彼女、宵闇の妖怪ルーミアは静かに目を覚ました。
最後にあった記憶は大妖精を止めようとしたらこめかみを刺されたことぐらいだ。
大妖精をぶっ○したいところだけれど、いつものことだと諦めることにした。
それよりもルーミアとしては現状の方が先ほどよりよほど危険に思える。隣りで寝息を立てて寝ているのは間違いなく自らの友達である佐天涙子。
彼女のことはチルノに紹介してもらったが、この性格故すぐに友達として好きになれた。だけれど彼女を自分より好きな人物は山ほどいるこの紅魔館、見つかれば先ほどと比にならぬほどの苦痛が待っているのは間違いないだろう。
「これは、まいった」
ため息をついてから、そっと上体を起こした。だが自分の足に涙子の足が絡みついていることに気づいて汗が流れてくることを自覚する。
これでは脱出できない。
おのれ佐天涙子と思いながら脱出方法を考えていると、ドアが開く音がした。
「まず……」
ルーミアがつぶやいてドアの方を向くと、そこには自分と同じく金髪の吸血鬼。
彼女は唖然とした表情で自分を見ている。
ならばどうするかとルーミアは思った。が、思いつかない。
「ルーミア、涙子と一緒に寝てたのね!」
そう言って笑いながら近づいてくる“フランドール”にルーミアは安心した。
もう遅いが涙子の足から抜け出してベッドを下りると、笑うフランに笑い返す。
「こ、殺されるかとおもったわ」
心底安心するルーミアに、フランは変わらず笑顔でそばに寄る。
「涙子と一緒に寝るだけで殺すわけないじゃない」
またあのパターンにはならない。
ルーミアは気を抜けば叫んでしまいそうなぐらい嬉しかった。
「なんて言うと思った?」
笑顔のフラン、気を抜けば出そうな叫びは意味を変える。
「そ、そーなのかー」
気を失う直前、ルーミアが見たのは自分と話をするフランドールではなく“フランドール・スカーレット”だった。
◇◇◇◇◇◇
ん、やば、どんぐらい寝てたんだろ。
私は体を起こしてまずベッドの横で寝ているであろうルーミアちゃんを起こそうとする。
けれど、そこに居たのは同じ金髪でもルーミアちゃんじゃなくて。
「おはよう涙子」
「あれ、フラン?」
「今ベッドに入ったばかりなのに起きるの早いんだね」
そう言われてから外を見ると日が暮れそうな感じ。
起に来てベッドに入ったのかな?
あれ、じゃあルーミアちゃんは……ん?
なぜか私の部屋の中央にクレーターができていた。そしてその中心で倒れているルーミアちゃん。
「る、ルーミアちゃん!」
私は飛び起きてルーミアちゃんに駆け寄る。
まるでヤムチャのように倒れているその姿を見ると、なぜか悲しくなってきた。
ルーミアちゃんはヤムチャなんかとは違うと言いたいけれど、目の前で倒れているルーミアちゃんは間違いなく、かませ犬のにおいがしたから。
とりあえずゆすってみるけれど、起きる気配がない。
「ルーミアを起こさないで、死ぬほど疲れてる」
疑問も感じるけれど、とりあえずフランもベッドから出たのでヤム―――ルーミアちゃんをベッドの上に乗せた。
とりあえず体はだいぶ楽になった。
「じゃあ涙子、パーティーの準備ができたから行こっ!」
そう言われて私はルーミアちゃんは良いの? と思うも死ぬほど疲れてるみたいだからそっとしといてあげようと思った。
私はとりあえずフランと一緒に更衣室に向かって自分のロッカーからメイド服を出して着る。
「よし!」
紅魔館メイドこと佐天涙子復活!
パーティー会場こと大広間に向かうことにしましょう!
広い紅魔館を歩いて大広間の扉を開くと、大きな音に私はビクッと驚く。
『お帰り!』
なんてシンプルでいて嬉しい言葉だと私は内心泣きそうになる。
鳴らしたクラッカーを持っている面々の顔を見て私は笑顔を向けた。
「ただいま!」
紅魔館のメンバーことレミリア様やパチュリーさんや美鈴さん。咲夜さんに小悪魔さんに、チルノと大ちゃんもいる。
その後ろには霊夢さんや魔理沙さん。
とりあえずみんなが知っている限りの私の知り合いを集めてくれたみたいで、私はまた嬉しくなった。
「久しぶりだな佐天!」
「はい、魔理沙さんもお元気そうで」
「まったく、咲夜にお酒が出るって呼び出されてみれば佐天が帰ってきただけね」
「お騒がせしました」
手元にあるクラッカーを投げる動作、私は見逃してませんよ。
いやぁ、相変わらずのツンデレ、クーデレ? いただきました!
「半年近く居なくなって、どんだけ探したと思ってんの」
ぼそっとつぶやいた霊夢さん。
「ん、半年!?」
私は驚いた。霊夢さんも驚いた。
いや、みんな私が大声を出したことで驚いていた。
「いやっ、別にさがすって言ってもついででアンタを探すのをメインにしてたわけじゃ」
え? なんだって?
というよりそれよりも私的には半年という方がびっくりだ。
まったく気にしてなかったけれどそう言われて始めて気づいた。
「私が幻想郷に来た日と、幻想郷から向こうに帰った間の時間ってわずか数時間のことだったはず、なのに私はあっちに半月もいたのにこっちでは半年?」
完全に時間の経過のしかたがおかしい。
ズレているといっても整合性がない。規則というのがあってもいいはずなのにそれすらない。
まったく頭がどうにかなりそうなぐらいだ。
おかしい。
「まあいいじゃないか涙子、あたしから言わせればこっちに帰って来れただけでも充分だろ!」
そう言いながら楽しそうに背中を叩く魔理沙さん。
まぁそう言われれればそうなんだけれどどこか納得がいかない。
私は渡されたお茶を飲む。お酒は20になってから、ということで飲まない主義なのだ。
一回無理やり飲まされたけどそのあとの記憶がない……なにがあったんだろ。それから霊夢さんが妙に優しくなった気がしないでもないけど、まぁ考えても無駄なのでやめよう。
「そういや学園都市に帰ったんだろ佐天、向こうはどうだったんだ? 前と違って見えたか?」
そんな言葉に、私は頷いた。
けれどあまり嫌なことは考えないようにする。こんなところで辛気臭くなっても良くない。
「はい、おかげさまで沢山変わったことがあります」
笑顔で言うと、周りのみんなは同じように笑顔で頷いてくれる。
私のことを自分のことのように喜んでくれるみんな。
「佐天、そう言えば帰ってきたって伝えたら今度来て欲しいって“けーね”が言ってたわよ」
「ん、慧音先生が?」
私はチルノからの懐かしい名前に聞き返した。
横からレミリア様が顔を出してくる。
「そのけいねって誰なの?」
なんでちょっと声にドス効いてるんですか。
「人里の寺子屋で先生をやってるのよさ、てか霊夢と魔理沙も知らない顔してるじゃん」
チルノはため息をつきながら二人を見る。
あれ、咲夜さんもちょくちょく人里言ってるんだから知ってても不思議じゃないんだけど……。
霊夢さんも魔理沙さんも咲夜さんもチルノから目をそらす。
何かに気づいたのか、チルノがぽんと手を叩く。
「あぁ、三人ともコミュ障だか―――」
瞬間、大ちゃんがチルノの口を塞いだ。
さすがの大ちゃんでも鬼巫女の相手だけは避けたかったんだと思う。言えば地獄を見ること決定だもんね。
とりあえずなんとなく言いたいことはわかった。
霊夢さんはたぶん話しかけられても淡白な返事で返すだろうし、相手の顔も覚えてない。
魔理沙さんは普段人里の空を飛ぶばっかだろうし。
咲夜さんは人を寄せ付けないオーラを漂わせている。
うん、三人が知らないのも無理ない。
「で、涙子とその慧音とかいう奴はどういうつながり?」
フラン、奴なんて言っちゃダメでしょ。
「まぁ人里に買い物に行く時に、話するぐらいの間柄かな?」
毎週2、3は話すし話せば結構長話になるから仲は結構良いけど。
とりあえずそんな感じだしね。
「なら良いんだ」
悪い間柄だと思ったのかな? 心配してくれるなんて可愛いところあるじゃん。
私はクスッと笑ってチルノの方を見る。
口を押さえていた大ちゃんが離れているのを確認してから話の続きに移る。
「で、なんで慧音先生は私を?」
「手伝って欲しいことがあるんだって」
なるほど、と納得してから頷く。
とりあえずレミリア様の方を見ると軽くため息をついてから『許可する』という顔をした。
なんで一回ため息ついたんですか。
「涙子はやっぱり涙子ってことだね」
美鈴さんが笑って言うけれど私には意味がわからなかった。
私は私? なんか変わってると思ったのかな……。
「変わりませんよ私は!」
「そこも問題よね、何人目よ?」
何人目って、何を基準にカウント?
さっきからわけがわからないことばかりなんだけれど、これが半年のブランク。ってわけじゃないだろうし。
まぁいずれわかるかなぁ、なんて思いながら返事を返す。
「あぁ、そう言えばみなさん。イギリス清教って知ってます?」
私がそう言うと、少しばかり会場の空気が変わった。
あぁ~やっちゃいました? 空気を読んだ発言ができないことを後悔しながらも私は黙っていることにした。
やばいなぁ~。なんとも言えない空気を出しているのはレミリア様とパチュリーさんと小悪魔さんと美鈴さんの四人。
最初に口を開いたのはパチュリーさんだった。
「あの馬鹿な女の作った宗教、まだやってたのね。涙子、後で部屋にきなさい……違うのよみんな、私はそういう意味で言ったんじゃないの」
なぜか必死で何かの弁解を行うパチュリーさんだけど、なにを疑う必要があるんだろうと疑問にも思う。
とりあえず私は『はい』と答えることにした。
なぜだかフランがパチュリーさんにやけに迫っていく。
私は近くにあったお茶を飲んでから外に出ることにした。もうみんな楽しくやっているので私が出て行ってもそれほど気にしないはず。
それに外の空気も吸いたい気分だし。
私は外に出て満月を見ながら軽く体を伸ばした。
「涙子さん」
背後からの声に振り向けば、そこには私と同じように会場から出てきた小悪魔さん。
どうしたんだろう? と思いながら小悪魔さんを見ていると彼女はとても言いづらそうに口を開いた。
「無理、してますよね?」
その言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。
私の触れられたくないところの核心を突いてきたからだ。
しかも、なにかに落ち込んでいるということじゃなくて、仮面をかぶっているということについて。
それがなぜバレたのか、レミリア様ですら気づかなかったのに……。
「ほら、私ってこれでも悪魔ですから、その……人につけこむためにそういう落ち込んでたりすることに敏感で、それを隠してるなんてこともすぐわかっちゃうんです」
なるほど、なんとなく理解できた。
「だから―――」
「無理しないでって? 無理ですよ。小悪魔さんは気づいてるから言っておきます……私が弱いせいで、私がなにもできないせいで人が一人……死んだんです」
そう言うと、小悪魔さんは口に手を当てて後ずさる。
事実だ。私は“上条当麻”を殺した。
あの人はもう上条当麻じゃない。
「勝手なことかもしれませんけれど、私たちは涙子さんに元気でいてほしいほ思ってます」
「ほんと勝手です、私には無理です。こんな状況で元気にだなんて、きっとあの人は私を恨んでいます」
もはや恨むという心すらなくなっているだろうけれど。
私は怖いんだ。死んだ上条当麻という人格がもしかしたら自分を恨んでいるんじゃないかって。
あの人はそんな人じゃないってわかってる。けど怖い。
脳では理解できても気持ちが整理できない。
「その人は涙子さんを庇って、とかですか?」
小悪魔さんは見事に図星をついた。
「それも悪魔の力ですか?」
「私の感です」
なんでわかったんだろ。
「紅魔館の皆も、涙子さんになにかがあれば庇ったりすると思いますから」
そうだ、私はいつもみんなに庇ったりしてもらってばかりで……。
まともに誰かを助けることなんてできたことがない。私がいなくなってきっと上条さんはインデックスを助けることができただろうし、私が居なくたってみんなどうにでもできたはずだ。
小悪魔さん……それでも私はっ。
「それでも私はっ……」
握りこぶしに必然的に力がこもり、爪が手の平に食い込む。
痛みなんて忘れて、私は唇を噛みしめた。
◇◇◇◇◇◇
学園都市、窓の無いビルと呼ばれるビル。
そのビルの中には、大きなガラスの筒に入った男が居た。
ただ一人、そこで逆さまのまま入った男は目を開いて目の前の青年を見据える。
「佐天涙子、という少女を知っているかい?」
「いきなりなんだ、お前が気にするほどの相手なのか?」
「
その言葉を聞いた青年は付けているサングラスの奥の眼を細めた。
男の言葉には普段から仮面を付けなれている彼でさえ動揺せずにはいられなかったということだ。
青年は口を開いた。
「柵川中学一年佐天涙子、調べてみるといい」
男がそう言うと、さらに青年は訝しげな表情を浮かべる。
「ただの女子中学生一人、しかも強い能力者がいるわけでもない中学の生徒一人……一体なにを持ってるんだ?」
「……幻想郷だよ」
「幻想郷だと?」
「彼女だけだよ、学園都市では幻想郷と関わり合いを持った者は」
青年は明らかな動揺の色を表情に浮かべた。
男の方は話す側だからかまったく動揺することもない。
いや、そもそも『佐天涙子が幻想郷と関わった』ということを聞いたところで男が驚いたかどうかも怪しいのだが……。
それでも幻想郷というのはそれだけ“今現在”重要なことなのだ。
「ここ数十年は幻想郷に行ったという情報が入ったことはない」
「そう、それに問題はその佐天涙子が幻想郷を味方にしかねないということだ」
「幻想郷を味方にするなんて可能なのか?」
「すでに幻想郷の一勢力を味方にしているはずだ、見ていればわかる。その眼と腕をね」
目の前の男の言っていることは“相変わらず”意味がわからないことを言っていると青年はため息をついた。
露骨にため息をついても目の前の男はまったく、眉一つすら動かさない。
男、“アレイスター・クロウリー”の口元だけが、ゆっくりと歪んだ。
この学園都市にレベル5と呼ばれるトップ7人よりも、“アレイスター・クロウリー”にとっては
奇しくも、佐天涙子は憧れていた
それが喜ばしいことなのかどうかはわからないが、彼女はある意味ではレベル5第一位すら超えている。
だが“驚異性”という意味では、学園都市第一位だった。
本人すら知らない、真実だ。
あとがき↓ ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。
パーティー回という名の佐天さん出世回でござった!
まぁこんな感じでアレイ☆からは眼をつけられたということにて、次回もあまり時系列が変わっていないところからの再開になるでござるが、魔術師側をパチュリーがどう話すとかもお楽しみいただけたら!
ついでに幻想郷の話はまだ続くでござるから、そこらへんもご了承願えれば、ということで。
次回もお楽しみくださればまさに僥倖!