【胸糞注意】 『差別』と『区別』 【完結】   作:ファンネル

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胸糞の悪い話を書きたかった。


前編

 

 深夜のある森の中、一人の男が松明を明りにし、森の中に入って行く。

 その男は小綺麗な衣服を身に纏っているが、顔は黒く髭は手入れがなされていなかった。その事が男の出で立ちを劣らせているようにも見える。

 男がしばらく歩いていると、少し空けた場所に出た。そこは小さな泉があり、蛍が儚い光を出しながら踊っている。幻想郷でも屈指の幻想的な風景と言えるだろう。

 しかし男の興味はそこには無かった。

 男はおもむろにあちこちを見渡し、何かを探している。そして、とうとう目的のモノを見つけたようだ。

 

 

「ギ……ギギ……」

 

 

 男の足元には、木の根元を掘り出した巣穴のようなものがある。その奥からなんとも言えない鳴き声が聞こえてくる。

 男は巣穴に手を入れ、そこから目的のモノを掴みとると一気にとりだした。

 

 

「ぴぃ……ぎぃ……」

「へへへ。マジで気持ち悪いな、こいつ等……」

 

 

 男は醜悪な笑みを握られている物に向けた。

 男の手に握られているのは虫の幼虫だ。ただの虫じゃない。その幼虫は芋虫のような形をしており、大きさは男の掌に収まりきれない程の大きさをしている。

 この幼虫は虫の妖怪の幼虫だ。

 今はまだ幼体で掌サイズだが、これが生体になると人間ほどの大きさに変わり、他の獣たちを捕食するようになる。

 男はその幼虫をそこらに放り投げ、再び巣穴に手を突っ込んで同じように他の幼虫たちを取りだしていく。

 全部で5匹の幼虫が男の手によって巣穴から引きずり出された。

 

 

「ぴぃ……ぴ?」

 

 

 突然、巣穴から出されて幼虫たちは困惑しているようだった。

 帰省本能なのか知恵があるのかは解らないが、幼虫たちは男から逃げるように巣穴の中に戻ろうとする。

 だが、幼虫たちが巣穴に戻る事は無かった。

 

 グチャッ!

 

 突然、気持ちの悪い音が男の足元から発せられた。

 男は虫妖怪の幼虫を踏みつぶしたのだ。

 即死だっただろう。辺り一面に、幼虫の体液がばら撒かれ、幼虫の何匹かにも体液がかかった。

 幼虫たちは、大急ぎで男から離れようとする。

 妖怪の幼虫だけあって、危険を察知する知恵はあるようだ。だがまだ幼い幼虫の姿では、人間の男の歩く速さには勝てない。

 

 

「おいおい、逃げんなよ。これからが楽しいんだからさ」

 

 

 男は幼虫たちを蹴飛ばし、巣穴から遠ざけた。体の柔らかい幼虫では男の蹴りでも脅威だった。

 

 

「ぴ……ぴぃ……」

 

 

 蹴り飛ばされ、唸りながら幼虫たちはそれでも男から離れようとする。

 この男は危険だ。何故かはわからないが、自分たちを殺そうとしている。そのように幼虫たちは考えていた。

 男は、幼虫の一匹に、燃え盛る松明を近づけた。

 

 

「ギッ!ピギギギギッッッ!!!!」

 

 

 炎の熱を受けた幼虫は、唸りながら体をうねる。しかしそれでも炎は消えない。

 炎は幼虫の皮を破り、中の肉を炙る。肉は溶けだし、体液と混ぜあってドロドロの液体に変わり外に溢れだす。 その痛みは想像を絶する痛みであろう。幼虫はしばらく苦しみながら、とうとう動かなくなった。

 男は他の幼虫たちに対しても、同じような残虐な方法で殺害して行った。そしてとうとう幼虫は全滅してしまったのだった。

 

 この幼虫は確かに妖怪だ。

 しかし人間を襲うような危険な存在と言えばそうではない。むしろ人間を恐れ、自ら関わろうとはしない妖怪だ。

 成長し、成体となってもそれは変わらない。食す分だけ獲物を狩り、時期が来たら産卵に相応しい場所を見つけて、そこで子を産む。子供を残した後、成体はその場を去って死を待つ。

 妖怪と言えど、その種類は千差万別。

 この虫たちのように、ただ虫から妖怪に変わっただけの存在だっている。その結果、ほんの少し普通の虫よりも強くて賢くなっただけで、後は普通の虫と変わらなかったりする。寿命だってほんの数年足らずだ。

 

 ならばこの男の凶行はどういう事か?

 

 なんて事は無い。ただ単に男は何かを殺してみたかったのだ。ただそれだけの理由だった。

 男はここからすぐそばの村に住んでいる。男はここが妖怪がいない森だと言う事を知っていた。この森は虫妖怪たちの産卵の場。蛍がうろつく澄んだ湖が存在し、なおかつ外敵が存在しないため産卵にはもってこいの場所だったのだ。

 

 男がそれを知ったのはつい最近の事だった。

 人間を襲わない、関わらない――そんな妖怪たちの場であったために村人たちもコレと言って今まで感心を示さなかった。

 だが男は、その虫妖怪と言うのがどういう妖怪なのか興味があった。そして探してみれば、なんて事は無い。ただ単に普通の芋虫を何十倍に大きくしただけの存在だった。

 その時、男の中で何かが呟いた。それは男自身の心だったのか、『こんな妖怪だったら俺一人でも殺せるんじゃないか?』等と考え出したのだった。

 

 そして今回の凶行に走った。

 

 実際に殺した男が感じたのは果てしない幸福感だった。

 命は大切な物。粗末にしてはいけない。そんな道徳観念に反する背徳感に男は酔いしれていた。

 それどころか、人間に仇なす危険な妖怪を自分は殺したのだと、罪悪感ではなく達成感に覆われていた。

 

 まるで自分は英雄になったみたいだと、男はとてもスッキリした顔で森から去っていく。

 

 その男の凶行を目撃したモノはいない―――淡い光を放ち踊り続ける蛍たち以外は………。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 博麗神社に珍しく人盛りが起きていた。

 しかしお祭などと言う陽気な雰囲気は何処にもない。皆、ところどころ傷を負っていて、切羽詰まった様子だった。

 

 

「――何があったの?」

 

 

 霊夢は、村の代表らしき人物と話をしていた。

 代表は何かしらの依頼で来たようだった。

 

 

「はい。突然、村に虫の妖怪の集団が現れ、人間を襲い始めたのです。幸い、死者は出てはおりませんが、けが人が多数出る被害を受けました」

「虫の妖怪?」

「はい。不思議な事に、家畜や畑には一切手を付けず、家を破壊し回り、人間に危害を加え始めた……いいえ、それも少し違いました。人間を襲うと言うよりも、何かを探していたような……そんな感じを受けました。我々もただ黙って家を壊されるわけにもいかず、反撃に出たのですが……」

「それで、やられたと言うわけね」

「はい・・・・・・」

「ふ~ん……」

 

 

 霊夢は少し違和感を感じていた。目の前の男に対してではない。その件の虫の妖怪の事だ。

 幻想郷の妖怪たちの種類はそれこそ千差万別だ。話しの通じる妖怪もいれば、言語を解せず、限りなく野生に近い妖 怪もいる。

 そして、そう言った野性に近い妖怪たちは、何かの目的意識にとらわれず、生物としての本能で動く事がほとんどだ。

 今回の件――畑も家畜も荒らさず、人間たちの家を破壊し回り、何かを探している。明らかに目的に沿っての行動している。詰まる所――今回の件には背後で糸を引いている奴が存在すると言う事だ。

 だが、それでも分からない。意思を持つ妖怪が何故、幻想郷のルールを破ろうとするのか……。

 人間を襲う事は禁じられている。

 もしそのルールを破ったらどうなるかくらい、そこらの妖精にだって解る筈だが……。

 まあ、今それを考えた所でどうしようもない。まずは現地に行ってゆっくりと調べようと、霊夢は考えた。

 

 

「分かったわ。まずは貴方達の村に行くとしましょう。それでもし本当に人間に危害を加えるような奴だったら討伐しますから」

「おお! ありがとうございます! 博麗の巫女様!」

 

 

 これは久しぶりにスペルカードルールに則った戦いではなくなるかもしれないと、霊夢は封殺用の札を多量に持ち、村人たちの案内で件の村へと行く事になった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 件の村に到着した霊夢は目を見張った。

 家と言う家がすべからく破壊されている。聞いていた情報よりも酷い有様だ。

 しかし、驚いているのは霊夢だけじゃなかった。いや、むしろ霊夢よりも村へ案内していた者たちの方がよっぽど驚いているように見える。

 

 

「ど、どういう事だ……これは……」

 

 

 一人がそう呟いて、力が抜けたように膝をついた。

 その時、村の方からこっちに駆け寄って来る者たちが居た。どうやらこの村の村人のようだ。

 

 

「村長! 戻って来たのですね!」

「これは一体どういう事だ!? 何故ここまで村が壊滅している!?」

「村長たちが出かけた後、しばらくしてまた虫の妖怪どもが襲ってきたんです! 途轍もなくでかい虫だった! 鋏を出したり、糸を吐き出したり――あんな化物見た事がない!」

「落ち付け! 死んだ者は? けが人はいるのか?」

「いいえ、死者はいません。怪我をした奴らも大した事のない軽傷で済んでいます。ただ……」

「ただ?」

「村長、あんたの所の長男が虫たちに連れさられました……」

「なに……ッ!?」

「虫たちは、あんたの長男を捕まえた後、森の中に……」

 

 

 村人たちが狼狽している最中、霊夢は他の所に注意をしていた。

 村長が言うように、家畜のニワトリや畑は荒らされた形跡は何処にもない。ただ、人家だけが被害を受けている。

 おまけに人間を攫うという行動。普通の野性の妖怪では決してない。

コレで確定的だ。

何かが背後にいる。明確な意思を持った何かが……。

 

 

「博麗の巫女様! お願いします! せがれを……せがれをどうか助けてやってください!」

「ええ。無事だったらもちろん助けるわ。ただ……万が一の事も考えておいて」

「そ、それは……分かっています。ならば、その時はせめて亡きがらだけでも……」

「分かったわ――確か、森の方だったわね。後は任せて」

「よろしくお願いします」

 

 

 霊夢は村長たちとの話しを終え、森の中に入って行った。

 森の中は、なんと言うか、一言で言ってしまえば、平和な森だ。魔法の森のように瘴気が充満しているわけでも、有害なガスが出ているわけでもない。むしろ清涼とした場所だと霊夢は感じた。

 霊夢は移動しながら、件の虫妖怪について考えていた。

 そしてふと、永夜異変の時の事を思い出した。

 あの時――あの終わらない夜の異変の時に自分と八雲紫に弾幕勝負を仕掛けてきた妖怪がいた事を。

 

 

(確か名前は……リグル。リグル・ナイトバグとかいう名前だったわね)

 

 

 虫を操る程度の能力を持った妖怪。

 今回、村を襲ったのは虫の妖怪だという。ならばこの件に絡んでいる可能性は非常に高い。

 首謀者ならば今度ばかりは看過できない。弾幕勝負ではなく完全な討伐だ。そう考えながら霊夢は森の中を進む。

 

 霊夢がしばらく森の中を探索していると、地面に何かが這ったような跡がある。とても大きい――人間よりも大きいな何かが通った跡だ。だがそれよりも目に付く物がある。

 血痕だ。

 這った跡と共に森の奥へと点々と続いている。しかし量は大したことはない。もしかしたらまだ生きているのかもしれないと、霊夢は血痕の跡をたどり、森の奥へと進んで行った。

 そして霊夢は空けた場所に出た。

 そこは湖がある――時が時であったならば、きっと素晴らしいリラックスエリアとなっていただろう場所であった。

 そして霊夢はそこで見た。途轍もなくでかい虫の化物を。

 

 

「――ひぃ……た、助けて……」

 

 

 その虫の出で立ちは、まるでサソリを思わせるような形をしていた。しかしどう見てもサソリではない。蜘蛛のような強靭な足に、そこから触手のようなものまで生えている。さまざまな昆虫が合わさったような混合的な妖怪なのかもしれない。

 そしてその混合虫の挟みに人間の男性が挟まれている。

 男は酷く怯えている。

 そして、そんな男を混合虫の上から冷静に観察している小さな少女がいた。

 緑色のショートの髪に、羽を思わせるような黒いマント。リグル・ナイトバグだ。

 

 

「――助けて?……何言ってんのさ?君さ、この子の子供たちを殺したよね? ――何で?」

「ち、違うッ!俺じゃ――!」

「しらばっくれないで。数日前、ここで君の姿を蛍たちが見かけてるの。犯人は君だよ」

「ほ、蛍!?」

「ええ。あ、言ってなかったっけ? 私、虫たちと意思の疎通が出来るの。そう言う妖怪だからね」

「よ、妖怪ッ!?」

「――で、なんで殺したの? 理由を聞かないうちに殺したら、一方的に私たちが悪いって事になっちゃうからさ……あんたをここに連れてきたのもそのため。人間たちの村じゃろくに話も出来ないからさ、きちんと話しの出来る場所に連れて来てあげたの。――で、なんで?」

「か、勘弁してくれ! 許してくれッ!」

「許す?――何を言っているの!? 何をもって許せと言うのッ!!?」

 

 

 リグルが怒鳴った瞬間、混合虫の挟む力が強まった。

 男はうめき声をあげながら許しをこうた。だが、男が謝罪すればするほど、リグルにとって火に油を注ぐ行為となる。そしてそれは男を挟んでいる混合虫もおなじだ。徐々に挟む力が増していく。男は恐怖と激痛でうめき声をあげている。

 さすがにもう限界であった。

 霊夢は様子見を止めて、リグル達の前に姿を現した。

 

 

「それ以上は止めなさい」

「――ッッ!?」

 

 

 霊夢の姿を見たリグルは驚愕した。

 いつの間に、そしてどうしてここに――いや、それよりも彼女は博麗の巫女だ。

 傍から見ればこの光景は、自分たちが人間を襲っているように見える。そのように捉えられてしまったら、討伐される恐れがある。

 勝てるわけがない。

 彼女は幻想郷のシステムそのものなのだから。

 永夜異変の時に何も知らずに弾幕勝負を吹っ掛けたが、呆気なくやられた。その時の記憶がリグルの中に流れ出した。

 

 

「み、巫女様! 助けてください!」

 

 

 怯えるリグルに対し、男はこれで助かると、安堵の顔をした。

 だが、リグルは怯えながらも男の前に立ち、霊夢と相対する事となった。

 

 

「――こ、この男を助けに来たの?」

「まあ一応ね。で、その男性を解放しなさい。そうすれば、未遂って事で今回は見逃してあげるから」

 

 

 言い返せば、解放しなければ討伐すると言っている。リグルにもそれが理解できていた。 リグルは震えた。目の前の強者に対して。

 だが、それでもリグルは応じなかった。いや、応じられなかった。

 

 

「だ、駄目……駄目ッ! この男は……こいつだけは返せない!」

 

 

 リグルは震えながら霊夢を睨みつけた。

 対し、霊夢はため息をつきながら言葉を返した。

 

 

「一応、聞くけど……村を襲ったのはその男性を探すため?」

「そ、そうよ! で、でも他の人間たちには危害は加えていないわ! 家とかは確かに壊しちゃったけど、それでも誰も死なせていない! 大怪我した人もいない筈よ! 畑も家畜も荒らさなかった!」

「まあ、確かにそうだったけど……で、その人はあんた達に何かしたわけ?」

「したわよッ! こ、この男は――この男は、私の仲間の……この子の子供を殺したのよッ! 何も人間に対して悪い事していなかったのに……こいつはッ! この男は笑いながら殺したのよッ! だからこれは復讐なのッ!」

「復讐?」

「そうよッ!復讐よッ!」

 

 

 霊夢はふと男の顔を見た。

 男は怯えるように霊夢から目をそむけた。そしてそんな男の反応を見て、霊夢はリグルが言っている事が本当なのだと言う事を確信した。

 そしてリグルは同意を求めるかのように霊夢に対し叫んだ。

 

 

「解ったッ!? 今回ばかりは正しいのは私たちなんだから! 解ったならここから出てって!」

「ふ~む……」

 

 

リグルは何の反論もしない霊夢に対し、説得が成功したかと考えていた。

だがそれは違っていた。霊夢は少し唸った後、なんの躊躇いも無く言った。

 

 

 

「――断る」

「……え?」

 

 

 

 余りにもハッキリ言うものだからリグルは呆気に取られていた。

 だが霊夢はそんなリグルを介さず、言葉を続ける。

 

 

「聞こえなかったの? 私はその男性を助けるよう依頼を受けたのよ。あんた達の事情なんて私の知った事じゃない。さっさとその人を開放しなさい。でなければ貴女達をこの場で討伐するわよ」

「ちょ……き、聞いていなかったの!? この男は私の仲間を殺したのよッ!?」

「聞いていたわよ。聞いた上で言ったでしょ? あんた等の事情なんて知った事じゃないって。大体、この幻想郷で人間を襲い、殺してしまえばどうなるのか……そんな事も知らないのかしら?」

 

 

 きっぱりと霊夢は言った。

 地団駄を踏むリグルが憤怒をよりその顔に表せて言葉を重ねるが、霊夢は頑なにそれを拒むばかりだった。

 ついには涙声を張り上げながら叫んだ。その姿はまるで幼子が癇癪を起している姿に似ている。

 

 

「な、なんで……なんでなのッ!?何で人間ばっかりッ! ――お前たち人間はいつもそうだッッ!!」

「……『いつも』?」

 

 

 『いつも』、と漏らしたリグルに、霊夢は僅かばかりの引っかかりを感じ、反射的に尋ね返してしまった。

 リグルは涙声で叫び続ける。

 

 

「そうよッ! 人間はいつもいつもいつもいつもッ!人間は私たち虫妖怪を退治しても何も咎めを受けないッ! そして私たちが人間を襲うと一方的に悪者扱いッ! この前、人里の子供が言ってたッ! いや子供だけじゃない大人たちもだッ! 虫の妖怪は気持ちが悪いって! いなくなれば良いってッ! そうすればもっと平和になるとか言ったんだ!なんで私たちがそんな事言われなくちゃいけないのッ!? 何で知らない人間たちにここまで言われるの!? 私たちは何も悪い事なんかしていないのにッ! そして人間が私たちに酷い事をしても誰も悪い事だって言わないッ! こんなのあんまりだよッ! 不公平よッ!」

 

 

 リグルはなにかが溜まっていたのだろう。

 鼻水をすすりながら、嗚咽を漏らし続けている。

 

 

「不公平……ねぇ」

「不公平じゃなかったらなんだって言うのよッ!? 霊夢さん、確かに虫の妖怪の中には人間に害を与える者たちもいる。だけど、この子のように言葉は話せなくても、知恵を持って人間に害を与えなよう生きている妖怪だっているのよッ! 霊夢さん聞いて。虫の妖怪の中には人間の害になるどころか、むしろ外敵から守ろうとしている妖怪だっているのよ!でもその子たちは人間からしてみれば醜悪な外見をしていてね、ただ気味が悪いとか言われて殺されたのッ!うんうんッそれだけじゃないッ! 畑の近くに現れただけで、森まで追いかけて来て、巣どころかコロニーまで根絶やしにされた事もあった! それなのに、人間に仕返ししようとすればすぐに悪者扱いッ! なんで人間は私たちを差別するのッ!私たちだって生きてるのに……! 必死で生きてるんだ! なのに何で私たちだけこんな目に合わなくちゃいけないのッ!? こんなのおかしいよッ!」

「へえ……」

 

 

 己の内に秘めた激情を乗せて長々と吐き続けるリグルをよそに、霊夢が抱いたのは意外にも哀れみと言う感情だった。

 それと同時に、目の前のリグルを感心した。

 リグルは賢い。そしてその賢さが自分たちの置かれている現状、あり方を明確に認識している。

 

 妖怪と人間。

 確かに彼女の言う通り、この幻想郷は人間にかなり有利な法が存在している。

 人間を襲ってはならない。人間に危害を加えてはならない。人間の生活を脅かしてはならない。妖怪同士で勝手に暴れまわらない、人間が困るから――。

 しかしそれでいて人間が妖怪に対し、何かしたとしても罪にもとわれないし、そもそも人間が妖怪を討伐してはならないと言う規律が存在しない。

 

 そして仲間の子供が殺されたと言う事がきっかけとなって、今まで我慢していた部分が露呈してしまったのか――現実が背中を突き立てる不条理さに抑え込んでいた感情を爆発させたリグルは泣き崩れるように叫んだ。

 

 霊夢はそんなリグルを見て、本当に哀れだと思った。

 そして教えてやらなければならないと考えた。

 人間と言う物を……。

 


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