邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方と突然の来客

「理由?まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。

 一応言っておくけど僕はなんの後悔もしていない。君の方は面白くなかっただろうけど、あんな試合を続けさせるわけにはいかなかった。

 あの試合は誰が見ても明らかだったし、なによりターニャ自身も戦える状態じゃなかった」

 

 

 彼の言葉は相変わらず気持ち悪いと言うか、ここまで無色透明な人間は私も初めてだった。

 おそらくは事前にその口を芳香剤でうがいして、その後にトイレ用洗剤でも飲んだのだろう。

 清々しいミントの香りはその本音を隠す為か、それともなにかしらの思惑があるのかはわからない。

 

 

 

「だから僕は止めた……いや、止めなければならないと思った。

 たとえ学園側の恨みを買おうとも、あれ以上ターニャの傷づく姿を見たくはなかった。

 こんな事を言うのも変だけど、試合を台無しにされた君が怒るのもわかるし学園側の処分も当然だと思う。

 僕自身ある程度の覚悟はしていたからね。むしろ退学処分にならなかっただけ良かったと言うか、少なくとも君だけは絶対に許してくれないと思っていた」

 

 

 あの時、私は彼の事を誰よりも見下していただろう。よくわからない正義を振りかざして、これまたよくわからない内に排除された阿呆。

 こう見えても少なからず彼には感謝しているというか、彼のおかげで生徒会長様への貸しも清算できた。

 個人的にはあまり好きなタイプではないが、彼という人間に利用価値があるなら我慢もしよう。

 

 

「だけどそんなどうしようもない僕の為に、ターニャやニンファさんではなく他ならぬ君が動いてくれた。

 そのおかげで僕はこうして再び学園の制服を着て、明日からターニャやたくさんのクラスメイトと一緒に勉強が出来る。

 だからこれはある種の自己満足というか、君に対する個人的なケジメだと思ってほしい」

 

 

 彼のおかげで御姫様を追い詰める手間も省けたし、彼女を私達の訓練に参加させることも出来た。

 更に彼という餌を与える事で私に対する評価も上がり、御姫様だけでなく生徒会長様も喜んでいたので満足もしている。

 しかし出来る事ならあまり近づきたくないと言うか、彼と会話する事すら私にとっては苦痛だ。

 

 

 

「ただ、これだけは誤解がないよう伝えておきたい」

 

 

 利用価値があるならそれも我慢できるが、今となってはあまり使い道もないからね。

 だから私は彼の言葉に深いため息を吐き、差し出された右手を他人事のように見つめていた。

 本当に……彼等の仲良しごっこにも呆れると言うか、この男は聖書をおかずにご飯でも食べているのだろうか。

 

 

 私に言わせればそんな狂人と話したところで意味はなく、こんな事に時間を使うなら壁と話した方が有意義である。

 取りあえずはくだらない演説を最後まで聞いて、それが終わったと同時にその手を払いのけよう。

 そんな事を考えながら彼の言葉を待っていたが、その口から出てきた言葉に思わず固まってしまった。

 

 

 

「僕は君の事が誰よりも嫌いだ」

 

 

 この言葉はさすがの私も予想外だったと言うか、彼の口からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなくてね。

 近くにいた御姫様も私と同じように言葉を失い、そんな私達を尻目に彼は一人だけ嬉しそうに微笑んだ。

 そして彼の右手が私の手を掴んだかと思うと、放心状態の私を尻目にヒーロー君は満足そうに頷いてね。

 

 

 

「なっ……なに言ってんのよアルフォンス!」

 

 

 私が彼の手を振り払ったのはその数秒後、聞こえてきた怒鳴り声によって正気を取り戻したからだ。

 御姫様はそのまま彼に詰め寄っていたが、そんな彼女とは対照的に私は彼の事を見つめていた。

 そしてその視線に気づいた彼が困ったように笑い、その口を動かして私に助けを求めてきてね。

 

 

 しかし私としてもそれどころではなかった。振り払った方の手を見ながら必死に我慢していたが、結局は堪えきれずに私は笑ってしまった。

 生徒会室に響くその声はどこか楽し気で、普段のそれとは少しだけ違っていただろう。

 その違いは私にしかわからないだろうが、それでもその笑い声に御姫様は驚いていた。

 

 

 なんと言うか……そんな風に見つめられても困るのだが、今回は面白いものが見れたので良しとしよう。

 そもそもこの感情を言葉にするのは難しく、たとえ説明したところで彼女には理解出来ないだろう。

 普通ならば御姫様のように怒ったりするのだろうが、私という人間はそれとは違う感情を抱いていたからね。

 

 

 

「そうか、その言葉が聞けて私としても安心した。

 それじゃあ君の学園生活がこれから先も続くことを祈って、私は美味しいご飯でも食べに行くとしよう」

 

 

 これ以上の会話は必要ないというか、これで御姫様に対するサービスは終了である。

 ヒーロー君の目的も達成されたし、私としてもいい退屈しのぎになった。

 御姫様は未だに私を見つめながら固まっていたが、後のことはヒーロー君に任せて帰るとしよう。

 

 

 

「なによあいつ、あんな顔も出来るんじゃない」

 

 

 私は踵を返すとそのまま生徒会室を後にし、校門前で待っているだろうシアンの元へと向かった。

 その途中で私とすれ違った生徒が何人かいたが、そのほとんどが御姫様と同じ顔をしていたがおそらく気のせいだろう。

 そうでなければ彼女達が頬を染めたり、それこそあんな風に走り去ったりはしない筈だ。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「全く、なんの冗談だこれは――――――」

 

 

 校門前は人混みによって塞がれており、その光景と聞こえてきた声にため息がこぼれた。

 その人だかりに嫌な予感はしていたが、シアンが待っているので無視するわけにもいかない。

 そもそも私を見つけた瞬間に手を振ってくるような子供であり、よくわからない理由で怒ったりするようなメイドだ。

 

 

 

「ごっ……ご主人様!シアンはご主人様に説明を要求します!」

 

 

 案の定人混みを掻き分けて現れた小さな子供は、その頬を膨らませながら私の前へと現れてね。

 その声に周辺の生徒が私の存在に気づき、そして後ずさる光景は中々面白かったよ。

 しかしどうしてこんなにも人が集まっているのか、彼等の雰囲気から察するに私を待っていたわけではないだろう。

 

 

 

「お前がなにを怒っているのかは知らないが、まずはこの状況を説明してから――――――」

 

 

「御話の最中失礼します。貴公はコスモディア学園の大将、ヨハン=ヴァイス殿で間違いありませんか?」

 

 

 そしてシアンが私を見つけてから数秒後、目の前の人混みが左右に分かれたかと思うと一人の女性が現れてね。

 着ている服は某第三帝国の軍服を連想させたが、軍人にしては少しばかり若すぎるというか、おそらくは私や生徒会長様と同じくらいだろう。

 腰に下げた細長い剣と腰まで伸びた艶やかな黒髪、その瞳も髪の毛と同じように黒くどこか日本人に似ている。

 

 

 その態度というか雰囲気は御姫様と同じかそれ以上、よく言えば伝統と誇りを重んじる素敵な人間、悪く言えばただの骨董品か綺麗な御飾りである。

 こんな知り合いなど私にはいないのだが、そもそも目の前の女性一人になぜこれほどの生徒が集まったのだろう

 明らかにこの学園の生徒ではないし、なによりいくら綺麗と言ってもこの数は異常である。

 

 

 

「確かにそうですが……失礼、どうやら貴女の事を忘れているようだ」

 

 

 だからこそここは出来るだけ正直に、相手が誰であるかわからない以上冷静に対応しよう。

 私の言葉に目の前の女性は右手を差し出し、私は求められるがままその手を掴んでね。

 男装の麗人というのを私は初めて見るが……なるほど、これほど的確でわかりやすい言葉もないだろう。

 

 

 

「初対面なのだから知らなくて当然ですし、なによりそう畏まらないでください。

 私の名はリュドミラ=リトヴャク、南軍をまとめる名門リュトヴャク家の次期当主にして、今回の四城戦では奉天学院の大将を務めています」

 

 

 彼女の言葉に私はこれ程の生徒が集まった理由、それを理解する事が出来たとだけ言っておこう。

 要するに周りにいる馬鹿共は文字通りの阿呆(ギャラリー)であり、四城戦に於ける最大の障壁がどうして私を探していたのか、最終戦まで残り数日というこの状況で現れた理由が知りたかったのだろう。

 なんとも浅ましい連中というか、おかげさまで私としても身動きが取りづらい。

 

 

 

 ここで下手な発言をすれば生徒会長様の耳に入り、私の学園生活はあっという間に崩壊するだろう。

 だからと言ってこれ程の好機を逃すわけにもいかず、まさか御姫様の発言から始まった奇妙な一日がまだ終わっていないとは――――――上司から与えられた仕事は私という人間を売り込むことであり、この状況は理想的ともいえるが一歩間違えば全てが終わる。

 

 

 

「今は四城戦の性質上争ってはいますが、私の父上はヨハン様の事を大層気にしておいでです。

 あれ程の実力がありながらこのような学園にいては勿体ない――――――それがリュトヴャク家の当主である父上の考えであり、私も含めた奉天学院の総意でもあります。

 尽きましてはその件に関してヨハン様に御話したいことがあって、父上の名代としてこの私がやってきました」

 

 

 まさか奉天学院がこれほど直接的な行動に出るとは、仮に接触してきても学園には来ないと思っていた。

 ここで彼女を追い返すわけにもいかないし、なにより追い返したところで状況は変わらない。

 目の前で微笑む女性を見ながら苦笑いしか出来ないというか、こんな風に追い込まれるとは思わなかったよ。

 

 

 この一件が御当主様のものか、それとも目の前で微笑む彼女の提案なのかはわからない。

 しかし少なくともある程度の知恵は回ると言うか、やはり交渉するならばこういった状況の方が面白い。

 彼女の発言によってこの話は学園中に知れ渡り、たとえ断ったとしても私は叱責されるだろう。

 

 

 私が話を聞いてくれれば御の字であり、それが出来なくとも噂を流して孤立させることは出来る。

 ラッペンランタとの試合で私がメディアにやったものと同じ……いや、それよりも質が悪いといえる。

 取りあえずは出来るだけ疑われないように対処し、その上で生徒会長様に説明するしかあるまい。

 

 

 まずはこの暑苦しい空間から移動するとして、話をするならば学園の外ではなく中の方がいい。

 その方が生徒会長様への説明も真実味が増すし、なによりわけのわからない言いがかりにも対処できる。

 私は学園内にある私自身がよく使う場所、他の生徒も寄りつかないあのテラスを使おうと思っていた

 

 

 

「取りあえずここでは人目もありますし、この近くに良い場所もあるのでそこへ移動して――――――」

 

 

「言っておきますけど、ご主人様はシアンにめろめろなのです!

 だからご主人様をゆうわくしようとしても、そんなみすぼらしい体ではあのばいんばいんにすら勝てねぇです」

 

 

 しかし突然投げ込まれたその手榴弾に私は固まり、そして滑走路よりも平らな胸を張るメイドがそこにはいた。

 彼女のおかげで辺りはよくわからない空気に包まれ、私は手榴弾の破片によって頭を抱える。

 それは代表戦の時に見た光景とよく似ており、あの時はセシルが犠牲となったが今回は私らしい。

 

 

 頬の引き攣りが自分でもわかるというか、目の前の軍人さんは頬を染めながら視線を反らしてね。

 私が全ての元凶である小さなテロリストに視線を向けると、そのメイドは素敵な笑顔で微笑みかけてくる。

 サムおじさんも裸足で逃げ出すような状況、そんな中で爆心地の中心にいる私は彼女の頭を撫でる。

 

 

 

「シアン、お前は先に帰っていなさい」

 

 

「ふぇ?どうしてシアンが帰るですか?」

 

 

「……二度は言わないぞシアン、お前は屋敷へと帰ってこの間渡した本をもう一度読み直せ。

 目上の人に対する言葉遣いと礼儀、あの本の五ページから二十ページまでを暗記するのがお前への罰だ」

 

 

 普段なら尻尾を揺らしながらくすぐったそうに笑うシアンも、この時ばかりは少しだけ違っていた。

 私の言葉に唇を噛みながら涙をこぼし、そうして頬を膨らませる姿は相変わらずだったがね。

 しかしなにも言わずに踵を返した辺り、彼女も少なからず成長しているのだろう。

 

 

 

「きょ……今日のところはご主人様の顔に免じて許してやるです。でも、もしもご主人様の事を誑かしたら絶対に許さないです」

 

 

 さすがの私も世襲派軍閥の筆頭であるリュトヴャク家の、その次期当主である彼女に誤解されるのは困る。

 そもそもシアンがいたところでなんの役にも立たないし、小さなテロリストにはお家に帰ってもらおう。

 シアンにあんな視線を向けるのは初めてだったが、子供だからと甘やかしすぎたかもしれんな。

 

 

 最近ではセレストから剣術や魔法を教わっているようだが、個人的にはそれよりも先に一般常識を身に着けてほしい。……まあ、常識がないからこそ違う使い道もあるのだがね。

 取りあえず私はそんなシアンを一瞥すると、そのまま周りにいる馬鹿共を睨みつけた。

 ここから先は人魔教団の仕事と生徒会長様への対策、つまりは両方のバランスを取った上で交渉しなければならない

 

 

 そんな大事な話し合いをこんな馬鹿共に邪魔されたら、それこそ勢い余って殺しかねん。

 だからこそ私は周りの人間を排除し、そしてもう一度彼女へと歩み寄るとここから移動する事を伝えた

 私の言葉に目の前の軍人さんは苦笑いしていたが、今の失点はこの後の交渉で取り返せばいいだろう。

 

 

 

「それでは行きましょうか、貴女の父親がどんなことを言っていたのか興味もありますしね」


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