邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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悪の組織は深いため息を吐く

 四城戦最終試合、リュドミラとの試合は他のそれとは違っていた。

 私たちはそれ以降一言も喋らず、開始の合図とともにその剣を振るう。

 

 

 剣が交差するたび火花が散り、激しい音色が一定のリズムを刻む。

 お互いに相手の力量を探るように、私たちは簡単な自己紹介をおこなってね。

 

 

 ふむ、ビスタルームで私たちのことを見ている人間からすれば、その試合は退屈だったかもしれない。

 グランゼコールのように派手でもなく、そしてラッペランタのように華やかでもない。

 しかし、それでもこのときの私は彼女に圧倒されていた。

 

 

 それは彼女の実力を甘く見ていたこと、そして昨日の戦いであの能力を使ったせいだ。

 確かに彼女の速さには驚かされたが、それでも普段の私ならばなんの問題もなかっただろう。

 事実、私の目にはその姿がハッキリと映っているし、この距離ならば剣に彫られている紋章だってわかる。

 

 

 だから私自身は彼女の動きよりも早く、そしてその剣捌きも圧倒しているつもりなのだ。

 それなのに今の私は追い詰められ、このような姿を晒すはめになっている。

 

 

 自分の体だというのに力が入らず、どうしても反応が遅れてしまう。

 彼女の方も徐々にその剣速を上げていき、気がつけば攻撃を防ぐので精一杯でね。

 私の頬を掠めたそれが、そのまま私の服を汚して地面を染める。

 

 

 全く、試合が始まる前と今では別人だな。

 小動物のように震えていた彼女が、今は生き生きとした表情で剣を振るっている。

 彼女が口下手なことは知っていたが、こんな好戦的だとは思わなかった。

 

 

 

「ふむ、だったら戦い方を変えてみようか」

 

 

 私は彼女の剣を避けると同時に、その勢いを利用して脇腹を狙う。

 このままでは彼女に押し切られるし、そもそも剣術というものが私は苦手だ。

 だからいつも通り強引な手段で、この小動物を黙らせようと思ってね。

 

 

 私は痛む体を無理やり動かして、そのまま蹴撃を放つと剣を弾く。

 身体能力に関しては私の方が上であり、これならば剣で防ぐこともできないだろう。

 たとえ私の体が消耗していたとしても、この体勢なら避けられる心配もない。

 

 

 

「ふざ……けないで」

 

 

 ただ、ここで私は致命的なミスを犯した。

 それは彼女が奉天学院の生徒であること、つまりは体術に関する心得もあるという点だ。

 私は奉天学院がどんな学校であるのか、それを知っていたというのに忘れていた。

 

 

 剣術は最高の武器であり、体術は最高の盾である。……なるほど、奉天学園の生徒は確かに強い。

 まさか私の攻撃に合わせて体をひねり、あの体勢からカウンターを決めてくるとは思わなかった。

 おかげさまで私の方が体勢を崩し、そこをこの小動物に狙われてしまった。

 

 

 綺麗に決まった一撃は私を吹き飛ばし、そのまま冷たい地面へと叩きつける。

 私はその無駄に大きな天井を見ながら、少しの間立ち上がることができなくてね。

 

 

 

「こんな……私はそんなあなたと戦うために、全てを捨ててここへ来たんじゃない!」

 

 

 そして全てを理解した私は舌打ちし、目の前の女を全力で潰そうと決めた。――まあ、全力といっても今の私は本来の半分……いや、三分の一ほどしか戦えないだろう。

 だが、今の一撃で彼女の弱点がわかったからね。

 

 

 それを弱点と呼んでいいのかわからないが、少なくとも普段の私なら真っ先に排除する方法だ。

 しかし、今はそれ以上の案が思いつかなくてね。なんとも情けない限りではあるが、ここは主人公君を見習うとしよう。

 

 

 

「あのとき、私は本当に惨めで情けなかった。

 御父様の言葉を信じて疑わず、どれだけ恥知らずなことをしているかも気づかなかった。……ええ、それすらもわからずあなたを傷つけてしまった」

 

 

 私たちは正面からぶつかり合い、相手の顔を見ながら言葉を交わす。

 互いの息遣いがわかるほどの距離で、冷たい感情を間に挟んで剣を振るう。

 私は彼女の攻撃を防ぎつつ機会を伺い、彼女は一方的な感情をぶつけてくる。

 

 

 やはり御姫様に似ているというか、この状況でそんなことを言われてもね。

 彼女が口下手なことはわかっていたが、ここまでくると一種の才能である。

 私は他人事のようにその言葉を聞きながら、彼女の攻撃に合わせてもう一度剣を弾く。

 

 

 

「だから私は、私なりのやり方であなたを引き抜いてみせる。

 あなたは私のことを恥知らずな人間だと、そうあのとき言いましたよね。

 だったらその言葉を後悔させてみせる。あなたの中にある私というイメージを、必ずや払拭してこの試合に勝利する――」

 

 

「そうか、じゃあやってみろよ小娘」

 

 

 先ほどと同じように脇腹を狙い、彼女もそれに合わせてカウンターを放つ。

 彼女の反応は私の予想通りというか、その一撃はさすがに堪えたよ。

 ある程度の痛みは予想していたが、まさかこれほどのものとは思わなかった。

 

 

 しかし、それでも私の動きを止めることはできない。最初のそれとは違って、私もカウンターがくるとわかっていたからね。

 だから先ほどのように惨めな姿を晒さず、こうして彼女との距離を保っている。

 

 

 彼女の方は私が耐えたことに驚いていたが、今更気づいてももう遅い。

 なぜなら今の彼女はとても無防備であり、私の攻撃を防ぐことができない。

 彼女のカウンターさえ耐えてしまえば、後はその一撃を叩き込むだけ――ここからは消耗戦といこうじゃないか。

 

 

 私の一撃は彼女の脇腹をとらえて、その衝撃に彼女は大きく後退してね。

 持っていた剣を地面に突き刺して耐えたものの、顔を上げた彼女はとても辛そうだったよ。

 ふむ、しかし今の一撃で私の狙いというか、なにを考えているかは伝わっただろう。

 

 

 

「さあ、ここからが本番だ」

 

 

 要するに野蛮なチキンレース。これから始まるのはただの消耗戦であって、やっていることは子供の喧嘩と変わらない。

 本来であれば体力の消耗しているほう、つまりは私の方が不利だ。しかし、私は彼女の攻撃を食らって確信したのさ。

 それは彼女の攻撃があまりにも軽いということ。確かに彼女の速さは脅威だが、その一撃は今の私でも十分耐えられる。

 

 

 これが主人公君や別の誰かであったなら、私も違うやりかたを選んだだろう。

 そもそも彼女の戦い方は私とよく似ており、魔法を使わずに戦うところなどほぼ同じだ。

 

 そして私たちが同じタイプであるなら、彼女の上位互換である私は負けないだろう。

 なぜなら彼女の目指している強さとは私であり、私こそが彼女の完成形でもあるからだ。

 

 

 彼女の強みはその驚異的な速さであって、同等の力をもつ者と戦うのはおそらく初めてだろう。

 確かに彼女の剣は私よりも鋭く、柔軟で応用が利くかもしれない。

 しかしこの程度であれば十分対処できるし、私に致命傷を与えることは難しい。

 

 

 

「確かに君は速いかもしれないが、別に追いつけないほどでもない」

 

 

 教科書通りの攻撃では体力を消耗するだけで、私の防御を突破することはできない。

 そして先ほどのような攻勢をしかけても、彼女にとっては最悪の消耗戦が待っている。

 だから彼女に残された道は二つ。神様に祈りながら剣を振るい続けるか、又は勝機の薄い消耗戦を受け入れるかだ。

 

 

 私はもう一度彼女の剣を弾くと、そのまま先ほどと同じように攻撃してね。

 おそらくカウンターが飛んでくるだろうと、そう思っていたが現実は違っていた。

 まさか右足で私の攻撃を防ごうとするなんて、さすがの私も苦笑いしかできなかったよ。

 

 

 全く、主人公君が見たら青ざめるだろうね。

 私の攻撃を食らったことがあるなら、絶対にガードしようとは思わなかっただろう。

 事実、私の攻撃は彼女のそれをもろともしなかった。

 

 

 

「申し訳ないが、私の一撃は君のそれとは全く違う。

 だからそんな風に防ごうとしても、傷口を広げるだけでなんの効果もない」

 

 

 無理なガードでバランスを崩した彼女は、その勢いを殺すことができなかった。

 吹き飛ばされた彼女はその場で吐血し、ガードした右足は内出血を起こしていた。

 

 

 

「まだよ……まだ、私はこの程度で諦める女じゃない!」

 

 

「そうか、その言葉が強がりでないことを期待しているよ」

 

 

 さて、ここからは私も攻勢にでようか。あの足では動けないだろうし、なにより私の一撃をあの体で二度も受けたのだ。

 既に勝敗は決しているものの、ここからどうのように動くかが難しい。

 そもそもこの女をどうやって降参させるか……ふむ、取りあえずは彼女の体力を奪うとしようか、さすがにこれ以上長引くのはごめんだからね。

 

 

 私は彼女に合わせて剣を振るい、できるだけその感情を揺さぶる。

 正面からぶつかり合ったかと思えば、すぐに違う角度から彼女を攻めたてる。

 前後左右。彼女の長い髪の毛を利用して、ありとあらゆる角度から攻撃する。

 

 

 どこからくるのかわからない攻撃に、彼女はその神経をすり減らす。

 長い髪の毛が彼女の視界をさえぎり、黒く変色した右足が動きを制限する。

 さすがに気の毒ではあるが、私の体も悲鳴をあげているのでね。

 

 

 ここは利用できるものは利用して、彼女をできるだけ追い詰めるとしよう。

 私の攻撃に翻弄される彼女だったが、その瞳は相変わらず綺麗なままでね。

 これだけ一方的だというのに、まだ諦めていないとはさすがだよ。

 

 

 

「私は自分が女として生まれたこと、それを今日だけは嬉しく思う。

 あなたが私のことをどう思ってるかはしらないけど、あんまりリュトヴャク家を舐めないでほしい」

 

 

 だから……というわけではないが、私はギリギリでその攻撃を避けることができた。

 いや、それを避けたと表現するのは正しくないだろう。事実、彼女の剣は私の肩を貫いていたからね。

 

 

 ただ、自分の髪の毛をなんの躊躇いもなく、根元の方から一気に切り落とすとは思わなかった。

 おかげさまで私は反応するのに遅れて、舞い散るそれに視界を塞がれてしまった。

 そしてその僅かな間を彼女は利用し、持っていた剣を私へ投げたのである。

 

 

 おそらく普通に攻撃しては避けられると思って、私の利き腕を潰すためにやったのだ。

 なんともまあ……やってくれるじゃないか、持っていた刀が血だまりの中へと沈み、着ている服が内側から真っ赤に染まる。

 

 

 私は右肩のそれを強引に引き抜くと、そのまま後ろの方へと投げ捨ててね。

 利き腕を潰されはしたが、彼女から剣を奪い取ることができた。

 確かに余裕があるとはいえないが、それでも主導権は私が握っている。

 

 

「最初からこれを狙っていたなら、私は君のことを勘違いしていた。

 まさかあの状況で利き腕を潰されるとは、君の度胸は称賛に値する」

 

 

 だからここから先は剣ではなく、純粋な殴り合いで決着をつけよう。

 彼女には申し訳ないが、こうなったら最後まで付き合ってもらう。

 

 

 

「だからこそ忠告しておくが、できるだけ早めに降参したほうがいい。

 私は君のような人間が嫌いではないし、できれば傷ついてほしくない」

 

 

 私の忠告に彼女は少しだけ考えていたが、すぐにその拳を構えて言葉を返す。

 髪の毛が短くなったことで年相応というか、少し幼くなった彼女は嬉しそうに笑ってね。

 

 

 

「申し訳ないですが、それだけは絶対に嫌です」

 

 

 このときの彼女がなにを喜び、そしてなにを考えていたかはわからない。

 しかし彼女は気づいていたはずだ。剣を奪われた時点で勝ち目がないこと、そしてこの戦いに意味がないこともね。

 

 

 

「だって、私はまだ戦えますから」

 

 

 私の悪意が彼女の体を黒く染め、その心にある種の恐怖を植えつける。

 彼女は私という存在に脅えながら、それでも諦めようとはしなかった。

 どれだけ倒れても立ち上がり、どんな状況であっても最善を尽くす。

 

 

 彼女が立ち上がるたびに私は苦笑いし、彼女が拳を振るうたびに舌打ちする。

 そして……ああ、そんなことをどれくらい繰り返しただろうか、いつの間にか私の方が限界を迎えていたよ。

 

 

 

「そろそろ降参してくれないか、さすがの君もいい加減気づいただろう。

 これ以上戦っても勝機はないと、このままでは取り返しのつかないことになる」

 

 

「い……や、です」

 

 

 全く、馬鹿もここまでくると一種の才能だな。どうしてそこまで意地を張るのか、私には理解できそうもなかった。

 今にも倒れそうだというのに意地をはり、彼女の拳にはなんの力も入っていない。

 

 

 

「そうか、じゃあしょうがない」

 

 

 私は彼女の攻撃を受け止めると同時に、そのまま右腕を掴んで引き寄せる。

 そしてその瞳を確認するとため息を吐いた。……なんというか、あれだけ痛めつけたのに彼女のそれは綺麗なままだった。

 

 

 

「降参……なんて、絶対にいや」

 

 

 だから私は全ての可能性を考慮しつつ、もう一度優先順位を確認してね。

 そのうえで二つの事象を天秤にかけて、どちらの方が有用であるかを考えた。

 

 

 教皇様から与えられた仕事と、それを選んだ際の利点を計算する。

 そして、そうやって導きだされた答えに私は納得した。

 そもそもそれ以外の選択肢は存在せず、優先すべきは会社の利益であって私の感情ではない。

 

 

 

「リュドミラ=リュトヴャク、君に最大級の称賛を送ろう。――私の負けだ」


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