とある無力の幻想郷~紅魔館の佐天さん~   作:王・オブ・王

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57,Dear My Friend

 学園都市最上位(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)学園都市最下位(レベル0)の佐天涙子。

 膝を着いている佐天涙子は、もう立ち上がるのだけでも、それだけでも限界だった。

 なんとか立ち上がって、先ほど一方通行に打ち付けておかしな方向を向いた腕を動かそうとする。

 

 一時とはいえ“龍”の解放により怪我は回復した場所もあるが、それでも彼女の体力は底をついていて、腕の中までは治っていないだろう。

 

 ―――妹達(シスターズ)幻想(意思)を守る。

 

 そう宣言した涙子。上空のプラズマは妹達がなんとかしている……それにも関わらず自分がただ立っているわけにはいかないと動こうとした瞬間、一方通行が苛立つような表情を見せた。

 マズいと思った。

 本能的に、一方通行を放置しておいてはマズイと思いながら涙子は立ち上がり、走り出す。

 

「あはァ、まだ動けンのかよォ!」

 

 一方通行が足で地面を蹴り、再び衝撃を起こして涙子を吹き飛ばす。

 地面を転がる涙子が両手を使って無様に起き上がろうとするのを見ながら、アクセラレーターが隣のコンテナを軽く叩く。

 打ちあがったコンテナが、ミサカ10032号めがけて飛ぶ。

 間違いなく直撃コース、さらにミサカは動けるような怪我ではない。

 

「ミーちゃっ」

 

 ―――また、助けられない?

 

 そう思った瞬間、そのコンテナへと奔る閃光。

 見慣れたその攻撃はコンテナをへこませ、吹き飛ばして涙子の上を超えて転がる。

 そしてミサカの前に立ちふさがるのは、佐天涙子の友達だった。

 

「させないわ!」

 

 ミサカの前に立つのは―――御坂美琴。

 

「み、さか……さん?」

「ごめん、そしてありがとう……佐天さん」

 

 優しげな笑みを浮かべた美琴は、すぐに一方通行を睨みつける。

 強風の中、二人の超能力者が睨み合う。

 

「理解できねェな。そこに転がってる三下も、お前も、なんで人形を庇う?」

 

 鬱陶しそうな表情をしながらも、一方通行の表情に変化が生まれた。

 

「そいつはお前の出来損ないの乱造品だァ、そいつをこの世で一番疎ましく思ってンのは、お前だろうがよォ、自分と同じ顔をしてるのが壊されるのが気に食わねェのか……だが、そんな理由で命張るわけねェよなァ……くひっ!」

 

 一方通行が、笑みを浮かべた。

 

「自分より先にレベル6が生まれるのが許せねェのか? それとも、こンな実験を作っちまったことへの、罪滅ぼしかァ?」

「……絶対なんかへの興味も、こんなことで罪を償えるとも考えてるわけでもない……妹だから」

 

 ミサカ10032号の表情が、驚いたような表情を浮かべる。

 

「この子たちは、私の妹だから! ただぞれだけよ……!」

 

 そう言って御坂美琴は強い表情を浮かべる。

 

「ごめん、今更そんな資格の無いことはわかってる……でも、今だけはこの場に立つことを許してくれる?」

 

 少しだけうつむいて、美琴は笑みを浮かべる。

 

「は……い」

 

 震えるような声でそう言うミサカ。

 

「もう、一人も死なせない!」

 

 こんな絶望的な状況で、笑みを浮かべて美琴は言う。

 だからこそ、佐天涙子は寝ているわけにはいかなかった。

 苛立つような表情を浮かべる一方通行。

 

「なァにかと思えば、仲よく姉妹ごっこかよ」

「黙っててよッ!」

 

 立ち上がった佐天涙子が大声を上げる。

 

「んだ、テメェは……もう限界だろォ、フラフラじゃねェか……俺がしっかり逝かせてやるってのに、お前マゾですかァ?」

 

 ふらつく涙子は、なんとか両足で踏ん張って立つ。

 立つ以外をすればもうダメかもしれない。

 先ほどのダメージは内臓へしっかりとダメージを与えていたようで口から血が流れるし、頭からもボタボタと血が流れていた。

 ポトッと落ちたのは涙子の眼帯だ。

 

「……もう誰も、死なせないって言ったでしょ! 無能力者(レベル0)無視して超能力者(レベル5)なんかと戦おうとしてんじゃねぇぞこの三下ぁ!」

 

 どこぞの聖人やレベル5に影響されたのか、男っぽい口調で叫ぶ。

 一方通行は笑みを浮かべると足を踏みしめて、飛び出す。

 

「最ッ高にィ! おもっしれェぞォォォ!!」

 

 涙子の危険に、美琴がせめてなにかできるようにと超電磁砲を撃つためにコインを取り出すが、落とす。

 そして一方通行が涙子の前へと迫り腕を突き出した瞬間、前に現れた影が一方通行の手を“その右手”で殴る。

 一方通行の指が逆方向を向き、折れた。

 

「がァッ!!?」

 

 痛みの中、一方通行の視線に映るのは、今現れたはずなのにボロボロである黒髪の少年。

 その少年こと上条当麻は、後ろに下がる一方通行の腕をなんとか掴む。

 瞬間、佐天涙子が一歩を踏み出した。

 

「歯ァ食いしばりなよ最強……私の拳は、ちょっとだけ響くからさぁッ!」

 

 佐天涙子が叫び、飛び出すと同時にその顔に拳を打ち込む。

 体はボロボロで、体力はもう無い、だがその一撃はこの戦いで放ったどんな拳よりも強く、一方通行に響く。

 その一撃を、受けた一方通行が吹き飛び、地に倒れる。

 

 すでに一方通行の意識は刈り取られていた。

 

 ―――実験は間違いなく、終了へと追い込まれるだろう。

 

「ッ……ハァッ、ハァッ」

「大丈夫か佐天さん!?」

 

 上条当麻に支えられる涙子だが、そんな当麻を押しのけて最後の力で歩きだす。

 もう少し、もう少しだと一歩一歩を十秒近くかけて踏み出し、ジャケットの内側からナイフを取り出し、逆手で持つ。

 そんな涙子を見て、その涙子の肩を当麻が掴む。

 

「待て佐天さん! もうそいつは!」

「離して! アイツは、アイツだけは殺す!」

「なっ!」

 

 驚愕しながらも、当麻は涙子を止めようとするが、それでも涙子はどこから来るのか力一杯に当麻を振り払って歩く。

 

「佐天さん、そんな奴のために貴女が人殺しになること!」

「ある! 御坂さんにはできない、妹達にもさせられない、ならここで、私がッ! 私が殺す! 私が殺してやる! あんな奴は、生きてちゃだめなんだ!」

 

 前に立つ御坂も押しのけて一歩一歩歩きだす涙子。

 

「ダメよ佐天さん!」

「殺すのは、間違ってるぞ佐天さん!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!! 私の、大事な友達が殺されて、それで黙ってろって、言うんですか!」

 

 涙を流しながら叫ぶ涙子を見て、美琴も当麻も、何も言うことができなかった。

 最初から涙子はここに居て、自分たちが来るまでの間ずっと一方通行と戦っていたのを知ったのは、妹達の一人が来てくれたからだ。

 妹達の一人が『佐天涙子が10032号を助けるために一方通行と交戦中』という内容を聞いてから、当麻はすぐに走り出し、美琴はミサカ10032号のネコをそのミサカに預けて当麻より出発は遅いながらも、電磁を使って早くここに到着した。

 だがそれでも、一方通行を追い込んだのは、彼女だ。

 

 それも、明確な殺意をもって戦っていた。

 

 御坂美琴には、それだけの覚悟は無かった。

 だから美琴は力をゆるめてしまう。

 

 だがそれでも、そんな涙子を止められる者が一人だけいた。

 

「やめて、ください」

 

 涙子の正面から、涙子を抱きしめるようにして涙子を止めるのは、ミサカ。

 

「もう、良いんです……10031号も、貴女が人を殺すのは、許さないと……ミサカは自分の願いも含めて佐天にお願いします」

 

 瞬間、涙子の全身の力が抜ける。

 一瞬で意識が飛んだ涙子は何も考えられないまま、その場に倒れた。

 

 

 

 

 

 佐天涙子が目を覚ますと、見慣れた天井が視界に映った。

 夜だということはわかるし、首から下に麻酔がかけられているのもわかる。

 自身のベッドの横にミサカが座っているのも、わかる。

 

「……ミーちゃん」

「私は、ミサカ10032号ですよ」

「……うん、知ってる」

 

 笑う涙子が気づく。

 自身の手はミサカ10032号の手を握っていることに……。

 

「ちなみに、佐天が寝ている間に『ミーちゃん』と呼んで私の方へ手を伸ばしてきたんですよと、ミサカは懇切丁寧に説明します」

 

 ―――そんなに、引きずってるんだ私。

 

 いざそう思うと確かにひきずるとも思う。

 好きだった。友達として、これから仲良くしていけると思っていた。

 なのに、守ろうとしたあの少女は逆に自分のために死へと赴くこととなり、自身は平然と生きている。

 

「私は、償えたかな?」

「貴女が償うことなど、なにもありません……10031号は、貴女を好意的に思っていました」

「……本当に?」

 

 そう聞く涙子に、ミサカは無表情ながら頷く。

 

「はい、最後の瞬間まで彼女は、そう思っていました」

「……そっか」

 

 嬉しそうに笑う佐天涙子は、安心したように枕に頭を預ける。

 

「今度さ、クレープでも買いに行こうよ」

「そのことについてですが、私はまだ貴女と同じ場所に立つことはできません」

 

 涙子の表情が変わった。

 目を細めて、再び動こうとする。

 

「まだ、あんな実験がっ」

「いえ、そうではなくて実験は一方通行の敗北と共に中止に向かうことが決定したようです、とミサカは懇切丁寧に説明します」

「じゃあ、なんで?」

「ミサカが言っているのは、ミサカの体のことです」

 

 ミサカの体に、なにかがあるのだろうかと疑問を浮かべる。

 恐れながらもミサカの話の答えを待つ。

 

「もともとミサカの体はお姉さまの体細胞クローンであり、さまざまな薬品を合成し、成長を促進してつくられました。そしてただでさえ短命のクローン細胞がさらに短命になっているわけです。と言ってわかりますか、とミサカは聞いてみます」

「まぁ、なんとなく……」

「だから、一時的に研究施設でお世話になって、個体の調整が必要なのです。急速な成長をするホルモンバランスを整え、細胞核の分裂する速度を調整することによって、ある程度の寿命を回復させることが可能です。とミサカは本日二回目の説明します」

 

 二回目というのも、説明した相手が誰なのかも……なんとなくわかった涙子。

 ミサカが立ちあがるのを見て、去るのだと分かった涙子は一言。

 

「上条さんに、惚れた?」

 

 笑いながら言うと、ミサカは心なしか顔を赤くして涙子の方を向く。

 

「ノーコメントです。とミサカは黙秘権を行使します」

「そっか、わかったよ」

 

 ミサカはそのまま歩いて病室のドアを開く。

 

「またね」

 

 だがそこで立ち止まるミサカ。

 

「はい、また」

 

 病室のドアが閉じられ、ただ一人残る涙子。

 実験が終わったなら自身がこうしてボロボロになったことも、自身の財布が軽くなるのも、悪くないと思える。

 ただ一つ『ミーちゃん』のことが心残り、それだけだ。

 

 涙子はここ数日の疲れをとるために、眼を瞑って眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 そして次の朝、涙子の病室は思ったより騒がしくなった。

 やって来たのは御坂美琴と初春飾利と白井黒子と固法美偉だけ、なのにも関わらず騒がしくなったのは、白井黒子の雷が涙子に直撃したからだろう。

 黒子はテレポーターでありエレクトロマスターではない、それでも雷は落ちるのだ。

 

「佐天さん! 貴女はどうしてそういっつもいっつも怪我ばかりなさるのですか!? 心配するこちらの身にもなってくださる!!?」

「白井さん、病院! 病院ですから!」

 

 涙子の肩を掴んで大激怒する黒子をなだめようとする涙子だが、そんな言うことを聞く白井黒子ではない。

 

「貴女はいっつも私や初春にまで黙って無茶して怪我ばっかりで、挙句に聞くなとおっしゃりやがりますのよ!?」

「ご、ごめん! 勘弁してくださいよー!」

 

 勘弁しないであろう黒子にそういう涙子だった。

 だが、白井黒子は突然大人しくなると、涙子の肩を掴んだままうつむく。

 

「……本当に、佐天さんまで、心配させないでくださいまし」

 

 震える声でそういう黒子に、申し訳なさそうな気持ちを隠せずに苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる涙子は、飾利と美偉を見る。

 親友である初春飾利は、涙子を心配していたのか泣きそうな表情で頷き、美偉も安心したような表情を浮かべた。御坂美琴はと言うと、色々と申し訳なさそうな表情をする。

 涙子は黒子の頭を軽く撫でた。

 

「ごめんなさい」

「わかれば、良いんですの!」

 

 ふんっ、とそっぽを向く黒子。

 

「初春もごめんね?」

「本当ですよ、怪我したって聞いてダッシュで来たんですから!」

「ごめん」

 

 苦笑して固法美偉の方を向く。

 

「佐天さん、私だって心配してるのよ?」

「すみません、それと……」

 

 一息吸う涙子。

 

「ありがとう、みんな」

 

 そういうと、涙子の前にいる四人がそろって笑顔を浮かべた。

 ミサカもそうだったけれど、自分を心配してくれる友達はたくさんいるんだということを自覚すると、涙子はなんだか胸が熱くなる。

 もしかしたらここに彼女がいたかもしれないと思うと、心が強く締め付けられていく。

 

「佐天さん?」

 

 初春飾利の言葉に、涙子がそちらを向く。

 なんかおかしな感覚がすると思いながらそちらを見ていると、飾利は涙子へと近づいて抱きしめる。

 なにが、どうなっているのかわからなかったが、四人が自分を心配しているというのは、良くわかった。

 

「無理に強くなろうとしなくていいんです、無理しなくていいんです……佐天さんは強いってみんなわかってます?」

 

 ―――初春、なに言ってるの?

 

「だから、泣いて良いんです……佐天さんが泣いて少しでも楽になるなら、それでいいんです」

 

 涙子はそう言われてようやく、自身が泣いていることに気づいた。

 自身が救えなかった命、そして救えた命。どうしてもう少し早く気付けなかったと、なんであの時に力を持っていなかったのかと、胸を締め付けられる思いがどんどんと増していき、嗚咽が漏れる。

 涙がボタボタと落ちていくのを理解して、涙子は初春の背中に手を回してぎゅっと力を入れ―――泣く。

 

「あたしはっ……あたしはぁッ……あっ、たし、はっ……うあぁ―――っ!!」

 

 大声で泣く。

 ただ、後悔だけじゃない。だがそれでも、後悔がないわけじゃなく、その後悔は大きなものだ。

 佐天涙子の苦しくてどうしようもない気持ちを、完全に消すことはできない。

 けれど、涙子の“友達”はそんな気持ちを少しだけ、軽くしてくれた。

 

 だから、佐天涙子は泣きながらも思う。

 

 ―――ミーちゃん、私の友達でいてくれて、ありがとう。

 

 自分のことを愛してくれたであろうその友人を、佐天涙子は忘れることはない。

 

 彼女はそう、断言できるだろう。

 

 

 




あとがき↓  ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。















妹達編、これにて終了!
一方通行との戦いも終わり、佐天さんの心のしこりも若干とれた?
そして次回は日常パートになります
まぁ入院中の話になるので日常パートと行っても若干違うものになりそうですが(汗)
では、次回もお楽しみいただければまさに僥倖!

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