36,学園都市<アンフェア>
幻想郷から学園都市へと帰ってきた日は佐天涙子が幻想郷へと行った日から数時間ほどしか経っていないこととなっていた。
佐天涙子はカエル顔の医者の前に座っている。一応体のどこをみても異常も無いようで眼帯をつけると紅魔館から帰ってきたままの服装で立ち上がるとそのまま軽く跳ねる。それを見てやはり驚くカエル顔の医者。
正直、この男の患者になった者は誰しもがこの男に驚くものだが珍しくこの男は驚かされた。
「回復力が尋常じゃないね、それに服とかどうしたんだね?」
「まぁまぁ気にしないで」
「それは無理じゃないかな、とりあえず退院おめでとう」
その一言にうなずいて、涙子はカエル顔の医者に『また来ます』と言い病室を出ていく。また来ることになるのは目に見えているのでとりあえずそう言ったが、できれば来たくないとは思っている。それでも明らかに怪我をしないというのは無理な話で、魔術師やらと戦えばご臨終の可能性だって捨てきれない。
だけれど涙子は、今はあまり暗いことを考えることはしなかった。
涙子は歩いて数ある病室の中の一室の前にやってくる。深く深呼吸をしてからドアをノック。
「どうぞ」
そう声が聞こえてから、涙子は部屋に入る。
ここまで一ヶ月と少し経ってしまったけれど、だからこそもう落ち込むことをやめて彼と会うことができた。
「上条さん……佐天です」
そう言うと、話を聞いていたからか『納得した』という表情をほんの一瞬浮かべて笑う。
上条当麻は失った記憶を補うためにカエル顔の医者から話を聞いていた。だからこそその話から自分と涙子のことを聞いて、それを思い出して今話をしようとしているのだろう。だからこそ涙子は上条に欺かれることを理解して、自ら上条を欺くことにした。
「インデックスから聞きましたよ」
「ハハハッ、あいつ怒ってたろ?」
上条当麻が自分に告白したなんてことは神裂やステイルが話すはずもない。そりゃプライベートなことなんだから当たり前で、それでもそれを忘れられてるのは自分がふがいなかったせいだ。でも、だからこそ上条当麻は涙子を庇った。どれを否定しても、あの上条当麻を否定することになる。
だからこそ受け入れる。そう、幻想郷で誓った。
「それはそれは怒ってましたね」
不幸だ。と懐かしい気がする言葉を言って上条さんは頭を抱える。それを見るとやっぱり笑ってしまって、それに合わせて上条さんも笑う。なんてことない、やはり前と変わらない。
「それじゃ上条さん。退院したら連絡してくださいね!」
「ああ、またな佐天さん」
軽く手を振って、涙子は病室を出た。
これで良い、ようやく“あの上条当麻”との初まりの地点に立つことができる。リセットされた関係を“他人”と再会する気は無い。しっかりと一つずつ積み重ねて彼と友達になりたいと、今の佐天涙子は思えた。良くも悪くもその純粋な思いが、後にどう影響を及ぼすか、彼女も彼も知ることは無い。
佐天涙子は病院を出て自分の寮へと帰ってきた。寮と言ってもほぼアパートのようなもので、こうして一人で好き放題生きるには丁度良いものだ。
ポストを開いて神裂からの手紙を取ると、ポケットから病院に置いておいた財布を出して鍵を使いドアを開ける。ずいぶん、否、かなり懐かしい我が家に戻ると涙子は大きく背を伸ばして居間に座り、神裂からの手紙を開く。
『良くやってくれました、純粋に今はありがとうと言う言葉を送らせてもらいます。感謝の言葉を伝えようと思えばこのサイズの紙ではとてもではありませんが伝えきれませんので、インデックスを取り巻く環境を説明しておく義務があると思ったので書かせていただきます。イギリス聖教はインデックスを取り戻したがったようですが、私たちをだましていたことの説明を求めればすぐに現状維持、ということになりました。貴女と上条当麻の二人にならインデックスを任せることができます。もしかしたら危険も付きまとうかもしれません、それでもこちらにいるよりずっと安全です。なので私たちが情報を集め然るべき時が来るまで、あの子をよろしくお願いします』
長々とつづられた文章を見て、涙子は軽くため息をついた。やはり魔術師関連のことに巻き込まれることは必須ということだろう。
「不幸だ」
軽く呟くと背中を伸ばして携帯端末を持つ、その直後すぐに携帯端末が音を出しながら震える。
「わわわっ! はい、もしもし!」
驚きながらもかかってきた電話に通話ボタンを押して出ることにした。
『佐天さん! なんで病院に居ないんですか、退院時間短すぎでしょう!』
無論、携帯端末の向こうから聞こえるのは学園都市での一番の親友である初春飾利からの声。懐かしいその声にジーンと来るがここで変な反応をするわけにもいかないと、とりあえず魔術側と関係の無い飾利を巻き込むわけには行かないと、何度か頷いて涙子は話を逸らすことにする。
「そ、そう言えば! 最近、ジャッジメントで事件とかあるの!?」
『えっ、別にありませんけどって倒れたばっかでどうしたんですか?』
「あはは~そりゃぁ、私手伝おうかと思ってね!」
嘘だ。とりあえず話をそらすための嘘、だったのだが……。端末の向こうでなにやらガサガサとやっている音が聞こえて、すぐに初春飾利とは違う声が聞こえる。
『佐天さん! 今スキルアウトの能力者狩りが頻繁に起きておりますので、決して人通りが少ない路地裏などにはいかないように! 特に貴女は!』
白井黒子の声に、涙子は訝しげな表情をしながら端末から耳を離す。さもなくば耳が痛くなっているのは必須、ともかく今現在調べている事件はそのスキルアウト関連のものらしい。能力者狩り、涙子は狩りの対象にならないだろうけどトラブルに巻き込まれないようにと、黒子は心配して言っているのだろう。
だけれど今現在、佐天涙子としては少しそれは気になった。
『どうせレベル0のひがみよ、能力者狩りを狩りに行こうじゃない!』
相変わらずだな、と涙子は黒子の声の向こうから聞こえる御坂美琴にため息をつく。
『さ、佐天さん、申し訳ありませんの』
「いえいえ、大丈夫ですよ。わかりました……で、どこまで掴んでるんですか?」
『スキルアウトのチーム名がビッグスパイダーということとそのボスの名前が“
ついつい口が滑った白井黒子が焦って声を上げるが、涙子はすぐに端末の通話を切って立ち上がる。動いている方が余計なことを考えないで良いと、とりあえず今は善行でも重ねることとしようとうなずいた。まずはそのビッグスパイダーとやらを調べる。今回は自ら事件に飛び込むこととなったが、妙な胸騒ぎを感じた。
いやそれ以上に涙子自身、
◇◇◇◇◇◇
「ということで、姉御さん!」
「なななっ、なんでお前がッ!」
スキルアウト、否、私に言わせれば不良のボスこと姉御さんに会いに来た。突然現れた私に驚いた姉御さんは動揺しまくってるけど、そう言えば前にお見舞いに来てくれた時に怒っちゃったんだよね。いやはや私もまだまだ子供だなぁ~。
「先日はごめんね姉御さん」
「ま、まぁ良いけど……あ、あたしも無神経だったしぃ……」
最後の方は声が小さくてあまり聞こえなかったけどまぁ姉御さんが怒ってないならなんでも良いや、とりあえず路地裏走り回って知った顔の不良さんに会って姉御さんの場所まで送ってもらっただけなんだけどね。私を見て震えてた、うんゴメン。
「とりあえず、座れよ」
この廃墟みたいな拠点に置いてあるソファに座っている姉御さんのテーブルを挟んだ向かいに座ると、不良さんの一人がお茶を出してくれる。烏龍茶、しかもペットボトルから紙コップに注いでくれる優しさに私は少し尊敬しましたよ。まぁともかく、私は姉御さんに聞きたいことがあってここに来たことを思い出す。
とりあえず最近起きてる能力者狩りが能力を持っている姉御さんたちのグループの人たちがやっていることじゃない確信があったので安心して聞く。
「最近の能力者狩りのこと、聞いてます?」
「ん、あぁうちのは誰もやられてねぇけど……狙われてるのはどいつも優等生な能力者ばっかだろ? 最近じゃ常盤台のまで狙われたらしいじゃん、どうやってあそこの生徒をレベル0で狩ったんだろうな」
「ですよね、私も気になってる……」
常盤台の生徒まで狙われたっていうのは、知らなかったや。御坂さんも白井さんも無事だったからあの二人じゃないようでなによりだけど、問題としてはそこじゃない。
「で、情報によるとビッグスパイダーってチームが何か握ってるらしいんだけど」
「……ビッグスパイダーか」
「そのビッグスパイダーの拠点、知っている方とかいます?」
姉御さんは少しばかり表情をしかめた。さすがに同じスキルアウトは売れなかったりするのかな?
「知ってる奴なら知ってるけど、第七学区に行くぞ」
「はい?」
「知ってるやつを紹介してやるから、悪い奴らじゃないしな」
なんだか嬉しそうな姉御さんと一緒に、とりあえず私は拠点を出ることにした。こういう時はもうちょっと大人数で道を横に広がって歩くのかと思ったけどどうやら違うようです。まぁなんでも良いんだけど、とりあえずビッグスパイダーが能力者を狩れてる理由っていうのも気になる。というより一番気になってるのはそこ。
姉御さんと二人で、途中でお昼ご飯を食べたりしながら連れて行かれた場所は廃墟のような場所。
一本道を歩いていくとやっぱり柄の悪い男の人ばかりで正直……手が出そう。明らかな敵意が向けられればそりゃ条件反射の一つや二つしてしまいそうで、これもあの殺伐としてそうで平和な幻想郷にいたせいだろう、うん、間違いない。
姉御さんの後ろを歩いて、着いたのは姉御さんの拠点より全然大きい廃墟。
「駒場さん!」
なんだか、姉御さんが人をさん付けで呼んでるのって新鮮。
ソファに座った男の人が私たちを視界に入れる。
「……なんだ?」
「駒場さん、今のビッグスパイダーの拠点ってわかりますか?」
「あぁ、知ってはいるが……」
なんだかゆっくりした喋りの人だなぁ、ていうかデカい。凄いデカい、そして間違いなく強い。
「そこに連れてってくんないかな、あたしのダチの頼みなんだ」
私を指差して言う姉御さんに少しだけ気分がホッコリとする。姉御さんとはあまり友達って感じがしてなかっただけに向こうからそう言ってもらえるとやっぱり嬉しい、それよりも私の頼みって言って駒場さんって人は案内してくれるのかな?
というか、場所さえ教えてくれれば一人でも行くけど……。
「わかった……ビッグスパイダーの拠点を知っている奴に案内させる」
そう言うと駒場さんは下がって行った。後ろに控室的な物でもあるのかな? まぁそれはイイとして……。
「姉御さん、付いてこない方が良いかもですよ」
「なんでだよ?」
「
「……わかった」
うん、姉御さんも私の腕は知ってるだろうし、そうそう負けないとは思ってくれてるんだろう。それに
そう思うと駒場さんと一緒に男の人が一人出てきた。金髪に唇ピアス明らかに柄の悪い。
「こいつに案内させる……」
「え、俺ですか!?」
「ああ……」
無言の圧力に、金髪ピアスの人はうなだれて頷く。姉御さんが軽く私の背中を押すので、自然とその人にも案内が必要なのは私だってことはわかるわけで、お互い顔を合わせて……気まずい。
たぶん『こんなガキをなんでビッグスパイダーの拠点まで案内しなきゃなんねぇんだ』ぐらい思ってるんでしょう。
「こんなガキをなんでビッグスパイダーの拠点まで案内しなくあなんねぇんだ……」
声に出してるじゃないですか、まぁ向こうに着くまでの付き合いなのでどうでも良いんですが?
「佐天涙子です」
それでも一応名を名乗るのが流儀というものだろうと、私は名乗る。その男の人は少し驚いたような顔をしてダルそうなまま答える。
「
こうして私は、この人と運命の出会いを……なぁんてことは無い。これっきりの付き合いだと思う。
私は浜面さんの後をついてそのまま拠点へと向かうことにする。近くも無ければ遠くも無いらしいけど、こんないかつい人と歩くのを見られるのはあまり嬉しくないなぁなんて思うしね。まぁともかく私が聞きたいことを聞くならこの人でも良いわけだから、聞いてみようと思った。
「浜面さんのとこは、能力者っているんですか?」
「俺たちのチームに能力者はいねぇよ、全員レベル0だ」
「なるほど、正真正銘の
そう言うと浜面さんは露骨に疎ましそうな表情をした。この物言いが気に入らない、それは多分私を能力者だと思っているからだと思う。
「能力者狩りしてるやつらのところに行くなんて物好きな奴だな」
「別に良いじゃないですか、私能力者じゃありませんし」
「……いや、マジで驚いた」
「あっははは、レベル0の中学生の身分ですが並のことじゃやられませんよ」
意外そうな目を私に向ける浜面さん。
「
「まぁ噂は聞いた」
「それ、私も使ったんですよ。その時に姉御さんと知り合ったんです」
私が姉御さんを倒してもらったなんてことは伏せる、特に話す必要も無いだろうし無用なトラブルや誤解を起こすだけだもんね。今でこそ仲良くなれたけど姉御さんとの初対面なんてほぼ命がけに近い戦闘だった。それでも余裕を持てたのは、幻想郷での生活のおかげだろうな、と思う。
「私もね、一時期思わなかったことも無いんですよ。全部捨てちゃおうかなとか」
「俺たちみたいにか」
「うんうん、スキルアウトの人たちに絡まれたりしたこともあるけど……その中にも私を助けてくれる人だっていなかったわけじゃない。カッコいいなって思うこともありました」
誰にも言えない秘密だ。スキルアウトに憧れていたことがある。
「だから、能力者狩りをしているスキルアウトを拘束するために能力者たちが能力を使うなんて、私は認めない。無能力者がやったことは、できるなら無能力者がケリをつけたい」
同じコンプレックスを持っていたからこそわかることもあると、だからこそ私は今回の事件解決に参加したかったのかもしれない。
浜面さんの方を見れば、少し驚いた顔をしていた。
「すまん、お前のことただのガキだって舐めてた……」
「別に構いませんよ、慣れてます」
私と浜面さんが少し変わって、再び歩き出す。目指すべき場所は浜面さんの知っているビッグスパイダーのアジトだ。
程なくして、浜面さんが立ち止まる。
「こっから先に行けばビッグスパイダーの拠点だ、着いて行かなくていいのか?」
「大丈夫です……むしろ足手まといになるので」
「ハッ、言ってくれるぜ、それじゃまたな」
「ええ、またいずれ」
軽くお互い笑って、浜面さんは踵を返して去っていく。最初よりは話をしていたことによりわかりあえた気がするけど、なんだかあの人からは不幸の匂いがする。気のせいかな?
まぁともかく今は、私は私でやらなきゃならないことをやろう……!
浜面さんの背中が見えなくなったのを確認してから突入するために勢いよく飛び出すと……。
「ん?」
「あ」
ビッグスパイダーの拠点だと言われた場所の前に、御坂さんと白井さんと男の人が一人いた……ヤバいこれは不味い。
「さ、佐天さん!?」
「なんでこの場所にいますの!?」
それはこっちの台詞なんですけど……とは言えない。
向こうは調査、こっちは勝手になわけだしね。男の人が不思議そうにこっちを見てるけど、私と目を合わせてすぐにわかる。お互いがお互いその相手が似たようなものだってことも、ていうか相当強いよね、この人。御坂さんと白井さんがすぐに拘束しにかからないのを見ればこの人が悪い人じゃないってことだから……なに牛乳飲んでるんですか。
「ぷはぁ! やっぱ牛乳は―――」
「ムサシノ牛乳」
なんの合言葉ですかそれ、まぁ私も同意ですけど……ってこの声!
私と御坂さんと白井さんと男の人は四人してそちらに視界を向ける。そこには見知ったメガネをかけた巨乳……いやいや、私、巨乳って表現はどうかと。
「固法先輩!?」
「久しぶりだな……美偉……」
美偉って、固法先輩の名前だよね?
「え……? え……?」
私と白井さんと御坂さんの三人で二人を交互に見てから、眼を見開く。
「ええぇぇぇぇっ!!?」
―――学園都市帰還早々、とんだ事件に入り込んでしまったなぁ。なんて……自分から巻き込まれにいったし、とてもじゃないが『不幸だ』なんて、言えないよねぇ。
あとがき↓ ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。
いやはや、帰還早々事件に首を突っ込む佐天さん! これからどうなっていくのか!
ちなみに今回はアニメ版とある科学の超電磁砲オリジナルの話であるものを利用しています。黒妻綿流が好きなものでどうしても入れたかった!
というよりスキルアウトたちの話を入れたかった。そして浜面が超登場!
まぁチョイ役であり顔見知りになってもらうためにこうして登場していただきました。
佐天さん、これからどうやって首を突っ込んでこの事件の解決に貢献するのか?
次話には決着つけたいな、なんていうことを考えるもできるかどうか(
では、次回もお楽しみいただければまさに僥倖にて候!