運命のスープ   作:戌眞呂☆

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第1話 スープバーの一日

 

 レストランの朝は、巨大なコンロに火をつけることから始まる。強力な耐火煉瓦を幾重にも何重にも積み重ねて築き上げた巨大なコンロの上には、これまた巨大な寸胴が置かれ、温められるのを今か今かと待ちわびている。天井から下ろされたランプの灯に照らされた寸胴は、ところどころ錆びつき、汚れ、年季の入った体で静かに佇んでいる。もうそろそろ洗わないといけないかな。中身を移し替えるの面倒なんだよ、大きさが大きさだけに。自分の体よりも背の高い寸胴を見ながらはぁっとため息をつく。でも、ここは腐っても飯屋。人様が食事をするための場所だから清潔に保たないと、客足が遠退いてしまう。よし、明日洗おう。明日は休業日だから体を休めようと思っていただけに、急に入った肉体労働に大きくため息をついた。そのやり切れぬ思いのままマッチを擦り、コンロにくべた。

 

「さて、と。今日の朝食は何がいいかなー」

 

 コンロの火が大きくなる前に、今日店で出す朝食セットの用意を始める。そう言えば昨日この村の農家の方が大量に仕入れてくれたものがあったな。確か地下貯蔵庫にしまい込んでもらった覚えだけど。今日はそれを使ってみるか。

 厨房の地下には、長い年月をかけて土を掘り出し、作り上げた大きな食糧貯蔵庫が広がっている。生物や冷たい物を保管しておく冷蔵室や湿気を吐き出す強力な除湿器が稼働し、常に適温で保管できるこの村最新式の設備が備え付けられている、この店の自慢であり心臓部だ。ここには様々な場所で仕入れてきた食材や狩り捕った獣の肉、分け与えてくれた野菜が大量に備蓄されている。お目当ての食材はすぐに見つかった。小さな粒に純白の肌をまといしそれは、大きな袋に大量に詰め込まれていた。確かこの食材は……

 

「米……かな」

 

 そう、米。この村に古くから伝わる食材であり、主食として食べられ親しまれている。俺は馴染み薄いが、時々食べたことがある。初めて食べた時はその味の薄さに驚いた。正直に言って微妙な味であったが、どんな料理にも、どんな味付けにも合う不思議な魅力を秘めている。

 

「……そうだ、今日はこれにしよう!」

 

 米を見ていると、脳内にある一つのメニューが思い浮かんだ。米を調理し、握り、中に具材を詰め込んだ、この村、ジャリパンの郷土料理『おにぎり』だ。だったらついでに分けてもらった味噌を使ってスープでも作ろう。これもここの郷土料理のひとつで、確か『味噌スープ』って言ったっけ。米に最も合うスープだって村人はよく作っていた。今日のメニューはこの二つで決まりかな。

 

「でもなぁ…」

 

 メニューは決まったが、俺の中には心配なことが一つあった。これから作るのはこの村の郷土料理。この村にやって来にきて6年がたっているが、おにぎりなんか片手で数えられるほどしか作っていない。そんな自分が、昔から慣れ親しんだ料理を作って、村人たちの口に合うのだろうか。普通に作っただけでは喜んでくれないだろう。だったら自分なりの変わり種も作っておくか。そのための具材は、ちょうど食糧庫の中にあった。

 それらの具材をかごに詰め込み、地下から厨房に上った。先ほどまでずっと薄暗い地下にいたから、窓の外は少し眩しく感じる。開店までまだ時間あるし、のんびりと調理を進めよう。コンロに付けた火は今や大きく燃え盛っており、寸胴の頭からは白い湯気が換気用の煙突の方へと立ち上っている。それと同時に漂ってくる食材の旨味が凝縮された香り。この店の自慢であり、生命線でもある重要なものが中に入っている。

 

「あ、そうだ!スイッチ入れるの忘れてた!」

 

 寸胴を見上げていたら大切なことを思い出した。中に入っているスープストックを混ぜる機械を稼働させないと焦げついてしまう。長い間継ぎ足し、入れ替え、大切に守ってきたスープストック。焦げついてしまったら雑味が生まれてしまう。慌てて寸胴の横に取り付けられた台に飛び登り、機械のスイッチを押した。ヴーンという鈍い音を轟かせ、機械から伸びる巨大なお玉が寸胴の中で大きく回りだした。

 この機械は最近になって出回り出したマジックアイテムという物だそうだ。要は魔法と機械の融合。魔法の原理を応用した機械、いや、魔法で生み出した機械……まあ原理は全く分からないが、空を飛べるジェットパックや点と点を繋げて瞬間移動できるタブレット型の地図、無機物を透かし、生きているもののみを映し出す眼鏡(そういえばこれは発売されなかったな)など、様々なものが発売されている。この機械もその中の一つだそうだ。この店を貸し与えてくれたオーナーがこのマジックアイテムにハマってしまい、便利な物や不必要な物をツールハンターズ……略してツーハンでやたらめったら買い漁っている。一体どこにそんな大金があるというんだろう。

 

「まあいいや、気にしないでおこう」

 

 そう独りごち、傍らに置かれた小さな寸胴にキッチンペーパーを重ね、スープストックを注いでいく。こうしてスープをこすことで余分な灰汁やカスが取り除かれ、清らかに澄んだ状態になる。これをベースにして様々な料理に用いる。数多の食材の旨味や出汁がにじみ出て調和しているため、どんな料理にも使える。醤油などを混ぜればうどんの汁やお吸い物に、そして野菜と調味料を混ぜて煮込めばコンソメスープなど、調理次第でいろんな料理に生まれ変わる、まさに万能なスープストックだ。大きな声で言えないがこのスープストックもオーナーからこの状態で渡され、継ぎ足し方や保管方法も教わったものだ。今までこのスープストックを飲んで体を壊した人はいないから体に有害なものは入っていないだろう。改めて考えてみるとオーナーっていったい何者なんだ。

 

「おーい、やっているかね!」

 

 そう考えていると、いきなりドアが豪快に開け放たれ、店内に一組の男女が入ってきた。

 

「いや、まだ開店してないよ。ドアに下げられた準備中の看板見てないだろ。絶対」

 

「いや、煙突から煙が出ていたから中にいることは分かっているんだ。それに、ここの朝食を食べないと一日が始まった気がしないからな!」

 

 そう言ってがははと笑う恰幅の良い男性の隣で、共に来た女性が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ごめんねディル君。夫がいつも迷惑をかけて」

 

「いいんだよ、オーナーが開店時間を守ってくれたことなんか一度もないしな。よし、昨日の夕食で出したスープが少し残っているから、それでよければすぐに出すよ。少し待っててな」

 

 そう言ってスープが入っている寸胴をコンロにかけた。中に入っているのは大きめに切ったミルポテトとニンジン、グリーンキャベツ、スパイスオニオンとコーン、そしてウォーピッグで作り上げたオリジナルウィンナーの入った特性コンソメスープ。この村特産の野菜をふんだんに使ったスープで、グリーンキャベツの鮮やかな緑色とニンジンのオレンジ、コーンの黄色が視覚に訴えかけ、スパイスオニオンの少しツンとした香りが嗅覚を刺激。ミルポテトの甘味とうま味、そしてオニオンのピリッとした味がアクセントとなっている。オリジナルウィンナーのコクも合わさり、この店一押しのスープだ。

 このスープが温まる間に米も調理しよう。大きな窯に洗った米を投入し、適量の水を入れた後、調理用の木炭を乗せて火にかける。その間に食材の準備をしておこう。ジャリパン地鶏の肉を一口大に切り分け、衣をつけて油に投入。ジュワァッという音を楽しみながら、玉子をボウルに割り入れ、醤油とネギを混ぜ込んだらフライパンに流し込む。玉子が焼けるジュゥっという音に合わせ、コトコトという鍋の蓋が動く音が耳に届いた。どうやら野菜スープが熱々に温まったみたいだ。焼き上がった玉子焼きを皿に取り分けてから、コンソメスープをカップに汲み取る。オーナーにはウィンナーを多めにして、と。自分で味が調節できるようブラックペッパーを添えたら完成だ。

 

「はいおまたせ。俺の特製、野菜スープだ」

 

 そう言ってオーナーと夫人の前にスープがなみなみ注がれたカップと木製のスプーン、そして容器に入ったブラックペッパーを置いた。

 

「うん、いい匂いね!いただくわ」

 

「どれどれ、わしは味にはうるさいぞ!」

 

 そう言う二人に背を向け、厨房に戻った。厨房と言ってもカウンターで仕切られた、いわゆるオープンキッチンのようなものだが、客の顔を見ることができるから、この構造は結構気に入っている。

 

「お、揚がっているな」

 

 油の中に入れた鳥の天ぷらはいい感じに揚がっている。ためしに一番大きい物を取り上げ、包丁で半分に切り分ける。

 

「いいねぇ」

 

 中までしっかりと火が通っている。玉子焼きも準備完了だし、これでおにぎりの具材は完成。あとは味噌スープだな。大根の皮を包丁で剥き取り、薄切りにしたあと数枚を重ね、細く切り分ける。トントントンとリズミカルに、そしてすばやく切り進める。こうやって何かを切っている時が、リズムに乗れるから一番楽しいんだよな。あとはウィンナーにも使ったウォーピッグのこま切れ肉を一口大に切り分けて……。

 

「さすが!ディルの包丁さばきは世界一だな!ほれ、おかわり!」

 

「いやいや、俺よりも上手い人なんで星の数ほどいるぜ。おかわりね、あいよ!」

 

 オーナーったらまた恥ずかしいこと言いやがってこのー。これじゃあおかわりを断れないじゃないか。まあ断るつもりはないけどね。

 

「どうぞ!ウィンナー多めにしておいた」

 

「さすが!やっぱりお前のスープを飲まなきゃ一日が始まらねぇな!そういやあ今日の朝食セットはどうするんだ?」

 

「おにぎりと味噌スープにしようと思ってる。でも、まだ米が炊けていないから作ることができないしな。なあ、メアルさん。相談なんだが、おにぎりの中身は変わり種にしようと思っているんだけど、普通の具材も作った方がいいのかな?」

 

 オーナーの「俺に質問するんじゃねぇのかよ」という言葉を聞き流し、テーブルに座っている夫人の方へ声をかける。メアルさんはうーんと首をかしげ、そうねぇとつぶやいたのち口を開いた。

 

「確かに変り種を用意することも面白いと思うわ。でも、やっぱり私たちに慣れ親しんだ具材を使った方がより喜んでくれるかもしれないわね。それに、あなたのご飯はどれもとても美味しいしみんな大好きだから、無理に変わったもの入れなくてもいいんじゃないかしら」

 

「そうかな?ありがとう」

 

「私があげた梅干を入れてみたらどう?きっと人気間違いなしよ」

 

「おう、そうするぜ!」

 

 やっぱり困ったらメアルさんに相談するに限るな。どんなことに対しても的確に、そして分かりやすく教えてくれる。確かに変り種を作るのも面白いかもしれないけど、それよりもきっと慣れ親しんだ味の方が、人気が出るかもしれないな。それに、なんかものすごく嬉しいことを言ってくれるじゃないか。照れちゃうよ。

 頭を掻きながら味噌スープの調理に戻った。切った大根をスープストックの中に入れ、火にかける。このまま沸騰して大根に火が通るまで少し時間かかるし、米もまだ炊き上がらない。少しの時間暇になっちまったな。

 

「ふぅ、よっこらせっと……」

 

 立ちっぱなしっていうのも結構疲れるもんだな。こうして椅子に座って足を投げ出していると少しは楽になるよ。まだまだ朝は始まったばっかりだし、1日中厨房に立ち続けるから少しでも休ませないと体が持たないよ。米が炊き上がる時間とスープストックに注意しつつ、体を休める。目を閉じていると、不意にドアが開け放たれる音が店中に響いた。

 

「おはようディル!今日もいい天気だな!」

 

「来たぜー!おなか減ったよ!」

 

 開店前だというのに店内になだれ込むたくさんの人の足音。静かだった店内が、あっという間に人々で埋め尽くされ、途端に騒がしくなる。そう言えば、この村には開店時間を守ってくれる人なんかいなかったっけ。まあ、毎日こんな感じだし、来てくれるっていうだけでものすごく嬉しいからな。その分みんなに応えないと。

 

「おう!いらっしゃいませ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま!」

 

「まいど!ありがとうな!」

 

 最後の客を見送り、店内は静けさを取り戻した。気が付いたら太陽は山の向こうへ姿を隠し、窓の外には薄闇が広がっている。今日も今日とて開店時間を守ってもらえず、いつもより約1時間早く始まったスープバーも、あと少しで閉店時間を迎える。

 

「開店時間は守れないのに、閉店時間は守れるんだな。ふっ、なぜだろうな」

 

 ふっと笑いながらつぶやいた言葉は、一人しかいない店内を漂って消えた。今日もたくさんの客が来てくれて、いろんな人と話せて、美味しいという言葉をくれて本当に楽しかった。まったく、嬉しくてにやけが止まらなかったぜ。今でもニヤニヤしているだろうな、多分。

 そう言えば最近になって都会に住む人や旅の途中で訪れた騎士、魔法使い、人以外の種族とか、村人だけではない、たくさんの人が訪れるようになった気がする。きっと誰かが広めてくれたんだろう。そんな人物に心当たりは全くないけどな。

 

「さて、片付けるか……」

 

 テーブルの上に残された食器を流し台まで運び、水を出す。シャカシャカと食器を洗いながら今日一日のことについて思い返していた。朝食セットは梅干を入れたことでメアルさんの言った通り飛ぶように売れた。中に入れる具材の変わり種として用意した玉子焼きと鳥天も予想以上に好評で、面白いと言ってくれた人もいたし、斬新で美味しいと言ってくれた人もいた。最初は思い付きだったけど、本当にやってよかった。昼は自慢のスープをメインにしたランチで大盛況だったし、外にまで行列ができた時はさすがに驚いた。ディナーはスープに限らず、注文してくれた中で自分が作れる料理をひたすら作っていった。まさかウォーピッグの角煮があんなに好評だったとは思わなかった。材料は手に入りやすいけど作るのに時間がかかるから物凄く大変だった。

 洗い終わった食器をかごに入れて水気を乾かす。このまま自然乾燥させているうちに今日の売り上げを計算しておこう。一日で一番楽しみなことだ。

 

「今日はいくら売り上げたのかな…。むふふふふ、楽しみだぜ」

 

 笑顔になる顔を抑えることができない。さあ、今日の売り上げは……

 

 

ドサッ!!

 

「うぉっ!?なんだ!?」

 

 不意にドアの方で何かが倒れるような音が聞こえ、驚きのあまり飛び上がってしまった。ドアの方を確認した瞬間、目の前に広がる光景に驚き、無我夢中でカウンターを飛び越えた。心の中では動揺と混乱が渦を巻き、ドキドキと心臓の鼓動が早く、激しくなる。“気が付いたらボロボロの女の子が床に倒れていた”だなんて、こんな状況生まれて初めてだよ!

 

「お、おい!大丈夫か!?」

 

 慌てて女の子の体を揺する。しかし何の反応も見られない。何度も声をかけ、体を揺すったが反応は全く見られなかった。

 

「脈は!?」

 

 首筋に手を添えてみると、かすかだけど脈は感じる。体もあたたかい。大丈夫、死んではいないようだ。しかし、その状態は目を覆いたくなるような有様だった。

 

「で、でもどうしようこの傷!そ、そうだ、まずは傷をふさがないと。そのためには…えっと…どうすればいいんだ!?」

 

 体中切り傷や打撲痕があり、傷口から出血。身にまとっている赤いアーマーの下からも血が滲み、綺麗な肌色を赤黒く侵食していく。混乱する脳で必死に次の行動をはじき出した。まずはベッドに寝かして傷を消毒、ガーゼで覆う。そうだ、これでいこう!

 

「よ…よし、まずはベッドに!」

 

 女の子の背中と膝に手を差し入れてお姫様抱っこの要領で抱え上げ、店の裏にある居住スペースへと駆け出した。

 

 

 

「よしっと」

 

 店の奥の居住スペースには寝室と浴室があるだけの、比較的シンプルなものだ。家具もクローゼットとベッドとテーブルがあるくらいで、かなり殺風景であるが、この設備で困ったことや不便だと感じたことなど一切なかった。しかし、それは自分一人だけで過ごす場合のことであり、今こうしてベッドの上で女の子が眠っている状態で、俺は一体どこで眠ればいいのか。なぜだかそんなことを考えてしまっている。

 ぶんぶんと頭を振ってその考えを振り払い、現在の状況を整理しよう。ベッドの上には傷だらけの女の子が気を失っている。何回も声をかけたが、一向に目を覚ます気配はない。傷口からは絶えず血が流れ出ており、シーツにも赤黒いしみができていた。鼻を突く鉄のような臭いはおそらく血のものだろう。獣の臭いは嗅ぎ慣れているけど、やっぱり人間の血は慣れていないから気分が悪くなる。

 

「まずは傷口を洗わないと。そのためには…」

 

 まずは体を覆っているアーマーを脱がさないといけない。今女の子の身に着けているものを確認した。胸部を覆う赤いアーマーは背中から出ている4本の茶色いベルトで固定されている。こういった前半分のみを覆う形式は初めて見る。そして黒いインナーを着ていて、腕にはこれまた初めて見る形の銀のアーマーと前腕部に金のアーマー。腹部は何もなく、いわゆるへそ出しであり、腰からは金の前掛けと、スカートの様に巻かれている紺の布。ブーツもやけに豪華だな。かなり露出度が高いうえにアーマーも派手だ。きっと城下町の方の騎士だろう。それがいったいどうしてこんなところにいるんだ?

 

「これ、どうやって脱がせばいいんだ?えっと、まずはベルトを……」

 

 アーマーを固定しているベルトの先端に金色のボタンが付いている。これを外せば…。手でアーマーが動かないように固定しながら茶色のベルトをつかみ、力任せにグイッと引っ張った。かなり力をかけたが、ボタンはパチンという音を響かせながら外れた。この調子で残った3つのボタンも。

 

「よし、取れた」

 

 赤いアーマーを持ち上げると、押さえつけられていた二つの果実がプルンと弾み、その姿を現した。どうやらアーマーに守られていたおかげで大きな傷を負ってはいないようだ。黒いインナーにも出血の跡は見られない。出血箇所は黒と肌色の境目付近だけだ。

 

「よいしょ…っと」

 

 インナーの裾に手をかけてグイッとまくり上げてみても、小さな傷さえ見られなかった。急所の無事を確認し、ほっと胸をなでおろした。でもかなり汗をかいていて、インナーもぐっしょりと湿っている。これは後で洗濯をする必要があるな。

 一旦インナーを戻し、止血作業に入ろう。出血が激しいのは主に両腕、両足、そして腹部の5か所。身にまとっているアーマーをすべて外し、お湯をしみこませたタオルで血とほこりなどの汚れをふき取った。洗面器のお湯が血とほこりで赤黒くなるたびに浴室とベッドを往復し、女の子の体を洗い清める。

 

「そしてこのケアリーフで……」

 

 スープの臭みを飛ばしたり香りを調節する際によく用いるケアリーフという薬草。これには止血作用があり、患部に貼り付ければ傷口の治りも早くなる。実際に旅人が常に数枚所持し、応急処置に用いられる。両手でびりびりと破いて適度な大きさにしたら傷口に合わせ、ガーゼを重ねてから包帯でぐるぐると巻いていく。

 

「ちょっといびつかな……」

 

 こんなことするのは生まれて初めてだから包帯にしわができたが、なんとか傷口をふさぐことができた。応急処置を済ませ、ほっと胸をなでおろす。

 改めてインナーの裾に手をかけ、腕と頭を通して脱がすと、胸部に広がる汗を綺麗に洗ったタオルで拭きとる。顔についている汗とほこりも綺麗に拭きとれば、これで今自分ができることはすべて終了した。

 こうして改めて見てみると、意外と可愛い寝顔をしている。澄んだ水色の長い髪を二つに束ね、まるで清らかな水の様。白く澄んでいて、くすみが1つもない鮮やかな肌に、たわわに実った胸。余分な脂肪のついていないお腹とすらっと伸びた両手両足。齢18くらいの女の子が、今、自分のベッドで眠っている。

 

「ごくり……」

 

 応急処置に必死でずっと気には留めていなかったが、全てが終わって、落ち着いて考えてみると、女の子が一糸まとわぬ姿でベッドの上に寝ている。今まで女の子の裸をまじまじと見たことがないため心臓の鼓動と呼吸が激しくなり、体中を勢いよく血液が駆け巡る。下腹部に集中する血液。未だに目を覚まさないが、ゆっくりとした呼吸に従って上下に小さく揺れる胸。年齢の割に大きく、そして張りのあるそれは、じっと見ているだけで人間の性的欲求を否応なく刺激してくる。瞬きを忘れ、目を奪われる魅力を秘めたその果実は一体どんな香りがするんだろう。味はどんな感じなのか。感触は?どれほどの弾力なのだろうか。今すぐにでも飛びついて顔をうずめたい衝動に駆られるが、俺はその衝動をぐっと抑え込んだ。お互いの愛と了承があって初めて行為に及ぶものであって、意識の無い女を襲うなんて男のすることじゃない。

 パンパンと頬をはたいて邪念を追い出し、クローゼットからシャツとズボンを引きずり出した。無地の少しくすんだ黄色だけど、前に洗ったものだから大丈夫。袖に腕を通し、ズボンもはかせることができた。サイズは少し大きすぎたかな。

 

「これで良し…っと」

 

 シャツの生地が薄くて胸の形が浮き出てしまってはいるが、何も着ていないときと比べれば幾分かマシだろう。それに、これを着ておけば傷口を覆い隠した痛々しい包帯が隠れるから、自分にとっても、女の子にとってもいいだろう。あとは目を覚ましてからゆっくりと事情を聴くだけだ。どうしてこの店にやってきたのか、ここに来るまでに一体何があったのか、そして君はいったい何者なのか。解決したい問題がたくさんある。

 

「ふぅ……。風呂でも入るか」

 

 今日一日働いたことや、傷の手当てをしたことで疲労が蓄積し、かなり汗をかいていた。早く汗を流したいし、このままここにいたらいつ理性が外れるか分からないから早くここを離れたいという気持ちもあった。目を背けるように踵を返すと、タオルと着替えのシャツを持ち、浴槽へと逃げるように足を進めた。

 

 十分以上も頭から熱いシャワーを浴びているが、女の子の裸体を頭から洗い流すことはできない。脳裏にこびりついているように残ってしまっているため、忘れたくても忘れられなかった。理性を保つために離れたのに、これじゃあまったく意味がないじゃないか。未だにドキドキと激しく拍動する心臓と、ビンッと反り立つ俺のフランクフルト。まったく、これはしばらく収まりそうにないな。

 

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