とある無力の幻想郷~紅魔館の佐天さん~   作:王・オブ・王

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56,亡き者の意思

 上条当麻は、路地裏に茫然と立っていた。

 現状を頭で整理すれば、先ほどまで御坂美琴の妹であるミサカと共にいて、猫を飼うための本を買うので自分は古本屋に入りミサカと猫を外に置いてきたところまでは良い。

 その後、店を出れば彼女はおらず、子猫を探し路地裏に来てみればそこにあったのはミサカの死体だった。

 

 体の一部が破裂して、血をまき散らした……彼女の死体。

 

 だが、アンチスキルを呼んでもう一度ここに来てみれば、死体もなければ血の跡も無い。

 アンチスキルは当麻の言うことを信じるわけもなく帰った。

 目に焼き付いたあの光景を思い出しながら、その場所で上条当麻は立ち尽くしていた。

 

「どう、なってんだよ?」

 

 そんな時、音がした。

 

「ッ!?」

 

 そちらを見るとそこには佐天涙子がおり、彼女は辛そうに壁に寄りかかりながら歩いていた。

 

「佐天さん!?」

 

 当麻が猫を抱いたまま涙子に近寄りその体を支える。

 うつむいているせいで顔は見えないが、何らかの感情を抑えるような雰囲気がわずかに伝わってきた。

 瞬間、背後の気配に当麻は振り返る。

 

「み、ミサカ?」

 

 黒い寝袋を担いだミサカがそこには居た。

 当麻に支えられていた涙子がバッ、と顔を上げてそちらを見る。

 涙子とミサカの目が合うが、涙子は苦々しい表情で顔をうつむかせた。

 

「ミーちゃ……じゃ、ない……」

 

 その呟きはミサカにも上条当麻にも聞こえることはない。

 

「申し訳ありません、作業を終えたらそちらに戻る予定だったのですが……とミサカははじめに謝罪しておきます」

「ちょっと待て!お前御坂妹で良いん、だよな?」

 

 さきほど見た死体がミサカだったから、だろう。

 当麻は馬鹿馬鹿しいというように笑う。

 

「あははは、ちくしょう一体なんだったんだよ……わりぃ、今の今までお前が死んじまったんじゃないかと思ってたんだ。ハハッ、良かった」

「ミサカはちゃんと死亡しましたよ、とミサカは報告します」

 

 だがその言葉を聞いた瞬間、佐天涙子は支えてくれていた手を振り払って壁に背をつく。

 上条当麻はそんな涙子に何も言えないまま、ぎこちない表情でミサカを見る。

 

「お前、それ……なに抱えてんだ?」

「念のためパスの確認をします、とミサカは有言実行します。ZXC741ASD852QWE963´と、ミサカは貴方を試します」

 

 そんなミサカの言葉に、なにも理解できずに上条当麻は言葉に詰まった。

 

「今のパスをデコードできない時点で、貴方がたは本実験の関係者でないのですね。とミサカは確定付けます」

「お前、さっきから何言ってんだ! その寝袋に入ってるのはなんなんだ!」

 

妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

 上条当麻と壁に背をついている佐天涙子がそちらを見ると、そこにはサーモゴーグルをかけたミサカが立っていた。

 それも、一人じゃない。

 

「黒猫を置き去りにしたことについては」

 

「謝罪します」

 

「とミサカは告げます」

 

「ですが」

 

「このような争いに動物を巻き込む」

 

「というのは気が引けました」

 

「と、ミサカは弁解します」

 

「どうやら、本実験のせいでいらぬ」

 

「心配をかけてしまったようですね」

 

「とミサカは謝罪します」

 

「しかし心配なさらずとも」

 

「ここにいるミサカは」

 

「すべてミサカです」

 

 大勢のミサカたち。

 上条当麻は茫然とし、佐天涙子は相変わらず壁に寄りかかったままうつむいている。

 

「貴方が先ほどまで接していたミサカは、シリアルナンバー10032つまり、このミサカです」

 

 黒猫の世話を上条当麻に頼み、昨日は一緒にジュースを持ったりもしてくれたミサカ。

 上条当麻と接してきたミサカは黒い寝袋を持ったミサカだ。

 

「そして、今日死亡したのは10031……貴方が昨日、お姉さまと遭遇し……佐天と接していたミサカです。とミサカは説明します」

 

 呆然とする当麻とは反対に、涙子は冷静でなく片手で頭を押さえる。

 そして話は続いていく。

 曰く『ミサカは電気を操る能力を応用し互いの脳波をリンクさせ記憶を共有している』ということは佐天涙子の言うところの『ミーちゃん』つまりは10031号の記憶は引き継がれる。

 だがそういう問題ではなかった。

 

「お前たち、なんなんだ!?」

 

 当麻が混乱しながらも叫ぶ。

 

「学園都市に7人しかいないレベル5御坂美琴お姉さまの量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン、シスターズですよ。とミサカは答えます」

 

 壁に寄りかかっていた佐天涙子はずるずると地面に座り込む。

 

「御坂のクローン……これは、お前ら、なにを……?」

「ただの実験ですよ、とミサカは答えます」

「詳細は機密事項となっているため、お伝えできませんが」

「とにかくお伝えできません、とミサカは弁明します」

 

 淡々と語られる。

 

「本実験に貴方たちを巻き込んでしまったことは、重ねて謝罪しましょう、とミサカは頭を下げます」

 

 当麻の腕の中の猫が鳴く。

 

「では、猫をお願いします。それと……」

 

 ミサカは涙子の方を見た。

 

「佐天涙子、貴方には大変申し訳ないことをしました……ミサカ10031号がしたことは気にせずに、このことは忘れてお過ごしください、とミサカは謝罪をして去ります」

 

 軽く頭を下げると、ミサカたちは去っていく。

 その路地裏はなにも無かったかのような状態へと変わる。

 上条当麻はその場に膝を着き、状況を理解しようと頭をフル回転させていく。

 

 

 唖然している当麻とは反対に、佐天涙子は立ち上がる。

 

「さ、佐天さん?」

「良いですから……すみません、一人にしてください」

 

 佐天涙子は一人で歩き出す。

 いつも通りの様子とはとても言えないが、それでもしっかりと両足で歩きながらも端末を操作してその画面を一目見た。

 それは“彼女”が遺した『助けて』と言うカタチ。

 

 

 

 自宅へと戻ると、ベッドに腰掛けて端末の画面を見る。

 

「ミーちゃん……」

 

 彼女が最後に、端末に残したのはミサカたちが言っていた計画の全容であった。

 それは彼女が遺した大事なものだと、涙子はそれに目を向ける。

 

 ―――絶対能力進化(レベル6シフト)計画。

 

 二万通りの戦場を用意し、二万体の『妹達(シスターズ)』を殺害することで『絶対能力者(レベル6)』への進化(シフト)を達成する。

 対象は学園都市第一位レベル5一方通行(アクセラレータ)

 そう、彼女が殺された理由はただ、その計画のため。

 

「狂ってる、テレスティーナも一方通行も、レベル6なんかのために、なんで人を平気で殺すのよっ……私の大事な、友達を奪って……ッ」

 

 まともじゃない。そう、まともじゃないのだ。

 

「なんなの、学園都市じゃ、私がまともじゃないっての? ならっ、だったら……私も、そっち側に行けばいいの……?」

 

 そう、大事なものを奪われるくらいなら、人の命を奪ってまで自身の欲望のためになにかをする気が狂った者が相手なら、自分も気が狂えば良い。

 殺すという行為に躊躇はあるし、学園都市にいられなくなるかもしれない、それでも自分はまともではいられなかった。

 学園都市そのものが、ミサカたちの死を望んでいる。そしてミサカは殺された、もう10031人も……。

 

 ―――そんなことは、許されないッ!!

 

 

 

 

 

 夜の操車場に、一方通行が現れる。

 先に来ていたミサカ10032号。

 二人が遭遇したことで、絶対能力進化(レベル6シフト)計画の20000回の10032回目が開始される。

 だがその瞬間、ミサカの隣に誰かが現れた。

 

「えっ?」

「悪いけど、あれと戦うのは私だよ」

 

「あァン?」

 

 佐天涙子が、そこに現れる。

 

「貴女は佐天……」

「早く、逃げて……」

 

 そういった佐天涙子だが、ミサカは迷う表情すらしていない。

 

「いえ、実験は行います」

「ふざけんな!」

 

 そんなミサカに、涙子は叫ぶ。

 驚くように目を見開くミサカだが、涙子はその両肩を掴んで叫ぶ。

 

「死ぬための実験、そんなのは許さない。ミーちゃんも許さないだから私にあのデータを託した!」

「10031号のしたことは忘れてくださいと」

「忘れられるわけないでしょ、あれは助けてって叫びなんだから、だから下がってて! 貴女たちをこれ以上殺させない、絶対にこんなバカみたいな計画は私が終了させる、だからお願い……」

 

 叫ぶ涙子を見て、ミサカが迷うような表情を見せた。

 人間らしい、いつ与えられたのかもしれないその感情は、間違いなく人間のものだ。

 だからそれを見て涙子は笑みを浮かべると、その腹に拳を打つ。

 

「あっ……」

 

 ズルっと体を倒すミサカを見て、佐天涙子はそんなミサカを寝かす。

 

「はァ、実験になんねェぞおい……昼間の時も横槍いれやがってよォ」

「……そうだね、でも……もうこんな実験は中止にするっての、実験対象が死ぬんだからね」

 

 前髪で涙子の表情は隠れている。

 その内側は見えない、だがそんな佐天涙子を前にしても一方通行という男は後頭部を書いてダルそうにしているだけだ。

 気迫だけで、雰囲気だけで勝てるなら誰も苦労しない。

 だから一方通行は笑った。

 

「ぎゃはっ……なに言ってンだァ、てめェ?」

「お前が死ぬって言ってんだよ、聞こえないのかこの三下ァッ!」

 

 佐天涙子が叫ぶと、不快感をあらわにして睨みつける一方通行。

 

「てめェ、誰に向かって言ってんだ?」

「お前だって言ってるじゃん、難聴レベル5の第一位の三下」

 

「……ッ、あはぎゃはははァッはははははァ! お前、おもしれェな?」

 

 学園都市一位に睨まれていようが、今更怯える佐天涙子でもなかった。

 目の前の人間を殺そうとしているのだから、そのぐらいで震えていられるような感情ではなかった。

 だから今、佐天涙子の心はどこまでも憎しみに燃えていて、どこまでも冷静だった。

 

「なんで貴方は、あの子たちを殺せるの?」

「あァ? 人形を壊すのに一々感情なんか入れられっかよ、まさかテメェ人形の敵討ちに来たなんて言うンじゃねェだろうなァ。俺を倒して最強の座を奪おうなんて奴は山ほどいたけど、テメェみてェな奴は初めてかもな、あぎゃはァッ!」

 

 涙子が、拳を握りしめる。

 

「そういや、お前が逃げたあとどうやって人形をぶっ壊したのか教えてやろうかァ……血流操作、はじめてやってみたがうまくいくもんだ、人間ってのはあんなにたくさん血が詰まってんだな。あァ人間じゃなかったかァ!?」

「その口二度と聞けなくしてやるよこの三下ァァァッ!!」

 

 走り出す涙子だが、一方通行が足で地面を蹴って砂利を飛ばそうとする。

 だが瞬間、涙子はポケットの中にある何かの電源を入れた。

 瞬間、不愉快なノイズが鳴り響く。

 

「がァッ! ンだこの音はァ!?」

 

 頭を押さえる一方通行、だがそんな一方通行が気づいた瞬間、すでに佐天涙子は彼の目の前にいた。

 そのスピードはそこらの運動部の人間よりもよほど早いと言えるだろう。

 振りかぶられた拳は真っ直ぐに一方通行の頬にぶつかり、一方通行を殴り倒した。

 

 倒れている一方通行、涙子は肩で息をしながら振りかぶった拳を見る。

 

「キャパシティ、ダウン……」

 

 かつてファミレスで強盗と遭遇した時に、その強盗が使っていた小さい端末のものだ。

 それを持って帰っていたものを、涙子は持ってきていた。

 一方通行を殺すために……。

 

 起き上がった一方通行が鼻を押さえてから自らの血を見る。

 

「な、なンだこりゃァァァァァッ!」

 

 そして不快な音はなり続け、鼻血が出ていることより頭の痛みで我に返される一方通行。

 だが涙子本人もわかっている。

 この音に慣れられれば、レベル5ならば多少は能力を発動できるようになる。

 

「てめェう゛ァ゛ッ!?」

 

 すぐにアッパーを打ち込んで一方通行へとダメージを与えていく。

 

「くだらないもんに手を出して! ミーちゃんたちだって一生懸命生きてたんだ! なのにどうして、どうしてお前なんかのために死ななきゃならない!」

 

 普段は決して使うことはないような言葉を放ちながら、佐天涙子は一方通行を殴る。

 だが涙子は気づいていなかった、いつもより攻撃に力が入っていない。

 連日の戦闘、そして精神的ダメージ、挙句にいま現在彼女自身気づいていない人を殺す覚悟をしたという精神的過負荷、それらが彼女の拳を重くし、さらに勢いすら失わされている。

 普通なら倒れてもおかしくないような状況で、彼女が動けているのは……。

 

 一方通行への憎しみと、ミサカへの気持ちだけだ。

 

 

 

 倒れている一方通行の頭の中に、佐天涙子の言葉が入ってくる。

 

 彼女たちは人形、そうでなければいけない。そう言っていた。そのはずだ、だから殺せた、殺した。

 なのに、彼女たちは生きている?

 いや、間違っているのは目の前の小娘だ。

 目の前の女は妹達(シスターズ)の制作過程を知らない。

 

 妹達(人形)がどうやって生まれたかなんて知る由もないからそんなことが言える。

 

 ―――ならなんであいつらをビビらせて嫌がらせようとした? 恐怖を与えようとした?

 

 やめろ、考えるなと頭の中を切り替えて現実へと思考を戻す。

 

 

 

 立っている佐天涙子は妙に息が上がっているのを感じながら、立ち上がった一方通行を見る。

 すぐに涙子は走り出す。

 一分一秒でも早く、目の前の男の息の根を止めなければもっと被害が出る。また殺される。

 

 ミサカ10031号はそんなことを望んでいない。

 あれを自身に託したのは、この計画を止めて欲しいからだ。

 

「お前はレベル0に殺される。レベル0に殺されて、それでこの実験は中止になるんだ!」

 

 走り出した涙子はジャケットの内側からナイフを取り出す。

 十分に弱らせた。

 あとはこのナイフで一方通行を刺し殺すだけだ。

 

「お前は、生きてちゃいけないんだ! 消えろぉぉぉぉ!」

 

 だがそのナイフは一方通行に届くことはなく、左手で跳ね除けられる。

 驚愕の表情を浮かべている間、佐天涙子はその光景をスローに感じて、状況を理解する。

 格闘の素人とも言える一方通行に跳ね除けられた右手のナイフ。

 

 筋肉もなさそうな一方通行の腕に、なんで自分の手が跳ね除けられた?

 そもそも、どうして一方通行は自分の動きに反応できる?

 

 理由は一つだった。体が限界をきたしているのだ。

 

「オラァ!!」

 

 一方通行の右手が涙子の腹部にめり込む。

 

「ガッ!!?」

 

 すでに夕方のミサカ10031号と逃げている最中に一度倒れているにも関わらず、それなのにまだ動いた。 

 それがどれだけの無茶なのか、佐天涙子は気づいていない。

 ナイフを落として涙子はジャケットの中にナイフがあるのを思い出す。

 

 冷静でない感情を持ちながら、なんとか現状を理解しようとした。

 今の自分がナイフで一方通行を殺すことは不可能に近い、それ以前に頭痛がしているであろう一方通行にカウンターを受けたのだ。

 それがどれだけ自分が弱っているかを感じさせた。

 ならば今の攻撃手段は一つしかない。

 

「だぁぁぁぁっ!」

 

 歯を食いしばって、佐天涙子は足を使って一方通行の脇腹を蹴り、その体を転がす。

 起き上がった一方通行へと走る涙子だったが、一方通行の表情が先ほどと違うことに気づく。

 瞬間、条件反射でなんとか止まる。

 

「あはぎゃはッ!」

 

 一方通行が、地面を軽く蹴る。 

 瞬間、地面が大きく音を立てて爆発したようになると砂利が涙子へと襲い掛かった。

 なんとか両手でその砂利を防ごうとするがそれは涙子の体にぶつかりダメージを与える。

 

「あぁぁっ!」

 

 地面を転がった涙子が、両手を地面につけて起き上がると、ポケットの中に手を入れてキャパシティダウンの音源であった端末を出す。

 それはもう音を出さない。

 涙子はそれを地面に叩きつけると、一方通行を睨む。

 

「あぁ、なンだよ最弱(レベル0)……この学園都市じゃレベルがものを言うンだろ、レベルが高ければ良いんだろ! テメェは底辺だ。生きてる価値がねェ? 俺が生きてる価値がねェってンならてめェはなんなんですかァ!!?」

「レベル、そんな……ことの、ため、にっ……ミーちゃんはァッ!」

 

「もォ良い……死ねよ、お前」

 

 一方通行が貨物を載せているであろう車両を叩くと、その車両が空中へと上がり涙子へと向かって落ちる。

 その車両が地面へとぶつかると共に爆音と共に砂煙が上がった。

 だがそれが晴れ、車両を避けた涙子が地面を転がっている。

 

「ッ……ハァ、ハァッ!」

 

 起き上がると、涙子は一方通行を睨んだ。頭から流れている血が彼女の顔を伝って地面に垂れていく。

 数では圧倒的な回数の攻撃を受けたはずの一方通行の方がぴんぴんとしていた。

 圧倒的攻撃力の差に、舌打ちを打つ。

 

「コンテナの中身は小麦粉みてェだな、今日は良い感じに無風状態だしィ、こりゃァひょっとすると危険かもしんねェなァ?」

 

 涙子は一方通行の言っている言葉の意味がわからなかった。

 言葉の意味よりも、挑発するようである言葉づかいにも関わらずその眼が先ほどと同じようなものでないのが気になる。

 だが瞬間、そんな思考は停止される。

 

「よォ三下ァ……粉塵爆発って知ってっかァ?」

 

 跳ね上げられる車両の一台。

 涙子が一方通行に背を向けて少しでも離れようと走り出すが、車両が落ちてくる速度の方がよほど早い。

 

 落ちてきた車両は、他の車両とぶつかり火花を散らす。

 瞬間、轟音と共に大爆発が起きて周囲が火に包まれる。

 

 なんとか生きながらえた涙子だが、体への衝撃は―――思ったほどでもなかった。

 

「ッ!!?」

 

 涙子は、ミサカ10032号に抱えられていた。

 爆発でのダメージだけでいっても中々なもので、涙子も多少のダメージは受けたものの10032号のほうがよほど酷い。

 致命傷ではないが、火傷も見られる。

 

「そんなっ、なんで!」

「……わかりま、せん……でも、こうしなければいけな気がした、んです」

 

 ボロボロのミサカ10032号。

 そんなミサカをそこにそっと寝かせたまま佐天涙子が立ち上がる。

 歩いてくる一方通行。

 

「こんの、クズがァァァァッ!」

 

 殴り掛かる涙子が右腕を振るう。

 だがその右手は一方通行に触れたと思った瞬間に逆側へと曲がった。

 数歩下がる涙子が左手を振りかぶる。

 

「このぉぉぁッ!!」

 

 一方通行がつま先で地面を叩いた瞬間、地面がまた爆発を起こしたような衝撃波を生み、涙子が吹き飛んで車両に背中をぶつけ、顔から地面に倒れた。

 

「お、わらない……って、な、い……」

 

 終わらせるわけにはいかない。

 目の前の男をなんとかしなければ、いけなかった。

 ミサカ10031号、『ミーちゃん』を死なせた自分を許せなかった。

 

「うま、かい……じゅ……か……“龍”、解放―――ッ!!」

 

 瞬間、涙子が立ち上がる。

 

「アァァァァァッ! あたしが守る、守って見せる! 誰もッ! 誰もォッ!」

 

 瞬間―――咆哮。

 

「誰も殺させない!」

 

 走り出す佐天涙子。

 一方通行は一歩後ずさる。

 

「テメェ、なンなンだ、テメェはァ!」

「私はお前が殺した10031号の、ミーちゃんの友達だァ!」

 

 走り出した涙子相手に、再び地面を叩き衝撃波を生み出す。

 だが涙子はすぐに横に転がってそれを避けると、走り出して一方通行へと近づく。

 先ほどよりも上がった身体能力、だが所詮は今の涙子であり“妖怪の力ほんの欠片”を使うのも短時間が限界だろう。

 それをわかっているからそこ速攻で距離をつめる。

 

「アァァァァッッ!」

 

 拳一発を、一方通行の腹に打ち込む。

 

 ただの拳ではない。霊力を、弾幕を生成するときに使う人間誰しもが持っている力を弾にしてそれごと一方通行の腹部を殴ったのだ。

 霊力は、彼の反射に対応していない。

 

 その一撃は、その攻撃力は普段の佐天涙子の一発にすら劣るだろう。

 弾幕の威力も高くなければ数も作れない佐天涙子、だがその一撃には佐天涙子のわずかな霊力が乗っている。

 そしてこの世界で幻想郷側の異能を使うには消耗が激しい。紫を見て涙子は知っていた。

 だから今のが佐天涙子が一方通行に攻撃を与えられる最後のチャンスだった。

 

 限界は遠に来ていた。限界を振り切った一発は、一方通行を地面に転がらせる。だが、―――それだけにすぎなかった。

 切り札である妖魔結界も解除され、怪我に関しては少し回復した。先ほどよりも幾分かマシではある。

 佐天涙子は片膝をつきながらも倒れるのをなんとか耐えた。

 

「力がいる、理もルールも支配する……絶対的な力がァ!」

 

 一方通行が倒れたまま腕を空へと向ける。

 瞬間、突如暴風が吹き荒れた。

 それは周囲の火すら消すほどの風。

 

「カキクカコカキクケコカキクケコ!」

 

 瞬間、暴風が吹き荒れる。

 一瞬とはいえ小規模の竜巻が発生し、すべてが巻き上げられる。

 なんとか耐える佐天涙子は背後を見てミサカ10032号が無事なのを確認した。

 

「世界はこの手の中にある!」

 

 立ち上がった一方通行。

 

「圧縮圧縮、空気を圧縮ゥ!」

 

 風を操りながら、一方通行は佐天涙子を視界に入れる。

 

「どうやって殴ったかなんか知らねェけど、立てよ最弱、膝なんかついてンじゃねェ! テメェにはやられたぶんきっちり付き合ってもらわねェと、わりにわわねェんだからよォ!!」

 

 涙子は上空を見て、一方通行が生み出した光を視界に入れる。

 だがそれでも今はたった一歩を踏み出すことすら辛い。

 笑っている一方通行。

 

 ―――こんなところであきらめるわけにはいかない! なのに、私にはどうする術もないッ!

 

「ミーちゃん、私は必ずミーちゃんのためにもォ!」

 

 そんな叫びは一方通行には聞こえていない。

 

「あはァ、あはははァ! すげェ、自分の体のように、手足を動かすように! 空間すべてを支配していく感覚ゥ! あぎゃはぁッ! 強ェ相手とやンのがレベルアップの近道ってのは、マジみてェだなァ! えェ三下ァ!」

 

 楽しそうに叫ぶ一方通行は先ほどとはまったく違っていた。

 佐天涙子はなにもできずにその場に片足をついているのみであり、ナイフを投げたところで跳ね返されるのがオチだ。

 どうしようもない。

 

「感謝をこめてェ、お前を跡形もなくゥ……あァ?」

 

 空を見上げる一方通行。

 彼が風を使って形成していたプラズマはその形を徐々に崩していく。

 

「なにが起こってンだ、プラズマが拡散していく? 俺の計算に狂いはねェ、大体これはどう考えたって自然の風じゃねェぞ! 一体なんだこの風はァ、風力操作か……風車が逆回転?」

 

 一方通行が見ている方向に、涙子も目を向ける。

 確かに風車が逆回転していた。

 

「待て、聞いたことがあンぞ。発電モーターってのは、特殊な電磁波を浴びせると回転するって……俺の計算式を乱すように計算されたこの風車は……」

 

 何かに気づいた一方通行、そしてそれと同時に涙子もそれに気づいた。

 夕方に聞いた言葉にミサカたちは脳波の電波でやりとりをし、記憶を共有できると言い、つまりは見たものを、見ていることをそのまま他の者たちに伝えることが可能ということ。

 涙子の視線の先のミサカは無表情だが、なにかを感じた。

 

「なンだよ、こいつァ!」

 

 そして、涙子は立ち上がる。

 

 ―――生きようとしているミーちゃん、妹達(シスターズ)は生きようとする意思がある!

 

一方通行(アクセラレータ)……お前が、その意思(幻想)を殺そうと言うなら!」

 

 拳を握りしめた。

 

 ―――まずはその意思(幻想)を守り抜く!

 

 

 

 




あとがき↓  ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。















言うことは特にありません、この最終回感
ともかく、次回をお楽しみいただければまさに僥倖!

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