邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方と感情論

 いつもと変わらない朝、いつも通りの服に着替えてこれまたいつも通りの道を通る。

 視線の先には糞ったれな日常と笑い合う人々、脳裏を過るのはシアンの笑顔とセレストの泣き顔。

 私は暖かい日差しと心地良い振動に苦笑いし、そして窓から見える代り映えのない景色にため息を吐いた。

 

 

 

「先に言っておくけど、シアンちゃんになにかあったら絶対に許さないから」

 

 

 通りで捕まえた初老の男性が運転する馬車、それに揺られながらセレストの言葉を思い出す。

 シアンに関する事はなにも教えていないのだが、彼女なりに思うところがあるのかもしれない。

 それが私に対する反感からくるものなのか、それともなんの根拠もないただの直感なのかはわからない。

 

 

 一応スロウスとの約束は今日の夜だったが、たとえシアンが見つかったとしてもあまり余裕はなかった。

 なぜなら明日の午後から奉天学院との最終戦、四城戦の優勝者を決める試合が行われるからだ。

 本来であれば資料室で黒い夜に関する残りの情報、それをスロウスが来るまでの間調べたかったが、さすがにそんな理由で休むわけにもいかない。

 

 

 最終戦を前に無断欠席が続けばどうなるか、そんな事は今更言うまでもないと思う。

 そもそも生徒会長様が黙ってはいないだろうし、あの御姫様にしてもなにを言ってくるかわからない

 取りあえずは昨日の事を謝罪して、その上で出来るだけ穏便に切り抜けるとしよう。

 

 

 

「ほら、そろそろ着くよ学生さん」

 

 

 私はそんな事を考えながら見えてきた建物、無駄に大きなそれを前にして盛大なため息を吐く。

 そして運転手に御金を渡すと馬車を降りたのだが、ここでひとつだけ予想外な事が起こった。

 それは私が現れたことに驚く生徒達の中で、その男だけがこちらへと真っ直ぐ向かって来たのである。

 

 

 いつものそれではなくあんな古臭い馬車から現れたこと、それに周りの生徒が驚いている事はわかるが、なぜか彼だけはなんの迷いもなく近づいて来た。

 それはシアンの運転する馬車に私が乗っていないこと、それをあらかじめ知っていたかのような態度でね。

 校門前の人だかりも私の登場と彼の雰囲気にあてられ、もうすぐ授業が始まるというのに足を止めていた。

 

 

 

「おはようヨハン君、今日はいつもの馬車じゃないんだね」

 

 

 そう言って微笑む彼に私の頬が痙攣し、これ以上ないというほど憂鬱な気分になったのは言うまでもない。

 それこそ鳥の糞でも当たったかのような感覚、朝からバーバリアンに話しかけられるとは最悪である。

 これが昨日の今日でなければ世間話くらい付き合うのだが、今の私は鳥の糞とお話するような時間はない。

 

 

 私はヒーロー君の事を無視して歩き始めたが、彼とのすれ違いざまに発せられた一言、それに反応して思わず止まってしまう。

 彼の声はそれほど大きなものでもなかったが、それでも周りの騒音なんかとは比べものにならなかった。

 

 

 

「……そうか、やっぱりシアンちゃんは帰っていないのか」

 

 

 どうして彼の言葉に反応してしまったのか、それを説明する事は出来ないし覚えてもいない。

 私が思い出せるのはそこから先のこと、彼の胸ぐらを掴む自分と周囲の悲鳴だけだ。

 目の前の男はそんな私に苦笑いしていたが、もしかしたら彼なりのアプローチだったのかもしれない。

 

 

 しかしこの時の私は少しだけおかしかったと言うか、スロウスとのやり取りや今後の事で頭がいっぱいだった。

 そしてあまり寝ていない事もそれに拍車をかけ、この時の私は上手く取り繕う事が出来なくてね。

 これでは本能のままに動くお猿さんと変わらないと言うか、なんの計画性もなかったルーマニアの赤い大統領と同じである。

 

 

 

「知っている事を全部話せ、今の私はお前の駆け引きに付き合うつもりはない」

 

 

 私の雰囲気になにかしらの事情を察したのか、彼の顔つきとその態度が変わってね。

 それは御姫様との試合で見せたものと同じであり、あの召喚獣(ペット)を傷つけられた時よりも怒っていたように思う。

 どこまでも真っすぐな瞳で私を見つめ、そしてその手首を掴んで彼はこう言った。

 

 

 

「だったら離してくれ、口で説明するよりも見てもらった方が早い」

 

 

 彼に言われるがまま私は掴んでいた服を離すと、そのまま通りかかった馬車を捕まえて足を用意する。

 周囲の生徒達はそんな私達を見て騒いでいたが、ヒーロー君はそんな彼等に微笑むと運転手に行先を告げてね。

 小さな個室の中で向かい合わせに座る二人、この光景を生徒会長様や御姫様が見たら誤解したかもしれない。

 

 

 小さな空間に響く車輪の音と馬のいななき、御世辞にもいいとは言えないその中で私達は一言も喋らなかった。

 個人的にはどうしてシアンがいなくなった事を知っていたのか、そしてこれからどこに向かおうとしているのかなど、それこそ聞きたい事は山ほどあったがそれをこの空間が許さない。

 そもそも行先も聞かずに乗り込んだ時点で救いようがなく、普段の私ならば決してこんな行動は取らなかっただろう。

 

 

 さすがに今回の一件に彼が関与しているとは思わないが、それでもある程度の保険は掛けておくべきだ。

 それはある種の自己嫌悪というか後悔のようなもので、やる事のなかった私は外の景色をずっと眺めていたよ。

 そしてどれくらいそうしていただろうか、やっと馬車が止まったかと思えば運転手が声をかける。

 

 

 

「着きましたぜ学生さん達、だけど本当にこんなところで降ろしてもよかったのかい?

 俺が言うのもなんだけど、ここはあんた達みたいな人間が来るようなとこじゃないぜ」

 

 

 

「いいんですよ。ここに来るのは慣れていますし、なによりこんなところでも意外と面白いんです。

 これはここまでの代金とちょっとした御礼ですから、もしも時間があればリヤンという孤児院にでも寄ってください」

 

 

 馬車から降りた瞬間に私が感じたのはすえた臭いと埃っぽい空気、入り組んだ道と無秩序に建てられた建築物、通りにはゴミが散乱しており御世辞にも綺麗とは言えない。

 通りに座り込む子供達やゴミを集めている老人、その光景と独特の雰囲気にここがスラム街だと理解するのに時間がかかった。

 確か王都の端にあるというスラム街、その存在こそ知っていたもののこうして訪れるのは初めてだった。

 

 

 

「それじゃあこの辺で俺は失礼するが、火遊びもほどほどにしときなよ学生さん」

 

 

 さすがに表通りで生活している運転手はこたえたのか、ヒーロー君から代金を受け取った彼は手綱を引いた。

 おそらくはこの臭いと空気に我慢できなかったのだろうが、そのまま振り返らずに来た道を戻っていく。

 そして残された私は彼に言われるがまま再び歩き出し、そんな掃きだめの中を出来るだけ警戒しながらついて行った。

 

 

 

「こっち、この先のゴミ捨て場に見せたかったものがある」

 

 

 整備されていない道に今にも倒壊しそうな家屋、道行く人々の視線を集めながら歩き続ける。

 ここに住んでいる者達からすれば私達のような人間は珍しいのか、何度か声をかけられたがその尽くを無視したよ。

 そうやってどれくらい歩いただろうか、気がつけば私達の足は彼の言うゴミ捨て場で止まっていた。

 

 

 

「あれだよ、あの屋根や車輪には君も見覚えがある筈だ。

 僕が見つけた時は馬の死体や他の部分も残っていたけど、今はあれだけしか残っていないようだね」

 

 

 異臭が漂うスラム街の中でも一際凄いその空間、目の前のゴミ山から子供たちが使えそうな物を持ち出している。

 私は彼が見つめる先にあるそれ、多くの子供たちが密集しているそこへ視線を移してね。

 そのまま彼と共にその場所へと近づけば、見慣れたそれが無惨な姿となって飛び込んでくる。

 

 

 その木材はもはや原型をとどめていなかったが、それでも私にはそれがなんだったのかがわかる。

 まだ乾ききっていない血だまりにボロボロとなった部品、この瞬間私が予想していた中でも最悪のパターンが確定したのである。

 嬉しそうに馬車を磨いているシアンの姿が脳裏を過り、私は目の前のゴミを思いっきり踏みつぶした。

 

 

 全く、誰がやったのかはわからないが、この私に喧嘩を売った事を後悔させてやろう。

 おそらくはこの間やってきた御飾りの小娘か、又はリュドミラを引き抜かれた魔術師協会だと思うがね。

 貴族の御坊ちゃまという可能性も考えられるが、その辺りはスロウスが調べあげてくれる。

 

 

 

「そうか、では私は学園に戻るとしよう」

 

 

「そうか……って、あれを見てもなんとも思わないのかい!?

 あれはシアンちゃんがいつも乗っていた馬車なのに、それをたった一言で済ませるなんてどうかしている。

 たとえ冗談だとしても、全然……全く笑えない。僕がこんな事を言うのも変だけど、君がやるべきことは学園に戻る事じゃない筈だ。

 なにかの事件に巻き込まれてしまったかもしれない彼女を――あの素直で真っ直ぐな女の子を迎えに行く事じゃないのか!」

 

 

 だからこそ私は踵を返して学園に戻ろうとしたのだが、今度はヒーロー君の方が私の胸ぐらを掴んでね。

 それでよくわからない言語を持ち出して、然も理解出来ないと言わんばかりに詰め寄ってくる。

 これにはさすがの私も驚かされたが、こうして見れば校門前でのやりとりもかなり滑稽だ。

 

 

 

「私のやるべき事?これはまた……君のような人間にそんな事を言われるとはね。

 では突然怒り出した君に聞くが、私が探したところでなんの意味がある?

 私はその道のプロフェッショナルでもなければ王都に来たのも最近で、それこそこれと言って頼れる友人もいないような人間だ」

 

 

 本来であればその手を振り払うところだが、先程の件もあるのでそれが出来ずに私は困っていた。

 だから彼の手首を優しく締め上げて、その上で少しだけこの茶番劇に付き合ったよ。

 彼が言おうとしている事はなんとなくわかるし、それがどれだけ無駄な行為かも知っている。

 

 

 

「既にギルドを通じて依頼は出しているし、そう言ったもめ事は冒険者に任せた方が効率的だろう。

 彼等は私の代わりにシアンを探し出し、そして私は彼等を使って四城戦に専念する。

 私が失うのは数枚の金貨とちょっとした時間であり、得られるものは四城戦の優勝旗と君の反感だけだ。

 それこそ誰もが喜ぶような素敵な方法、私には君がどうして怒っているのか理解できない」

 

 

 

「たとえ冒険者を雇っていたとしても、君が探している事を知ればそれだけで彼女は喜ぶ。

 もしかしたら冒険者よりも先に君が見つけるかもしれないし、それに僕が言いたいのはそんな事じゃないんだ。

 君は効率がいいだなんて言ったけど、僕に言わせればそんな効率なんてどうでもいい。

 これは心の問題であって効率だとか……ましてやお金なんかよりも遥かに大切な事、君自身がシアンちゃんを助けたいかどうかだ」

 

 

 コメディアンだってもう少しまともな事を言うが、これ程までに彼が重傷だとは思わなかった。

 言葉のキャッチボールが全く成立していないというか、彼の言っている事はニヤゾフと同じかそれ以下だ。

 感情論を優先させればどんな行動でも否定できるし、それと同じように肯定することだって可能だろう。

 

 

 それに彼女を助けたくないならスロウスに相談などしないし、私の立場上冒険者を雇っていると言ったがあながち間違ってもいない。

 情報さえ手に入ればそいつを殺しに行くわけで、今は出来るだけ目立たないよう行動すべきである。

 しかしそれを目の前の男に教えるわけにもいかず、同様の理由でその間違えを指摘することも出来ない。

 

 

 なんともよくわからない状況になったと、そう感じた私は思わず苦笑いしてしまう。

 おかげさまで私の服は伸びきっているし、彼の表情もこれまでとは比べものにならない。

 ヒーロー君がなにを勘違いしているかは知らないが、少なくともこれ以上の会話は時間の無駄だ。 

 

 

 

「僕がシアンちゃんの名前を口にした時、君は確かに怒っていた。

 そうでなければ君があんな行動に出る筈がないし、なによりこんなところまで着いて来てくれるとも思えない。

 だからあの瞬間に僕は君という人間の優しさ、そして人を想う部分に触れたような気がしたんだ」

 

 

 

「なにを言うかと思えば、先程も言ったと思うが私は既に冒険者を雇っている。

 私に言わせればそれこそが最大級の優しさであり、これ以上ないというほど正しい判断だ。

 そもそもどうして君のような部外者がそこまで首を突っ込むのか、私にはそちらの方が疑問だよ」


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