魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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 これにて原作「入学編」の章は終わりになります。



#062 布石

 2095年5月1日――日曜日。

 

 テレビも、ネットも、一高襲撃事件一色だった。

 帰宅したあなたは、リビングの壁面モニタに映るニュースを眺める。

 

『魔法大学附属第一高等学校。通称、魔法科第一高校が先月28日、武装した集団に襲撃される事件が発生しました。死者こそ出なかったものの、複数の生徒および教職員が負傷――』

『今回の一件では、魔法師育成機関に対する警備体制の脆弱性が、改めて問題視されています』

『ネット上では“軍を駐留させるべきだ”との意見も――』

 

 コメンテーターたちが、好き勝手に論じていた。

 

『いやあ、学校はあくまで未成年者の教育機関です。魔法大学への進学率は六割強とされますが、当然、魔法師の道を諦めて一般の大学へ進学する生徒や、就職する生徒も一定数居るわけです。そこに軍部のコストをかけるのは――』

『しかし魔法師が国防を担うことは、諸外国の動きを見ても明らかです。国防力強化の観点から、軍部としてもここにコストをかけることは無駄ではないと思いますが』

『ですがそれでは魔法科高校が軍の出先機関となり、将来的には基地化という未来も考えられます。それが健全な教育機関と言えるでしょうか?』

『そもそも都市部に魔法科高校を設けたこと自体が間違いだったんですよ。軍の訓練施設だって市街地には置かないでしょう。それを何故、魔法科高校だけ都市部に置いたのか。そこに根本的な問題があるんです』

『魔法科高校が武装勢力に狙われるようであれば、扱いは化学プラントなどと同様のものと考えるべきかも知れません』

 

 どちらの言い分もわからないではない。

 流石に魔法科高校が基地化する、というのは飛躍した考えだが、“防衛力を高める”といった時、そうした提案が行われる可能性も、無くはないだろう。

 

『ですがそれでは、そこに通う生徒たちの生活環境が――』

『魔法師となる子供たちは、我々一般市民と関わりを持つことで同じ日本人としての意識を――』

『一般市民が危険にさらされることを黙認できますか?』

『ですが――』

『そもそも魔法師という存在自体――』

『それは暴論だ』

『ですが現実としてこうして武装勢力に攻撃を――』

『魔法技術は我々の生活を豊かにしてくれています。彼らは減少した人口を支える重要なインフラでもあります』

 

 議論は踊る。

 当の魔法師たちを、その卵たちを置き去りにして。

 

 

 人間は突然現れたもの、理解できないものを恐れるものだ。

 そして恐れは簡単に隔離へ、排斥へと姿を変える。

 

 恐れとは心の平穏を脅かすもの。

 安寧を脅かすものを遠ざけようとする心理は、生理的に正しい反応と言える。

 氷川総司令(あの男)も、それを人類の本質と理解していた。

 

 だがそれが自ら近寄ってくる場合、ただ遠ざけるだけでは足りない。

 友として身の内に取り込むか。

 あるいは敵として徹底的に戦うか。

 問題を先送りにしても、いずれ否応なしに選ばされることになる。

 

 

 ソファに腰を下ろしながら、あなたは静かに目を閉じた。

 

 この程度で済んでいるのは、まだ幸運か。

 

 もし今回の襲撃時に潜んでいた悪魔が、より高位の存在だったなら。

 もしウォッチャーが、より徹底的に人間社会へ干渉していたなら。

 

 現代魔法師という種族は、いずれ彼らに取り込まれ、いいように使い潰されていただろう。

 

 おそらくは無自覚のまま。

 彼の者の端末(どうぐ)として。

 あるいは供犠の羊(マガツヒ袋)として。

 

 だが、それを誰かに説明することはできない。

 悪魔の存在を公表すれば、社会は確実に混乱する。

 集団パニックが巻き起こす魔女狩りが、世界を再び戦火に導くことは想像に容易い。

 

 現代魔法師が悪魔に操られることも、古式魔法師が悪魔を召喚することも、公に知られれば碌なことにはならない。

 良くて保護という名の管理と奴隷化。

 悪くすれば弾圧と抹殺だ。

 

 そうなれば魔法師も黙ってはいない。反抗する者たちも現れるだろう。

 その時、世界はどうなるか。

 

 ……遠回りをするしかない。

 

 あなたは端末を開き、生徒会へ短いメッセージを送信した。

 

七草(さえぐさ)先輩。相談したいことがあります』

 

 返信は数分後に来た。

 

『今から来られる?』

 

 

*   *   *

 

 

 休日の生徒会室は、疲弊した空気が漂っていた。

 襲撃事件の後、生徒たちにはメンタルケアが必要と判断され、この週末には事件のヒアリングも兼ねた戸別訪問が行われている。特に実際にテロリストらと戦ったもの、銃撃を受けたもの、拘束されたものについては、心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDの可能性もあるため、今後しばらくは経過観察を受けなければならないそうだ。

 

 あなたも昨日、アパートで小野(おの)(はるか)というスクールカウンセラーの訪問を受けた。とはいえ実際は市内のファミレスで小一時間、彼女の愚痴を聞かされただけなのだが。

 九重八雲(ハゲぼうず)の弟子である彼女は、極力あなたに関わらないよう言われているらしい。

 

 閑話休題。

 

 そんなわけで運営委員はこの週末、却って忙しくなってしまっていた。

 真由美(まゆみ)も例外ではないらしい。

 

 机に肘をついた生徒会長は、いつもの柔らかな笑みを浮かべながらも、目元に疲労の色を滲ませていた。

 

「それで、相談って?」

 

 あなたは単刀直入に切り出す。

 

――ひとつ提案、というか頼みがあるんですが。

 

「うん」

 

――お父上に会わせていただけないでしょうか?

 

 一瞬、真由美の表情が固まった。

 

「どんな理由で? 流石に、そう簡単に会える人ではないわよ?」

 

 それはそうだろう。

 

 真由美の実家、七草家は日本現代魔法師界のトップ、十師族でも随一の政治力を持つ名門だ。

 その当主、七草弘一(こういち)は政財界にも深い影響力を持つとされる。

 

 そんな相手に一高校生が面会して何を言うというのか。

 世間話をするわけもあるまい。

 まして、あなたはかつて生徒会室(ここ)でビデオ宣誓をしなければならなかった程、彼女に警戒されている。

 彼女があなたに疑いを持つのは当然だろう。

 

――別に会長から頼んでいただいても構わないのですが……

 

 そう断りを入れてから、あなたはある提案を口にする。

 内容自体は正直なところ、それほど大したことではない。ある問題意識のある人間なら、誰しも一度は考えそうなことだ。

 ただそれを、このタイミングで、この口実で提案する。

 要点はそこにある。

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

――勿論。

 

 真由美は視線を伏せ、小さく息を吐いた。

 

「父は、たぶん利用するわよ?」

 

――でしょうね。

 

「あなたの提案も、あの事件も、あの人は()()に変える」

 

――分かっています。

 

 あなたは淡々と答える。

 だが、今のままでは遅かれ早かれ破綻するのが目に見えている。

 一高は既に()()()()()()()()()()()のだから。

 

「……二科生問題?」

 

――ええ。

 

 実技教員不足。

 慢性的な人員不足。

 そして、一科生と二科生の断絶。

 

 今回の襲撃で露呈したのは、単なる警備の穴ではない。

 その本質は、“余力の無さ”だ。

 

 現代魔法教育は、既に限界近くまで効率化されている。

 そこには余剰戦力が存在しないのだ。

 だから一度綻んでしまったなら、取り繕うことができなくなってしまう。

 

 その対策として、あなたは提案している。

 外部魔法師を一高内部へ常駐させるべきだと。

 

 真由美が顔を上げた。

 

「警備要員として?」

 

――あるいは教員補助として。

 

 あなたは続ける。

 

――二科生の実技指導教員枠を拡充する。もしくは警備任務を兼任させる。どちらにせよ、人員を増やす必要があります。

 

「……」

 

――今回の事件は、そのための大義名分になるでしょう。

 

 真由美は沈黙した。

 

 聡明な少女だ。

 あなたが言外に含めている意味を理解している。

 

 これは善意だけではない。

 権力構造そのものへの介入だ。

 

「父は、喜ぶ……でしょうね」

 

 苦笑気味に真由美が言った。

 

「現役魔法師を学校へ送り込めれば、七草家(ウチ)の影響力を拡大できるもの」

 

――だと思います。

 

「否定しないのね」

 

――必要悪でしょう。

 

 あなたは即答した。

 

――少なくとも、何もしないよりは遥かにましでしょう。

 

 真由美はあなたを(じっ)と見つめる。

 まるで目に映るものが、本当に高校一年生なのかを確かめるように。

 

「……シンくん、ときどき怖いところあるわよね」

 

――あー……

 

 思わず言葉に詰まってしまった。

 今日、初めて不意を突かれたかもしれない。

 答えに迷って途方に暮れた声を出したあなたの(ざま)に、笑顔が応えた。

 

「言われたこと、ない?」

 

 そう小さく笑った後、真由美は観念したように肩を落とした。

 

「分かりました。父に話を通します」

 

 

*   *   *

 

 

 数日後。

 

 七草家当主・七草弘一は、あなたの提案を即座に理解した。

 

「なるほど」

 

 重厚な執務室で、弘一は静かに頷く。

 

「警備強化を名目に、現役魔法師を学校へ送り込む……か」

 

――はい。

 

「面白い」

 

 そう頷いた彼の目は、笑っていない。

 冷徹に提言について勘案し、今後について計算している目だ。

 

「世論も追い風になる。今回の件では“学生を守れ”という空気が強い」

 

 弘一は机をコツコツ叩きながら続ける。

 

「加えて二科生支援も掲げれば、表向きの印象も良い。教育改革派も取り込める」

 

 微笑みを貼り付けた顔で、そう断言する。

 確認するように。

 言い含めるように。

 

 それは完全に政治家の顔だった。

 控えめに言っても人好きする面差(おもざ)しではない。

 むしろ分かりやすすぎる程に悪党の面魂(つらだましい)である。

 

 真由美が父を敬遠している理由も、こういったところにあるのだろう。

 娘として、家族がこんな顔をして悪巧みをしているところなど、見たくはなかろう。

 

 だが、あなたは否定しない。

 それが必要なことは承知の上。

 むしろそれくらいふてぶてしい相手でなければ、この策を成功させることは出来まい。

 

 利用されることを理解した上で、こちらも利用する。

 それだけの話だ。

 

百山(ももやま)校長との交渉は、こちらで進めよう」

 

――お願いします。

 

「ただし――」

 

 スッ、と弘一の視線が鋭くなる。

 

「君は何を見ている?」

 

 ふむ。

 

「単なる二科生問題ではないだろう」

 

 一瞬、その場に沈黙が落ちた。

 

 これは権力闘争を招くような提案だ。

 事と次第によっては、新たな騒動を呼び込む火種となりうる。

 それをただ二科生問題の解決という、これまで表面上は上手くいっていた()()()()()のために容認したわけではないことを、あなたの様子から察したらしい。

 

 さすがに鋭い。

 二十八家最大の権門の長たるや、伊達ではない。

 

 だが答えられること、語れることは、ごく(わず)かだ。

 

――未来です。

 

 あなたは静かに答えた。

 

――現代魔法師の未来を見ています。

 

 嘘ではない。

 

 弘一は数秒あなたを見つめると、やがて小さく口角を上げ、立ち上がって大仰に頷いた。

 

「よろしい。我々の利害は一致するわけだ」

 

 

*   *   *

 

 

 2095年5月10日――火曜日・午後。

 

 この日、一高の校長室ではこの魔法大学附属第一高等学校――あるいはこの国の魔法教育――の今後を決める、重要な話し合いが行われていた。

 あなたは食堂で学食に舌鼓を打ちながら、忍ばせた一枚の剪紙(シキガミ)から彼らのやり取りを傍聴している。

 

 

 一方には、第一高校の校長・百山(あずま)

 この国の魔法教育の権威として、教育機関の自立を守る大任を負ってここにいる。

 

 もう一方には、七草家当主・七草弘一。

 今日は生徒会長である七草真由美の“保護者”として訪問したようだ。

 

 

 昼食を挟んで行われた交渉は、最初から難航していた。

 百山校長は、十師族による教育機関への干渉を明確に嫌っていた。日本魔法師協会が公の機関として国家に帰属するのであれば、まだ良かった。だが現実にそれは、十師族会議なる民間の名家連合に牛耳られた組織である。

 「教育は国家百年の大計なり」と唱えた百山にとって、魔法科高校が民間組織に介入されれば、その大計が歪んでしまうと大きな危機感を持っていた。

 

 敢えて窓を開けているのだろう。

 下手に声を荒げられないよう。

 また無理な実力行使が行われないよう。

 

 ただ、そのせいで時折、校庭で行われている体育の授業の騒音が混じり、やり取りが聞こえなくなることがあるのは困りものだ。

 

 挨拶が終わり、しばらくの雑談の後、本題に入ったようだった。

 

 

「学校は政治の道具ではない」

 

 百山の声音は硬い。

 おそらくは式典の際に壇上で演説する、あのしかめっ面のままなのだろう。

 

「貴殿ら十師族の影響力を、校内へ持ち込むつもりか」

 

「誤解です」

 

 弘一の声は、わざとらしいほど抑揚が利いている。

 一体どんな顔をしているのやら。

 

「我々は未来ある若者の安全を憂慮しているだけですよ」

 

「白々しい」

 

 声だけでもその重苦しい空気が伝わってくる。

 飄々とした弘一の言葉に比べ、百山の声には苛立ちが感じられる。

 

 百山も、自身の論が押し通せないことは分かっているのだろう。

 

 現実問題として、世論は動いていた。

 警備強化を求める声は強い。

 校長側にも、完全拒否を貫く材料が無い。

 

 だが、そう簡単に折れるわけにもいかなかった。

 熟考したと言えるだけの時間を、抵抗したと言えるだけの内容を、この日この場で作り出さなければならない。

 公式の面談であるからには当然、録音もされている。

 無様を晒すわけにはいかない。

 

 

 数時間に及ぶ交渉の末、最終的に百山は折れた。

 

 期間限定措置として、外部魔法師を“巡回警護官”として配置する。

 ただしその人員の選定は、日本魔法師協会の推薦形式を取ること。

 さらに一部人員を、二科生向けの実技補助要員へと回すこと。

 

 それが妥協点だった。

 

 

 話し合いが終わった弘一は、その足で生徒会室に顔を出した。

 真由美(むすめ)に一声かけるため、という名目であなたに会いに来たのだ。

 

 衆目を集める中、彼は生徒会室で役員一人ひとりと言葉を交わし、ついで当面の課外活動の扱いを口実に呼び出されていた十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)とあなたとも挨拶を交わした。

 

 まがりなりにも十師族の一席が、魔法科高校を訪問したこと。

 そして生徒たちと言葉をかわしたこと。

 このことが後にどんな意味を持つのか――あるいは持たせるつもりなのか。

 それはまだ分からない。

 

 

*   *   *

 

 

 決着の報告を受けた夜。

 

 あなたはアパートの外廊下から、澄んだ夜空を見上げながら思索に耽る。

 

 何故ウォッチャーが顕現していたのか。

 あの時に放たれた【観測】の権能は、下級天使のそれではない。

 少なくとも天使団の長たちの一翼くらいの強さが有った。

 人間がくらえばひとたまりもない。

 

 狙われたのが一高だったことは、不幸中の幸いだった。

 もしも国内にある他の八校のどこかであったなら、被害はもっと拡大していたことだろう。

 いずれ起こったことであるなら、ここで止められたことは僥倖(ぎょうこう)である。

 

 

 何気なく視線を下げれば、あなたの暮らす街がそこにあった。

 街灯に照らされて行き交う共用車両(コミューター)個型電車(キャビネット)

 無数の人々が、思い思いの暮らしを送っている。

 

 

 少しだけ。

 ほんの少しだけ、未来を延命できた。

 

 だが、それだけだ。

 

 悪魔が消えたわけではない。

 あの場で倒したウォッチャーは、所詮この物質界(せかい)に顕現した分霊(わけみ)に過ぎない。

 あの場に残されたマガツヒを喰らったことで、いくらか本体にもダメージを与えただろう。それによってウォッチャー自身が再顕現するには相当の充電時間が必要になるはずだ。

 だがあの程度では残念ながら、背後に居る“何者か”には到底届かない。

 

 

 遠くからサイレンの音が聞こえる。

 何処かで火事でもあったのか、あるいは犯罪者でも追っているのか。

 二十四時間、都市に灯りが絶えることはない。

 

 振り返れば高尾山塊の山並みは、既に夜の闇に沈んでいる。

 かつてはあれが、夜の姿だったのだ。

 

 

 夜の闇の、その向こう。

 

 見えないどこかから、なお視線を感じる。

 

 世界はまだ、見張られている。

 




感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 本作の小説情報を見たら、開始が2017年2月。
 今が2026年6月なので、開始からざっと9年4ヶ月が経ったことに。

 仕事に生活に健康に、何度も邪魔され折れそうになりながら、あるいは何度か折れなが
ら、どうにかこうにかここまでたどり着きました。

 感想で。評価で。お気に入りで。ここすきで。
 これまで応援いただいた皆様に、ここで改めて感謝申し上げます。
 それが無ければとっくにエタっていたと思います(苦笑)
 ありがとうございました。

 本作は一旦「完結」分類に切り替えます。
 SS置き場の方はネタが思いついた時に更新しますが、当面は前日譚の『Persona3 Temperance』の方に注力すると思います。

 時間が空きますが、九校戦についても大筋のプロットは出来ているので、連載再開の折にはお付き合いいただければ幸いです。
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