私の名前は七星。
七星静香。
別の世界から元の世界に帰ってきた女子高生。いわゆる帰還者だ。
現在は、帰還してから数ヶ月の時間が経過している。
アキが行方不明となったことで、私にも様々な聞き取りがあり多忙な日々もあった。
警察はともかく、学友からの質問攻めには辞柄する思いだった。
最近はそれらも落ち着き、ようやく静かな日常へと戻りつつある。
それよりも大変だったのは、やはり勉強だろう。
帰還した私は、十年近い年数を高校の勉強から離れていたのだ。
元々は成績も上位であったが、忘れたものを再度覚えていくのは時間が掛かる。
そして覚えている間にも、新しいことが始まる。
とても大変なことだ。
特に英語に関しては、ほとんど忘れたので苦労することになった。
そのため、私は居残りして勉強をする必要があった。
そしてそれに付き合ってくれるのは、黒木誠司。
私が異世界に行く直前まで一緒にいた内の1人だ。
「なあ、静香。いい加減何があったのか僕にくらい教えてくれてもいいじゃん」
「私も覚えてないのよ。だから分からないわ」
そして、これも最近繰り返されているやり取り。
目の前から友人が2人も突然消え去ったかと思えば、その内の1人は何事もなかったかのように別日に現れ。
そしてもう1人は、行方不明として今もなお見つかることなく捜索中。
当事者としての関わりがあるのに、何も知らない蚊帳の外となっているのだ。
数ヶ月もの間、ずっと尋ねてくるのも仕方ないだろう。
「静香は秋人がどこに消えたのか気にならないの?」
「そりゃ気になるわよ。でも私だって分からないんだからどうしようもないじゃない」
「ハァ、いつも同じことしか言わないよね。僕だってあの日は大変だったのに」
「…………」
何度も同じやり取りを行うのはストレスであるが、誠司も被害者側であるため何とも言えない。
友人が目の前から消えただけでなく、目の前でトラックの死亡事故が発生したのだ。
それはもう、混乱という言葉だけでは言い表せないほどパニックになったことだろう。
それに一番事情聴取があったのも彼なのだ。
私が悪いわけではないが、少しばかり罪悪感も湧き出てしまう。
「……分からないことを考えても仕方ないわよ。それより早くここ教えてよ」
話を打ち切るため、私は勉強の方へと意識を向ける。
それに対して誠司は何か言いたそうにしていたが、やがて溜め息を零しながら勉強の方へと視線を向けた。
「……そこはこの前の授業で出た公式を使ったらいいんだよ」
「ということは……ちょっと待ってね。ここに5を代入したらいいのね」
「そう」
「なら答えはx=35、であってる?」
「多分合ってると思うよ」
それからしばらく他の問題も解いていくが、特に解答間違えもなく数学を終えることが出来る。
勉強は大変であるが、なんだかんだで私は地頭がいいらしい。
異世界で転移の研究が出来たのも伊達ではなかったのだろう。
よくよく考えてみれば、時空間に関する研究をしていたのだ。
科学に関してなら、自信も湧いてくる。
そうして上機嫌になっていた私とは対照的に、誠司はどこか猜疑的な視線を向けていた。
「…………」
「どうしたのよ」
「……いや、ちょっと思ってたことがあるんだけど」
「何よ」
「いや、でも勘違いかも知れないからさ……」
「そこで止められたら逆に気になるのよ」
何かを躊躇うかのように口に出さない誠司。
私はまた秋人のことや目の前から消えたことについて聞かれるのではないかと身構えていた。
けれど、彼が発するのは想像と違うことだった。
「静香さ、あの日から変わったよね」
「変わった? 何が?」
「色々」
ハッキリしない物言いに、私は頭に疑問符を浮かべることしか出来ない。
「色々って何よ」
「そうだね……例えば前よりも大人びたような感じがするよ」
「……そう?」
「うん。言い方は悪いけど、前はもっと子どもっぽかった」
そう言われても、そうだろうか、としか私は思えなかった。
誠司は続ける。
「僕もしつこく静香に聞きまくってる自覚はあるよ。でも、前までの静香はそういうしつこいのが嫌いでよく態度に出てたと思うんだ」
「…………」
「分かりやすく不貞腐れたり、イライラしたり、不機嫌になったり」
それは、そうだろう。
内心はストレスが溜まっているのは事実だ。
だけど今の私は、その程度は受け流せる。
「それに、この勉強会だってそうだよ。本来なら僕が教わる側だった筈なのに、いつの間にか立場が入れ替わってるし」
「勉強をサボっただけよ。仕方ないじゃない」
「それはあるかも知れないけど、前まで分かってたこともまるで忘れちゃったかのように聞いてくるじゃん」
「…………」
その言葉に私は閉口する。
勉強に関しては、恐らく他の友人や先生も疑問に思っていたりするだろう。
解答を求められて指名された時に、答えられなかったときもあったのだから。
公式があるように、覚えておかないと解けない問題は解けないのだ。
「秋人がいないから調子が出ないだけなのかなって思ってたけど、違うよな……?」
「……たまたまよ。調子が悪い日なんて誰にでもあるでしょ」
「……分かったよ。勉強の方も切りが良いし、そろそろ帰ろう。もうすぐ暗くなるしさ」
頑なに原因について答えない私に、誠司もようやく折れたらしい。
諦めた彼は、勉強道具を片付け始めるのだった。
…………。
………………。
……言いようのない不快感が、私の身を襲う。
別に、何もおかしいやり取りではない。
けれど、私は強いストレスを感じていた。
帰宅中、会話がない訳ではなかった。
当たり前だ。
私と誠司は仲が悪いわけではない。
他愛のない話で盛り上がり、それを日常として謳歌出来る関係性だ。
勉強のときはしつこい質問攻めにイライラさせられたが、帰宅中は特にそういうこともなかった。
やれ友達にイタズラしたとか、やれ親友の恋バナだとか。
私はちゃんと日常を楽しんでいた。
楽しんでいた、筈だった。
けれど、
私の心は、ポッカリと穴が空いたかのように空虚さがあった。
誠司とは途中で別れ、家へと到着する。
ただいまと挨拶をすれば、お母さんがお帰りと返事を返す。
靴を脱いで荷物を片付け、リビングへと向かう。
家事の手伝いをして、
学校での出来事を話して、
お風呂に入って、
ご飯を食べて、
お父さんを出迎えて、
テレビを見ながらゲームをしたりする。
うん、私はちゃんと帰ってきたんだ。
帰ってきて、ちゃんとここで生活している。
ずっと待ち望んでいたことなのだ。
「ねえ、お母さん、お父さん」
「どうしたの?」
「……ううん、やっぱり何でもない」
「そう?」
なのに、どうしてこんなにも苦しいのだろうか。
……いや、原因は分かっている。
けれど、私はそれを直視出来ないでいた。
認めたくなかったのだ。
「私、もう寝るね……おやすみ」
「ん? ああ、おやすみ静香」
次の日、私はいつものように学校へと向かう。
授業中は遅れないようにノートに内容を書き記し、
休み時間は友人と談笑し、
昼休みは仲の良いグループで集まりご飯を食べる。
学校が終われば帰宅し、また家事を手伝ったり勉強をしたりする。
なんてことない日常だ。
けれど、その日常が私の心を蝕む。
夜中の就寝時間。
1人っきりとなる時間に、私はいつも苦しんでいた。
1人になるとどうしても考えてしまうのだ。
(……リベラル、あなたはこの苦しみを耐えたのね)
私の心を掻き乱すもの。
それは疎外感だ。
たったそれだけのこと。
けれどそれは私の想像以上のものだった。
(私には、ちょっと辛いわ……)
異世界転移。これは別にいい。
けれど、異世界で歩んだ年数は、確実に周りとの齟齬を生む結果になった。
今の私は、女子高生だ。
だけど歩んできた年数は、全然違う。
本当なら、既に結婚して子どもがいてもおかしくないだけの年齢の筈なのだ。
私が異世界で過ごした時間は、この世界では無かったことになっている。
それがこの上ない違和感を生み出していた。
そしてそれを共有できる存在がいないことが、余計に苦しみを助長することになっている。
異世界にいたときは、ルーデウスやリベラルといった同郷者がいたので気も紛れた。
(寂しい……リベラルとルーデウスに会いたい)
だからこそ、こうして思ってはいけないことを思ってしまうのだ。
あれほど帰郷を望んでいたのに、帰還すれば正反対の望みを抱く。
私は我儘な女だった。
でも、仕方ないじゃない。
異世界で味わった『この世界の人間じゃない』という疎外感を、地球に戻ってからも味わい続けることになるなんて思わなかった。
歩んできた時間は周りとは違うし、けど周りは以前の私の姿を見ている。
今は私と、皆の私は違う。
そしてそれを相談出来る人もいない。
きっと共感出来るのは、リベラルやルーデウス、そしてオルステッドくらいだろう。
彼らは異世界にいるから会える訳もない。
(私、こんなことばっか考えて最低だ)
これに関しては、どうしようもない問題だった。
仮に誠司に異世界転移した話をして、それを信じてもらえたとしても、この疎外感は消えないだろう。
実際に同じような境遇に陥らなければ、本当の意味で共感を得られることはない。
篠原秋人が異世界から帰ってきているのなら、このような苦痛はなかっただろうが……。
しかしそれは、再び異世界召喚されるまでは解決しない問題だった。
「はあ、寝よ……」
そして夜が更け、朝となる。
今日は休日だ。
休日には帰還してから増えた日課があった。
異世界でリベラルから習った護身術や、体力作りの反復だ。
帰還してから危険な目に遭うこともほとんどないのだが、やはり女性としてあまり無防備でいるのもよろしくない。
一応、教わったことが活かされた場面もあったのだ。
例えば体育の授業。
以前は下位の成績だったが、今は断トツの成績となっていた。
頑張って学んだ甲斐があったと言えよう。
それに痴漢の撃退だ。
人混みに紛れて触ってくるような小心者には負けない程度の度胸も出来た。
というより、異世界で魔物や屈強な男たちと関わることもあったので、今更この世界の男たちにビビることもない。
そしてそれに対応するだけの技術もあるのだ。
もちろん第一は逃げることと教わったので、どうしようもない状況にならない限り手を出すことはない。
「お、静香は今からジョギングか?」
「うん、お父さんも一緒にする?」
「いやぁ、今の父さんじゃ静香に敵わないからなぁ……散歩でもしてるよ」
「そう、分かった」
「ほんと、朝から偉いなぁ……」
父は遠慮したため、私は動きやすい格好へと着替える。
今の私は10kmを習慣的に走っていた。かなりの長距離だろう。
リベラルから教わった走法を用いることで、距離と速度を増やすことが出来るのだが……まあ、一般市民である父親がそれに追い付けないのも仕方ない。
何より運動習慣のないのだから、余計にだろう。
過去にジョギングを共にしたときは、2〜3kmほどの距離でギブアップしていたのだ。
「ふぅ……ふぅ……」
日課となった道を駆けていく。
朝から走っていることもあり、すれ違う人もあまりいない。
走り慣れているため、呼吸の乱れも少ない。
もっとペースアップも出来そうだが、今の速度を維持したままランニングを続ける。
体力を本格的に付けるのであれば、もっと負荷を掛けた方が良いだろう。
だが私はアスリートを目指している訳ではない。
今の体力を維持さえ出来ればいいのだ。
「……ちょっと休憩」
大体5km走ったくらいの位置にある公園を、水分補給のための場所としていた。
水道水を飲み、顔を軽く洗う。
それから1分ほどウォーキングした後に、再度続きを走るのだ。
異世界にいた頃は、健康を維持するために仕方なくやっていた面もある。
けれどこうして朝日を浴びながら身体を動かすのは、何だかんだで気持ちいいものであった。
運動はあまり好きではなかったが、リベラルによってすっかり身体を作り変えられてしまったようだ。
「ハァ……ハァ……ただいま」
「お帰り静香、相変わらず早いわね」
「……どれくらいだった?」
「45分」
「そう……ちょっとシャワー浴びてくる」
中々な好タイムであったことに満足しつつ、私は浴室へ向かう。
火照った身体をシャワーで冷まし、サッパリした後に鏡で自身の裸体を眺める。
「結構引き締まって来た、よね?」
転移前はだらしない体型ではなかったが、それでもどちらかと言えばプニッとしてそうな体型だった。
それが今では無駄な贅肉はなくなり、スラッとしたモデルのような体型になっている。
ムフフ、とニヤつきながら着替えて部屋へと向かう。
それからしばらく自室で休憩した私は、ふと机の横に立てかけていたバッグに目を向けた。
「…………」
バッグへと近付いた私は、そのまま中にあった物を手に取る。
手にしたのは幾つかの手紙だ。
それはルーデウスがかつての家族に宛てて書いたもの。
もちろん、私は中に書かれた内容を知らない。
異世界に居たとはいえ、流石にそのような非常識なことはしない。
問題は私がそれを未だに渡しておらず、このような場所に腐らせていたことだ。
正直なところ、行くのはあまり気が乗らなかった。
私はルーデウスの前世を詳しくは知らないが、リベラルや本人から穀潰しの引きこもりニートであったことを聞いている。
そして絶縁を言い渡され、追い出されたその日にトラックに轢かれたのだ。
絶縁の理由もまあ、やんわりと聞いている。
親の葬式にも行かず、家でネットを見漁っていたと。
ルーデウスを知る身としては、あまりにも想像出来ない姿だ。
だが、他ならぬ本人がそう言っているので間違いではないのだろう。
まあ、端的に言うと怖いのだ。
この手紙を渡しに行けば、きっと自分の知らないルーデウスの姿を目の当たりにするだろう。
私が異世界で過ごした現実と、この世界での現実の齟齬をまた味わなければならない。
そうなることが目に見えているため、こうして未だに渡しに行けなかった。
後は信じて貰えないだろうな、という気持ちも大きい。
トラックに轢かれて死んだ家族が、異世界で元気にしてます、なんて内容はあまりにもふざけているだろう。
「でも、いつまでも放置してる訳にいかないわよね……」
憂鬱な気持ちを我慢し、私は支度を行っていく。
「お母さん、お父さん、今日はちょっと帰るの遅くなるかも」
「なんだ、友達の家にでも行くのか? もしかして男か?」
「そんなんじゃないわよ。後それ年頃の娘に言うの止めた方がいいわよ」
「でもなぁ、気になるから仕方ないだろ?」
「ハァ、とにかく行ってくるから」
「静香、気を付けて行ってくるのよ」
そんな会話をしながら、私は外に出る。
ルーデウスの前世の家は、そこまで遠い場所ではなかった。
駅から2駅離れた程度の場所だ。
到着まで1時間も掛からないだろう。
今の私にとって、その短い時間はとても気の重いものだった。
手紙を渡してはいおしまい、とはならないだろう。
話す内容は纏まっていない。
手紙の内容次第では、そのまま追い出される可能性もある。
事故の現場に関わりあるため、門前払いにはならないだろうが……。
(でも、ルーデウスの前世はちょっと興味あるのよね……)
思い返すのは、トラックが突っ込んで来た時に現れた小汚い男だ。
文字通り生まれ変わっているので、見た目が違うのはさておこう。
誠司の話では、彼に突き飛ばされたお陰で轢かれずに済んだということだ。
流石に私と秋人を庇うのは間に合わなかったようだが、それでも助けようと手を伸ばしていた記憶が僅かにある。
少なくとも、そのような行動をするだけの正義感が前世のルーデウスにはあったのだ。
異世界でも助けてもらったため、嫌悪感は一切ない。
「えっと、ここかな」
電車を降りた私はしばらく歩くと、住所に一致する一軒家へと辿り着く。
教えてもらった苗字と表札も一致している。
多分間違ってはいないだろう。
深呼吸をした後、私はインターホンを鳴らす。
『……はい、どちら様でしょうか?』
聞こえてきたのは、女性の声だ。
ルーデウスの言っていた姉だろうか。
「えっと、以前の事件の際に弟さんから手紙を預かっていまして」
『え? アイツの手紙?』
「はい」
『……ちょっと待ってて下さい』
それからしばらくすると、扉が開き女性が出てくる。
中年くらいだろうか。特に容姿が優れていたり劣っていたりする訳でもない普通の女性だ。
当たり前だが、ルーデウスとは一切似ていない。
彼女は私の姿を見て怪訝な表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せる。
「お待たせしました。それで……貴方は?」
「あっ、七星静香と申します。過去に弟さんにお世話になりまして……」
「アイツの世話に……?」
「はい、それでこの手紙を渡して欲しいって言われていたのでお持ちしました」
「…………」
今度は怪訝な表情を隠せず、明らかに胡散臭いものを見る目で手紙が受け取られた。
彼女の視点では、引きこもりをしていたニートの弟が、いつの間にか若い女性と関わりを持っていたのだ。
疑問しかないだろう。
しばらく視線を向けられた後、私はおずおずと声を掛ける。
「あの、よろしければ生前の弟さんの話をお聞きしてもいいですか?」
「……いいですけど、アイツとどういう関係ですか? まさか性犯罪にあったとかじゃ……」
「あ、いえ、そんなんじゃないです」
「それなら一体……」
「ここではないですけど、以前に助けてもらったんです。それで、線香だけでもあげれたらなと思いまして」
「……申し訳ないですけど、仏壇はありませんよ。それでも構わないのでしたら」
「はい、構いません」
生前のルーデウスに対する怒りが、見え隠れするやり取りだった。
何より身内が死んだのにも関わらず、その仏壇がないことが物語っているだろう。
それほどまでに、彼は嫌われていたのだ。
中へと案内してもらうと、男女の一組とその子どもと思わしき子がいた。
どうやら長男とその妻、そして子どもだそうだ。
他の兄弟たちは既に家から離れているのでいないらしい。
客間に案内された私は長男に挨拶をし、まずは手紙を差し出した。
「これがアイツからの手紙?」
「はい」
「……あんな奴からの手紙なのに、態々ありがとうね」
「いえ」
「少し失礼するよ」
彼はその場で手紙を開き、内容を読み始めていく。
読み進めていくその表情は、何の感情もなかった。
しばらくして読み終えたのか、手紙をグチャグチャに丸めると、そのままゴミ箱へと捨ててしまう。
因みに姉の方は開けずに、そっとテーブルに置いているだけだった。
手紙を届けた身としては、あまり愉快な光景とは言えない。
そんな私の思いが伝わったのか、彼は謝罪から口にするのだった。
「運んでくれた君には申し訳ないね。ただまあ、見るに堪えない内容だったんでね」
「……何て書いてあったんですか?」
「今までにあった過去の謝罪」
「…………」
「もっと早くに言えよなアイツ、今更なんだよ……許せる訳ねぇだろ……」
その言葉にはどこか少しだけ寂しいような、そんな感情が含まれている気がした。
「……それで、静香さんだったかな。君はアイツの生前での話が聞きたかったと言ったね」
「はい」
「残念ながら胸糞悪い話しか出来ないし、帰ることをオススメするよ」
「それでも、聞きたいです」
「そうか……分かった」
そうして、彼はルーデウスの生前の話をした。
ーーーー
ルーデウスの実家を後にした私は、大きく心を掻きむしられていた。
予想していたが、私の知っているルーデウスとこの世界でのルーデウスは大きく違ったのだ。
彼は中3くらいまでは優秀な部類であったが、勉強を疎かにした結果として底辺高に進学することになった。
けれどそこでイジメにあったことが原因で、引きこもりになってしまったと。
家族の声には応えず、腐ったまま年月だけを過ごし。
そして、親の葬式にも来なかったクズ。
その他にも、色々と悪いことは告げられた。
悪いことが多すぎて、私には覚えきれないほどだった。
ルーデウスのことを聞く度に、心に刃を突き立てられたかのような気分だ。
「…………ハァ、疲れた」
何度でも言うが、本当に私の知っているルーデウスではなかった。
実は別人の話を聞いているのではないかとすら疑った。
けれど幾つか一致する情報が、紛れもなくルーデウスであることを示していた。
こんなことなら、聞かなければ良かったとさえ思ってしまう。
けれど、聞くことを選んだのは私だし、覚悟もしていた。
していたけど、やっぱり辛いものは辛い。
「ルーデウスは、文字通り生まれ変わったって訳ね……」
それだけ異世界では努力したと言うことだろう。
それは素晴らしいことだ。
とても私には真似出来ない。
「…………」
ルーデウスの前世の話や兄姉たちの対応を見て、私は思ったよりも動揺はなかった。
手紙を捨てられたことは不快だったが、それだけだ。
理由についても分かっている。
ルーデウスと前世のルーデウスがあまりにもかけ離れていたため、同一人物として上手く認識出来ないのだ。
だからこそ、他人事として受け流すことが出来た。
「…………本当に、違うのね」
ならば何故、ここまで心が掻き乱されるのか。
それはルーデウスを知る人間が、この世界に存在し得なくなったからだ。
この世界にいたのは、ルーデウス・グレイラットではない。
家族から絶縁されてしまい、野垂れ死んでしまった引きこもりニートの男がいただけだ。
私はどこまでいっても自分本意だった。
結局、孤独を紛らわすために共通の話が出来る存在が欲しかっただけらしい。
ルーデウスという存在は、この世界に存在しなかったという訳である。
話したところで、誰にも伝わることはないのだ。
それがとても、悲しかった。
「…………」
目についた自販機でホットカフェオレを購入し、私は近隣の公園にあったベンチに腰を下ろす。
カシャっ、と蓋を開けて一口飲みこむ。
甘く温かい、落ち着く味だ。
「私、恵まれてるのに文句ばっかり言ってるわね」
この世界で、私はひとりぼっちだ。
けれどそれは、気の所為だってことは分かっている。
ただ他の人と違う体験をし、そう感じているだけに過ぎない。
「転移する前はアキと喧嘩したまんまだし、結局あれ以降会えてないし」
更に一口飲む。
小さな容量しか入らない缶は、すぐに空っぽになった。
「転移してからも、オルステッドに助けられてばっかだったし」
空き缶をゴミ箱へと放り投げる。
綺麗な放射線を描いていたが、弾かれて地面に転がってしまう。
「ラノア学園に着いてからも、ルーデウスには良くしてもらったし、沢山日本の話もした」
立ち上がった私は空き缶を拾い、ゴミ箱へと捨てた。
「リベラルは、約束を果たすために何千年も掛けて私を日本に返してくれた」
一息ついた私は、空を見上げる。
今日の空は青く、雲一つなかった。
でもこの空は、あの世界には繋がっていない。
どこにも繋がっていないのだ。
「私、やっぱり寂しいよ。皆にまた会いたいって思うのは、ワガママなのかな」
そう呟き、公園を後にする。
もうここに用はない。
訪れることは、もうないだろう。
「約束、忘れないわよ」
転移してからの日本でのことは一段落ついた。
これからも疎外感や孤独を感じることだろう。
けれど、それはいつかは乗り越えなくてはならないこと。
この世界に彼らはいない。
私はこの世界で生きていくのだ。
でも、たまには感傷に浸ることも許して欲しい。
だって、皆のことを忘れたくないから。
また会える日まで、私は待っている。
それが約束だから。