邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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悪の組織は少女で遊ぶ

 全ては彼女という人間を甘くみていたこと、私自身の判断ミスが大きな原因である。

 さすがにこれ以上は付き合いきれないし、なにより肩からの出血が思いのほか酷い。

 このままでは彼女が諦めるよりも先に、私の方が倒れてしまうかもしれない。

 

 

 ふむ、それならばそのような姿を晒す前に、この状況をできるだけ有効活用しよう。

 私が棄権することで彼女……ではなく、この試合を見ているだろう彼女の父親に恩を売る。

 

 

 これで彼らは更に関心を示して、他の派閥も私との関係を勘違いするだろう。

 王党派は私を引き留めようとするだろうし、残りの派閥もこの機会に接触してくるかもしれない。

 敢えて敵対する派閥に恩を売ることで、全ての派閥が私の真意を探ろうと躍起になる。

 

 

 私に与えられた仕事は四城戦に優勝することと、私という人間を各派閥に売りこむことだ。

 相手を降参させるというのはスロウスからの助言、私を売り込むという手段であって目的ではない。

 前者に関しては既に優勝が決まっているし、後者に関してはここからが重要である。

 

 

 表面上は彼女の力量に感銘を受けて、これ以上傷つけたくなかったと思わせる。

 しかしその裏では各派閥に対する駆け引き、私という人間を少しだけ誤解させるのさ。

 後は個別に対応してできるだけ引っ張り、各派閥との関係を均等に保てばいい。

 

 

 

「なっ……なぜ」

 

 

「理由かい? 理由は……そうだな、私は本当に君のような人間が嫌いではない。

 君の戦い方はとても合理的で躊躇がなく、そこら辺の学生なんかとはレベルが違う。

 少し女の子らしさに欠けるかもしれないが、それでもそういったところが私は好きだ」

 

 

 突然のことに頭が混乱しているのか、彼女は私の服を掴んで顔を上げる。

 私はそんな彼女の頭を撫でて、適当な言葉で誤魔化しつつ時間を稼いでね。

 取りあえずはできるだけ自然に、彼女という人間を私の 人脈(ネットワーク)に組みこもう。

 

 

 世襲派軍閥のトップ、リュトヴャク家の次期当主という肩書きは大きい。

 それこそなにかしらの役にはたつだろうし、ここで切り捨ててしまうのはあまりにも勿体ない。

 だから適当な笑顔と共に、彼女が欲している言葉をプレゼントする。

 

 

 

「おめでとう、君はこの私に勝ったのだ。

 もう二度と君のことを恥知らずだなんて、そんな風に罵ったりはしないと約束しよう。

 本当に申し訳なかった。リュトヴャク家の人間がこれほどものだったとは、私は君のような女性と戦えて嬉しく思う」

 

 

 今にも泣き出しそうな顔をして、どこか誇らしげに彼女は微笑んでね。

 私の言葉に一喜一憂する彼女を見ながら、やはり子供というのは扱いやすいと思った。

 

 

 

「で、では!」

 

 

「悪いが、それとこれとは話が別だ。

 しかし……そうだな、もしももう一度私に勝てたら、そのときは君の言うことをきいてあげよう」

 

 

 後はどうやって彼女との繋がりを保つか――ふむ、あまりこういうのは好きじゃないが、私は魔道具という名の便利グッズを使ってね。

 その中から彼女でも使えそうな武器、少し大きめのそれを地面に突きさしたのさ。

 

 

「これはその証というか――まあ、私に勝利した君へのプレゼントだ」

 

 

 見た目とは違って羽のように軽いそれは、ため息がでるほど洗練されていた。

 もとは会社の保管庫にあったもので、研修期間を終えた際に渡されたものの一つでね。

 要するにただの消耗品というか、私はこういったものを大量に持っていた。

 

 

 これはクロノスのように特別な武器でもなく、ただ単に切れ味が良いだけの武器だ。

 だから消耗品としては使い勝手がいいし、なによりプレゼントとしても使えるからね。

 

 

 

「今日は私にとって素晴らしい一日だった。個人的にはもう少し話したかったが、それは次の機会にとっておくとしよう」

 

 

 私は会場を離れるとそのまま医務室に向かい、怪我の治療を名目に閉会式には顔をだなさかった。

 このときの私はそれどころではなかったというか、できれば四城戦に関する報告書をまとめたくてね。

 まさかこの世界でもデスマーチをやるはめになるとは、屋敷に戻ったらペンを片手にコーヒーでも飲もう。

 

 

「さて、後は小学生にでもできる簡単な御仕事だ」

 

 四城戦最終試合、奉天学院との大将戦はこうして終わったのである。

 

 

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※※※※※※※※※※

 

 

「一応確認しておきますが、その晩餐会に遅刻することは許されません。

 たとえどんな理由があったとしても、必ず迎えにきた馬車に乗ってください」

 

 

 四城戦が終わってから数日後、私たちはもう一度あの生徒会室に集まっていた。

 私はヨハン君の横でその話を聞きながら、その場にいた誰よりも困っていたと思う。

 

 

 

「そっか、この国の人が大勢参加するパーティーか――」

 

 

 四城戦に優勝した私たちを招いて開かれるそれは、この国の王様も出席するらしい。

 私たちは学園側が用意した馬車に乗って、その晩餐会が開かれる御城へと向かい、そして今回の優勝を大勢の人に祝福される。

 

 

 生徒会長さんはどこか誇らし気に説明していたけど、私は苦笑いすることしかできなかった。

 だって私は生徒会長さんやターニャちゃんとは違うから、レムシャイトとは仲が悪いササーンの人間だもん。

 私みたいなよそ者がそんな場所にいたら、それこそ彼女たちに迷惑がかかるかもしれない。たとえ二人が気にしないとしても、彼女たちの周りが嫌がるだろうと思った。

 

 

 

「当日はドレスコードですが、あまり気にせず普段通りでお願いします。

 帰りの馬車は学園の方で手配しますので、そこまで長引くことはないでしょう」

 

 

 それに今の私はドレスを持っていない。一応お姉ちゃんから貰ったお金があったけど、新しいドレスを買おうにもお店を知らなくてね。

 ターニャちゃんにでも聞けばよかったのに、結局なにも言えないまま話は終わっちゃった。

 

 

「ほう、珍しく元気がないようだな」

 

 

 ターニャちゃんたちが部屋を出て行った後、ヨハン君はいつもの口調で揶揄ってくる。

 その視線が私の尻尾に向けられていたこと、そして意地悪そうなその笑顔にちょっと安心した。

 だって奉天学院との試合が行われる前、御城で会ったときの彼は本当に怖かったもん。

 

 

 アルフォンス君から事情は聞いていたけど、それでも話しかけることができなかった。

 四城戦が終わってからは顔も出さず、そのせいで何度もお弁当を作りすぎてね。

 せっかく作ったものを捨てるのも勿体ないし、いつものテラスで生徒会の友達と一緒に食べてた。

 

 

 

「ヨハン君はいいよね。だって、私みたいな耳や尻尾がないだもん」

 

 

「そうか? 私は耳や尻尾が可愛いと思うし、なによりそんな特徴も含めて一つの個性じゃないか。

 君がなにを気にしているかは知らないが、その程度のことで落ちこむ必要などない」

 

 

 あぅ……そんな風に言われると反応しづらい。

 自分でも顔が熱くなるのを感じるというか、こんな恥ずかしいことを平然という辺り、この人は馬鹿なんじゃないかと思ったりもする。

 私はヨハン君の言葉に赤くなりながら、今にも暴れだしそうな尻尾を押さえつけてね。

 

 

 代表戦のときも同じようなことがあったけど、今度は両手を使って必死に誤魔化した。

 あのときもそうだったけど、人は恥ずかしさだけで死ぬことができる。

 だから私はできるだけ気づかれないように、これ以上ないというくらい頑張ったの。

 

 

 

「ああ……それと、こんなことを君にいうのも変だが、明日の予定が空いているなら私の買い物に付き合ってほしい。

 明日はこの学校も休みだから、ちょっとした気分転換兼ねてどうだろうか?

 そこまで長引かないよう配慮はするし、なにより君が望むなら途中で帰っても――」

 

 

「行く!絶対に行く!」

 

 

 うん、無理だった。その言葉を聞いた瞬間私は死んだ。

 気がつけば私の椅子は倒れてて、自分でもびっくりするくらいの声をだしてた。

 

 

 

「そっ……そうか、それなら君の家まで迎えに行こう。合流する時間は君に合わせるよ」

 

 

 尻尾を押さえることすら忘れて、私はヨハン君に詰め寄っていたの。

 だってあのヨハン君が買い物に誘ってくるなんて……その、あまりにも予想外だったというか、また私を揶揄っているんじゃないかと思ってね。

 だけど、いつまで経ってもそれを否定しないから、私も自分の感情を制御することができなかった。

 

 

 だってヨハン君と一緒に買い物するなんて、それじゃあまるでデッ……デートとみたいじゃん。

 今まで学校の外で一度も会ったことがなくて、カップルらしいこともしたことがなかったけど、これで少しは進展するかもしれない。――しれない?……いや、する! 絶対させてみせる!

 

 

 私の勢いに彼は苦笑いしてたけど、ここまできたら尻尾なんてどうでもよかった。

 ここにターニャちゃんたちがいなくてよかったと、そう心の底から思ったよ。

 私は開いている時間を彼に伝えて、そのまま急いで生徒会室から出て行く。

 

 

 このままヨハン君と一緒にいたら、私の尻尾は千切れてしまうと思った。

 廊下に響く足音はとても軽やかで、窓ガラスに映った私の顔は真っ赤でね。

 なんて言うか、今まで一番だらしない顔をしていたと思う。

 

 

 

「くふ、明日はヨハン君と一緒にお買い物」

 

 

 その後の授業はあんまり覚えていない。気がつけば私は自分の家にいて、小さなクローゼットに顔を突っ込んでいた。

 足元には残念ながら予選落ちとなった服、ベッドの上には決勝に進んだものが置かれてね。

 最近買った姿見の前で何度もチェックして、そうやって明日の勝負服が決まったの。

 

 

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「おや? 少し早めに来たのだが、もしかして遅れてしまったかな?」

 

 

「全然、大丈夫! 私が出てきたのも少し前だし、ヨハン君はなにも気にしなくていいよ!」

 

 

 言えない。一時間も前から待ってたなんて言えない。

 シアンちゃんが運転する馬車でやってきた彼は、いつもとは少しだけ雰囲気が違っていた。

 たぶん見慣れた学生服じゃなくて、お互いに私服を着ていたからだと思う。

 

 

 学校にいるとき少し遠くに感じるけど、今はお互いの肩が触れ合うほどに近い。

 こんな彼を知っているのが私だけだと思うと、ちょっぴり嬉しかったりもする。

 こうやって見ればヨハン君も私と同じ、ただの学生にしか見えないから不思議だ。

 

 

 

「四城戦ではよく頑張ったな。個人成績で言えば二勝一敗だか、一年生でそこまでやれれば上出来だろう。

 君は代表選手としての役目をしっかりと果たした。だから学生たちは当然として、教員たちも君のことを認めるはずだ」

 

 

 御者台にいるシアンちゃんは別として、この空間だけは誰にも譲りたくなかった。

 軽快な蹄の音と心地良い振動、あのヨハン君が照れくさそうな顔をしている。

 もしかして慰めているのかな? ここ最近は本当にいろいろなことがあったから、ヨハン君とこうやって話すこともなかった。

 

 

 

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。

 私には生徒会長さんやターニャちゃんだっているし、最近は生徒会にいる子とも仲がいいしね」

 

 

 最近の学校は本当に楽しい。だけどその楽しさを実感するほどに、私の中である感情が芽生え始めていた。

 それはお姉ちゃんに対する罪悪感であり、なにもできない自分へ対する怒りだと思う。

 あのとき、私は医務室の中でお姉ちゃんとたくさんのお話をした。

 

 

 どうして突然いなくなったのか、なんでヨハン君と一緒にいるかもそのとき知ってね。

 私は自分がどれだけ馬鹿だったか、それ知って物凄く後悔したことを覚えている。

 

 

 

「そうか、では近いうちに私の屋敷に来るといい。

 実はセレストが君に会いたがっていてな。君の話を聞けば彼女も安心するだろうし、なにより君自身も彼女と会いたいだろう」

 

 

「でも……その、いいの?」

 

 

 やっぱりヨハン君は凄いと思う。だって私以上に私のことをわかっているから――こんなことを言うのも変だけど、その妙に鋭いところがちょっぴり苦手だった。

 勿論お姉ちゃんとは会いたかったけど、それでヨハン君に迷惑がかかるなら我慢しようと思った。

 

 

 

「気にするな。毎日というわけにはいかないが、それでも月に数回程度であれば問題ないだろう」

 

 

 だけど、それすらも彼は見抜いていたの。ヨハン君は呆れたように笑いながら、それ以上なにも言わなかった。

 静かな空間の中でなにをするわけでもなく、彼は嬉しそうに窓の外を眺めていた。

 私はそんな横顔を見ながら、この陽だまりのような空間で小さく笑ってね。

 

 

 彼は他の人と比べて口数が少なく、あまり冗談をいうタイプでもないけど、私はそんなところも含めて彼が好きだった。

 だからこの空間はとても居心地がいい。ヨハン君を独り占めできる小さな空間、私にとってこれ以上の御褒美はないもの。

 

 

 

「ご主人様、着きましたです!」

 

 

 だけど、そんな空間もいつかは終わる。聞こえてきたシアンちゃんの声に、私は少しだけ残念に思っていた。

 もう少し遠回りしてくれてもよかったのに……なんて、そんな風に思っている自分がいた。

 

 

「え? ここって――」

 

 

「ジークハイデンさんに聞いたら、獣人もののドレスはこのお店にしかないらしい。

 一応彼女たちにも協力してもらって、今日はこのお店を貸し切ってもらった。

 だから周りの視線など気にせず、君が満足するものを探すといい」

 

 

 ショーウィンドーに飾られた綺麗なドレス、大きな看板が私たちを迎えてくれる。

 目の前には人が良さそうな店員さんと、嬉しそうに笑っているターニャちゃんがいてね。

 

 

「でも私、そんなに持ってきて――」

 

 

「確か君の誕生日は来月だったな? うむ、だったら少し早めの誕生日プレゼントだと思ってくれ」

 

 

 言葉がでなかった。私のためにここまでしてくれるなんて、変な勘違いをしていた自分が恥ずかしくてさ。

 だからその恥ずかしさを隠すように、ヨハン君の手を強引に掴んで中へと入っていく。

 これは私たちにとっての大きな一歩。彼が来ないのなら私の方からいこうと、そう決めてターニャちゃんに微笑んだの。


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