったとしても、他の三人が負けてしまえばその時点で勝ちはなくなる。

 ターニャさんが嫌がる事はわかっていましたし、この件に関するセシルさんへのフォローは私がやりましょう」

 

 

 突然引っ張られたかと思えば目の前には彼女の顔、この距離ならばその吐息すら感じられそうだった。

 生徒会長様の言っている事は筋が通っているし、少しでも勝率を上げたいという気持ちもわかる。

 ではここでその提案を断ったとして私に利益があるのか、そして受け入れた際の見返りはどれ程のものかを考える。

 

 

 

「これは私が出した条件に間接的とはいえ関わりがあるもの、ですがこの事で貴方は私に対して貸しを作れます。

 ヨハン君に対する貸しが一つ、貴方からすればこれ以上魅力的な報酬もないでしょう」

 

 

 いつもの癖が顔に出ていたのだろうか、そのちょっとした変化に彼女は気づいたらしい。

 ここぞとばかりに私が飛びつくだろう条件、それを付け加えることによって私の心を揺さぶったのである

 そこまで言われたら断る事など出来ないし、たとえもっと面倒な内容であっても私は受けいれただろう。

 

 

 それだけ彼女の提示してきたものは魅力的であり、この学園に於ける生徒会長様という存在は大きい。

 私の答えに生徒会長様は満足そうだったが、私からすれば願ったり叶ったりである。

 信じられない程の好条件に頬が緩み、気がつけば隣の方から鋭い視線を感じた。

 

 

 

「へぇ、ヨハン君とシュトゥルトさんは仲が良いんだね」

 

 

 声がする方に視線を向けて見ればセシルがむくれており、私としても反応に困ったのは言うまでもない。

 シアンから学んだ知識なので通用するかはわからないが、こういった時の獣人は頭を撫でてやれば大抵治る

 この分だと彼女に対してもそれは有効だったようだ。先程までの拗ねた態度とは一変して恥ずかしそうにする姿は、もはや獣人というよりはただの犬である。

 

 

 

 その後は生徒会長様が上手いこと話をまとめてくれて、私達はこの建物の中にあるという練習場へ向かう事となった。

 ここには様々な設備が揃っているそうで、セシルたちが通っている校舎とほとんど変わらないらしい。

 さすがに教室や職員室といったものはないが、それ以外に関しては一通りのものが揃っているそうだ

 

 

 今から向かう練習場とやらもその一つで、生徒会長様が風紀委員の為に作らせた特別性らしい。

 その性質上風紀委員は実力行使に出る事が多く、その際に少しでも事故を無くすために作られたのがその練習場でね。

 生徒会長様曰く自慢の設備らしいが、こんなにも嬉しそうな姿を見るのは初めてかもしれない。

 

 

 彼女に案内されるがまま私達はその後をついて行き、やっと止まったかと思えばそこには飾り気のない扉が一つだけあってね。

 生徒会長様の話に色々と想像してしまったが、この様子だとそこまで凄いというわけでもなさそうだ。

 

 

 

「……なんと言うか、相変わらずこの世界の常識は理解出来ん」

 

 

 ふむ、まずは前言を撤回しよう。私の溢した独り言は目の前に広がる空間に対して、あまりにもちっぽけでくだらなかったとね。

 案内された場所はなにもない無機質な空間。練習場といえば聞こえはいいが、私に言わせればなにかしらの実験場にしか見えなかった。

 

 

 窓から差し込む暖かな日の光が唯一の癒しであり、これほど練習場という言葉が似合わない場所もないと思う。

 生徒会長様の話ではこの部屋全体に魔術壁が張られているそうで、一通り見て回ったが確かに今まで見てきたそれとは造りが違った。

 風紀委員たちには前もって説明していたらしく、彼等が邪魔をする心配もないので確かに理想的な空間ではある。

 

 

 限られた生徒しか出入りしないので情報漏れの心配はないし、基本的な設備は整っているのでこの建物から出て行く必要もない。

 なんとも至れり尽くせりというか、さすがに宿泊設備に関する説明はお断りしたがね。

 セシルの方はどこか乗り気だったが、学園の中で寝泊まりするなんてごめんである。

 

 

 

 

「それじゃあ始めよっか。……それで?私達はなにをすればいいのかな?」

 

 

 セシルの言葉に私はこれからの事に関して、一応ある程度の方針だけは伝える事にした。

 方針といってもこの状況そのものが予想外であり、かなりいい加減なものとなってしまったがね。

 この状況に於ける唯一の救いは奉天学院の特色というか、そこの生徒が魔法を毛嫌いしている点である。

 

 

 つまり彼等が魔法という分野を捨てているならば、こちらはその分だけ戦いを有利に進める事が出来る。

 無論あちらの方が剣術・体術に於いては優れているだろうが、それならば私達もその部分を重点的に鍛えればいい。

 そもそも私には魔法に関する知識がほとんどないし、彼女達のように炎や氷を出すなんて芸当は出来ないからね。

 

 

 これは私の体質的な問題だが、私の身体には魔力というものがほとんど存在しない。

 なぜ私が生徒会長様の提案に反発したか、その理由は魔法を使えないという点を知られたくなかったからだ。

 この世界に於いてそれがどんな意味を持つのか、そんな事は今までの経験から十分理解している。

 

 

 これがもしも貴族や協会に対する備えであり、魔法に関する特訓であったならさすがに断っていただろう。

 彼等が魔法を使わないならば、こちらもその状況を想定して練習すればいいだけだ。

 魔法を嫌っている奉天学院だからこそ、私は魔法とかいうとんでも能力の実演をしなくて済むし、適当な理由をつけて体術のみの練習を行えるのである。

 

 

 

 なんとも行き当たりばったりというか、私らしからぬ考えではあるが今のところ他の選択肢はない。

 私を奉天学院の生徒に見立てて戦う事で、彼女達に本番さながらの実践を詰ませる。

 そこにいる生徒がどれ程のものかはわからないが、少なくとも私よりも強いという事はないだろう。

 

 

 

「えっ?魔法は教えて頂けないのですか?

 あっ……いえ、別に不満があるというわけではないのですが――――――」

 

 

 セシルと生徒会長様が私に攻撃を当てること、そこからこのくだらない先生ごっこを始めるとしようか。

 私の言葉に生徒会長様はがっかりしていたが、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。

 その反応が少しばかり大袈裟だったので気になったが、私としてはこのやり方を変えるつもりはなかった。

 

 

 そもそも魔力のない私が魔法を教えるなんて、食材がないのに料理教室を開くようなものだ。

 そして体術に関する訓練という名の下に魔法を禁止し、私自身の身も守らなければならない。

 セシルはともかく生徒会長様の実力は未知数であり、そんな彼女と戦ったら私も無事では済まない。

 

 

 

「先に言っておきますが、私と戦っている間は魔法を使ってはいけません。

 この訓練は御二人の体力を向上させることが目的であり、魔法を禁止する事によって自分に足りないものを見つけてください。

 魔法を使わずに私に一撃食らわせること、それが私から御二人に出す最初の目標です」

 

 

 

 全力で生徒会長様と戦ったらどうなるか、そんな事は一々説明する必要もないだろう。

 死にはしないにしろただでは済まないだろうし、なにより勝っても負けても不評を買うだけである。

 勝てば彼女のプライドを傷つけてしまい、負ければ私という人間の評価を下げてしまう。

 

 

 それならば私の取るべき道はただ一つ、彼女達の実力に合わせたギリギリのラインで勝利すること。

 そうすれば生徒会長様もそこまで傷つかず、私という人間に失望する事もないだろう。

 彼女達の攻撃を紙一重で避け続けて、その上である程度の満足感を与えてやればいい。

 

 

 

「では、要領を掴むためにもセシルから始めようか。

 先程も言ったように魔法を使う事は禁止だが、君ならばあの結界を使わずともある程度は戦えるだろう」

 

 

 私から攻撃する事はないが、だからと言って簡単に負けてやるつもりもなかった。

 魔法を使わないという条件なら私に有利であり、いくら彼女が強くても負ける事はないだろう。

 そもそも私は生徒会長様が戦うところを見た事がないし、それに持っている情報のほとんどがセシルから与えられたものだ。

 

 

 この訓練でどれだけの時間を稼げるか、それが一番重要であり難しいところでもある。

 二人の顔色を伺いながらわざと負けること、先程も言ったように生徒会長様のプライドを傷つけてはならない。

 程よいタイミングで程よく負けるのだよ。言うなればちょっとした接待のようなもの、その内容が麻雀やポーカーと似ているけどね。

 

 

 

「うん、わかった!じゃあ……お願いします!」

 

 

 セシルに関してはその身体能力を向上させること、魔法に関しては捨ててしまっても構わない。

 あの結界はあくまで補助的なものであって、御姫様が使っていた魔法とは明らかに系統が違う。

 今更新しい魔法を覚えたところで役に立つとは思えないし、それこそ時間も足りないのでここはオーソドックスにいこう

 

 

 彼女の攻撃を避けながら無駄な動きを指摘して、その踏み込みが甘ければそれを注意する。

 中途半端な攻撃は刀で弾いて警告、無理な攻勢に出た時はそれとなく伝えてね。

 彼女の欠点は代表戦の時にわかっていたし、あの時の延長戦だと思えばそう難しくもなかった。

 

 

 肩で息をしながらそれでも剣を振るうセシルだったが、さすがに限界だったのかその動きが止まってね。

 大量の汗によって着ている服が彼女の肌に張り付き、その表情にしてもかなり辛そうだった。

 取りあえず休んでいるよう伝えたのだが、私が近づこうとするとセシルは嫌がってね。

 

 

 

「だって……その、今ちょっと汗臭いし」

 

 

 恥ずかしそうに呟く彼女に思わず笑ってしまったが、当の本人からすれば大真面目なのだろう。

 女性ならではの発想というか、私はその頭を一度だけ撫ででそのまま踵を返した。

 視線の先には既に武器を構えた生徒会長様がおり、私という獲物が来るのを心待ちにしている。

 

 

 相手を刺しぬく事に特化した独特の形、あれがレイピアと呼ばれる武器なのだろう。

 その鋭い切っ先が放つ冷たい空気、武者震いなのかその肩が若干震えているようにみえた。

 攻撃魔法を主軸に戦う生徒会長様にとって、この状況が不満なのは理解出来るがどうか抑えてほしい。

 

 おそらくあの震えは私に対する怒りからであり、恐怖や脅えといったものとは全く違う。

 

 

 

「では、よろしくお願いします」

 

 

 独特のステップと見た事もないような剣術、生徒会長様のそれはセシルやヒーロー君とは明らかに違っていた。

 泥臭い戦いとは無縁の常に余裕をもった動き、彼女の動きには一定の線引きがなされていた。

 

 

 この距離ならば追撃しない。こう攻撃してきたなら一旦距離を取る――――――ある種の教科書を見ているような感覚、相手の動きに合わせて常に一定の距離を保っている。

 良く言えば手堅い戦い方、悪く言えば面白みのない戦い。生徒会長様の戦い方は嫌いではないが、やはり決め手に欠けるのは事実である。

 

 

 魔法を禁止しているせいなのはわかるが、もしかしたら彼女は試しているのだろうか。

 あまりにも消極的な動きと生徒会長様らしからぬ雰囲気、試しに甘い一撃を弾いてみれば彼女は嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

「やはり貴方は強い。私に戦いを教えてくれたどんな先生よりも強く、そしてニンファ=シュトゥルトをただの人間として扱ってくれる」

 

 

 よくわからないが……なんと言うか、私のとった行動は正解だったのだろう。

 生徒会長様程の地位があれば教える先生も気を遣うのか、それとも彼女が強すぎる為に先生がいないのかはわからない。

 少なくともこんな風に魔法を禁止されて、その上で対等の人間と戦うなんて事はなかった筈だ。

 

 

 この様子だと彼女のプライドを傷つけずに済みそうだと、そんな事を考えながら私は再び攻撃を弾いた。

 彼女のステップに合わせて嫌がりそうな動き、そして無謀な攻勢と強引な一撃を全て受け止める。

 なるべきやりすぎないよう気をつけて、生徒会長様の向上心を刺激しながら上手く立ち回る。

 

 

 

 こうして四城戦が始めるまでの間、私達はこの部屋で毎日戦う事となった。

 戦うといっても一方的に攻撃されるだけの、言うなればサンドバックのような扱いだったがね。

 結局あの御姫様は一度もこの部屋に来なかったが、彼女の実力ならばそこら辺の学生には負けないだろう。

 

 

「四城戦最初の対戦相手が決まりました――――――」

 

 

 そして始まる運命の四城戦、私は私と戦うだろう哀れな学生に祈りでも捧げよう。

 こう見えても私はとある教団の大司教だからね。たとえそれが邪教と呼ばれる集団であっても、神様なんてものはジャンクフードでも供えておけば喜ぶだろう。


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