とある無力の幻想郷~紅魔館の佐天さん~   作:王・オブ・王

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18,特別講習

 朝、久しぶりに制服を着て学生カバンを持ち、寮を出る。

 鍵を閉めてから私は歩こうとして、私服のポケットから出したお守りを落としたのに気づく。

 私はお守りをポケットに入れてからとりあえず特別講習の場所である“高校”に向かうことにした。

 途中でアケミたちと合流予定だけれど……。

 

 

 

 しばらく歩いて高校の階段を上って昇降口に行くと、完全に閉まっている。

 

「お~い涙子!」

 

 そんな声が聞こえてそっちに行けば、そこには見知った顔。

 いつの間にやら幻想御手の被害者になっていた知り合い三名。

 

「アケミ、むーちゃん、マコちん」

 

 むーちゃんとマコちんの二人はあの階段で疲れたのか座り込んでいる。

 まぁ朝からあの階段はキツいよね。

 とりあえず来客用の入口から入ってくださいと書いてある紙を見て私とアケミたちはそちらへと歩いていく。

 後ろで色々ぼやいている三人だけど、なんとなくわかる。

 ちょっと急すぎる。

 

「涙子もさぁ、ほんとならういはるんと遊びに行く予定だったんでしょ?」

 

「まぁ、しょうがないよ」

 

 立ち止まって言う。そう、しょうがないんだ。

 幻想御手(レベルアッパー)を使っていろんな人たちに迷惑をかけて……私も初春や白井さんや御坂さんや、木山先生に心配をかけて……。

 それで上条さんにもインデックスにも小萌先生にも迷惑をかけた。

 少しトーンが低くなっちゃうのは、たぶん無意識。

 でも三人は後ろで気を使ってくれた。

 

「もぉ~諦め良いなぁ涙子は」

 

「そうそ、そういう女は幸せになれんぞ~」

 

 少し難しいけど、笑顔を作りながら私は振り向く。

 

「もぉ、嫌なこと言わないでよ~」

 

 そう言えば今まで人を好きになったことってないなぁ~。

 恋に恋するお年頃だし、それそろそういう人も作ってみたい気もするけど、まぁ今はいいや。

 とりあえず色々と終わらせて……って何考えてんだか、はぁ~。

 少しだけ元気にしてくれたアケミたちに心の中で感謝しながら、私はアケミたちと一緒に教室へと向かう。

 

 

 教室につけば少ないとも多いとも言えない人数の人たちがいた。

 でもたぶんマコちんがいうように居眠りはできないと思う。まぁしないけど……。

 なんだか紅魔館で居眠りしたらナイフが飛んでくるっていうトラウマが植えつけられたというか、なんというか……。

 

「どいつもこいつもしけた面してんなぁ!」

 

 聞き覚えのある声、そちらを見て私はもれなく全力で目をそらした。

 やっばぁ、姉御さんにあの日倒した不良のみなさんじゃん。

 突然静かになったので私がそちらの方を好奇心故に見てみると、好奇心に殺された。

 姉御さんはこちらを見ていて、不良のみなさんも私を見ている。

 

「お前っ!」

 

 やばっ、と思ったけれどこんな時にくるのが私の救世主。

 

「はいはい、さっさと中へ入っちゃってください」

 

 さすが救世主、私を助けてくれると信じてましたよ。

 ていうかあれが先生というのは信用ならないと思うよ、ほんとね!

 笑顔で『舐めた口聞くと、講習時間伸ばしちゃいますよ』なんてえげつないことを言う月詠小萌先生は、全員を大人しくさせて椅子を使って黒板に名前を書くのだった。

 お説教かと思ったけれど、最初は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)から、初心に戻ってらしい。

 さて、頑張りますか!

 

 

 

 昼の休み時間に入ってから、むーちゃんはアケミにマッサージしてもらっている。

 ババくさいなんて言えば怒るけれど、実際ババくさい。

 

「じゃあ私はアケミでも揉んであげようかぁ~?」

 

「ちょっと涙子ジジくさい」

 

 これは痛い。

 まぁ初春にいわれなれてたりするけど、あぁ白井さんみたくこれを快楽に変えられれば……いや、やっぱ嫌だわ。

 私は大人しく座りなおす。

 再び会話が始まる。午後は体力測定らしい、あんま資料見てなかったから覚えてないや。

 アンチスキルもやってる先生ってどんな先生なんだろ、筋肉ムキムキ、マッチョマンの変態だったらどうしよ。

 

「帰りてぇ~」

 

 三人一緒に同じことを言うけれど、私はやはりそういう風に思えない。

 

「まぁ腐っててもしょうがないし」

 

 マコちんがそう言った瞬間、三人が固まり言葉が止まる。

 私も三人が見ている方向を見れば、そこには姉御さん。

 あちゃぁ~と思いながら私は愛想笑いしてみる。

 

「おい、昼飯付き合えよ!」

 

 これは意外な展開、でもお昼ご飯だけで済むとも思えないので、私は思い出した言葉を口にする。

 

「お弁当忘れた」

 

「なにやってんだよ!」

 

 姉御さんはそう言って弁当を片手に舎弟のみなさんと教室から出て行く。

 え、マジでお昼誘いに来ただけ? というか可愛いですねそのお弁当箱。

 少しばかり姉御さんへの見方が変わったところで私は昼ごはんを探しに、ということで食堂へと行ってみる。

 けれど―――。

 

「はぁ、そりゃ休みだもんねぇ」

 

 うん、当然と言えば当然。

 とりあえずアケミに電話をかける。

 

「あっ、もしもし、やっぱやってなかったわ外に買いに行ってくる。食べてて良いよ」

 

 それだけ言ってから私は電話を切る。

 面倒だけど全力疾走すれば数分で着くだろうし、こんな天気な日には丁度良いかもね。

 さて、と思った瞬間、背後に気配がした。

 

「佐天さん」

 

 声でわかる。

 

「っ、重福さんっ!?」

 

「お久しぶりです。重福です」

 

 そりゃそうか、幻想御手(レベルアッパー)を使った人たちのことを考えれば重福さんだっているはずだ。

 とりあえず気づかなかったことに謝るけれど、重福さんは自分が『影が薄い』という。

 まぁそれを否定するようなことは私にはできない。気づかなかったし……。

 

「あの佐天さんっ」

 

 顔を赤らめて近づく重福さんと同じように私は距離をジリジリと取る。

 

「いつも私のメールにお返事をくれてありがとうございます!」

 

 まぁ確かに昨日も、一昨日も昏睡から覚めてからすぐに送ってきたみたいだし。

 

「でも、今度は佐天さんから先にメール欲しいなぁっ、なんて!」

 

 いやぁ、これは私完全に惚れられてますわ。ここまで露骨にしてるのに気づかないなんてありえない。

 うん、白井さんに『罪な女ですの』なんて言われたけれど私は重福さんの気持ちに応えるような覚悟もなしし、うぅ~ん。

 とりあえず『気が向いたら』とだけ答えた。

 

「私、佐天さんからのメール毎日楽しみにしてるんです。夢の中でもあえるように携帯を握って寝たり」

 

 すっごい。すっごいよこれ、百合とかいうよりこれはガチですわ。

 

「でも今日は来て良かった、佐天さんに会えるなんて……こんな講習気が重かったけど」

 

 私はそれを聞いて少し愛想笑いが途切れる。

 たしかにこんな講習に呼ばれたのは自分たちが幻想御手(レベルアッパー)を使ったせいだ。

 インチキでレベルを上げようとした自分たちへの罰。

 

「あの、そうだ! 良かったら一緒にお弁当食べませんか!?」

 

「いやぁ私お弁当忘れてきちゃって」

 

「私沢山作ってきちゃったから、佐天さんもどうぞ!」

 

「えっ、でも……」

 

 そんな時、ついつい私のお腹は鳴ってしまう。

 くっ、まったくエレガントじゃない。確実にレミリア様なら『無様な鳴き声が聞こえたわよ』ぐらい言ってくる。まぁ変わりに紅茶の中ににんにくの絞り汁を混ぜてやったり。

 なんてトリップしてる場合じゃない。

 是非いただきましょう!

 

 

 

 中庭の木陰にあるベンチで私たちは座っていた。

 二人でお弁当をつつきながら、話をする。

 重福さん、最初はガチな人かと思ったけど、いやガチだけど思ったよりも良い人みたいだ。

 同じガチでも白井さんみたいな感じじゃないし、新鮮と言えば新鮮。

 

「私、教室にいるとなんだか息苦しくて、なんか、責められてる気がして……」

 

「なんでよ、みんな同類じゃん」

 

 わからなくもないけれど、私は励ましてみる。

 

「ええ、みんな同類だから同類ばっかり集められて……こういう講習、この先もあるんですかね」

 

「さぁ……でも、もしそうだとしても仕方ないと思う」

 

 私は空を見上げる。

 才能とかじゃなく、努力してる人たちもいる。だけれど私たちはインチキをしようとした。

 それこそチートを使おうとしたんだから仕方がない。そう考える他ない。

 

 ―――仕方ないんだよ。

 

 

 

 昼休みが終われば全員が体操服で校庭に集合した。

 姉御さんの舎弟がボヤけば、姉御さんが怒る。案外真面目な人だよねぇ。

 また怒られてるよじゅんたさん。

 アケミがやっぱこえぇってさ。

 

「そう言えばあの人と涙子知り合いだったの?」

 

 まぁ昼の流れを見ればそう思うよね。

 でも理由を話すわけにもいかないし……なんて考えてたら教師がやってきた。

 

「はい、注目! 体力トレーニング講習を受け持つ黄泉川だ!」

 

「げっ」

 

「げってなんだ佐天涙子ぉ?」

 

 そりゃげって言葉ぐらい出てくるって。

 ここ一ヶ月で会うの何回目よってぐらい会ってる気がする。

 というよりこの人も私がここにいる理由は知ってるんだろうと思う。

 アケミたちも姉御さんも後ろの重福さんも『知り合いかよ』ってな感じになっている。

 

「とりあえず、よろしくじゃん?」

 

 気だるそうだったり真面目だったり、みんなそれぞれ挨拶は一応する。

 

「よぉ~し、じゃあさっそく持久走いってみようか!」

 

 ざわざわと騒ぎ出す面々。

 

「へっ、限界にチャレンジじゃん?」

 

 なぁんて言いながら黄泉川先生は私に近づいてリストバンド四つを渡してくる。

 

「はい?」

 

「手足につけな」

 

 そう言われて持つ―――ってなにこれ重い!

 そこそこ重いそれを手足につけて、私は気だるさを感じる。

 アケミたちは私を見て黄泉川先生を少し鋭い目で見た。

 

「涙子が生意気言ったからってこれはどうなんですか?」

 

「ん、そんなつもりはないじゃん、あんたらと一緒に普通に佐天が走ってたらずっと終わらないからハンデをつけさせたんだよ」

 

 アケミたちは幻想郷に行ったあとの私のことを知らないからこそ、こう言う。

 けれど姉御さんもその舎弟さんも重福さんも頷く、なにこれ私脳筋フラグ……。

 というより私このまま走るの?

 

 

 

 結局このまま走ることになった。

 走れ走れと野次を入れる黄泉川先生、ダメだと思ったら手を上げろなんてことを言いながらさっき手を上げた太っちょさんが走らされてる。

 アケミたちには悪いけどペースを早めさせてもらう。

 黄泉川先生にも同じペースで走ってたら完全に手を抜いてると思われるだろうし、疲れるためには走るしかない……。

 だけど案外手足につけたバンドが体力を削る。

 

「っはぁ……はぁっ……!」

 

 アケミたちや姉御さん、重福さんも全員ダウンしているけれど私ももう限界だ。

 足が痛くてしょうがないしフラフラする。

 手を上げて私も走れないことをアピールしたけれど、黄泉川先生が隣りで走るのみ。

 やっぱり拷問ですかぁ?

 

「ギブアップか? そのバンドつけてるわりにもったじゃん?」

 

 もう上げてる手も痛いですよ。

 

「はいっ……もうっ、もうっ」

 

「よし、最後一周ダッシュじゃん!」

 

 うぇぇ!?

 ついつい声に出してまで驚いてしまうけれどよこの黄泉川先生はすぐに顔をこわばらせた。

 

「ダッシュ!」

 

 仕方ないので手足をさらに限界に追い込んでスピードを上げる。

 あれ、案外行けるもんだね。とりあえずさっきよりは早く走れるのは目標が目の前だからだと思う。

 そしてラスト一周を終えた瞬間、私は膝が笑って地面に座り込んでしまった。

 

「いいじゃん! いいじゃん! じゃ、もう一周行こうか!」

 

「っ……無理です」

 

 私は顔を上げて言う。

 

「立て」

 

 真っ直ぐとした声、その声は怒るようなものでも誰かを虐げるようなものでもない。

 それぐらい紅魔館の末端だった私でもわかる。

 けれどその真意まではつかめない。

 

「あと一周頑張れ」

 

 くそっ! やりますよっ、やってやりますよ!

 心の中で悪態をついて立ち上がろうとした瞬間、声が聞こえた。

 

「んなのトレーニングじゃねぇ!」

 

 黄泉川先生に噛み付いたのは姉御さんだ。

 私を一目見た後に黄泉川先生を睨みつける。

 

「トレーニングじゃん」

 

 あっけからんという表情で言う黄泉川先生。

 

「どこがだ、ただのしごきだろうが、えぇっ!?」

 

 黄泉川先生の胸倉に掴みかかる姉御さん。

 

「ほんとのことを言ったらどうだ! 罰なんだろ、この講習はあたいらに罰を与えるためのもんなんだろ!?」

 

 その怒鳴り声は私たちには痛いほど通じるというもので、私たちの疑問だ。

 この講習は幻想御手(レベルアッパー)を使ったことへの罰、私もそう思う。

 だけどもう一つわかるのはここにいるあの量子変速(シンクロトン)の人だって姉御さんとその舎弟さんだって、みんな幻想御手(レベルアッパー)を使ったことが悪いことだと思ってる人たちばかりということ。

 だから甘んじてこの講習をみんな黙って受けている。

 

「勘違いじゃん」

 

 でも黄泉川先生はそれでも罰じゃないと答えた。

 

「じゃあこの持久走にどんな意味があるのか説明してみろぉっ!」

 

「限界を超えることに意味があるんじゃん?」

 

 その意味がわからないほど私も馬鹿じゃない。

 いや、幻想郷に行っていなければ馬鹿の一人だったけれど、限界を超えて私はフランを助けることができた。

 限界を超えることに意味はある。

 けれど限界を超えてもまた新たにある限界に、それに挑めるほど“私”は強くない。

 

「ほらアイツ」

 

 黄泉川先生が指を向けた方には最初の方に限界と言った太っちょさん。

 

「真っ先に手を挙げたくせにまだ走ってる、もう無理だって諦めたらそこで終わる。自分でもわからない力がまだあるかもしれないのに」

 

 自分でも、わからない力……。

 

「こいつだって」

 

 黄泉川先生は次に私を見た。

 

「もうダメだって思ってから一周走ったじゃん、しかも重りを持って……その一周した力ってなんなんだろうな? 能力開発も同じことじゃん、自分で自分の限界を決めちまったらだめじゃんってこと」

 

 圧倒的正論、その雰囲気、生徒を思う一教師としてのその姿に私は圧倒された。

 

「屁理屈、言ってんじゃねぇ!」

 

 姉御さんが殴りかかったけれどその拳はあっさり受け止められて、流れで片足を蹴られ、そのまま背中から転ばされる。

 流れるような手さばきに私は内心ワクワクしたものを覚えるけれど、黄泉川先生とそんなことをしたってしょうがない。

 それにしても今時生徒に手を出して怒れる教師なんて……グレートティーチャー黄泉川じゃん。

 

「姉御、大丈夫ですか!?」

 

「てめぇ、教師だからって容赦しねぇぞ!」

 

「講習は終了じゃん」

 

 そんな言葉に、私は驚いた。

 黄泉川先生は空を見上げる。

 

「時間なんだよ」

 

 そんな言葉とともにあんなに晴れていた空は曇り、雨が降り始める。

 レミリア様ならもれなく激痛に身をよじることだろう。

 吸血鬼が弱いのは流水……なんて考えてたら雨は本格的に降り始めてて私はそんな中座っていた。

 

「行きましょう佐天さん、濡れてしまいますよ。まぁ濡れた佐天さんは佐天さんで……えへへ、ふひっ」

 

 私はほぼ無意識のままたって校舎に向かっていた。

 たぶんあの声は重福さんだと思う。更衣室である教室で着替えをする面々、貸し出されたタオルを頭の上に乗せて私は再び考えに浸る。

 わかってた。能力がすべてじゃないってわかってたのにどうして使ってしまったのか……。

 守りたかった人がいるから、だけ……でもそれは大きな理由になると思う。

 けれど幻想御手(レベルアッパー)を使う、というのは……。

 

「諦めたらそこで終わるじゃん!」

 

 むーちゃんが黄泉川先生の真似をしてる。

 マコちんは似てると苦笑したあとに携帯の画面を眺めた。

 

「でもそれって綺麗事だよね」

 

「それよか、あの不良のお姉さんが言ってたみたいに、やっぱこの講習って―――」

 

「罰だろ!」

 

 アケミの言葉を引き継ぐ形で言う姉御さん。

 苛立ったような言葉にアケミたちは少し怯えたような表情を向けるけど、そこまで怖がる相手……か。

 今の私は力があるからそれほど怖くはないけれど多分力が無ければ怖かっただろうし。

 

「たくっ、意識不明になるわこんな講習受けさせられるわ、踏んだり蹴ったりだ! やり方が陰湿だよ、講習なんて言わずに素直に懲罰って言えばいいのによぉっ! たく、あたいらのどこが悪いって言うんだよ、簡単にレベルが上がるなら何使ったって良いよなぁ」

 

「そうですよね~」

 

 姉御さんの言葉に、アケミたちはただ愛想笑いをしながら頷く。

 だからこそ、私は黄泉川先生と小萌先生のことを誤解させないためにも言っておきたかった。

 

「でも、そこで色々な人に迷惑をかけたんだから罰を受けて当然だと思う」

 

 私の言葉に、姉御さんは瞳を鋭くする。

 後ろでアケミたちは私の名を呼ぶけれどそれで引き下がれはしない。

 

「あぁ、気に食わないね。あたいから幻想御手(レベルアッパー)を奪うだけの力があったあんたがなんであんな教師の言うことを聞いてんだよ、お前なら簡単にアイツのことボコせたろ?」

 

 その言葉に私は否定せずに頷く。

 黄泉川先生も所詮は人間の範疇だ。妖怪や人外に近い巫女を相手にしてきた私とで差があるのは当然。

 それでもただ鍛えている人間の中ではトップクラスに強いと思うし苦戦もする。

 ただ勝てるという問題でもない。論点は罰ならば受けなくていいかということで、それとこれが罰なのかということ。

 

「でもこの講習に来た人たち、みんなわかってたはずだよね。なんで呼ばれたかなんて、それでも来たってことは後ろめたい部分があったはずなんだ、貴女だってそうでしょ?」

 

 図星なのか、少しばかり姉御さんはひるむ。

 

「悪いことだってわかってるけど、どうしても今すぐ力が欲しくって幻想御手(レベルアッパー)を使った。それ自体はそんな悪いことだとは思わないんだ。私も」

 

 自分を正当化しているかのような私の物言いに、私自身としてもあまり快くはない。

 けれど自分のためじゃなく、姉御さんの、みんなのために言いたいことでもある。

 

「けどそこで努力をやめちゃダメだって、楽して能力がレベル1上がったからってそこでゴールするんじゃなくて新しい限界を乗り越える。いつだって目の前にあるその壁を乗り越えるんだって、黄泉川先生は言いたかったんだと思う。確かに綺麗事だけど、これは事実だし私だって限界を乗り越えてレベル0でも能力者と充分戦える力を持ったんだ」

 

 姉御さんとの距離を詰めていく。

 

「だから元の場所に戻ってきた“私たち”がズルをして得た場所に再び上がるために、この講習はあるんだと思うし一時でも得た“あの場所”へと這いずってでも上がりたいなら……罰は受けなきゃいけないんだ」

 

 姉御さんが一歩下がるけれど私が一歩を踏み出す。

 

幻想御手(レベルアッパー)を使ったのには好奇心もあるだろうけれど、ここに来た人たちは後ろめたいことや罪悪感を感じてここに居る」

 

 壁へと背をつける姉御さん、私はそんな姉御さんの前に立つ。

 

「もし貴女がこれから目の前のハードルを越えようとして、それがダメで誰かに笑われて、それから自分を守ってまだ頑張ることをやめないなら……その時は私が、幻想御手(レベルアッパー)なんかじゃなくて私が―――」

 

 私は心からの笑顔を姉御さんに向ける。

 

「まずはその幻想を守りぬく」

 

 訪れる沈黙。最初に動いたのは姉御さんで顔を赤らめて私から逸らすと教室を出て行ってしまう。

 まさか今の私の台詞が長くて臭かった!? いやいや、なんかそう考えてたら恥ずかしくなってきたっ!

 あぁ~今頃笑われてたらどうしよぉ~!!

 

「る、涙子このおバカ! 怖いもの知らず!」

 

 アケミが背後からそう言うけれど、姉御さんにあまり恐怖を感じたことはない。

 最初は凄い眼力だったけれど、レミリア様や咲夜さんにおよばないし、途中から少し弱まった気もする。

 

「一度倒した相手に、油断はしないけど恐れまでだく必要は無いよ」

 

 そう言って笑うと、アケミたちはキョトンとしている。

 

「なんか涙子変わったね、いやダメってことじゃなくてさ、良い!」

 

 マコちんがそう言うけれど、私自身そこまで変わっているという気がしなかった。

 身体能力や動体視力がダンチなのはわかるんだけどなぁ~。

 私はそう考えながら体操服を脱ぐ。

 

「涙子、線入ってる!」

 

 お腹のことを言ってるんだと思う。

 確かに、きにしなかったけど縦に線が入っている。

 

「あまりガチガチすぎるのはどうかと思うけど一本線入ってるぐらいならセクシーだよねぇ」

 

 なんか妙にマコちんもむーちゃんも触ってくるけど、なにアケミ顔逸らしてるの?

 まぁとりあえずくすぐったいからやめてほしいな~。

 とか思いながら私は制服に着替えるのだった。

 

 

 

 再び教室内で授業を受けている最中、小萌先生が話を始める。

 

「勘違いしているようなので念押ししておきますね、この講習は幻想御手(レベルアッパー)使用者を罰するものではありません。確かにレベルを上げるために安易に幻想御手(レベルアッパー)に手を出したのは褒められることではないですよ、ですが、それを必要以上に悔いたり自分を責めたりする必要はありません。罰ということであれば皆さん意識不明の重体に陥るという辛い経験をして、すでにその身をもって贖っているのです。だから今度はその経験を活かすべきだとは思いませんか?」

 

 みんなが、じっとその話を聞く。

 姉御さんも重福さんもアケミたちも、黙ってじっとその話を聞いている。

 私ももちろんその中の一人。

 

「皆さんは、幻想御手(レベルアッパー)を使ったことで本来持っていた能力よりも、上のものを経験しましたね? つまり黄泉川先生言うところの『自分が持ってる限界を超えたじゃん』ってやつです。それじゃ、最後の講習に入ります! その感覚を思い出してください。目を閉じて、集中して」

 

 みんな目を閉じるけれど、私は目を閉じなかった。

 私の知っている小萌先生と違いすぎて戸惑っているというのもあるけれど……。

 

「できるだけ細かく、使ったときのことをイメージしてみてください! 皆さん、それぞれの自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を獲得、あるいは強固にする足がかりになるはずです」

 

 小萌先生が私の方を見て、微笑む。

 私はなんとか笑顔で返してから目を閉じる。

 

 ―――私の、私だけの現実……。

 

 神裂と戦ったときに得たあの力。

 握りつぶす、わからないけれどあの時得た能力は確かに私のもので、私だけの現実だった。

 上条さん、インデックス、御坂さん、白井さん、木山先生……そして初春。

 私の周囲で、私が守りたいと思った人たち。

 

『でも頑張ってみようよ……こんなところでくよくよしてないで、前を向いて―――もう一度ッ!!』

 

 思い出していると、突然の光に私は目を開く外からの夕日だった。

 

 ―――うん。

 

 

 

 最後の能力テストが終わって、私はアケミたちと一緒に昇降口にいた。

 アケミたちは能力値が上がったって言ってるけど私はいつも通りのレベル0なんて状況。

 レベル0だけど、ちょっとづつ数値は上がってる。けれどレベル0。

 

「そうだ、このあと特別講習終了パーティーしようよ!」

 

「ねぇ、涙子もいくでしょ?」

 

 マコちんからの言葉に、私は考えながら下駄箱を開ける。

 そして私は苦笑した。

 

「ごめん、私ちょっと用あるから行っちゃってて」

 

 下駄箱に入った手紙を見ながら、私は笑ってしまう。

 三人と分かれてから階段に座って手紙の封を切り、中身を開く。

 やっぱり重福さんか……。

 

『今日は雰囲気を変えて手紙にしてみました』

 

 最初にそんな文字を見て笑ってしまう。

 ハートのシールなんて、いやぁちょっとびっくりしたよ。

 

『今日は佐天さんと再開できてほんとに良かったと思います』

 

 私も重福さんと再開できたのは悪い気はしなかった。

 あんなことがあって、二人して幻想御手(レベルアッパー)を使った仲だからこそ、ほかの私の友達にはわからない気持ちを共有できる。

 少しばかり知らないタイプのそんな友達は私にとってもいい刺激になったんだと思う。

 

『黙々と持久走を走る姿や怖い不良の方々に堂々と意見する姿を見て何やら勇気づけられた思いです』

 

 あんな独りよがりな説教が誰かのためになるなら嬉しい。

 

『今後は佐天さんを見習ってうじうじ後悔せず、強く生きていこうと思います』

 

 ―――強くなんかないよ……。

 所詮、強かったとしてもそれだけだ。心までは強くなれない。

 私は能力検査でもらったカードを見てみるけれど、書いてある数値に上昇が見られても所詮はレベル0。

 

「はぁ、そんなうまくいくわけないか……でも」

 

『また頑張ろう!』

 

 私以外に声が一つ。

 そちらを見れば、そこには持久走で最後まで走っていた太っちょのお兄さん。

 根性がある人は嫌いじゃない。

 お兄さんが気恥かしそうにお辞儀するので私も気恥ずかしくなる。

 立ち上がって、私はお兄さんの方を見て笑った。

 

「またどこかで会う機会があれば」

 

 私はそのまま小走りで階段まで行くと、下に三人見知った顔が。

 

「佐天さ~ん!」

 

「お迎えにきましたよ~!」

 

「まったく、なかなか出てこないからもう帰ってしまったかと思いましたわ!」

 

 わざわざ三人揃って私が出てくるのを待ってたと?

 まったくなんて人たちだろう。私がアケミたちと遊ぶつもりだったらどうしたんだろ……まぁそれよりも考えることは山ほどある。

 私は一歩一歩階段を踏みしめて下りていく。

 

「佐天さんがいないと話が一つも進まない状態なんです!」

 

 階段の下から少し大きな声で私に言う初春。

 

「一体なにがあったの~?」

 

 私は駆け足で階段を降りて三人の元へと走る。

 いつも通り、四人揃って道を歩いていく。

 

「ねぇ佐天さん、映画が良いですわよね?」

 

「は?」

 

 話が進まないって―――。

 

「それより、セブンスミストの屋上でイベントやってるのよ! 楽しそうじゃない?」

 

 御坂さんが興奮気味なので、大体察しがつく。

 

「そんなにゲコ太がご覧になりたいんですの?」

 

「違うって言ってるでしょ!」

 

 違くないでしょうそれは!

 そう言えば重福さんからの手紙以外にもう一枚何か入ってたなぁ。

 言い争いしている二人を置いといて私はもう一枚の紙を見る。

 

『またレベルが上がったりしたらお前にリベンジしてやるからな!』

 

 そんな短文と共に姉御さんからのメールアドレスと電話番号が送られた。

 まったく、なんか眼をつけられちゃったなぁ。

 今夜あたりでもなんかメールを送っとこう、向こうにも登録してもらわないといけないし。

 

「で、二人の意見が分かれていままでずっと?」

 

 初春に聞くと、苦笑しながら頷いた。

 なるほどなるほど、これは私にかかっているということで……。

 

「で、あたしに決めろと?」

 

 三人揃って頷きやがりましたので、私はへの字に口を歪めて考えてみる。

 

「映画ですわよね?」

 

「あっちょっと黒子ずるい!」

 

 しょうがないので、私は手を上げてこの混乱状況をもっと混乱させてやることにした。

 

「は~い! 私プールがいい!」

 

「ええ~! そ、そんな佐天さん!」

 

 初春がなぜ火に油ましましなのかと言いたいばかりの表情をする。

 なぜってこれが楽しいからなのだ!

 前も言ったでしょ、あたりは楽しければオッケーって!

 

「それじゃ初春、やっぱり貴女が決めなさい」

 

「じゃあプールで」

 

 やったー!

 

「即決ですの!? 意義を、意義を申し上げますの!」

 

「私に任せたじゃないですか」

 

 まぁとりあえず行きましょうよ。

 

「ていうか今からじゃ無理じゃないですか?」

 

 その言葉に、全員が沈黙する。

 結局残された道は……。

 

「じゃあ佐天さんの家に行きましょう!」

 

「そうね、黒子良いこというじゃない」

 

 これは酷い。

 

「じゃあ行きましょうか佐天さん!」

 

「仕方ないなぁ!」

 

 とりあえず全員が私の住んでいる寮への道を歩き続ける。

 お菓子やらなんやらを買って家でくだらないことを話して、私がなぜか不幸な目にあったり。

 そんな不幸(日常)が嫌いでない……。

 

 いつか上条さんやインデックスも混ぜて一緒に遊びたいな、なんて!

 

 

 

 

 




あとがき↓  ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。















さて、今回は特別講習でござった!
まぁ色々とあったでござったがうまくまとめられたか心配でござるな(汗
能力会得はできませんでしたがフラグはゲットできたでござる。
次回はとうとう決戦! になるかな? プロットどうりに行けばなるはず……!

では、お楽しみいただけたらまさに僥倖で候!

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