私佐天涙子、宴会のことは覚えていない。
お酒を勧められて断って、だけど少しだけ飲んだら止まらなくなって、結果……覚えていなかった。
起きたときには隣りに小悪魔さんとチルノが寝ていた。半脱ぎだった理由は知らないけれど、たぶん酔ったパチュリーさんとか大ちゃんがセクハラまがいのことをして避難してきたんだと信じたい。
その朝はいろいろとおかしくて、妖精メイドの子達がなんだかよくわからない敬礼をしてきたり、『第四波動が……』とかつぶやいてたりだ。
私は何もしていない。はずだけど……。
あれから二週間、バイトしているときとたいして変わっていない。
変わっていることと言えば紅魔館に私の部屋があることぐらいじゃないかな、と思う。
でもやっぱりチルノの家に住まないと若干なりともチルノの貞操が気になるのは大ちゃんが大ちゃんだから……いや、ほんとに大丈夫かなとか思うけど大丈夫だって信じてる。
大ちゃんだって無理やりやったりはしないと思うし。
なんて、私は紅魔館の廊下を歩きながら思う。
すっかり慣れたメイド服で私は歩くも、たまに幻想郷に来たときの制服を見てみたりする。
また着る機会なんてあるのかな?
むしろ帰れても私は帰らないかもしれない。初春と家族には悪いけど……。
「涙子~!」
そう言って私に背後から抱きついてくるのはフラン。
なんだか『さま』を付けたら『るゥゥゥイこちャァァァァァンッ!』と怒られたのでフランはフランにしてる。
まぁこうやってフランが背中に抱きついてくるときは、レミリア様が寝ているか優雅なひとときを過ごしているか、はたまたあの薄情巫女のところに行っているので暇なんだと思う。
「けど今日は佐天さんも暇じゃないのです」
「えぇ~」
「ごめんね、今から美鈴さんと修行だから」
そう言うと、フランが目を輝かす。
見てく気満々だなぁ、と思うけどまあ問題は無いと考えても良いんだと思う。
そう言えばここ最近で私の身体能力がかなり上がっている。理由はやっぱりレミリア様の眼と美鈴さんの片腕のおかげだと思う。
私の体にはわずかなかがらもレミリア様の血と美鈴さんの血が混じっているんだから、純粋な人間とは言えないけどなにも深く考えていない。だって紅魔館の一員なんだから少し人間じゃないぐらい、なんだと言うんだろう。
チャイナ服に着替えて、庭についた私はフランに傘を渡して美鈴さんを呼びに門まで向かう。
「美鈴さ~ん」
「来たわね涙子」
美鈴さんと私が庭へと移動して、お互いが少し離れてから構え合う。
片腕を私にくれた美鈴さん、そして私は身体能力と動体視力が上がっている。
だがそれでも殴り合いならば美鈴さんの方が上だ。こうしているとどれだけ弾幕勝負というものに人間が恩恵を受けているかわかる。
殴り合いの開始の合図なんて、どこも変わらない。
「ハァっ!」
私が足を踏み込むと同時に真っ直ぐ拳を打ち込むが、かるく片手でいなされて、蹴りでの追撃をしてくる。
軽く地を蹴って後ろに下がった私は足を振り上げた美鈴さんに蹴りを入れようと思ったけれどその攻撃も軽く片腕で防がれる。
足を素早く下ろして私は拳を打つ。
けれどやっぱり防がれた、今度は受け流されて私は前に倒れそうになる。
「一撃、いただくわよ!」
美鈴さんがくるっ、と体をまわして私の腕の下に体を忍ばせると背中を私に向ける。
―――って不味ッ!
「ハァ!」
鉄山靠、背中というか肩というか、その一撃を受けて私は吹き飛ばされた。
なんとか両足を地面につけて倒れるのを防ぐけれど、胸の辺りが痛い。
でも体も温まってきたし、次は一撃入れさせてもらう気でいく!
「行きますよ!」
私は受け流されることを考えながら、感覚を研ぎ澄ます。
わずかながらに先ほどよりも素早く動けて、美鈴さんの動きも先ほどよりも見やすい。
能力ではないけれど、これもわずかながら混じっている“
先ほどとは違い美鈴さんへと走って跳ぶ、膝蹴りを放つがさすがにそれは腕で受け流すしかないから私は美鈴さんの防御のために構えた腕を膝で打つと、残った片足でその腕を蹴る。
跳んだ私は美鈴さんの背後に着地して、しゃがむと同時に背後に足払いをかけた。
「っ!」
体勢を崩す美鈴さんは後ろ向き、すなわち私の方に倒れてくる。
「もらった!」
しゃがんだままの私は倒れてくる美鈴さんの背中に蹴りを入れた。
このダメージは大きいはず……。
吹き飛んだ美鈴さんは地面をころがり、すぐに体勢を整える。彼女のトレードマークたる帽子が吹き飛んで、すぐに私を視界に捉える。
けど今の私を相手にするには―――遅いッ!
「なっ!」
驚いた様子の美鈴さん、もう私が目の前にいたことに……かな?
私はすかさず両拳での乱打。二ヶ月前の私から思えば比べ物にならないほどだと思う。
たぶん純粋な殴り合いだけなら幻想郷のひとたちにだって、そうそう負けない!
私の両腕での攻撃を片手でいなしていく美鈴さんだけど、さすがに限界。
「これでっ!」
美鈴さんの目の前で拳を止めると、目を見開いて驚く美鈴さん。
苦笑しながら両手を上げて、私の差し出した手を握ってくれる。美鈴さんを引っ張り上げて立たせると私は美鈴さんの帽子を拾って届けた。
片手で私が払うと受け取って頭へとかぶる。
「強くなったね涙子」
「美鈴さんのくれた腕と、レミリア様がくれた眼のおかげで私はこうしてられるんです」
そう言うと、美鈴さんは笑って私の頭を撫でてくれた。
日傘を指したフランが走ってよってくる。
「かっこよかったよ涙子!」
「佐天さんは強いんだよ~?」
「そんな強い佐天の実力は気になるわねぇ」
そんな声に、私は固まる。
いや、嫌いなわけじゃないんですよ? ただこの声を聞くと顔面にパンチをもらったときのトラウマを思い出すというか……。
トラウマ度で言えばフランちゃん以上で、トップクラスの鬼巫女。
幻想郷の素敵な巫女さんこと、博麗霊夢さんが私の背後にはいました。
「なにそんな顔してんのよ、顔パンは悪かったって言ってるじゃない」
「いえもう、気にしてはいないんですけど、というより今日はレミリア様はそちらに行ったのでは?」
「来てないわよ、人里にでも行ったんじゃない?」
あぁなるほど、またはチルノのところか……レミリア様の数少ない友達だもんね。
霊夢さんと魔理沙さんも大概友達が少ないと思うけど、レミリア様は引きこもりってのもついてるしなぁ。
ニヤニヤしている霊夢さんに“超危険”な雰囲気を感じます……。
「おっと霊夢、そこまでよ」
救世主キターーー!
「誰かと思えばチルノじゃない」
チルノちゃんマジ天使ッ!! って―――ッ!?
私の隣りから殺気を感じた。横を見ればそこには笑みを浮かべる大ちゃん。
口に出してたら大惨事ってわけだね。
黙って見合うチルノと大ちゃんを見て私は喉をゴクリと鳴らしてしまう。やっぱり二人は違う。
なぜだか知らないけれどチルノは、妙な圧力を持っていた。
「あたいが“さいきょー”たるゆえんってやつを霊夢に見せつけてやるのよ」
チルノの背中の六枚の羽がジャキッ、と音を立てる。腕を組んだチルノは表情を不敵に歪ませた。
そんな余裕の表情を浮かべるチルノにさすがの鬼巫女こと霊夢さんも警戒したのか札数枚を取り出す。
そっと腕を上げる美鈴さんが、二人を見て頷く。
「弾幕ファイト! レディィィィッ、ゴォォォォォッ!!」
どこのファイターですか!
私の渾身のツッコミも入れる間もなく戦いは始まる。
腕を組んで笑みを浮かべるチルノに、霊夢さんは飛び出した。
今から始まるであろう激戦に、私は心躍らせた―――。
「の、だけれど!?」
倒れているチルノ、ちなみに戦いがはじまってから二分も経たずにやられたチルノ。
弾幕のぶつかり合いを見ていたと思ったらすぐに霊夢さんの必殺の右拳がチルノの顔面に突き刺さるハメに……。
なんという瞬殺具合かと思ったけど、まぁ仕方ないよね。
あの鬼巫女に勝てるのはフランぐらいだと思う。
それにしてもフィニッシュが右拳っていうのは『幻想郷よ、これが弾幕ごっこだ!』と伝えたいとでも?
「さて佐天、殺りましょうか」
笑みを浮かべて言う霊夢さん。
「いや、なんだかやりましょうのときのイントネーションが!」
「あら霊夢、うちの涙子をいじめるのはやめていただきましょうか?」
そう言って空から現れるのは第二の救世主。
その名はレミリア様、学園都市で言えばLEVEL5! 最強にして最凶!
やっぱりそんな御託はいいので助けてくださいレミリア様、いますぐ! 鬼巫女恐い!
地上に降り立ったレミリア様、そしてそんなレミリア様をずっと日差しからガードしている咲夜さん。
「さっきと違って助かりそう!」
「ほぉ、佐天さんはチルノちゃんじゃ助かりそうもなかったと?」
恐い! 大ちゃん超恐いです! 気絶してるチルノちゃんの上に馬乗りになっている変態とは思えない殺気!
ていうか私はもう殺気を感じるほど感がするどくなってたんだね。少しだけど成長を実感した。
ふと気づけば、霊夢さんとレミリアさんのにらみ合いは終わっている。
「さて、お茶にするわよ。涙子は紅茶を用意しなさい」
最近、私に頼む回数が増えてきたけど、それだけうまくなったってことだよね?
私はできるかぎり元気に返事をして、大ちゃんから視界を外す。
「フラン、チルノをよろしく!」
「任せて!」
殺気を向けられれば大ちゃんと同じぐらい恐い紅魔の妹にチルノを任せる。
残念ながら私にはあの子をどうにかするなんてできません……ええ、佐天さんは諦めが悪いけれど、勝率0%の戦いは挑まないのです。
私は早歩きでその場から去る。
できれば紅茶を持って行くときには大ちゃんの“スイッチ”が切れてることを願って……。
チャイナ服からメイド服に着替えるという若干“面倒だった”作業も終わらせると紅茶を持って私は二階のテラスへと向かった。
だが二階へと続く階段を登りきった時、そこには見知らない女性が一人。まさか―――侵入者?
とんだ命知らずだとも思うけど、たぶん私はこの目の前の女性に勝てない気がしていた。
「あら、貴女ね……」
うわ、綺麗な金髪……。
笑う目の前の『ヒト』は『萃』と書かれた服のまま私に近づくと、両手がふさがった私の頬を撫でる。
体が動かないのは目の前の女性から発せられる何かに圧っされているからだと……思う。
びっくりするほど綺麗な目の前の女性は、なにかを含んだような笑みを浮かべた。
「アレイスター・クロウリーから命ぜられてこちらに来たのかしら? この博麗大結界の異変も貴女のせいと考えていいの?」
瞬間、殺気を感じた。
だけど―――動けない。指一本動かせずにいた私を、ただ見ているだけの女の人。
私は殺され、る?
「拷問にかけたりしたら、吐くかしら?」
「ッ!?」
声が出ない。出せない、ダメだ、私……。
女性が口元に胡散臭い笑みを浮かべる。
手が震えることもなくて、ただ紅茶を乗せたトレーも震えない。
「紫」
そんな声が聞こえた。
聞き慣れた声に、振返る目の前の女の人は私を見ている時より笑顔を浮かべた。
穏やかな笑顔でまるで旧友にあったかのようなそんな表情は私を見ていた時とだいぶ違う。
そしてそんな目の前の女性に声をかけたのはチルノで、私には今度こそ彼女が救世主に見えた。
あぁ―――助かった……。
「あらチルノ、どうしたの?」
「久しぶりじゃない、何十年振りよ。それよりあたしの友達に手を出すのはやめてくれないかしら?」
「吸血鬼の眼を持ってる友達なんて相変わらず個性的な友達つくるのね」
「ちょっと前まで佐天は人間だったわよ。佐天はフランのために眼と腕を犠牲にして、その佐天のためにレミリアと美鈴は眼と腕をあげたの」
そんなチルノの言葉に、女の人、紫さんは私を見てため息をつく。
眼にはもう殺気はこめられてなんていないけれど、さっきのこともあって少し恐い。
チルノはこの人とどういう関係なんだろ?
「またねチルノ、今度もしっかり覚えていてね?」
「またね」
そうチルノと挨拶を交わす紫さんは、私の方を見た。
「またね……えっと、佐天?」
「あっ、は、はい!」
楽しそうに笑うと、紫さんは突然消える。
目の前であった不思議なことを信じられない私だけど、この幻想郷で常識なんてもっていてもしかたない。
そんなものかなぐり捨てて私は平静を保つために深呼吸する。
侵入者なんて、レミリア様が許すのかな?
「知り合い?」
「うん、幻想郷の……あれ、なんとか関係の八雲紫。偉いらしいよ、さいきょーのあたいにはかなわないって言ってるからあたいよりは弱い」
そんなことがあるはずがないけど、とりあえず頷くことにした。
一応私の命を助けてくれたわけだから大人しくしとく。
「チルノはさすがだな~」
「褒めてもなにも出ないのよさ」
震えもなおった私と、チルノちゃんは二人でレミリア様の待つテラスへとついた。
テーブルを囲むように座っているレミリア様と美鈴さんとフランとチルノと大ちゃん、そこに鬼巫女こと霊夢さん。
それぞれのテーブルの上に皿とカップを置いて紅茶を注いでいく。
おかわりは咲夜さんが行くだろうからここで一休み。
「ふふっ、涙子も紅茶を淹れるのが上手ね。咲夜と違ってこれはこれで好きよ」
「じゃあ涙子が私のお嫁さんに来ればいいのよ!」
フランが可愛いことを言ってる。まぁ子供のうちは『~~と結婚する!』というのは良くあることだよ。
弟もちっちゃい頃は言ってたしね……ていうか、495歳児だけどまぁ冗談だよね。
ていうか紅茶が美味しいだけで結婚って、子供は可愛いなぁ~。
レミリア様、紅茶こぼしてますよ。
「げほっ、げほっ! がはっ! ふ、フラン貴女なにを言って!」
なんだか言い争いをしてるフランとレミリア様だけどシスコンなレミリア様のことだから嫉妬してるんだと思う。子供のそう言う言葉に一々反応してちゃダメですよぉ、吸血鬼の主ともあろう者が……。
というか大ちゃんもスイッチ入ってない時は結構行儀正しい普通の子なんだね。
「ふぅ、おいしいです佐天さん」
可愛い。うん、私の唯一の可愛さでの癒しかもしれない。
フランも結構可愛いけどやんちゃで、なんというかこういう癒しは必要だよね。同時に恐怖もかねそなえてるあたりさすが大ちゃん。
チルノは、ふーふーと紅茶を冷やしている。熱いの苦手だもんね、さすが氷精。
そう思っていたら咲夜さんがため息を吐いて、瞬間、チルノのカップに氷が一つ。
「ふっ、さいきょーのあたいは気づかぬ間に氷を召喚してしまったようね」
笑う咲夜さんだが、レミリア様の“数少ない友達”を心配しているのだと思う。
「うん、おいしいわ」
そう言って飲んでくれるチルノだけど、なんで自分で冷やさなかったのかと思う。
相変わらずどこか抜けているのはチルノらしい。
先ほど紫さんから私を救ってくれた人と同一人物と思えないのだけれど。
まぁ、なにはともあれ平和が一番。あの人がもう私の目の前に現れないでいてくれたらそれで平和なのだと佐天さんは心の中で思ってみたり……。
あぁっ、そういえば学園都市のこと忘れてたぁっ!!
すっかり紅魔館の一員ですよ佐天さんは……。
「はぁ~」
「あら涙子、どうしたの?」
レミリア様のふとした言葉に、なにもないですよと笑いかけた。
今は学園都市のことを考えても仕方ないって思うけど、もう二ヶ月以上も経ってるんだしいろいろ諦められてたりするのかな?
ここから帰れる保証もないので構わないけれど、私はとりあえずおかわりをほしそうにするチルノのティーカップに紅茶を注いだ。
咲夜さんの用意したスコーンを食べる。
学園都市に帰ることもできないけど……。
―――あぁ、不幸じゃない。
私はそう思えました。
あとがき
とりあえず、つなぎとして一話でござる!
パワーアップした佐天さんが片腕の無くなった美鈴にようやく勝てるようになったでござるなぁ!
あとその他もろもろ、おもにフランちゃんとかは佐天さんになついている設定です、いやなついているを超えた気がしないでもないが、まぁ……(汗
次回、皆々様お待ちかね紅魔組との出会いがようやく!
楽しみにしていただければまさに僥倖ォッ!!
PS
お気に入り200も超えて感想も沢山いただけてもはや拙者、感動でござる!
これからもよろしくお願いしてくだされば幸いにて候!!