「・・・・・・!」
カインはすぐにその場から立ち上がり、目の前のカスティエルと名乗った男と距離をとり、剣を構えた。
「そう警戒しなくていい、私はお前の敵ではない」
そう言って男は両手を上げて敵意が無いことを告げるがカインは警戒をとくことはしなかった。
「これまでにも人の言葉を話す奴とは何度かあったが、そいつらは例外なく襲いかかってきたがな」
カインはこの世界に堕ちてから、人間に似たやつらとも出会ったが、やることは他の化け物たちと同じだった。
二言目には殺すだのヒャッハーだの物騒なことを言ってたな。
(そう言えばこいつは襲いかかってこないな)
さっきも自分のことを助けてくれたようだし。
「やはりあの連中とも遭遇していたか」
「奴等のことをしっているのか?」
「そのことについて知りたいのなら剣を下ろしてくれないか?」
「・・・・・・・」
カインは少し考えるとゆっくり剣を下ろした。
「信じてくれるのか?」
「ああ」
「何故だ?自分で言うのもなんだが、私のことを信じるための材料は全くないはずなんだがな」
「それは・・・・」
この男から発する気配はこれまで会ってきた魔物たちとは違い、どこか神秘的なものを感じていたからだ。
そう、まるで聖隷に近い気配だった。
それにこの男とはどこか始めて会った気がしないのだ。
どこか懐かしいような、ずっとずっと昔から知っているような。そんか気がした。
「勘だ」
「勘?・・・・そうか、勘か・・・フッ」
目の前の男―カスティエルは少し笑った。
カインはそんなカスティエルの様子に眉を潜め、何を笑ってんだという表情をしていた。
「いや、すまない。それだけで私を信用するとは思わなくてね、つい」
「アンタが敵じゃないっていったんだろう」
「確かに」
カスティエルはカインに近づき右手を差し出した。
「改めて、カスティエルだ」
カインはカスティエルの手を握り返すと同じように名乗った。
「カインだ、よろしくカスティエル」
「そう言えば礼を言っていなかったな」
「何がだ?」
カインとカスティエルは神殿を後にすると廃墟の町を歩いていた。カスティエルから話を聞こうとしたカインだったがカスティエルが場所を移すといって、隠れ家まで案内してくれるそうだ。
「さっきヘビから助けてもらったろ、ありがとな」
「気にするな、あれくらいどうということはない。そんなことよりついたぞ」
カスティエルは、瓦礫の山を聖隷術でどかすと下まで続く穴が見えた。どうやら地下が隠れ家のようだ。
「こっちだ」
カスティエルはそのまま下に入っていくと、カインもそのあとに続いていった。カインが入ると後ろにあった出口が瓦礫で塞がれていった、カスティエルが聖隷術で閉じたようだ。カスティエルは手のひらに小さな光の玉をだし、それを明かりにしてそのまま奥へと続いた。
「ずいぶんと辛気くさい隠れ家だな」
「外で野宿するよりはずっとましだ、それはお前もよく分かっているだろう?」
確かにこの世界はそこらじゅう魔物だらけで、ろくに野宿も出来なかったな。あの緋の夜から俺は死なない体になった。正確には死んで始めて発動するものらしく、いつも死んでは生き返るの繰り返しでまさに生き地獄だった。それに普通に腹もへるし、眠気もする。永いことこの世界にいるが、この体歳もとらないようだ。おまけにここには食い物もろくなものがないし、おまけに睡眠不足ときた。正直もう体はボロボロだった。
「まぁ・・・・確かにな」
しばらく奥へと進むと広い空間に出た。
カスティエルがその空間に明かりを灯すと、どこか生活感のある場所だった。
といってもあるのは机や寝床があるくらいだったが。
「ここに住んでるのか?」
「いや、ここにずっと住んでるわけじゃない。いざというときのためにあちこちに拠点を構えてある」
まだ他にもこんな隠れ家があるのか。
まてよ
「そんなにも拠点を作るとなるとかなり時間がかかったんじゃないのか?アンタ・・・一体いつからこの世界にいたんだ?」
カスティエルは少し考え込むと、やがて口を開きこう答えた。
「さぁな・・・・もう一体どれくらいこの世界にきたのかはわからないが・・・・ざっと見積もっても一万年ぐらいか」
は?
いちまんねん?
何をいってるんだこの男は
「アンタ・・・・それマジでいってるのか?」
「?そうだが、何かおかしなことを言ったか?天族なら一万年くらい生きても不思議ではないだろう?」
カスティエルはまるで当たり前のようにそう答えた。
俺でさえそこそこ長くこの世界にいるが、正直かなり挫けそうなこともあった。けど何とかここまで正気を保ってきたんだ。それなのに一万年だと?
天族―さっきもそんなことを言っていたが、どういう意味なんだろうか?天族とはそこまで長生きする種族なのか?一万年ものあいだずっと
「アンタ・・・・凄いんだな。そんな長い間こんな世界で生き続けるなんて」
「それは、お前も同じだろう」
「俺が?」
「お前もやりたいことがあるから、ここまでこれたのではないのか?」
そうだ―俺は必ず元の世界に帰って、アイツに会いに行く。
その思いがあるから、ここまでこれた。
それは多分カスティエルも―
俺と同じか、それ以上の思いを秘めて―
「さて、とりあえず立ち話もなんだ、聞きたいことがあるんだろう?」
「・・・・あぁ、教えてくれこの世界のこと・・・そして元の世界の戻りかたを」
カスティエルは頷くと、カインに座るよう促すと、お互い机に向かい合うように、地面に座った。
まず、カスティエルはこの世界に、ついて教えてくれた。この世界は魔界と言われる世界だという。ありとあらゆるものが穢れに染まっており、普通の生き物がこの世界に堕ちれば、瞬く間に穢れに汚染され、異形の化け物―業魔と化してしまう。
今まで出会った化け物たちは、その成れの果てだとカスティエルは言った。
「なぁカスティエル」
「なんだ?」
カインは説明するカスティエルにお構いなしに手を上げて質問した。
「その穢れってなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・なに?」
カスティエルはまるで信じられないような表情をしながらカインをみた。
「いやだから穢れってなんだよ、聞いたことないんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、情報の隠蔽?いや、だが」
カスティエルは手で口を覆うとなにか呟きながら、下を向いてしまった。
そんなにおかしなことを聞いただろうか?
「おーい、大丈夫か?」
「あ、ああ。すまない私としたことがつい取り乱した。まさか、現代の人間が穢れを知らないとは・・・・」
「知らないとおかしいのか?」
「かつては常識だったことだ。私が地上にいた頃は業魔といった名称ではなかったしな」
カスティエルは穢れとはなんなのか一から教えてくれた。
「穢れとは人の心からでる負の感情そのものだ。迷いや怒り、悲しみ、そういったものに囚われてしまうと人は業に憑りつかれた魔物―業魔となる」
そうなのか、知らなかった。ならなんで今は誰も知らないんだ?
長い時がたったせいで忘れられてしまったんだろうか
にしてもそんな重大なこと遺跡や昔の書物に載っていてもいいはずなんだが―
それからも穢れについて詳しいことを色々教えてくれた、結論からいうと世界がおかしくしてしまったのは俺たち人間のせいだということだった。
「この世界で俺が穢れないのは何故だ?」
「それは恐らくだが、その聖剣の加護のおかげだろう」
「こいつが?」
「それはあらゆる穢れ打ち払うと言われた伝説の聖剣の一つだ。それがあれば持ち主は穢れに汚染されることはない」
「ん?まてよこんな剣がまだ他にもあるのか?」
「あぁ、それは私の時代に作られた剣でな、穢れを打ち払うために作られたものだ。何本かは人間たちに託したがそのあとは私にもわからない」
そうだったのか、この剣が穢れを打ち払う力か。カスティエルはもしかしたら俺の記憶についてなにか知っているのかもしれないが・・・・今は元の世界に戻ることだけを考えることにした。
「なら、アンタはどうなんだ?何故穢れないんだ?」
「私は・・・・問題ない。元々そういう風に作られたからな」
「作られた?」
「いや、今私の話はどうでもいい」
カスティエルは無理矢理話をそらした。聞いては不味かったのだろうか。
「なぁカスティエルのいう天族っていうのはもしかして聖隷のことをいっているのか?」
「聖隷?あぁ、それが今の私達の呼び名か」
「やっぱりそうなのか」
「あぁその認識で間違いない。しかし・・・聖隷とはな。業魔という呼び名といい人間は皮肉な名をつける」
「?」
カスティエルは少し笑ってみせるとすぐに話を戻した。
「この世界には私達以外にも知性をもったものがいるというのはしっているな」
カインはあぁといって頷いた。確かにここにくる途中何度か人の言葉を話すやつとは会った。けど、どいつもこいつもまともに話せる奴はいなかった。最初は他にも人がいると喜んだけどな。
「奴等も業魔なのか?」
「いや、この世界の業魔は穢れが強すぎて意思を保つことができず、大体のものは理性をもっていかれる」
「なら奴等は一体?」
カインがそうきくとカスティエルは、忌々しそうな顔をしていた。彼にしては珍しく(といっても知り合って間もないが)見せない表情だった
「やつらは我等天族と対をなす存在・・・・」
カスティエルはその重い口を開き、その名をくちにした。
「魔族と称される者たちだ」
魔族―彼らがカインにとって深い因縁があることに、その時のカインは知るよしもなかった。