邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方と大きなペット

「御丁寧な説明痛み入るが、生憎と伝統なんてものに興味はないのでね。

 そう言った会話を御所望ならお家にでも帰って、マスターベーションの休憩がてらお友達と語り合ってくれ」

 

 

 彼の長話にも飽きてきたので忠告したのだが、どうやらこの手の冗談は通じないらしく、貴族の御坊ちゃまは顔を真っ赤にして怒っていた。

 この程度で感情的になるとはさすが貴族様、精神年齢が第二次反抗期の子供と一緒かそれ以下である。

 貴族社会というものが私にはわからないが、少なくともヴィンテージ家?の今後が思いやられる。

 

 

 一応それなりの実力者だとは思うが、私はこういったタイプの人間があまり好きではなかった。

 貴族制とかいうカビの生えた文化に巣くう害虫、極端な知識と思想を植えつけられた最悪のサラブレッドである。

 彼等の食べ物は誇りや名誉といった悟性概念であり、私達のようにパンやスープを食べる人間とは反りが合わない。

 

 

 代表戦での御姫様もそうだったが、この手のタイプはくだらない矜持を持っているから困る。

 どんなに追い詰められても負けを認めないというか、彼等のような人間はそこにある種の美学を見出すから面倒でね。

 どうしてそんなものにこだわっているのか、私に言わせれば彼等の方が下賤である。

 

 

 

「貴様、平民の分際で我が家名を愚弄した罪は高くつくぞ。

 シュトゥルト家の娘もなにを考えているかしらんが、貴様のような人間を連れてきた時点でいい笑いものだ。

 貴族の面汚しが、この私が奴の過ちを正してやろう」

 

 

 試合の開始を告げる鐘が鳴り響き、それと同時に彼の正面に魔法陣が浮かび上がった。

 警戒する私を見下したように笑う御坊ちゃま、そして次の瞬間その魔法陣から大きな人影が現れてね。

 なにかしらの役目を終えた魔法陣が消えた時、そこには人というには少々無理のある生物が立っていた。

 

 

 雄牛の頭に人間の胴体を持った怪物、私の倍はあろうかという身長に思わず苦笑いしてしまう。

 肩に担いだ戦斧は御姫様が使っていた大剣よりも大きく、その刃は所々錆びついて無数の血痕が付着していた。

 血管の浮き出た体は見ているだけで暑苦しいし、その瞳からは知性というものが全く感じられない。

 

 

 ギリシャ神話の中に出てくる人身牛頭の怪物、ミノタウルスと呼ばれる生き物とそいつはよく似ていた。

 確かダイダロスが建てた迷宮に幽閉されていた筈だが、こんな場所まで出張に来るなんて最近の怪物も大変である。

 

 

 

「こんな怪物を呼び出しておいて、当の本人はお絵描きごっこなんてね」

 

 

 目の前の彼は召喚士なのだろうか、複数の魔法陣に魔力を注いでいる姿はかなり無防備だった。

 一応主人公君という前例もあるので油断は出来ないが、取りあえずは目の前の怪物とじゃれ合いながら見極めるとしよう。

 私が雄牛君と戦っている最中に背後から攻撃でもされたら、それこそ代表戦と同じ過ちを繰り返す事になってしまう。

 

 

 彼が主人公君とは違ったタイプの召喚士、要するに呼び出した化物に全ての戦闘を丸投げ……なんて、そんな戦い方だったら個人的には嬉しいのだがね。

 私は彼の事を警戒しつつ目の前に立っている雄牛君、やる気満々の怪物にゆっくりと刀を向ける。

 それにしてもこの怪物はどうしてこんなにも怒っているのか、文句があるなら私ではなく君を呼び出した彼に言ってほしい。

 

 

 

「なんと言うか、そんな風に叫ばれても反応に困るわけでね。

 出来れば人間の言葉を喋って欲しいのだが……まあ、君にそんな事を言っても通じないか」

 

 

 力任せに振るわれる戦斧はとても単調だったが、その威力だけはとても凄まじかった。

 振るわれた戦斧が地面にめり込んだかと思えば、砕けた破片と共に巨大な亀裂が生まれてね。

 この様子だと刀で防いでも効果はないだろうし、一度でも直撃すればその時点で大惨事である。

 

 

 しかしながら見た目通りの牛頭というか、全ての攻撃が大振りなので避けるのも簡単だ。

 どんなに威力があっても当たらなければ意味はなく、この程度であればセシルの方が数倍マシである。

 一応彼の出方を伺う為にわざと体勢を崩し、幾度となく誘いをかけてみたが彼は動こうとはしなかった。

 

 

 

「召喚士である事は間違いなそうだが、どういった戦い方をするのかさっぱりわからん」

 

 

 無数の魔法陣にただひたすら魔力を注ぎこみ、新しいなにかを生み出そうとしている姿は少し不気味でね。

 ちなみに雄牛君の方は攻撃が当たらない事に苛立っており、最初の時よりも鼻息が荒くなっていた。

 全く、牛頭の癖にカルシウム不足とはね。その鳴き声があまりにもうるさいので処分しようかと思ったが、刀を振りかぶった瞬間に別の魔法陣が光り出す。

 

 

 雄牛君が出て来たそれとは違う模様の魔法陣、突然の事にタイミングを逃してしまった私は迫りくる戦斧を避けるので手一杯である

 そして輝きを失ったそこから出て来たのは三匹の巨大な蝙蝠であり、身体中の目玉模様が印象的な気持ち悪い化物だった

 さすがにこれ以上怪物が増えるのは嫌だったので、私は戦斧が振り下ろされた瞬間に雄牛君の右腕を切り落として対処する。

 

 

 涎を撒き散らしながら叫ぶ姿は可哀想だったけど、残念ながらなにを言っているのかはわからなかった。

 切り落とされた部分を抑えながら跪く雄牛君、ただその首に刀を押し当てた瞬間予想外の邪魔が入ってね。

 それは新たに召喚された蝙蝠どもが思いのほか素早かったこと、そして見た事もないような黒い液体が飛んできた事に起因する。

 

 

 突然のことに避けきれなかった液体の一部が私の服を汚し、そしてその部分が硫酸でもかけたかのように破けていた。

 なるほど、どんな成分が含まれているのかは知らないが、少なくとも触れていいものではなさそうである。

 真っ赤に染まった地面に頭上から降り注ぐ黒い液体、正面には怒り狂う怪物で頭上にはよくわからない化物だ。

 

 

 

「ヴェリデリッド家は召喚士としてはこの国随一の名家、我が家に伝わる秘術によって一度に何体もの魔物を使役する事が出来る。

 貴様は知らなかったようだが、そこら辺の召喚士とは格が違うのだ」

 

 

 私は雄牛君との距離を詰めようと再び動いたが、それを三匹の化物が中々許してくれなくてね。

 頭上を飛び回る三匹と右腕を庇いながら怒り狂う雄牛君、怪物如きに本気を出すつもりはなかったけどしょうがない。

 このまま手をこまねいていては私の評価にも影響するし、蝙蝠もどきのせいでフラストレーションも溜まっている。

 

 

 

「私に魔物を呼び出す時間を与えた事、それが貴様の敗因であり経験の差でもある。

 魔力の続く限り現れる魔物達に貴様がどう抗うか、それをここから見物でもして――――――」

 

 

「ほう……誰が、誰を見物するって?」

 

 

 彼の言葉を遮るように振るわれた一閃、その一撃は彼の顔を凍りつかせるには十分だった。

 宙を舞う雄牛君の首と真っ赤な噴水、巨大な戦斧が虚しい音をたてて転がる。

 ふむ、私としたことが少し大人気なかっただろうか、噴水を中心として広がるそれを見ながらため息をこぼす。

 

 

 強烈な血生臭さと視界を埋め尽くす赤色、私自身も体中に真っ赤なペンキを浴びていた――――――次は蝙蝠もどきを処分しようと思い刀を構えれば、そいつ等は害獣の分際で逃げ惑っていてね

 ふむ、それにしてもこの様子だと彼には本当に戦う能力がないのかもしれん。

 私を攻撃するタイミングならいくらでもあったのに、その尽くを無視して魔力を注ぎ続ける彼に私は呆れていた。

 

 

 こんな化物をどれだけ召喚しても、それこそ時間稼ぎにすらならないだろう。

 性懲りもなく新たな魔物を召喚しようと頑張っている辺り、主人公君の方が彼の数倍お利口さんである。

 私は逃げ惑う害獣共に狙いを定めると、そのまま投擲の要領で攻撃を繰り返した。

 

 

 

「ハハハ、そんな風に睨まれても照れるのだがな。

 見ての通り化物共の返り血を浴びてしまったせいで色も酷いし、この強烈な臭いはいくら洗っても取れないだろう。

 個人的には新しい衣服代を請求したいのだが、ヴェリデリッド家とかいう下賤な家がどこにあるのか教えてくれないか」

 

 

 その結果バラバラとなった害獣共が落ちてきて、またしても着ている服が汚れてしまったよ。

 化物共の返り血で真っ赤に染まった衣服は、たとえ綺麗になったとしても着たいとは思わない。

 

 

 

「貴様、あの程度の魔物を殺した程度で調子に乗るなよ」

 

 

 この手の人間は同じような返ししかしてこないので、それこそロボットと話しているような感覚に陥る。

 要するに無個性であることが個性というか、私に言わせれば一種の病気である。

 貴族と言う名の病気。その対処法は没落することであり、処方箋として一番効果があるのは断頭台だろう。

 

 

 御坊ちゃまの言葉と共に全ての魔法陣が輝きを放ち、それが一つに重なって巨大な魔法陣となり空を覆う。

 その光景はとても幻想的なもので、彼のよくわからない見世物に思わず拍手してしまった。

 私の態度に御坊ちゃまはご立腹だったけど、素晴らしいものを称賛するのは人として当然である。

 

 

 そして突然聞こえてきた遠吠えのような鳴き声、雄牛君とは比べものにならないそれに空気を揺れる。

 個人的には化物共と戦うのは苦手なのだが、この状況では期待するだけ無駄かもしれない。

 魔法陣の中から黒い毛並みに覆われた右足が現れ、その巨体が姿を現した時思わず笑ってしまったよ。

 

 

 

「私が使役する最強の魔物、ケロべロスを相手に精々抗ってみせろ!」

 

 

 おそらくは哺乳類だろうが、三つの頭部に蛇の鬣を持った生物がその枠に当てはまるのかがわからない。

 大きな口から覗く鋭い牙と竜の尻尾、胴体は犬のそれだが可愛らしさの欠片もなくてね。

 なんというか……少なくとも私の知っている犬はこんなにも大きくないし、主人を丸のみにするような生物はペットとして失格だ。

 

 

 なにを食べたらここまで成長するのか、さすがにドッグフードという事はないだろう。

 その大きさに固まる私だったが、三つ首の駄犬はそんな私を尻目に動き出した。

 それは本当に突然の事で、真ん中の頭が炎を吐き出したのである。

 

 

 火炎放射器のような勢いで迫りくるそれは、明らかに私という人間を狙っていた。これでは化物というより怪獣である。

 間一髪それを避けたかと思えば、次は右側の頭が同じように攻撃してくる。

 それぞれの頭が固有の意思を持ち、それぞれの判断で攻撃してくるとはなんとも厄介だ。

 

 

 この生物に仲間意識というものがあるのかは知らないが、まずはバランスの悪いその頭部を切り落とすとしよう。

 私は三方向から迫りくる炎を避けながら駄犬に迫るが、足元まで辿り着いたところで今度はその巨大な両足が邪魔をする。

 口に生えているそれと同じくらい大きなかぎ爪は、私の持っている武器では対処のしようがなくてね。

 

 

 迫りくる炎と立ち塞がる巨大なかぎ爪によって、私はその攻撃を二度も避けそこなってしまった。

 かぎ爪に注意を払い過ぎたせいで、服の一部が燃やされるという失態である。

 しかしおかげさまでなんとか首根っこまで辿り着き、私は力の限り持っていた刀を振るったのさ。

 

 

 肉を切り裂く時の感触が手元に伝わって、噴き出した血飛沫によって視界が赤く染まる。

 そのまま駄犬の首を落とそうとしたが、表面の肉を切り裂いたところで勢いが止まってしまう。

 今思えばこの時の私は考えが足りなかったというか、目の前の化物を雄牛君や蝙蝠もどきと同列に扱っていたのが問題だった。

 

 

 

「ほう、犬っころの分際で中々やるじゃないか」

 

 

 甲高い音と共に綺麗な破片が飛び散り、私の言葉は血だまりの中に消えてしまった。

 少しだけ軽くなった武器とちょっとした衝撃、気がつけば私の体は吹き飛ばされていたよ。

 手元の刀は根元から先が無くなっており、これでは修復する事も出来ないだろう。

 

 

 あの瞬間私の力に耐えきれなくなった刀が折れて、そのせいで体勢を崩したところを奴に体当たりされた。

 かぎ爪で攻撃されなかったのは幸いだが、結局駄犬の首を落とすことは出来なかったし、更にはこんな醜態を晒してしまったのである。

 全く、私を見下ろしながら怒り狂う駄犬に、私は自分の中にあるなにかが切れるのを感じてね。

 

 

 間髪入れずに迫りくる炎を避けながら一旦距離をとって、この化物をどうやって殺すか考えたのさ。

 私の武器は折れてしまったし、他の武器を使っても奴の体に通用するとも思えない。

 上司から頂いたクロノスならば問題ないだろうが、ここで使うにはあまりにも人目が多いからね。

 

 

 他の武器は先程折れてしまったものと変わらないし、御姫様のような大剣を持っているわけでもなかった。

 そして――――――そこまで考えたところで私は目の前に転がるそれを……雄牛君の遺品を見つけたわけだ。

 錆びついているので切れ味はないだろうが、それでも私の持っているどんな武器よりも頑丈である。

 

 

 一度で無理ならば二度、二度で無理なら巨大な鈍器として扱えばいい。

 頭の足りない犬っころに教えてやろうじゃないか、勝ち誇ったように笑う御坊ちゃまに私は微笑んでね。

 そしてその鉄塊をゆっくりと拾い上げて、目の前にいる哀れな駄犬に最大級の賛辞を送ったのである。


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