とある無力の幻想郷~紅魔館の佐天さん~   作:王・オブ・王

59 / 63
第六章 新たな一歩の裏表
58,踏み出す一歩と戻る日常


 佐天涙子が一通り泣いた後、全員帰って行った。

 

 揃ってニヤニヤしていたのが涙子としても苦い思い出になりそうなのだが、この際仕方あるまい。

 あまり他人の前で泣くと言うのは慣れない。いや慣れても嫌だが、佐天涙子は静かに溜息をついた。

 なにはともあれ、実験が中止になったのだから結果オーライと行けば良いが……。

 

 なんて思っていると、病室の扉が開く。

 

「佐天!」

 

 血相かいた顔で病室に入ってきたのはすっかりお馴染みのメンバーになってしまった姉御だった。

 本名不詳……いや教えても涙子は『姉御さん』としか呼ばないので意味が無い。

 もう先方も諦めている節があるのだろう。

 

「どうしました?」

「どうしたって、心配してきたんだろうがっ!」

「……ありがとう、ございます」

 

「……べ、別にダチのためなら普通だしっ」

 

 顔を赤くしながら言う彼女を見て涙子は嬉しそうに頬を緩める。

 友達というものの大事さが、今なら前よりも強く深くわかっている涙子。

 

 少し感傷に浸ろうなどと思ってると再び扉が開き、現れるのは……。

 

「御坂さん……いや、御坂さん? いや……御坂さん?」

 

「いや、三回も言わないでいいから」

「本物だ」

「偽物って逆になんだよ」

 

 とりあえず、姉御と呼ばれる彼女からの言葉に頷く涙子。

 まず質問すべきはなぜ御坂美琴が二度目の訪問に来たかだ。

 

「いや、なんていうか……どうしたんですか?」

「まぁそのちょっとした相談にね」

「相談?」

 

 現れた御坂美琴の言葉に首をかしげる涙子と、ついでに姉御

 美琴が気恥ずかしそうにしながらも頷く。

 ちなみに涙子の交友関係として“姉御のようなタイプ”がいることは知っているので今更だ。

 

「クッキーとか、作りたいんだけど……佐天さんに教えて欲しくて」

「……寮で白井さんとか」

「いやいやいや、人目につきたくないっていうかぁ……」

 

 その言葉で一人、思い出す人間がいた。

 彼女の知り合いで彼女がクッキーを渡しそうな相手。

 ちなみに一方通行(アクセラレータ)と戦っていたせいでボロボロな涙子の隣の病室で、同じくレベル5と戦い、いや一方的にレベル5の攻撃を食らいボロボロの青年がいるが……。

 

「……なるほど」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて言う涙子に、御坂美琴は真っ赤になる。

 大体察しがついている涙子の顔を見て、彼女も察したと言うことだろう。

 

「べべべ、別にアイツに上げるためじゃ!」

「上条さん?」

「ななな、なんでアイツの名前が出てくるのよ!」

 

 ―――可愛いなぁ。びりびりしてて怖いけど。

 

「とりあえず、クッキーを渡したいから手伝えと……この私に?」

「あ……」

「そう、見ての通り右腕は使うなって言われてるんですけどぉ」

 

「……ど、どうしよ?」

「姉御さんそう言えば喫茶店でバイトしてましたよね」

 

 そこで白羽の矢が立ったのが彼女、つまりは姉御と呼ばれる少女だった。

 放置されていた彼女は突現、名前が、いや名前じゃないが呼ばれて驚きつつも、首をかしげる。

 美琴も首をかしげた。

 

「……クッキー作るの手伝ってあげてくださ」

「私がレベル5に物教えるとか冗談だろ?」

(レベル0)が教えようとしてるんですけど」

 

 無言の姉御と涙子と美琴。

 そんな中、美琴が涙子と姉御の二人を交互に見ているが、最初に折れるのは姉御だった。

 頭をぼさぼさと掻いてから、気恥ずかしそうに、頷く。

 

「良いけど、さ」

 

 その返答を聞くなり嬉しそうな顔をする美琴。

 涙子も満足そうにうなずいて左手を伸ばし、荷物の中から自宅の鍵を取り出した。

 そしてそれをそっと、姉御の方へと向ける。

 

「へ?」

「私の家の鍵です。必要なものは全部あるんで……見つけられなかったらメールください」

「つ、つつつ、つまりお前は、あ、あ、あたしに鍵っ、鍵をっ!」

 

「はい、姉御さんなら」

 

 ニコッと音を付けたくなるような笑みを言う涙子。

 そんな涙子を見て顔を真っ赤にして姉御は鍵を受け取る。

 震えながら姉御は踵を返しゆっくり歩く。一歩一歩踏みしめるように歩きつつ、扉に手をかけた。

 

「ま、また来る!」

「待ってます……まぁすぐに退院したいんですけど」

「そ、それじゃあな! 行くぞ超電磁砲(レールガン)!!」

 

 勢いよく走っていく姉御を見つつ手を振る涙子。

 今更走るなとか言っても無駄だろう。

 残された涙子と美琴。

 

「佐天さんって……」

「ん?」

「大概、罪な女よね」

 

「……ん?」

 

 美琴は部屋を出ていく。

 まるでわけがわからない。などと思っていると入れ違いになるように扉が開いて入ってくる。

 

 誰かと思えばシスターであり、怒ったような心配したような表情を浮かべるシスター。

 顔をしかめる涙子。

 眼を逸らすも、良い言い訳も思いつくわけがない。

 

「るいこぉぉぉ!」

「噛んだら顎行くからね!」

「むぅぅぅぅ!」

 

「その……ご、ごめん?」

「凄い心配したんだよ! っていうかとーまより怪我が酷いんだよ!」

「まぁそこはね」

 

 それは一方通行と戦って無事でいる方がむしろ怖いというものである。

 左足は疲労骨折もしてるし、内蔵も傷ついてあばらなども逝っており、挙句右腕は一回逆方向を向いた。

 一度、超短時間とはいえ“龍”を解放したことによりわずかに回復はしたが重傷なことに変わりない。

 

 かの医者から言わせれば“成長期にしてはあまりに頑丈”とのことだ。

 

「……ごめんねインデックス」

「とーまとるいこの傍にいたら……」

「うん……」

 

「お腹が減るんだよ」

「もう帰りなよ」

「酷いんだよ!」

 

 次の瞬間、インデックスが涙子へと飛びかかり、その頭を容赦なく顎で万力する。

 もれなく、病院に佐天涙子の叫び声が響くことになるがまぁそれも“日常”であると言えるだろう。

 

 これからも続いていく“彼女のいない日常”だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日の夕方、もう退院するという連絡を仲間内にした。

 

 風紀委員(ジャッジメント)の仕事がある初春飾に変わり御坂美琴がやってきた。

 気まずそうな美琴、両手を後ろに隠していることが気になるが、それよりも聞き込みだ。

 ニヤニヤしている涙子に、顔をしかめる美琴。

 

「どうです、渡せました?」

「えっ、あーそのこと、なんだけど」

「……?」

 

「その、渡せなかった……ていうか、まぁお礼にと思ってたんだけど!」

「ああもう面倒だなぁ、私が渡してきてあげましょうか!?」

「や、べべべ、別に問題無いのよそもそも渡せなくたって!」

 

 というより、涙子自身渡して来ようと言ったものの美琴が行かなくては意味が無い。

 彼女が上条当麻という人物にどういう感情を抱いているかはいまいちわからないが、おそらく遅かれ早かれそれは恋心に変わる気がする。

 だからこそ思ったのだが、顔を赤くしている。

 それは昨日と同じなのだが雰囲気が明らかに違う。

 

「この前に会いました?」

「まぁ、ここに来る前にばったり」

「あの人もう退院したんですか!?」

 

「佐天さんが言えることでもない気が……」

 

 ごもっとも。

 

「むぅ……ていうか昨日作ったんですよね?」

「き、昨日あのあと渡すってのも、ね?」

 

「ヘタレめ」

 

「なっ! ……そ、そう言えば黒子もそろそろ来ると思うわよ!」

「なんでワンテンポ遅れて……ああ、御坂さんのDV」

「そんなんじゃないから」

「まぁお姉さまのドメスティックヴァイオレンスなら」

「ぬわっ!?」

 

 いつのまにやら来ていた白井黒子に驚く美琴。

 少し前の会話は聞いていないだろうと、涙子としても安心した。

 御坂美琴が手作りクッキーを上条当麻に渡そうと知った暁には……怖い、色々と……。

 

「その、佐天さん……退院祝い。これあげる」

「……もらっておきます。ありがたく」

 

 ある意味ではお古的な感じだが、もらっておくことにした。

 今後の課題になるだろう。

 

「ハァッ!?」

「どうしたんですか白井さん」

「お姉さまよもや……佐天さんんんんんッッッ!!?」

 

「あ、違いますから」

「違うから黒子、佐天さんに迷惑かけんじゃないわよ」

 

「冷たい!」

 

 とりあえず歩き出す。

 私は松葉杖を突きながら歩く涙子に合わせて横を歩く美琴と黒子。

 飾利が居ないのが唯一、足りない感じだがそこに関しては仕方がない。

 

 学園都市の『表』の治安を守る大事な仕事だ。

 

「にしても、松葉杖って面倒ー」

「肩、お貸ししましょうか?」

「大丈夫大丈夫、優しいなぁ白井さんは」

 

「別に前みたいに“黒子”でもよろしくってよ?」

「自然と“白井さん”って言っちゃうんですよねぇ」

「え、なになにいつの間に二人で仲良くなってるの?」

 

 その言葉に、黒子が『しまった!』という表情をした。

 涙子は笑いながら経緯を説明しようとするもそれにストップをかけるのが白井黒子。

 しかも勘違いした方向に……。

 

「決してお姉さまから浮気したとかそういうのではありませんわ! お姉さま一筋! 黒子嘘つかない!」

「佐天さん、黒子もらってあげてくれない?」

「いや、佐天さんはなんでも受け入れないんですよ。残酷ですから」

 

「え、私押し付け合われてますの? え?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後、常盤台の二人と別れて涙子はアパートへと戻ってきた。

 そう言えば鍵を受け取ってないなと思っていたが、ドアノブを引けばドアは開いている。

 さらにそのまま家に入って居間につくとそこは―――。

 

「あれ、姉御さん以外に……姫神さん」

 

「おかえり佐天! 晩飯作っておいたぞ!」

「おかえり佐天。私も手伝った」

 

「……う、うん」

 

 戦場だった。

 

 なんか空気が淀んでるな。程度の認識である佐天涙子だが二人にとっては戦争。

 来れなかった一人こと“重福省帆”は今頃どうしているのだろうか……。

 それはともかく、戦場の雰囲気は涙子が帰ってきたことによりわずかながら緩和を見せる。

 

「姉御さんと姫神さんが料理作ってくれるなんて……っていうか誰かに料理作ってもらえるのが嬉しいんですけど、ありがとうございます!」

 

 笑みを浮かべた涙子に、二人が頷く。

 

「ま、佐天が元気になったならなんでも……じゃなくて! ほい、鍵」

「あ、はい……ありがとうございました」

「気にすんな……」

 

「涙子。怪我したって聞いたけど元気そうで……良かった」

「姫神さんにもご心配かけたみたいで、まぁまだボロボロですけど」

 

 確かにいまだにボロボロだが、日常生活の支障も重大なものでもない。

 今は用意してもらった食事を左手で食べる。

 そして食事中に、涙子がふと思い出したものを取り出してテーブルに置く。

 

「ん、それ」

「ああ、御坂さんからもらったクッキーです。食後に食べようかなって」

 

超電磁砲(レールガン)んんんっ! お前もかぁぁぁっ!」

「ライバル。出現……!」

 

「え、なんの話?」

 

 この勘違いによりちょっとした事件が起こるがそれはまた別の話である。

 

 それでもなんだか、涙子は笑う。状況がわからないがわからないなりに……楽しかった。

 こうして笑える涙子。こうして笑っている涙子。

 

 それを見て二人も安心したように笑みを浮かべる。

 

 きっと“ここに居たはずの友達”も、その笑顔を見れば、きっと……“笑う”だろう。

 

 

 

 




あとがき↓  ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。















さっそく投稿できた! なんと一年ぶり……待っててくださった方々にはホント頭が上がりません、うん

私は帰ってきたぁぁっ!
とりあえず妹ことみーちゃんを引きずりつつも新章開始!
これからなにが起こるかとかもお楽しみいただければ僥倖
魔術科学幻想色々なところに踏み込みつつ戦いますが、これからは上条さんと別行動も目立って行くと思います
幻想sideに足を踏み入れたことによるせいというか、そんな感じのことが

では次の更新も近々できると信じて!
久々の更新ですが感想などもお待ちしておりますんでお気軽に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。