邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
たとえば特定の誰かを殺さなければならないとして、諸君はその人間が自分よりも優れていたらどうする?無論、日本という法治国家ではなくこの世界を基準として考えてほしい。
王都の一等地に大きな屋敷を持つ男、二人のメイドと暮らしている変な学生だ。
彼は同世代とは思えないような力を持ち、その思想は血生臭い事で有名でね。
正面から挑んでも勝てる可能性はほとんどなく、だかと言って仲間を集めても望みは薄い。
そんな人間を殺そうと思ったらどうすればいいか……ふむ、私に言わせればそんな方法はいくらでもある。
それこそ出来の悪いライトノベルにありがちな展開、メイドの家族を攫うか買収して仲間に引き込めばいい。
個人的には屋敷に爆弾でも仕掛けて、その上で二人のメイドと一緒に爆殺するのが王道だ。
もっとお手軽で簡単なのは彼の食事に毒を盛る事だが、これに関してはリスクが大きいのでお勧めしない。
そして一番効率がいいのはメイドを魔法によって洗脳し、その体に呪いを植えつけて解放すること――――――これに関しては成功の可能性が高くコストパフォーマンスもいい。
最悪殺す事は出来なくてもただでは済まないし、なにより彼という人間も怪我の治療に専念する筈だ。
後は運び込まれた病院ごと爆破するか、あるいは病院食に毒でも混ぜれば完璧である。
しかし諸君等も知っての通り私は臆病な人間なので、まずは彼という人間を調べてから行動するだろう。
何事も順序と言うものが大事であり、ある程度の保険をかけてから殺すべきだ。
たとえば彼の屋敷で働いている二人のメイド、そのどちらかを攫って必要な情報を引き出す。
ではどちらのメイドを攫えば良いのか……ふむ、そんな事は今更言うまでもないだろう。
それはいつも楽しそうに笑っている女の子、彼女は同じ馬車に乗って同じ道を通り、これまた同じ学園へと向かってくれる。
言うなれば……そう、誰よりも一生懸命な防犯装置――――――では、ここから先は諸君らの想像に任せるとして、今日も私はそんな彼女と共に素敵な朝を迎えよう。
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「へぇ、私を無視してよそ見するなんて良い度胸じゃない」
長かった四城戦も最後の一試合となり、一番の強敵である奉天学院との試合が間近に迫っていた。
彼等は先日の試合でグランゼコールに勝利し、そして私達も彼等と同様にラッペランタを下している。
つまり彼等との試合が文字通りの決勝戦であり、その試合が終われば生徒会長様との契約も終了である。
「さすがは御姫様、今の攻撃を躱すとは思いませんでしたよ」
「そんな風に言われても全然嬉しくないけど、一応褒め言葉として受け取っておくわ」
私は刀を振るいながら苦笑いし、彼女の提案で始まったこのやり取りにため息を溢す。
御姫様の不機嫌そうな声と迫りくる大剣、奉天学院との試合も近いので私は訓練内容を変えていた。
今までと同じように魔法の使用は禁じていたが、それ以外に関しては実践と何等変わらない。
私が彼女達の実力に合わせて剣を振るうので、その攻撃を躱しながらどれだけ戦えるかを試す。
要するに一秒でも長く持ちこたえること、それが今やっている事であり最後の訓練でもあった。
始めた当初はさすがの生徒会長様も辛そうだったが、今では御姫様ですら御喋りが出来るほど余裕がある。
ちなみに私と御姫様の関係はかなり進展したのだが、それでも相変わらず彼女の悪態は治らなかった。
いやはや、まさかこの私がこんな小娘に頭を痛めるとは、それこそスロウス辺りに知られたらいい笑いものである。
だがそんな御姫様の態度にももう慣れたので、私は一通りの訓練を終えたところで彼女に代わってセシルを呼んだ。
「ねぇ、悪いんだけどこの後少しだけ付き合ってほしいの」
しかしその瞬間、汗だくの彼女が私達の間に割って入り、そのせいでセシルはどうしたらいいかわからず慌てていた。
そして御姫様の言葉に動揺したのは私も同じで、彼女がそんな言葉を口にするとは思わなかった。
怪訝な顔をする私に彼女は頬を染めていたが、私に言わせればその反応はただただ不気味だ。
未だかつてこれ程嬉しくない言葉は初めてというか、彼女に誘われた時点で嫌な予感しかしない。
それこそこのまま二人仲良くティータイムなんて、そんな妄想をするほど私はユニークな人間ではないからね。
御姫様の言葉にセシルの方は私以上に動揺していたが、その尻尾がパンパンに張っていたのはなぜだろうか。
「へぇ……一応聞いておきたいんだけど、どうしてターニャちゃんはヨハン君を―――――」
「ばっ……馬鹿言わないでよ!
一応シュトゥルトさんの許可も貰ってるし、なによりセシルさんが考えているような事じゃないから!
それに彼と話したがってるのは私じゃないし……って、なにやってんのよあんたは!」
御姫様の言葉を聞いてなんとなくわかったと言うか、彼女を気絶させようと放った一撃が避けられてね。
その攻撃に御姫様は怒っていたが、正直なところ彼女の自己満足に付き合う気はない。
私の予想が当たっているのかは知らないが、その口振りから察するにおそらくあの男が関わっている。
「待って、本当にちょっとだけでいいのよ!」
だからこそその場から立ち去ろうとしたのだが、その瞬間御姫様に右手を掴まれてね。
私を掴むその手は微かに震えており、彼女の瞳もいつものそれとは少し違っていた。
これにはさすがの私も困り果てたと言うか、御姫様の手を強引に振り払っても後々面倒だからね。
そもそも明日になれば今日と同じように顔を合わせるわけで、その時はきっと今と同じことを言うだろう。
この手を振り払ったところで素直に諦めるとも思えないし、なんともめんどくさい状況に追い込まれてしまった。
相変わらず御姫様の手は震えていたが、その瞳がどこか脅えているように見えたので私は首を傾げた。
「そんな怖い顔をしなくてもいいではありませんか、別にターニャさんは貴方をどうこうするつもりはありません。
それは貴方を待っているだろう人にしても同じで、ここは少しだけ彼女の顔を立ててあげませんか」
おそらくは自分でも気づかぬ内に殺気を放ち、そのせいで御姫様が脅えていたのだろう。
私は生徒会長様の言葉に大きなため息を吐き、そして目の前で震えている御姫様に言ったのさ。
ここで彼女の手を振り払っても意味はなく、生徒会長様もこの一件に絡んでいるならしょうがない。
ここまでくれば私と話したがっている人間、その人物が誰かなんて今更言うまでもないだろう。
それこそあの男となにを話せばいいのかはわからないが、ここは生徒会長様に従って彼女の顔を立ててあげよう。
一応御姫様の話ではすでに生徒会室でその男は待っているらしく、それを聞いた無意識の内に私の顔が歪んだ。
「全く、少しは私のことも考えてほしいのだがな。それに……その、なんだ。いつまでこうしているつもりだ」
「うっさい!私はあんたが逃げないように監視してるだけよ!」
こうして私は御姫様と仲良く手を繋ぎながら生徒会室まで、それこそ大勢の生徒に見られながら向かう事となった。
そのせいというわけではないが、私達の姿を見た数人の女生徒が顔を赤くしながら隠れたので、私は誤解される前にこの手を離すよう忠告したのだがね。
しかし御姫様の方は感情的になっているのか、いくら説得してもその手を離そうとはしなかった。
個人的にはこれ以上の厄介事はごめんなのだが、こうなっては素直に従った方が被害は少ない。
そして私達は見慣れた廊下を通って見慣れた階段を上がり、これまた見慣れた部屋の前で止まったのさ。
私の方はこれといってなんともなかったが、御姫様の方は明らかに緊張しているようでね。
「じゃ……じゃあ、準備は良いわね?」
なんの準備が必要なのか是非とも教えてほしいのだが、それを彼女に聞くのは些か可哀想である。
そしてゆっくりと開かれたその先にいたのは―――――まあ、案の定というか外れてほしかったというか、取りあえずは顔見知りだったとだけ言っておこう。
突然斬りかかってくることはないと思うが、もしもの時はその首を刎ねてベランダにでも飾ろう。
「久しぶりだねターニャ、それに……ヨハン君と会うのも久しぶりだと思う。
君とこうやって話すのは代表戦以来かな。突然のことで混乱しているのはわかるけど、僕がシュトゥルトさんやターニャに頼んで君を呼んでもらったんだ」
類人猿が上等な服と言葉で着飾ったような人間、懐かしのバーバリアンが私の前に立っている。
その表情は初めて彼と出会った闘技場を彷彿とさせ、それに対して私は出来るだけ自然体を装った。
彼の瞳は概ね予想通りというか、とても話し合いに来たような感じではなかったからね。
ちなみにそれが関係しているのかはわからないが、彼が口を開いた瞬間生徒会室の空気が一気に重くなった。
そしてうるさいくらいの静けさに包まれたかと思うと、突然私の横から大きな影が飛び出してきてね。
それと同時に乾いた音が生徒会室に響き渡り、私は目の前の光景に言葉を失ってしまった。
「はい、そんな怖い顔しないでやり直し!
私達はあんたと喧嘩させる為に彼を呼んだんじゃないし、そもそもこいつと話したいって言いだしたのは他ならぬアルフォンスでしょ!
そんな風に睨んでてもなにも始まらない。それにあんたも男なら自分の言った事は曲げず、一人の男として責任もって彼と話しなさいよね」
全く、彼女の行動力には驚かされるというか、時々この国の御姫様だという事を忘れそうになる。
振りぬかれた右手と赤く染まった頬、あのバーバリアンが借りてきた猫のようになっている。
ただ……その、御姫様の堂々とした声は様になっていたが、その足が震えていたので思わず吹き出してしまった。
これに関しては私の方が一方的に悪いのだが、その笑い声に彼女は踵を返してね。
やはり成長したと言っても所詮は子供、こればかりは才能というよりもただの経験不足である。
恥ずかしいなら黙っていればいいものを、御姫様の顔は赤く染まりその瞳には涙が溜まっていた。
「それもそうか……うん、確かにターニャの言う通りだよ。―――――ヨハン君、僕は君にありがとうと言いたかったんだ。
僕の謹慎を解除するよう学園に掛け合ってくれたこと、そして悩んでいたターニャを励ましてくれてありがとう」
「ちょ……なに言ってんのよあんた!」
その言葉に私は反応する事が出来ず、先程までうつむいていた御姫様が彼の胸ぐらを掴んだ。
困ったように笑う彼と顔を真っ赤にしながら怒る彼女、そんな光景を私は他人事のようにとらえていた。
なんと言うか……私の濁りきった瞳に映るのはある種の茶番劇、くだらない慣れ合いと賞味期限切れのチョコを混ぜ合わせたような光景でね。
「いいじゃないか、君だってこの間の手紙で彼の事を―――――」
「馬鹿!捨てなさい、今すぐそんなものは捨てなさい!」
ありがとう……か。ふむ、これほど心に響かない言葉も久しぶりである。
それこそ賄賂を受け取った政治家の記者会見と同じか、あるいはW不倫した芸能人の言い訳くらいどうでもいい。
私は彼女達のやりとりを見ながら全く別の事を考え、そして目の前の光景を見ながらため息を吐いた。
「私は君の事があまり好きではないし、君にしても私と同じだと思っていた。
感謝される筋合いはないと言うのが私の本音であり、それを恩着せがましく誇張するつもりもない」
そのため息が誰に対してのものだったか、そんなのは私にもわからないしこの際どうでもいい。
ただ私はこの男がなにを考えているのか、その答えが知りたくて思わず聞いてしまった。
目の前のバーバリアンがどうしてそんな言葉を口にしたのか、彼のペットを傷つけその考え方すらも否定した私にね。
「だから一つだけ教えて欲しいのだ。どうして君が感謝しているのか、君を追い詰めた筈の私に頭を下げる理由だ」