邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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※グロテスクな表現がとても多いので注意してください。


正義の味方と死屍累々

「さて、それじゃあ大英雄の真似事でも始めよう。

 今回は美味しいパンや甘いお菓子はないけれど、それでも彼のように素手で戦う必要はないからね。

 私は半神半人でもなければ王族でもないし、君を生きたまま送り返すよう言われてもいない。

 出来るだけ痛まないよう努力はするが、見ての通りこんな武器しかないのでね」

 

 

 駄犬の発した咆哮が空気を震わせて、その気持ち悪い鬣と竜の尻尾が激しく揺れる。

 こんな化物に人間の言葉が理解出来るとは思えないが、少なくとも私のやろうとしている事は伝わったらしい。

 再び吐き出された炎は先程よりも強力で、三方向から放たれたそれが手当たり次第に辺りを焼いている。

 

 

 気がつけばそうやって出来上がった炎の壁に動きを制限され、そしてその統一性のない攻撃にこの私が混乱していた。

 やはり雄牛君や蝙蝠もどきとは違うという事か、迫りくる炎と立ち塞がる赤い壁のせいで身動きが取れない。

 こんな醜態を晒し続けるくらいなら強引に突破でもして、そのまま犬っころの一撃を喰らった方が数倍マシである。

 

 

 おそらくは先程と同じようにあのかぎ爪を使って攻撃し、そして私が怯んだ隙に丸焼きにでもするつもりだろう。

 今の私は奴の作り出した壁によって動きが鈍り、更には逃げだす事も出来ないからね。

 この戦斧が駄犬の攻撃に耐えきれるかどうか、それが最も重要でありもしもの時は私も奥の手を使おう。

 

 

 代表戦の準決勝、エレーナ=アドルフィーネとの戦いで使った私のユニークスキルである。

 こんな犬っころに使うのは少々惜しいが、それでもこれ以上の負傷はあまり好ましくない。

 私は戦斧を構えたまま壁を突き破ると、そのまま駄犬の動きに合わせて血生臭い悪意を振るった。

 

 

 

「思ったよりも反応が鈍い……ふむ、どんなに強くとも所詮は化物という事か。

 それならば地獄の番犬と戦った記念に、この右足は戦利品としてもらっておくよ」

 

 

 駄犬の反応は予想以上にのんびりとしたもので、体勢を整えるには十分すぎるほどの時間を私に与えてくれた。

 私は迫りくるかぎ爪を避けながら体を捻り、その時の反動を利用して駄犬の右足を根元から両断する。

 ただやはり見た目通りの切れ味と言うべきか、肉を切り裂いて骨に達した瞬間ちょっとだけ動きが止まってね。

 

 

 そこから強引に骨を叩き割って残りを切り落としたが、この調子だと刃物として使えるのは精々一、二回だろう。

 一応こんな化物にも痛覚というのはあるらしく、右足を切り落とされた瞬間になにかしら喚いていたよ。

 

 

 さすがの私も化物の言葉など理解出来ないし、理解出来たとしても今更やめようとは思わない。

 バランスを崩した巨体がゆっくりと傾き、それを残った足で支えている姿はとても健気でね。

 黒い体毛に覆われたそこが真っ赤に染まり、暖かい血飛沫を浴びながら私はため息を吐いた。

 

 

 

「念のため忠告しておくが、君が暴れればそれだけ私の手元が狂ってしまう。

 出来るだけ早めに終わらせるよう努力はするが、そのまま動かないでくれると助かるよ」

 

 

 必至に態勢を保とうとしている駄犬だったが、私は目の前の好機を逃すような間抜けではないからね。

 駄犬の方は一生懸命抵抗してきたけど、こうなってはケロべロスではなく大きなチワワである。

 私は三方向からの炎を掻い潜りながら接近し、そして錆びまみれの血生臭い鉄塊を振り下ろす。

 

 

 先程と同じように右側の首を狙って、折れた刀身が突き刺さったままの傷口に私の殺意が食い込んでいく。

 肉を切り裂く感触と噴き出す血飛沫、駄犬の断末魔と共に辺り一帯に真っ赤な雨が降り注いだ。

 

 

 巨大な頭部が嫌な音をたててずるりと滑り、血だまりの中で痙攣を繰り返している。

 完全にバランスを崩した駄犬が地面に横たわり、そして批難めいた視線を私に向けてきてね。

 見渡す限りの赤色と咽かえるような臭い、そこにはある種の希望と絶望が混在していたよ。

 

 

 歩くたびに嫌な音をたてる血だまりに、私はこの試合が終わった後のことを考えてしまう。

 これをどうやって処理をするのかは知らないが、少なくともこの臭いだけはなんとかしてほしい。

 私は目の前に横たわる大きな置物を見ながら微笑み、そして残りの仕事終わらせようと動き出した。

 

 

 

「主人公君や御姫様の言葉を借りるわけではないが、正義の味方ごっこと言うのもたまには面白い。

 人間を襲うような化物をいち早く退治し、尚且つその過程で様々なものを手に入れよう。

 君のご主人様も言っていたけど、私には経験というものが足りないらしいからね」

 

 

 倒れた状態のままそれでも抵抗する姿がなんとも痛々しい。とめどなく流れ出る命に残りの頭部が必死に抗い、そして私という死神から逃れようと攻撃を続ける。

 しかし現実というのはあまりにも無情であり、駄犬の放つ炎はもはや時間稼ぎにすらならない。

 私は真ん中の首に狙いを定めて戦斧を振り下ろし、そのまま切り落とそうとしたがそう上手くはいかなかった。

 

 

 まあ、あんな風に使ってはダメになって当然か。表面の肉を切り裂いたところで動かなくなった戦斧を見れば、私の力に耐えきれなかった鈎柄が大きく歪んでいた。

 全く、さっさと諦めてくれればいいのだがね。今更抵抗してもその結果は変わらない。

 私が立ち止まったところを首だけを動かして対処し、一瞬の隙を衝いて放たれた炎には驚かされたけどね。

 

 

 しかしこの状況ではもはや時間の問題であり、強いて言えば戦斧の刃が駄目になったところが面倒だった。

 もはや私に残された方法はこの化物を撲殺する事であり、私は戦斧を使ってその顔を何度も殴打してね。

 そのせいで表面の皮膚がそがれて赤くなり、折られた牙とよくわからない液体が辺りに飛び散っていたよ。

 

 

 

「きっ……貴様ァァァ!」

 

 

 それを見て御坊ちゃまがどう思ったかは知らないけど、少なくとも楽しそうではなかったと思う。

 駄犬を召喚した際にかなりの魔力を使ったのか、ただ傍観しているだけだった彼がやっと動き出してね。

 新しい魔法陣から出て来たのは最初の雄牛君と同じ怪物であり、嬉しい事にそいつは新品同然の同じ武器を持っていてね。

 

 

 これには私としても驚いたというか、目の前で抵抗を続ける駄犬がとても可哀想だった。

 まさかご主人様自ら新しい武器を提供してくれるなんて、さすがの私も思わず笑ってしまった。。

 なるほど、御坊ちゃまからすればこの劣勢を覆す為の援軍というか、おそらくは時間稼ぎがしたかったのだろう。

 

 

 少しでも時間を稼いで魔力を回復し、そして新たな化物を呼び出して数の力で押しつぶす。

 彼がどんな化物を飼っているかは知らないが、一応ここにいるチワワが最強らしいからね。

 要するに新しく呼び出された雄牛君はその為の生贄であり、これ単体で私に勝てるとは思っていないだろう。

 

 

 ただその人選?があまりにも酷すぎるというか、これでは彼自身がとどめをさしたようなものである。

 私は雄叫びを上げながら迫りくる雄牛君に、その右手に持っている巨大な鉄塊を振り下ろす。

 御坊ちゃまが最初に召喚した怪物もそうだったが、私はこの程度の敵に後れを取るような人間ではないからね。

 

 

 

「弱い者いじめというのはあまり好きではないが、今更手加減したところでなんのメリットもない」

 

 

 案の定首から上が私の攻撃によって潰されてしまい、この雄牛君も他と同様にその死体を晒すこととなった。

 まさか敵である彼が私の手伝いをしてくれるなんて、ピクピクと痙攣している雄牛君の傍らに落ちているそれ、私が持っている武器と同じものを拾い上げて踵を返す。

 これで目の前のチワワを簡単に解体できる。既に刃物としての機能を失ったそれを棄てて、その上で新しい武器へと持ち替えた私はそのまま動いた。

 

 

 私の動きを止めようと必死に抵抗する犬っころ、そして新しい玩具を片手に微笑みを浮かべる死神、もはや私を止める事など誰にも出来ない。

 研ぎ澄まされた殺意がその肉を切り裂き、噴き出すペンキがセピア色のそれに彩を添える。

 今度の玩具はどこも錆びついていないので、それこそシフォンケーキを切るかのような柔らかさだった。

 

 

 惜しむべきはそのケーキが一種のゲテモノであり、それを切り分けた私にそっち系の趣味がない事である。

 私は滝のように流れ出るそれを背中に、少しだけ汚れてしまったケーキナイフを見ながら微笑んだ。

 

 

 

「さて、それではこの茶番劇もそろそろ終わらせよう」

 

 

 もはや抵抗する気力もないのか、残された頭部は死んだようにぐったりとしていた。……いや、もしかしたら本当に死んでいるのかもしれない。

 あれだけの血液を失ったのだから死んで当然というか、むしろ生きている方がおかしいのである――――――まあ、たとえ死んでいたとしても私のやる事は変わらないのだがね。

 

 

 最後の首に戦斧を押し当てた瞬間、その頭部が少しだけ動いたがなんの問題もなかった。

 聞こえてくる呼吸音と食い込む刃、終わってみればあっという間の出来事である。

 血の海に沈んだ三つの頭部と残された体、それを見ながら私はちょっとだけ虚しさを感じていた。

 

 

 まさか魔物如きにここまで苦戦するとは、私は水膨れした右手を見ながら思わず苦笑いしたよ。

 この世界の生き物にしてもそうだが、召喚士というものを少し舐めていたかもしれない。

 勝手に主人公君と同じタイプだと思い込み、その結果として複数の手傷を負ってしまった。これは今回の戦いで学んだ点というか、私の経験不足が浮き彫りとなった一戦である。

 

 

 

「貴様、ただの平民ではないな」

 

 

「いや、私は君達がいうところの平民で間違いない筈だ。

 生まれはこれ以上ないというほど卑しいし、家族なんてものもいなければ大切な人間だっていない」

 

 

 全てを終えた私はこうして御坊ちゃまのところへと向かい、そして新しい化物を召喚しようと躍起になっている彼を眺めていた。

 おそらくは魔力の回復が追いついていないのだろうが、目の前の魔法陣が発動しない事に彼は苛立っているようでね。

 

 

 

「ではなぜ攻撃しない!今の貴様ならば私を倒すことなど容易い筈だ!」

 

 

 それを言われると私としても困るのだが、仮にその理由を説明しても彼は納得しないだろう。

 私はスロウスの助言に従っているだけなのだが、それを教えたところでわかってもらえるとも思えない。

 全ては私が代表戦に関する報告を終えた時、新たな命令を受けた際にスロウスが教えてくれたのだ――――――だったら相手を降参させるのはどう?……と、そしてその助言によって私の方針は決まったのである。

 

 

 ではそれを踏まえた上でこの男を降参させるにはどうすればいいのか……ふむ、実は彼の特性を知った時点である程度の計画は立てていた。

 御坊ちゃま自身に戦闘能力がなく、加えて呼び出した化物共にその全てを任せているなら簡単である。

 要するに降参する側の人間とは全ての希望が潰えて、尚且つ戦う事が出来なくなった際にそれを宣言するのだ。

 

 

 では彼の手から攻撃の手段を奪えばどうなるか――――――ほら、ここまでくれば私の考えている事もわかる筈だ。

 つまりは彼が飼育している化物共を皆殺しにし、その上で御坊ちゃまの大事にしているものを破壊する。

 出来るだけ派手に……それでいて残酷に殺せば彼もわかってくれるだろう。

 

 

 私に勝つことは不可能だと、これ以上戦ってもなんのメリットもないとね。

 御坊ちゃまは伝統が重んじているらしいが、私はそんなよくわからないものを追い求めたりしない。

 目の前の男がどうやったら降参してくれるのか、それだけが私の目的であり目指している場所だ。

 

 

 

「いや、私は君の魔力が回復するまでここまで待っていよう。

 好きなだけ化物でも怪物でも――――――それこそ人間を召喚してもらっても構わない。

 私は君が諦めない限りそいつ等を殺し続け、そして君がいうところの伝統を徹底的に冒涜する。

 君は私の言葉を平民の戯言と、そう思っているならその考えは捨てた方が良い。

 世の中には貴族の事なんてなんとも思っていない人間がいる事を、君はこの戦いを通して知る筈だ」

 

 

 そう言って私は持っていた戦斧を地面に突き刺すと、そのまま彼の魔力が回復するまでなにもしなかった。

 御坊ちゃまの方はそんな私に激昂していたけど、黙ったままなにも喋らない私に彼の肩が震えていたよ。

 

 

 

「ふざけるな!どこまでも私を馬鹿にしおって、貴様の傲慢な態度を必ず後悔させてやる!」

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

 

 それからどれだけの化物共を殺しただろうか、見渡す限りの惨状がその全てを物語っていた。

 歩くたびに広がる波紋とよくわからない物体、その異臭に顔をしかめながら私は作業を続ける。

 必死に逃げ回る化物共の首を刎ねて、そうやって余った部分を血だまりの中へと沈めるのである。

 

 

 これは私の宣言から始まった一連の流れ作業、おそらくは今日行われたどんな試合よりも長かっただろう。

 そしてその全てを処分した私は再び彼の元へと帰り、新たな化物を召喚するよう御坊ちゃまを急かすのである。

 

 

 

「もういい……やめてくれ、私はもう降参する」

 

 

 真っ赤な水たまりに両膝をつく敗者と、それを見下ろしながら微笑む勝者は対照的であり、この試合を見ている人間はそんな私達をどう思っただろうか。

 出来れば私の評価が覆ってくれればいいのだが、さすがにこの程度の化物が相手では難しいかもしれん。

 

 

 

「そうか、思ったよりも早かったじゃないか」

 

 

 四城戦第一試合、グランゼコール学院との大将戦はこうして終わったのである。


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