邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
悪の組織と愉快な仲間たち
あの晩餐会が終わって数日がたち、いつの間に肌寒い季節となった。
その日の私は報告書をまとめながら、テーブルのコップに手を伸ばしてペンを走らせる。
窓の外は黒く塗りつぶされ、軽快な音がこの空間を支配する。
普段であれば既に寝ているのだが、やはり仕事を残したまま休憩するのは居心地が悪い。
私は新しい紙を取り出しながら、晩餐会でのやり取りを思いだしていた。
「ん? こんな時間に誰だろうか」
コン、コン、コン――ドアをノックする音と人の気配、それは本当に突然のことだった。
おそらくはセレストだろうが、なにか問題でもあったのだろうか。
私は持っていたペンを置くと、そのまま用件だけ聞こうとしてね。
しかし、ドア越しから聞こえてきた声に、思わず固まってしまった。
目の前のドアがゆっくりと開かれ、そこから見慣れた顔が現れる。
それは人魔教団の要であり、私たちと同じ本社勤めの人間――そう、
「ラース様、夜分遅くに申し訳ありません。ですが、至急黒円卓の間までお越しください。
これは教皇様直々の御命令であり、既に他の方々も向かっております」
淡々と話すところは相変わらずだったが、それでもなんとなく状況は理解した。
そもそもこんな時間に呼びだしたこと、他の者も招集したことからもわかる
これでみんな仲良くピクニック……なんて、そんな馬鹿げた話ではないだろう。
おそらくはなんらかのトラブル、しかもその内容はかなり大きいものだ。
一応なにが起こっているのか、私はその説明を彼に求めたがね。
しかし、返ってきた言葉は予想通りだった。
「申し訳ありませんが、今の私にはそれを言う権限がありません。
私の役目はラース様をお連れすること、詳しいことは黒円卓の間でお聞きください」
黒円卓の間、それは本社にある大きな会議室でね。
某物語に出てくる有名な話、そのときの挿絵でも思いだしてほしい。
部屋の中心には黒くて仰々しいテーブル、そしてその周りには十三……ではなく、七つの席と七つの
よくわからない生き物の剥製に、見るだけで気持ち悪くなる絵画、そして壁に掲げられた大剣。
私の覚えている内装はそんなものだが、個人的にはあんなゴミではなく、できればリンゴマークのタブレットが欲しかった。
「なるほど、ではスロウスさんにでも聞くとしましょう」
仕事の話をするのに不必要なものばかり、あれならトイレットペーパーの方がマシである。
個人的にはホワイトボードも一つでも欲しかったが、それをこの世界に求めてもしょうがない。
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「さて、突然のことにみんな驚いていると思う。
今回君たちに集まってもらったのは、ちょっとしたトラブルが起こったからだ」
七つの席は三つが空席で、部屋の中には私も含めて四人の大司教がいた。
スロウス、プライド、そして
「一応この国にいる全ての者に声をかけたが、まさか全員来るとはね。
詳しい話はこの事態を招いた当事者、プライドの口から説明してもらう」
そう言って口を開くのは私の横にいたスロウス、てっきり教皇様が話を進めると思ったが――なるほど、この様子だとスロウスに一任したのだろう。
しかし定例会にも顔を出さないエンヴィーまでくるとは、これに関してはスロウスの言う通り驚いた。
まさか彼?もこの国にいたとは、この機会にエンヴィーと話すのも悪くない。
このときの私はトラブルの内容よりも、離れた席に座るエンヴィーが気がかりだった。
一度だけスロウスが言っていたが、エンヴィーはグラトニーと同期らしくてね。
あまり本社には顔を出さないが、その力は私たちの中で最も強烈らしい。
だからこそエンヴィーがどういう人間であるか、最低限その性別くらいは知っておきたかった。
私の視線はエンヴィーに注がれていたよ。プライドがその口を開き、そしてその言葉が私の耳に届くまでは……ね。
「俺の正体が知られた。相手はあの死にぞこないども、トライアンフの連中だ」
その言葉を聞いた瞬間、私がどれだけ喜んだかは言うまでもない。
プライドの言葉に部屋の空気が張りつめ、エンヴィーに至っては殺気を放ってね。
スロウスは呆れたように肩を落とし、そして私は目の前の間抜けに拍手を送る。
「状況は最悪だ。サラマンダーが管理していた裏帳簿、それをあいつらに盗まれた。
あれには俺たちが殺してきた要人、そしてギルドの内情が書かれている」
いいじゃないか、これ以上ないというほど最高だ。
大きな鴨が九条ネギを片手に、それこそコンロや調味料まで持ってきた、
今日の御飯は鴨鍋……もとい、トカゲの裏帳簿煮込みである。
傲慢な彼らしいというか、いずれそうなるとは思っていた。
おそらくは教皇様にでも泣きついて、彼の代わりにスロウスが一任されたのだろう。
表向きは教皇様の命令という形で、それならばこの状況も納得である。
「元々は俺の部下だった女、シチーリヤが管理していたんだがな。
だがあの女が俺を裏切り、帳簿を持ちだしてトライアンフにつきやがった。
こっちで女の方は殺したが、肝心の帳簿は見つからなくてな。このままだとトライアンフの連中が俺を告発するだろう」
そこから先はプライドが説明し、そしてスロウスがその補足を入れる。
要するに信じていた部下に裏切られ、大事な情報を売られたということだ。
トライアンフとは前々から仲が悪く、彼らはプライドのことを調べていた。
そのときに裏帳簿の存在とそれを知る女、シチーリヤに辿り着き彼女を説得したそうだ。
哀れなプライドは部下に裏切られ、その女が逃げだす前に殺すことには成功した。
しかし肝心の帳簿は彼らの手に渡り、もはや一刻の猶予もないらしい。
シチーリヤの他にもいた帳簿のことを知る人間、これに関しては教皇様の指示で殺したそうだ。
ただプライドの右腕である冒険者、ベナウィについては殺していないらしい。
その辺りは教皇様も知っているそうで、この男に関しては許可をもらったそうでね。
「だからこそトライアンフのギルドマスター、そしてその幹部と
お前らに来てもらったのは他でもない、奴らを殺すのに人手が足りなかったからだ。
サラマンダーの連中を使ったら足がつくし、なにより色々と面倒だからな」
この辺りはスロウスが説明してくれたが、その中にはトライアンフ最強の冒険者、緋色の剣士と呼ばれる女がいるそうだ。
この女は教団と何度もいざこざを起こし、その度に生き残っているらしい。
ふむ、スロウスや周りの雰囲気から察するに、全員その女を知っているのだろう。
プライドは眉間にしわが寄り、スロウスはため息をこぼしていた。
「では、ここから先は私が説明します。
トライアンフのギルドマスターとその幹部、そしてカナリアの連中を殺すのは難しい。
それに今はトライアンフの創立祭、全ての冒険者が戻っている時期だ」
トライアンフはサラマンダーよりも小さく、その影響力も弱いそうでね。
しかし彼らのギルドは少し特殊で、一つの都市がそのままギルドとして機能している。
その都市はトライアンフと呼ばれており、彼らが管理する彼らの都市ということだ。
ギルド都市トライアンフ。中に住んでいる者の大半が冒険者、又はその家族か親類だそうでね。
辺境にあるそこは王都からも離れ、一番近い都市でも半日はかかるそうだ。
彼らは自分たちで畑を耕し、そして家畜を育てながら生活している。
完全な自給自足。冒険者たちが帰ってくることは少ないが、それでも年に一回だけ必ず戻って来る時期がある。
それが創立祭、トライアンフがギルドとして認められた日だ。
「都市を守る城壁は厄介ですが、それでも少数であれば問題ない。
帰ってくる冒険者にまぎれて都市に入り、邪魔者を殺して裏帳簿を回収する。
今回のことは教皇様も知っていますし、なにより私の方で兵隊も用意します」
なるほど、つまりスロウスが逃げ道や身代わりを用意し、私たちはギルドマスターやその幹部を殺す。
なんともわかりやすい構図ではあるが、この場合はあまりにも効率が悪い。
そもそも数千人という冒険者がいるなかで、特定の数人を殺せというのが難しい。
高い城壁に守られた都市、限定された空間で特定の者を殺す。――ふむ、それならもっといい方法がある。
私たちの力を存分に発揮し、そのうえで個人的な利益にも繋がる方法。
新参者である私が出世するために、ここはトライアンフを利用しよう。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたんだいラース?」
逆転の発想だよ。数千人の中から数人を殺すのは難しいが、数人のために数千人を殺すのは簡単だ。
この機会を利用しない手はない。私のカテドラルを増強すると同時に、邪魔者を排除して計画を進めよう。
「それならばいっそのこと、トライアンフの人間を皆殺しにしましょう。
城壁の出入り口を塞いだうえで、中にいる人間を殺してしまうのです。
女や子供、ペットや家畜に至るまで、そうすることで真実を知る者は口を閉ざす。
たとえトライアンフの他にこのことを知る者がいても、そこまですれば喋ろうとは思わないでしょう」
ギルド都市殲滅戦。こうして四人の原罪司教により殲滅戦、未曽有の大虐殺は決まったのである。
この事件を境にレムシャイトだけでなく、人魔教団も様変わりすることとなる。
後に黒い夜と並び称される事件、赤い月と呼ばれる一連の虐殺はこうして始まった。
「人魔教団の原罪司教、それが四人も集まれば問題ないはず。
都市ごと滅ぼしてしまえば、余計な禍根も残りませんしね」
たった四人しかいないこの部屋で、地図上から一つの都市が消えたのである。
この世界にやってきたしがないサラリーマン、その出世欲を満たすために彼らは死ぬ。
少し可哀想な気もするが別にいいだろう。彼らの墓標にはこの私自ら、素敵なジャンクフードを供えるとしよう。
ヒャッハー!次から本編が始まるぜー!