フランドール・スカーレット。
紅魔館の主こと自称ヴラド公の末裔、レミリア・スカーレットの実妹である。
姉は驚異的なカリスマ性を用いて数々の従者を下につけて、その強大な力で人々に恐怖を与えた。
それでも、圧倒的にフランドールは驚異的で狂気的であった。彼女のその力は数々の狩人を呼び、やってきた人間を倒すためにレミリア・スカーレットの従者たちは死んでいったのだ。
妹を守るため、そしてこれ以上従者を失わないためにもレミリア・スカーレットはフランドール・スカーレットにとうぶん『地下にいてほしい』ということを伝えた。
その提案を飲んだフランドールは自ら地下へと潜り、その間にレミリア・スカーレットは紅魔館を幻想郷へと移した。
それから、彼女は湖上の氷精チルノや大妖精たちと友人関係を築いた、そしてなぜかこの幻想郷に来てから、フランドール・スカーレットは暴れだしたのだ。
幾度となく地下から出ようとしようとする彼女を紅魔館のメンバーや二人の妖精で止めていた。いやむしろ、満足して止まってくれたのだ。
だからこそ、いつもそんな感じだと誰もが思っていた。
だが今回は違う。
彼女は“本気”なのだ……。
◇◇◇◇◇◇
「それ以上、二人に近づくんじゃないわよ! 三下ぁ!」
大声で啖呵を切った私だけれど、決して無駄ではないと思う。
そのおかげであの、フランドールの手が止まったのがその証拠……。
足の震えはもうない。これ以上はないのだ、もう目が合っているんだから。
「貴女、何様なのわけ?」
私はそんな言葉に怯まない。
たぶん、もう感覚がおかしくなってるんだと思う。
後ろで私を呼ぶみんなの声を無視して、私がレミリア様へと目配せをすると一度だけ頷いてチルノを抱えフランドールから離れる。
大丈夫、私は死なない。死なない―――初春やママだって待ってるんだから!
「……へぇ、貴女おもしろいね。だったら私を殺してみなさいよ三下ァッ!!」
フランドールが片腕を私に向けるけれど、パチュリーさんに聞いたとおりなら私が“破壊”される。
だから彼女に捕まるより先に私は走って横に移動した。あの手に“掌握”されれば破壊されてしまう。
不思議と私は冷静。なんでだろ?
でも、チルノとレミリア様を今助ける方が先決で、ここで私はどうすれば良いか考える。
「アハハハッ、貴女は能力者かしら? だったらあんな啖呵切ったんだから私を殺せるの!?」
笑うフランドールは私を見ながら笑う。
けどそんな時、足をもつれさせてしまった。
―――そんなっ!?
倒れる私は、両手で顔面から地面に当たるのをなんとか防いだけど、止まってしまった。
見てみればフランドールは私へと手を伸ばしている。
「さよならァ!」
私は咄嗟に左腕で自分を守ろうとしたけど、破壊されるということに意味はあるのかって疑問を持った。
でも、意味はあった。おかげで私の体や顔や足に一切攻撃は当たらない。
その代わり……私の視界にはフランドールのどこかつまらなさそうな表情が見える。
「あ……あ……」
私の左腕が、肘から先が無くなっていた。
◇◇◇◇◇◇
彼女、佐天涙子の肘から先が無くなっている。
驚いたような顔をした彼女の顔から、どんどんと血の気がなくなっていき、徐々にその表情は変わっていく。
右手で左腕を掴んで、なくなった部分を視界にしっかりと入れている。
「アアアアァァァァァァァァッ!!」
「涙子ぉっ!!」
レミリアの声が聞こえるが涙子はそちらを気にしている余裕もない。
叫びながら地面に倒れ伏す目の前の少女に、レミリアは戸惑うのみだ。
どうすれば彼女を助けられるかなんて想像もつかない。
「アハハハハハッ! なるほどねェ、その三下が紅魔館の新しいメンバーってわけ!? 私のことを隠して楽しんでたんですかァ、お姉さまァ!!」
「フラァァァァンッ!!」
「なに叫んじゃってんのよ、遅い遅いおっそい! その三下を殺すのはお姉さまだよ、この私を放置した!」
笑うフランドールの視界に映るレミリアと叫ぶ涙子、その二人へと手を伸ばしたフランドールだったが、突如彼女の視界が暗闇へと変わる。
不意の状況に、フランドールは『え?』と素っ頓狂な声を上げ、周囲を見渡す。
自らの視界は暗闇であり、まったく何も見えずにいた。
一方フランドールから離れたレミリアの視界の先、フランドールの居た場所を中心に半径3mに黒い球体。
そして叫ぶ涙子の側にいるレミリアの視界に映るのは金髪をなびかせた『宵闇の妖怪』こと“ルーミア”だ。
彼女はただその闇でフランドールを包んでいる。
「私が時間稼ぎできるのはせいぜい数分だから」
そう言うが、数分で何ができるのかとレミリアは冷静ではない思考で考えた。
「レミリアどきなさい!」
レミリアを押しのけたのは、他でもない先ほどレミリアをかばい背中を斬り裂かれたチルノだ。
彼女は焦ったような表情で涙子の左腕の肘を見る。断面は間違いなく“破壊”された後で、ダメージを喰らうということに慣れていない涙子には苦しいものだと納得できた。
大妖精とチルノはフランドールと何度も戦っているから喰らうことには慣れているだろうけれど、他人にはどうにもと言ったところだ。
「佐天、ごめん!」
そう言ったチルノは全力で冷気を涙子の左腕の断面に集め、断面を凍らした。
痛みを麻痺させるためにそうしたのだ。結果余韻の痛みで悶える涙子だがそれ以上はどうにでもなっている。
チルノが涙子からフランドールの方へと目をやったが、闇から逃れてルーミアを吹き飛ばした。
自らの友人が吹き飛ばされたチルノは顔を歪めながらも立ち上がる。
「ありがとうルーミア、こんどお礼するから」
「そーなのかー……期待しないで待ってるわ」
それだけ言うと、ルーミアは脇腹を押さえて少しづつ下がっていく。
肋でもやられたのだろうか?
闇から出たフランドールの右手が再びレミリアへと伸ばされるが、レミリアとフランドールの間に氷の壁が出現する。
彼女の視界を遮ったことにより、握られた拳が破壊するのは氷の壁だ。
「チルノォッ!」
「レミリアッ!」
フランドールがチルノの名を叫ぶのと、チルノがレミリアの名を叫ぶのはほぼ同時だった。
破壊された氷の壁の向こうから、投擲された紅の槍がフランドールへと迫るが、フランドールが動くことはない。
だが動かずとも、その槍はただフランドールの左腕を掠るだけにすぎなかった。
笑うフランドール。
「せっかくチルノがつくったチャンスも台無しね! なぁに、私を攻撃できないのかしら?」
「くっ……」
レミリアが拳を地面にぶつける。膝をついた彼女はすでに諦めたような雰囲気だ。
最弱の“さいきょー”が行った行為もすべて無にきしてしまった自分になにができるというのかと、レミリアは自らを呪う。
昼間彼女が涙子にフランドールのことを教えなかったのはそれを知れば涙子が死ぬ“運命が見えた”からだ。
なのにそれを阻止できなかったと、悔しそうに歯ぎしりをしてフランドールを見た。
「さよならお姉さまァ?」
向けられた手から、放たれるのはレーザー。
「させると思わないことねフラン! こっちにはさいきょーがいるのよさ!」
そう宣言して、チルノはレミリアの前に立ちすべての力をもってして氷の壁をつくった。
レーザーとチルノが作り出す壁は均衡しているが、あくまでもフランドールが片手で軽く撃ったレーザーにすぎない。
それでも、どこにそんな力があるのか紅魔館のメンバーでは妖精以外に勝つこともできないチルノはフランドールのレーザーを防いでいる。
痛みが引いてきたのか、涙子が上体を起こして唖然としながらつぶやく。
「なんで、勝てるわけないのに……」
そのつぶやきはチルノに聞こえたのか、彼女はニッと笑う。不敵で“さいきょー”らしく……。
「佐天だってさっき勝機もないのにあたいたちを助けようとしたでしょ! それと同じよ、あたいはねぇ、馬鹿って言われるのは大嫌いだけど勝てない戦いだからって友達を見捨てて逃げるなんてことは絶対にしない! ……ぐっ、それをすれば、本当に“さいきょー”じゃなくなるもの、私は“さいきょー”って言われてる……でも、友達を見捨てるぐらいなら、そんなならねぇッ!! あたいは
氷の壁が砕け散るのと、フランドールのレーザーが消え去るのは同時だった。
チルノは守った。幻想郷にて最弱と言われる妖精の中で最強のチルノは“さいきょー”として友達を守ったのだ。
そんな彼女の姿に、佐天涙子は心打たれた。―――けれど、チルノの体に穴が空くまで時間はいらなかった。
「……ッ」
立っているチルノの、人間で言えば心臓部分に開いた穴は歪な形をしている。
口から血を吐き出すチルノ。そんな彼女を見て、佐天涙子は声ひとつ出すことができなかった。
右拳を握りしめて笑うフランドールは疲労している雰囲気がないわけではないけれど、傷はない。
叫ぶレミリアが立ったままのチルノの胸に空いた穴からフランドールを見る。
「アハハハハハッ! 立ったまま死んだのねチルノちゃァンッ!!、やっぱ面白いわ、ほんと貴女が“死なない”妖精で良かったァ!!」
無言で、佐天涙子は立ち上がり“一回休み”となったチルノの体に触れるが、その体は光の粉となって消えた。
明日にでもなれば復活するのだろうけれど、そういう問題ではないのだ。
佐天涙子はフランドールへと体を向ける。
左腕は肘から先は無い。それでも凍らせてもらったおかげで痛覚は死んでいた。
「なァに、私を殺してくれるのかしら!? ねぇ、三下ァ!!」
佐天涙子は顔を上げる。
その表情は特になにも思っていないという、フランドールにとって初めて向けられる表情。
それに戸惑うも、すぐに平静を取り戻す。
「やっぱり、貴女……死にたいんですか?」
その言葉に、フランドールは固まる。
「はァ?」
露骨に不快感を現すフランドールを相手に、涙子は表情を変えることはない。
「さっきから、パチュリーさんの話を聞いたときからの疑問がようやく消えました。貴女は殺して欲しかったんだ、でもレミリア様たちを殺すこともできないから、自分でいろいろな人に危害を加えてレミリア様たちに自分を殺してもらおうと思った。たぶん貴女のことだからチルノちゃんが私の傷を塞ぐとわかってて私の腕を潰したんでしょ? 最初から貴女が私を殺すことなんてない」
うつむくフランドールに、さらに涙子は続ける。
「貴女は自分の力が恐いんだ、きっと私だってそんなあらゆるものを“破壊”する能力を手に入れたら手に余るどころじゃない、恐くなる」
「ふ、ざ、け、る、なァァァァッ!」
叫ぶのはフランドール・スカーレット。
顔を上げて、その狂気に染まった眼光で佐天涙子を射抜くが、彼女がひるむことはない。
腕の痛みも完全に無くなったからだろうか? しかし、それでも佐天涙子が先ほどと同じ人物だとは思わなかった。
「何も破壊したくないのに破壊しなくちゃいけない、この衝動ッ! お前みたいな三下になにがわかるってのよ! なんの能力もなく、なんの苦しみも知らないあんたが!」
「知ってる、私は能力を得られない苦しみを知ってる! でも生まれてからずっとその力を持ってた貴女にも私の“力が欲しい”って気持ちもわからない。誰だってわからないことがあるよ! だから私たちは相手を理解する“言葉や気持ち”があるんでしょ! 私にはわかる、貴女は紅魔館の一員としてみんなと一緒にいたかったんだ、だけど自分の力が恐くてずっと地下に居た。破壊衝動に飲まれないためにもずっといて、だから貴女は自分を殺してもらおうと思ったんだ!」
フランドール・スカーレットは後ずさる。
そこでハッ、と気づいた。
―――なんで自分が後ずさる? なんのちからも無い、ただの“人間”相手に……。
わなわなと、拳を震わせる。
どうせ目の前の女に自らを殺す力など無い。だがその言葉は自分を殺させなくさせるに充分だ。
レミリアはおろか、美鈴や咲夜やパチュリーや小悪魔が聞いている。なら、この優しい紅魔館の誰が今の言葉を聞いて自分を殺してくれる?
「でも紅魔館は自分を殺してくれるはずもないことに気づいた。だから貴女はこの幻想郷で自分を殺してくれる人を探そうとしたんだ! そうでしょ!」
「黙れ……」
「貴女は誰も殺さないし……誰にも殺されない、殺させない! 貴女が紅魔館の一員だというなら私の友達だから、だからもう少し頑張ってみようよ! チルノちゃんだって大ちゃんだって貴女のためなら頑張ってくれる、生きることを諦めるな! まだまだこの世界には希望があるんだから!」
佐天涙子はポケットから一つの“お守り”を出した。
一緒に幻想入りしてきたときから持っていたそのお守りはかつて母にもらった大事なものだ。
―――大丈夫、私は死なない。フランドールに誰も殺させない。
「この世界に希望なんてない、そんな
「なら私が教えてあげる! この世界には、まだまだ救いがあるんだって!!」
右拳に握ったお守りをもう一度ポケットにしまうと、佐天涙子は地に足を強くつけて、走り出す。
彼女の死の運命を知っているレミリアですら、今手出ししようとは思えなかった。
涙子の邪魔をするわけにはいかない、それに……ダメージがきたのか動くのに時間がかかる。
走る佐天涙子に、わずかに後ずさりながらフランドールは手を向けた。
「救いなんてないって言ってんでしょうがッ、三下ァッ!!」
フランドールの手から放たれる弾幕。それらは文字通り弾幕というにふさわしく、数々のそれを見て涙子は紅魔館で鍛えた修行を思い出し、避けていく。
皮肉なことに、片腕が無くなりバランスが取りにくいがそれでも当たる部分が少なくなっている。
だがかすらないということはさすがにできずに、涙子の体がどんどんと傷ついていくが、そんなものは気にならない。
アドレナリンが極度の興奮状態に作用して、痛覚を麻痺させているのだ。
「あんたでもイイから、あたしを殺しなさいよォッ!!」
「させるかぁぁぁぁぁっ!!」
涙子は叫びながらも、目の前に迫る避けられない弾幕に向かって右手を向けた。
この紅魔館に来てつけた誰もが当たり前のように持ってる力を振るう。涙子から放たれた弾幕がフランドールの弾幕のいくつかをかきけす。
だが涙子の放った弾幕は弾幕というには情けない弾幕でいくつかは涙子の体を傷つける。
ボロボロの姿のまま迫る涙子に、フランドールは再び後ずさった。
「なんで、なんで私に構うのよ! 早く殺しなさいよ! わけわかんないわよ!!」
フランドールまでの距離はもう無い。
それでも、向けられた右手は佐天涙子を破壊するだろう。
迫るボロボロの涙子には数メートルを詰めるのすらかなり辛い。
フランドールの眼には佐天涙子の破壊する頭がしっかりと捉えられていた。
「あたしは紅魔館の一員なんだから、同じ紅魔館の“友達”を助けるのは当たり前だァァァッ!」
視覚で捉えた頭を握りつぶす瞬間の言葉、動揺したのか目標がずれて、拳を握りしめて破壊できたのは佐天涙子の左目だけだった。
それだけで今の涙子がひるむはずもなく、フランドールへと近づいていく。
今日会ったばかりの人間がなぜそんなことを、と思うけれど……残った右目を見て理解できた。
彼女は―――。
「貴方がその
そんな宣言に、フランドールが攻撃の手を止めた。
完全に理解したのだ。彼女のその目は間違いなく―――。
「ヒーロー……」
佐天涙子はヒーローになりたかった……いや、今でもなりたい。
でもフランドールの眼には、レミリアと大妖精の眼には、咲夜や美鈴やパチュリーや小悪魔の眼には、すでに佐天涙子は自分たちを救ってくれる
そして、佐天涙子の右拳はフランドールの左の頬を打つ。
吹き飛んだフランドールが地面を転がる。
戦いの終わり。
同時に―――佐天涙子の意識も暗闇へと消えるのだった。
あとがき
これにてフランちゃん戦終了でござるな!(キリッ
いやはや、まぁこの後こんなボロボロの佐天さんがどうなることやら……。
まぁ色々とあるのですよ。ちなみにまだプロローグでござるから油断禁物でござるよ。
そしてこの小説、チルノが恐ろしく強く見えますが実際弱い感じで何も出来てない状況でござる!
だから魔改造ではないと言い張る拙者であった。いや、かなりカッコよくしましたけど(
そんなことよりはやくアックア出したい(
とりあえず次回もお楽しみに!
PS
感想をくださった皆様ありがとうございますで候!
これからもこの作品をよろしくねがいする次第でござるよ!!