邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「殺しはしない。だけど、仲間と同じ痛みは味わってもらう」
なんともふざけた能力である。しかもこの能力に加えて、当の本人も私と同等かそれ以上だ。
剣技については比べるまでもなく、その速さにしてもほとんど変わらない。
彼女は空間の中から剣を取りだすと、それを私に向かって振り下ろす。
クロノスと同じようにすればいいものを、わざわざ剣を振るうのは不合理だがね。
おそらく頭では理解しているが、感情がそれを許さない。
仲間を殺された悲しみを、彼女自身の手で晴らしたいのだ。
私を死なせない程度に痛めつけて、そのうえである種の免罪とする。
それが誰に対するもので、どういった意図があるのかはわからない。
しかし、そうすることで自身の感情を発散し、さらには死んだ者たちにも弁解できる。
「綺麗な顔をして、なかなか面白いことを考えるじゃないか。
私はストレス発散の道具でもなければ、君に利用されるつもりもない」
「ええ……そうね。たぶんこれは個人的なわがまま、こうやって剣を振るうことに意味なんてない。
だけど、別にわがままを言ってもいいじゃない。私はあんたたちに仲間を殺され、帰るべき故郷すらも奪われた。
確かに、私はあんたを利用するつもりでいるし、それが許されないのもわかってるわよ。
でも、あんたは他の奴らとは違う……なんていうか、まだ戻ってこられると思う」
剣が交差するたびに火花が散り、心地よい殺気が二人を包む。
本来であれば決着がついているはずなのに、それでもこのような茶番が続いているのは、おそらく手加減しているからだ。
私の剣術が彼女と対等なわけがないし、なにより彼女にはまだまだ余裕がある。
「だから……ってわけじゃないけど、あんたが諦めるまで――私という人間を認めるまで戦わせてもらう。あんたには悪いけど、私はさっきの会話で確信したからね」
正論……いや、ここは王道と言うべきだろうな。
つまり目の前の女は、私がセシルにやったことを再現するらしい。
私を利用するために屈服させ、そのうえで利用するというわけだ。
全く、どれだけ綺麗な言葉を並べても、その本質は私の考え方と同じである。
彼女は剣術の指南でもするかのように、私との間で剣を振るい続けた。
その瞳から殺気が消えて、まるで見下すように……ん? みくだ……す?
「王都に行けば、トライアンフの支部がいくつかある。
そこには優秀な魔術師もいるし、あんたにかけられた洗脳も解除できる。
どんな術式かは知らないけど、そうすればあんたは本来の自分に――!?」
おや? ああ……そうか、彼女はこの私を見下していたのか。
道理でその瞳から殺気があふれ、その口調も攻撃的になったのだな。
いやはや、私としたことがお恥ずかしい限りである。
「どういうこと、さっきとはまるで別人みたいに――」
彼女の剣捌きが突然ゆっくりとなり、その動きにしてもキレがなくなった。
今ならば少し強引に攻撃すれば、彼女の首を切り落とせるだろう。
ただ、持っていた剣が力に耐えきれず、無数の破片となって砕ける。
私は彼女の剣を素手で掴むと、そのまま蹴撃を叩き込んでね。
驚く彼女を尻目に近くの剣を拾いあげ、接近すると同時に追い打ちをかける。
しかし彼女の能力によって召喚されたそれが、私たちの間に突然降り注いだのさ。
おかげさまで接近することができず、彼女の利き腕を削ぐことはできなかった。
しかし、咄嗟に投げたそれは彼女の肩を貫き、一応潰すことはできたので良しとしよう。
彼女の方は驚いているようだったが、そんな風に見つめられても困るよ。
「あんた、教団の奴らに一体なにをされて――」
――やっぱり教団の人間は信用できない。悪いけど、あんたにはここで死んでもらう。
替えの剣ならいくらでも刺さっているし、武器に困ることはないだろう。
彼女もやる気になったようだし、ここらへんでテストは終わりである。
ふむ、やはりこの女には想像以上の価値がある。少しばかり甘くはあるが、その能力と経験はかなりのものだ。
これなら私の計画に組み込めるし、パートナーとしても申し分ない。
私は新しい剣をつかみ取ると、そのまま突っ込んで剣を振るったよ。
ただ……ね、数回振るっただけで剣が折れてしまうので、少しばかりやりづらかった。
まあ、替えの剣はいくらでもあるので、その辺りは彼女の能力に助けられたよ。
彼女の方は相変わらず手を抜いているのか、剣捌きや動きにキレがなくてね。
徐々に切り傷が増えていき、その呼吸にしても荒くなっていた。
「くっ、一応先に謝っておくわよ――」
――その程度で私を倒そうなんて、まだまだ甘ちゃんね。
突然背中が重くなったような気がしたが、だからといって休憩するわけにもいかない。
彼女の剣を弾くと同時に、その勢いを利用してもう一度攻撃する。
今度は先ほどまで剣が突き刺さっていた傷口、利き腕のそこに打撃を加えてね。
更に近くの剣を拾いあげて、彼女の右足を切りつける。
もう少し追い詰めたかったが、私の背中がより一層重くなったせいで、最後の一撃は彼女に届かなかった。
どうしてこんなにも背中が重いのか、ふと気になった私がそこに触れてみれば、その元凶に指先が触れたのさ。
「あんた……もしかして人間やめたの?」
さすがに邪魔だったので引き抜いたが、自分でも不思議なくらい刺さっていたよ。
もはや見飽きたと言ってもいい。私の足元には血だまりができ、その近くに数本の剣が転がる。
私としてはなんの痛みも感じないので、どこか不思議な感覚だったが、目の前の彼女は明らかに違っていた。
「ごめん、もうあんたには手加減できそうにない。
殺しはしないけど、ある程度の覚悟はしてほしい」
彼女の言葉を皮切りに、私の周りに無数の光が発生する。
もちろんその全てがただの光ではなく、その中から剣の切っ先が顔をだしてね。
彼女の言葉を信じるならば、私を殺すつもりはないらしい。
しかし、これだけの量を受ければよくてひき肉、悪ければ原型も残らないだろう。
彼女自身それに気づいているのか、それともわかってやっているのかは知らない。
ただ、この状況でそんなことを言われても、さすがに無理があるとだけ言っておこう。
「ほう、これが奥の手かな?」
「ええ、だけど安心してほしい。
魔術壁を展開すれば死ぬことはないし、急所は狙わないと約束する」
四方に発生したそれは、確かに逃げ場などないだろう。
彼女が言う通り魔術壁を展開すれば、その勢いを相殺することもできるだろうが、生憎とそんな能力は持ち合わせていない。
私は魔法を使わないのではなくて、元々使えない人間だからね。
ただそれを説明したところで、彼女が信じるかどうかは別だ。
さすがに分が悪すぎるというか、おそらく時間稼ぎにしかならないだろう。
「そうか、では私も奥の手を使おう」
さて、こうなっては私も使わざるを得ない。
光の中から剣が飛びだすその瞬間、私はいつも通りそれを願った。
別になにかしらの呪文とか、くそったれな儀式は必要ない。
私がそれを願うだけで、世界はセピア色に染まるのである。
全てが停止した空間の中で、私はその感触を確かめながら歩く。
途中で近くにあった剣を引き抜き、目の前の彼女にプレゼントする。
その両手足を貫いたうえで、そのまま縫いつければそれで終わり。
彼女がクロノスにやったことを、飼い主である私が実行するのである。
世界がその輝きを取り戻したとき、彼女は初めて小さな悲鳴をあげた。
それは本当に小さく……とても弱弱しものだった。
私は磔となった彼女を見ながら、その首筋に剣を当てて忠告する。
もしもあの魔法を使おうとしたら、本社の受付に君の首を飾るとね。
「率直に言おうか、私は緋色の剣士と取引がしたい」
これは彼女にもメリットのある話だ。今回のトライアンフ殲滅戦は、元々私の地位を高めるためのものだ。
仮に数万人の民間人が殺された場合と、一人の権力者が死んだ場合、どちらの方が民衆は興味を示すだろう。
この場合は明らかに前者であり、トライアンフと交流のあった人間には大打撃だ。
権力者が一人死んだのであれば、その替えはいくらでも効くだろう。
しかし人間が数万人単位で死んだとなれば、それはもう一種の戦争と同じである。
国家に対する背信行為であり、経済的な損失は計り知れない。
では、この事件をスロウスは隠蔽できるだろうか? ハッキリ言おう、それは限りなく不可能に近い。
数万人の民間人、しかもその中には冒険者が大勢いるのだ。
仮に代わりの人間を犯人にしたてても、明らかにおかしいと子供でも分かる。
私の計画が採用されたということは、なんらかの考えがあるのだろうが、それも私の描いた筋書きには勝てない。
民衆はわかりやすい動機と、劇的な演出が好きだからね。
だから私は今回の件を利用して、とある人間を排除しようと考えた。
「君にプライドの命、クストファー=ドレイクの首をプレゼントしよう。
その代わりに私の計画、つまり新しいギルドを作ってもらう」
サラマンダーギルドのトップにして、原罪司教でもある男クストファー=ドレイク。
私と彼との確執は入社当初から大きく、そのせいで私はセレストを使えずにいた。
元々は完全な逆恨みなのだが、私には対抗する手立てがなくてね。
相手はこの国最大のギルドであり、私の方は二人の獣人とMADが一人である。
セレストの存在が知られれば、自動的に私の正体も明るみとなる。
その場合プライドがどのような行動に出るか、そんなのは今更言うまでもない。
だからこそ、私は代表戦の時からどうやって排除するか、そればかりを考えていたがね。
しかしここにきて、彼の方から私に口実を与えてくれた。
プライドの正体がトライアンフに知られ、それを処理するために私たちは動きだした。
ただ、ここで少しだけ視点を変えよう。……ふむ、聡明な諸君なら私の言いたいこともわかるはずだ。
要するに、この事件をプライドの単独犯ということにし、公に殺すことも許されるのである。
全ての虐殺を彼に肩代わりさせ、そのうえでプライドを殺せばいい。
そうすればサラマンダーギルドも無事では済まないし、多くの冒険者が仕事を失うだろう。
そこでトライアンフ――つまり彼女の出番というわけだ。
サラマンダーギルドの看板は汚れ、おそらくは解体されるだろう。
この世界に民事再生法があれば別だが、指定暴力団を相手に救済があるとも思えない。
そうなると職を失った冒険者の、その受け入れ先が必要となる。
たとえば……そう、哀れにも多くの冒険者を失い、そしてギルドマスターすらも殺されたギルド。
しかもそのギルドは仲間の仇を討ち、人魔教団に一矢報いた強者たちだ。
ここまで言えば私の考えていること、そして私の計画にも気づいただろう。
つまり――プライドを私と彼女で殺したうえで、トライアンフがサラマンダーギルドを吸収する。
こうすることで新しいギルドが生まれ、しかもその規模はこの国最大となる。
全ての功績を二人で分配し、私はたったの数カ月で大規模なギルドを手に入れる。
大義名分はこちらにある。被害者である彼女が先頭に立ち、プライドの情報は教団の人間である私が教える。
プライドを殺すことは簡単にできるし、その後の処理にしても問題ない。
その辺りはすでに別の計画があり、教皇様を納得させることも可能だ。
サラマンダーギルドを吸収するにしても、被害者であるトライアンフが許せば、後は彼女と私の交友関係を利用すればいい。
私は御姫様とリュトヴャク家に働きかけ、彼女はギルド同士の繋がりを利用する。
最悪、彼女と仲の良い王族とやら引き込み、強引に話を進めるもいいだろう。
正当性はこちらにあるし、トライアンフを潰すくらいなら、彼らも私たちの誘いに乗るはずだ。
「私には大義名分がいる。全てが正当化されるために、君という旗が必要なのだ」
全てがうまくいけば、新しいギルドが誕生する。
この国最大のギルドにして、二人の英雄を有する巨大なギルドだ。
ギルド同士の繋がりを考えるなら、彼女をギルドマスターにした方がいいだろう。
私は裏方として都合の良い時だけギルドを利用し、その情報網を活用させてもらう。
一からギルドを作ろうと思えば、それだけ時間と労力がかかるが、既存のものを利用するなら話は簡単だ。
私は邪魔なライバルを排除し、さらにその
どうせなら黒い夜に関する罪も負わせて、メディア=ブラヴァツキーの信頼も勝ち取ろう。
地位を、名誉を、そして邪魔者を排除するのである。