八月十五日。
あれから四日経って、今日も今日とて猛暑日。
汗を掻いて、それがまたシャツをベトベトにして気持ち悪さ、不快さを倍増させていく、そんな日の夕方は少しばかり涼しくなり、心地いい風を浴びながら歩くのは佐天涙子。
昼間はセブンスミスに、初春飾利、御坂美琴、白井黒子、春上衿衣の四人と共に行った。
美琴がやけにテンションが高かったが、それでも悪いことがあったわけじゃないなら良いし、なにより暑さもすっかり吹き飛んでいたからよかったと言える。
だが体だけはどうにもならず、結局みんなと別れた後にはベトベトになったシャツに不快感を感じながら歩くしかない。
まぁ、汗を掻いた一番の原因は彼女が薄いとはいえジャケットを羽織っているからだろう。
ナイフがたくさん入ったジャケット、見つかれば一発アウト。
「さて、どうしようかな……」
額の汗をぬぐって、上条当麻のところに遊びに行くのもありかなとも思う。
上条当麻とインデックスの二人とは一昨日に食事をしたが、インデックスの代金を割勘してとりあえずダメージをお互いで半減させたがそれでも痛い出費だった。
たまにはそうして当麻に協力しなければ、彼のサイフポイントはもれなくゼロになるだろう。
一応、自分だってインデックスのパートナーなのだから……。
「あれ、御坂さん……?」
ふと涙子の視界に入った茶髪の少女、その少女が常盤台の制服を着ているのを確認してから少しばかり走って追い付くとその肩を軽く叩いた。
「?」
「どうも、御坂さん……ん?」
涙子にはその少女がなぜだか、御坂美琴とは違う人物に見える。
姿形は同じであり、服装も同じだ。
頭につけているゴーグル以外ならば見かけは一切変わらない。
「御坂さん、じゃないですよね……?」
「私はミサカですと、ミサカは疑問を浮かべながら答えます」
目の前の人物はミサカ。
それを聞いて、涙子はなんとなく察した。
「御坂美琴さんの妹さんですか?」
笑顔を浮かべながらそう聞くと、ミサカと名乗った少女が少し迷った表情をした後、頷く。
「はい、私はお姉さまの妹です」
「お姉さまってことは御坂さんの妹かぁ」
涙子は脳内にて『きっと双子の妹なのだろう』と結論を出す。
「じゃあ私より年上ですね」
「それはありません、とミサカは実年齢を隠しながら答えます」
「え、じゃあ双子とかでは無いんですかぁ……じゃあタメ口で良いかな?」
「別に構いません、とミサカは寛容な器を見せつけ答えます」
愉快な人だな、と涙子は判断した。
「そう言えば、名前は?」
「ミサカの名前はミサカですと、ミサカは問いに答えます」
御坂ミサカ。
おもしろい名前だなぁと、失礼ながら涙子は思う。
だけれどこれをいじるのもなんだか気が引けるので、涙子はとりあえずどんな会話をしようかと考える。
だが、どうにも上手い言葉が出てこないので、涙子はとりあえず笑みを浮かべてみた。
「一緒にお茶でもどうかな?」
そう行って笑うと、ミサカは黙って涙子を見た後に、口を開く。
「これがナンパというものですか、と軟派な少女をミサカは珍妙なものを見るような目でマジマジと見ます」
「長くてひどい! ていうかナンパもしてませんし私は軟派じゃありません!」
「突然お茶を誘っておいて?」
ミサカの言葉に返す言葉も無くなった涙子だが、そこでふと気づいた。
女の子同士でナンパとか言うのかと……。
「女の子同士だし、知り合いの妹さんだから別に不思議ないよ!?」
「まぁなんとなく言ってみただけでここまで引っ掛かるとは思ってもみませんでしたが、とミサカは嘲笑します」
完全に馬鹿にされたと気づくのに時間はいらなかった。
圧倒的敗北感に膝をつきそうになる涙子。ちなみに心は完全に膝をついていたが、それはともかくとしてもとりあえず仕切りなおすために頬を一度叩く。
そしてふと気づいたことが一つ、ということで紅魔館にいた頃を思い出しながらミサカの片手を取り笑う。
「申し遅れました、私は佐天涙子と言います……一緒にお茶でもいかがですかお嬢さん?」
これをほぼ素でやるのが佐天涙子である。
無表情のままのミサカが少し呆けた顔をするも、すぐに元に戻った。
涙子も“少し”キザッたらしかったかな、と思いながらいつもの雰囲気に戻す。
「では、行きましょう、と……」
「涙子で良いですよ」
「佐天からのご馳走を楽しみにミサカはついていく決意をします」
「あえて佐天って呼ばれた! ていうか私奢るの前提なの、なのですか、なんですかの三段活用!」
涙子は大声でツッコミを入れるのだが、ミサカは気にしていない様子で涙子の腕を掴み歩きだすのだった。
ちなみにミサカが歩き出したのは逆方向ですぐに涙子がミサカの腕を掴んで歩くことになる。
来たのは、涙子の家近くの小さな喫茶店。
紅茶を二つとチーズケーキを一つ、イチゴパフェと一つ頼んで、優雅な曲が流れる静かな店内にいるまた静かな二人。
客も決して少なくはないし話し声もするが、学生たちがしょっちゅう集まるファミレスなどよりはよほど静かである。
たまにはこういう雰囲気も良いだろうと思っていると、ミサカが自分のことを見てきていることが気になった。
「どうしたの?」
「いえ、佐天は眼を怪我でもされているのですかとミサカは率直に聞きます」
「あぁこれですか……まぁいろいろありまして」
笑う涙子に、首をかしげるミサカ。
まぁ正直、涙子も突然の変化や異様な物を見る目で見られたくないだけであり、ここに来るまででミサカの人と成りはしっかり見たので別に構わないかなと眼帯を外す。
その内側で閉じられた目をそっと開くと、|紅色<スカーレット>の瞳を晒した。
少しばかり目を見開いたミサカに、涙子は苦笑で返す。
「こんな感じなので、あまり人に見せたくなくて」
「綺麗な目を、どうして隠すのですかとミサカは素直な感想を述べます」
「ははは、まぁ色々あったんですよ」
恥ずかしそうに頬を掻いてから、もう一度眼帯を付け直す涙子。
そうするとタイミングよく運ばれてくるお互いの注文したメニュー。
涙子の前にはストレートティーとチーズケーキでミサカの前にはミルクティー、そしてイチゴパフェである。
メニューが運ばれてくると、なんだかミサカが目を輝かせているように見えた。
「どうもです“姉御”さん」
「な、なんでまた来てるんだよ、一昨日来んなっつっただろ……っ」
白と黒の可愛らしい制服を着用している姉御と呼ばれる女子高生に笑いかける涙子。
顔を赤くした姉御はそれほど短くもないはずのスカートの丈を下に伸ばそうとしながら言う。
曰く、バイクが早く欲しいから頑張って貯めているそうだ。
「似合ってるんだから普段もそういう可愛い恰好すれば良いじゃないですか、スケバンスタイルやめて」
「なっ、馬鹿にすんな!」
「してませんよ、ただ姉御さん可愛いんだから」
「う、うるせぇばか!」
そそくさとホールから出て行ってしまった姉御を見て『もったいない』とため息をつく涙子。
ふと視線が気になってそちらを見るとイチゴパフェを備え付けられた長いスプーンで食べながら、ミサカが涙子を凝視していた。
どうしたんだろうと目を合わせたまま紅茶を一口飲む。
「貴女のような人を唐変木と言うんですね、とミサカは珍妙に観察します」
「突然!? ちょっとわけわかんないから!」
「いえいえ、ここはミサカは黙っていた方がよさそうなので黙ってパフェを食べながらそちらのチーズケーキというものをチラチラと見ます」
露骨な視線と露骨なねだりに涙子はため息をついて笑うとフォークでチーズケーキを一口サイズ取る。
そして下に手を添えながらもミサカの前へとそのフォークを持って行った。
顔の前にチーズケーキを持ってこられたミサカは首をかしげる。
「どうぞ、ほらあーん」
「あーん」
ミサカの口にチーズケーキを入れると、ミサカは頷く。
「これがあーんの味ですか」
「いや、チーズケーキの味だから」
「ですがこれは本来、親しい男女がやるものだとミサカは学習しています」
「別に友達でもやるよ。その知識与えた人はどんな初心な……間違いなく彼氏いない歴=年齢だね、まぁ私もだけど」
そう言って笑うと涙子はチーズケーキを自分で食べる。
紅茶と良く合うなと思いながらも自然と頬が上がっていくのがわかった。
おいしいものを食べれば当然そうなるだろうと頷いてからミサカを見ると、再びイチゴパフェを頬張っている。
「あと、あちらの店員が佐天のことを睨んでいるように思えます」
「姉御さんなんで睨んでんの!?」
驚く涙子だが、目があったとたん姉御は涙子を見るのをやめて店の裏にまた引っ込んでしまった。
あれで良いのだろうかバイト。と思いながらもとりあえず涙子は再び一口食べて紅茶を一口飲む。
実に美味であると、自分もチーズケーキを作ってみようと思った。
「おいしい?」
「はい、とミサカは初めて味わうパフェの味に胸を踊らせます」
「とても踊ってる表情じゃないけど」
苦笑してそういった。
その後も、涙子はチーズケーキを食べながらミサカと雑談したりし、ティータイムを楽しんだ。
それから数十分後、涙子とミサカは暗くなってきた道で分かれることとなった。
「それじゃあね、ミサカ……ちゃん?」
「ミサカで結構ですよ」
「どうにも慣れないんだよねぇ、御坂さんを御坂さんって呼んでるし」
難しそうな表情をする涙子が、なにかを思いついたのか手のひらを拳でポンッと叩く。
頭の上に電球が浮かんだようにも見えないでもない。
「じゃあミーちゃん!」
「センスの欠片もねぇな、とミサカは期待外れを通り越して呆れ果てます」
「ひどいくない!?」
ミサカの馬鹿にするような笑い+容赦ない言葉に涙子は崩れ落ちそうになりながらもしっかりとツッコミを入れた。
だがミサカは馬鹿にするような笑いをやめると、両手を胸に当てる。
「でも、はじめていただいたあだ名というものを、ミサカはせっかくなので使わせてあげようと寛大な心で受け入れます」
なんだか、激しくない美琴のようなものかなと涙子は思った。
素直ではないのは確かだが、それでも素直なところもある。
そんな可愛らしい“友人の妹”ではなく“自分の友達”の手を取って握手を軽く交わして話す。
「それじゃまた会ったら一緒にお茶しようね、ミーちゃん!」
「はい、それではまた機会がありましたらと次回の食べものを期待しながらミサカは佐天に手を振ります」
「はいはい、またね!」
手を振りながら涙子がその場を去ると、ミサカは振り返って片手を胸に当てながら口を開く。
「ミサカ10031号はこれより、第一次外部研修を終えて帰還します」
そして、ミサカはどこかへと歩いていくのだった。
一方、ミサカと別れた佐天涙子は近場の自宅へと帰ってくると、テレビを見ながら携帯端末から御坂美琴にメールを送ることにした。
内容はと言えば『今日、御坂美琴の妹に会った』ということである。
それ以外はないが、このメールを送った後に帰ってきたことで話を膨らませればいいだろうと涙子はスタンド式の充電器に端末を置く。
なんだかんだで楽しかったなと思いながら、涙子は背を伸ばしてベッドに横になりながらテレビを見る。
「ネトマでもやろっかなー」
すぐに上体を起こすと、涙子はネットを起動するのだった。
それからしばらくして、10時を過ぎる少し前に白井黒子から電話がかかる。
こんな夜遅くにどうしたのだろうと思ってその電話に出ると、向こうからは静かに黒子が安堵のため息をつくのがわかった。
そんなにこの時間に自分が電話に出たのを安心されるようなほど普段の行いが悪いだろうかとも思うが、最近の行動を考えると心配されても仕方ないかなと思わないでもない。
『夜分遅くに申し訳ありませんの』
「別に良いですよ……それにしてもどうしたんです?」
『いえ、お姉さまがしばらく前に出かけまして……』
疑問に思うのと同時に、涙子は眼を細めた。
「御坂さんが?」
『ええ、そうですの、まだお戻りになられなくて、もしかして佐天さんのところかなー……なんて』
パソコンのマウスから手を放して、背もたれに体重をかける。
声音などはあくまで変えずにいつも通りを意識しながらも、新手の事件かと疑う。
「うちには来てませんよ? 初春のとことか電話しました?」
『その初春からあって―――』
「ん?」
『あぁいえ……っそうですの、佐天さんのところでもないとなると』
心底不安なのか、少し怯えているというか上ずっているというか、そんないつもと違う黒子の声。
せめて気を紛らわそうかと涙子は名案を思い付いた。
美琴がどこかに行ってしまったということの推測。
「白井さん、これは私の推測ですけど……もしかして御坂さん、男の―――」
『そんなことあるわけありませんのッ!!』
携帯端末越しに怒鳴られて、涙子は急いで端末から耳を遠ざける。
それでもなお聞こえる声に涙子は片目をつむって苦笑した。
『なぁんでお姉さまがそんなはしたない! 佐天さん見損ないましたわ! お姉さまはわたくしの、わたくしだけのキーーーッ!』
「冗談ですよ! 冗談!」
だが、そう言ったとたん電話が切れてしまう。
何度か涙子が名前を呼ぶが返事は聞こえてこないし、端末からは通話が切れているという証にツーツーと音が聞こえてくる。
涙子は立ち上がると、着替えてから眼帯をつけてジャケットを羽織った。
「なんだかなぁ、もぉ!」
夏休み中でよかったと思いながら涙子は外へと飛び出した。
結局、美琴が見つかることはなく深夜1時を過ぎた頃に涙子は自宅へと戻る。
眠気眼をこすりながら鍵を閉めるとジャケットをかけて眼帯を外し、カーペットの上へと寝転がった。
黙ったまま天井を見つめ数分、起き上がると洗面所へと向かい鏡で自分の顔を見る。
「この目と、この腕……私はその気になれば人間をやめることもできる」
けれど、それで悲しむ人間が山ほどいるのを知っているし、妹紅のように周囲に取り残されるのは怖い。
初春飾利や春上衿衣、白井黒子や美琴、それに木山春生や姉御や重福省帆たち……上条当麻やインデックス、浜面仕上に姫神秋沙。
そんなこの世界の友達たちが年を置いても、自分はただ変わらずにありその最後を見ることもかなわぬまま世界から弾かれ生きていく。
ようやく、最近になってその怖さが理解できた。
だからこそ、紫たちも『迂闊に使うな』と言っていた意味がわかる。
「でも、その約束守れるかなぁ」
できる限りは使わないつもりだが、自分にできるだろうか?
人を守るためにこそ使うべき力を自分は正しく、適材適所無駄なく使うことができるだろうか?
そんな自問自答をくりかえしながらベッドに横になっている内、彼女は眠ってしまっていた。
起きると時刻は朝の六時半であり、涙子は黒子へと電話をする。
もう少し待つはめになるかと思いきやすぐに反応はあり通話へと切り替わった。
『あぁ、佐天さん』
「御坂さんは?」
『昨晩戻られました』
探してしまったが、見つからないはずだと頷く。
「大丈夫でしたか?」
『えぇ、ご心配おかけしましたの』
「ところで男の―――」
『だから、それは違うと言っていますでしょう?』
なんだか優しい声音に、安心したのだろうと察して涙子も安心する。
それから数度言葉のやりとりをしてから電話を切ると涙子はベッドの上で背中を伸ばして端末を見た。
御坂からのメールが6時頃に入っており、その内容を見る。
『妹のことは気にしないで忘れて』
たったそれだけの言葉なのだが、たったそれだけの言葉だからこそ、涙子は疑問に思った。
隠していたならもっと反応しても良い。だが隠していないのなら『忘れて』という言葉が出てくるとは思えない。
だからこそ、涙子はそれを深く聞かないにしろ調べてみようと思った。
人のプライベートなことだとはわかっているのだが、妙な悪寒が涙子を行動させるのだ。
結果、その日にいつもの五人で集まれば美琴は妙なテンションで自分たちにファミレスのメニューを奢った。
曰く、昨晩は突然星が見たくなるような感傷的な気分に浸って星を見に行ったそうだが、信用するべき要素は何一つ無いなと思い涙子は黒子に視界を移す。
目が合うと少し驚いたような表情をしてから目を逸らした。
―――間違いなく、なにかあったはずだ。
「そういえば御坂さん、昨日のコードのこと何かわかりました?」
「えっ、あぁそれは……うん」
うつむくと、美琴の様子が変わった。
「わかってるから……私、みんなのこと見えてるから……」
そういう美琴を見て、涙子は追及をやめて腕をバッと上げる。
「ゲーセン行きましょう! パンチングマシーンで今日は新記録出せる気がします!」
そんな涙子に続いて、飾利や衿衣も同意してまたプリクラが撮りたいなどの話を始めた。
美琴がそんな様子に驚いて顔を上げると涙子は笑顔を向ける。
無言だがしっかり意図は伝わったようで、美琴は頷いた。
「だけど、本当に困ったら相談してくださいね……友達なんですから!」
そう言うと、美琴は笑顔を浮かべる。
なんだかんだで、奢ってもらった食事を済まして、五人そろって店を出ていき道を歩く。
そして歩きながらも、たまに後ろに視線を移すと美琴は思いつめたような表情をしている。
―――佐天さんはまた、首を突っ込んじゃいましょうかね!
心の中で苦笑しながら、涙子はこれからのことを考えるのだった。
あとがき↓ ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。
しばらく更新してなかったので、申し訳なさに素早く更新してみましたでござりまする!
ということで、今回はミサカとの出会いと、ようやく混血の重大さを意識し始める佐天さん
ここらへんはテンポ早く進みそうで安心してかけますな
なろうの方を今月中に10万文字と思ったのですが行かなそうなのでとりあえずこっち書きくで候!
では、次回もお楽しみいただければまさに僥倖!