時間をかければ良いものが出来るというわけではないものですね……。
以前、橋元ちゃんに僕の妹の話をした事があったが、其の際に僕は両手で数え切れ無い人数の妹が居ると言ったと思う。具体的に僕には十二人の妹がいる。そんな
因みに此の妹達なのだが、初めから十二人も居た訳では無い。何を当たり前の事をと言いたい気持ちを抑えて
件の中学二年の夏、夏休み迄一週間を切った其の日――妹が死んだのだ。
交通事故だった。僕の目の前で、
辺りは騒々しく、悲鳴や怒号、救急車の
【そうだ、妹は死んでいないんだ】
と言う馬鹿げた言葉だった。
そんな事は有り得ない、
「どうしたのお兄ちゃん?」
気付けば真横に妹が立っていた。
不思議そうに僕の顔を覗き見る其の姿は紛れもなく僕の妹だった。辺りはまだ騒がしく、混乱の
「えっ!? お兄ちゃん何!? 本当にどうしたの!?」
気付けば僕は、泣きながら妹を抱き締めていた。
其れでも僕は喜んでいた。
次の日、妹がまた死ぬ迄は。
通学路の途中、貨物車で運ばれていた大判の
それから僕は都合七回、七度妹の死に様に直面する事になった。そして七回とも何事も無かったかの様に妹は生き返った。
妹が死んだという絶望と生きているという歓びと、死者が生き返るという恐怖を抱えながら生きていたある日の事だ。其の日は妹が最後に死んでから1週間経とうとしている時で、束の間の平穏を謳歌しているそんな日に
僕の家はこんなに広かっただろうか? こんなに部屋があっただろうか? 此の見慣れない部屋の扉に掛っている
そんな疑問と少々の不安と恐怖を綯い交ぜにしながら
「友達か?」
「は? 何言ってんだよ兄ちゃん、■■■■ちゃんじゃん」
「え……? ■■■■ちゃんって?」
「お兄ちゃん言って良い冗談と悪い冗談があるよ……妹の名前忘れるなんて」
――其れからの事は覚えていない。気付けば辺りは暗く、僕は公園の
妹が死んで生き返ったと思ったら妹が増えていただなんて訳が分からない。跳躍の名を冠する週刊少年漫画に載っていた、某伝説的な不条理
不図、頭を抱える僕の耳に誰かの口笛が聴こえてくる。其れは騒々しくて大仰で、だけれども口笛であるが為に何処か寂しげな旋律だった。何かの
気が付くと僕の目の前に円筒状の
「――やっと見つけたよ」
円筒が声を発した。よく見ると人の顔が付いている。其の顔は僕とそう変わらない位の少女の見た目をしていて、何処かで見た様な気もするのだが、混乱する僕の頭では全く思い出せなかった。円筒に見えたのは其の円筒状の珍しい
最近よく分からない事
「自覚がないというのも厄介だね」
「自覚?」
「君が、世界の敵であるという自覚さ」
「世界の敵……? 何を言っているんだ……ごっこ遊びなら明日友達とでも
そこで僕の言葉が途切れた。なんてことはない、急に僕の頭部が胴体から離れ飛んでいったからだ。暗転……そして、再度明転、僕は公園で大の字になっていた。
「驚いたよ、殺すこともできないとはね」
円筒の少女の声が聞こえる。急いで起き上がり周囲を見渡すと、先程と変わらない様相で少女が立っていた。
「い、今……何が……?」
自分が死ぬ幻覚を見た。そういう事なのだろうと思い少女を見るが、そんな僕を見下ろしながら少女がゆっくり首を振った。
「いや、君は間違いなく死んだよ。僕が君の首をこのワイヤーで切り飛ばした」
そういった少女の手と手の間にきらりと光る何かが見えた。暗闇に紛れて見え辛いが少女の言から察するに極細の
「切り飛ばしたって……冗談だよな? 僕は生きてるんだぞ」
「……人が死んでも生き返るそんな状況を君は何度も目にしているはずだぜ?」
何故此奴が、妹の事を知っているのだろうか……? 其れよりも、僕は本当に今、死んで生き返ったのか? 思考回路を過剰に回転させた脳が拒否反応を起こしたのか、それとも
盛大に
そんな僕を少女が冷めた眼で見下ろしていた。其れは、僕に対して侮蔑や失望の念がある訳では無く、端から僕に何の感情も持っていないが故の視線だった。僕は“世界の敵”とやらで、彼女は其れを排除しに来ただけに過ぎない。雑草を引き抜く時に雑草に思いを馳せる人間がいるだろうか? 邪魔だの鬱陶しいだのは思うだろうが、答えは否であろう。要は彼女は僕に対して其の程度の感情しか持ち合わせて居ないのだ。
少女は僕を見下ろした
「…………どうしたんだい?」
平坦な口調に困惑の色が混ざる。初めて彼女の感情らしい色が見えた気がするが、其の時の僕にとってはどうでも良かった。『
「ああ、動かないから死んだかと思ったよ」
心配の欠片もない様な声色でそう言う彼女に、僕は鼻で笑ってみせる。
「死んだみたいなもんだろ、お前がその気になれば僕なんて瞬殺だ」
「……君は死なないだろうに」
「そうだったな……でも、僕じゃお前に敵わないのは事実だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
……死にたいと思ったことは人生の中で一度だってないし、此の時だって積極的に死にたがってた訳では無い。だが、此の時の僕は精神的に疲れ切っていたのだ。
今迄平穏無事に、普遍的な普通を謳歌していた僕が、こんな訳の分からない事象に巻き込まれて諦観しきっていたのだ。死にたかった訳では無いが、此処から文字通り死力を尽くして生延びようと言う気力も湧いてはこなかったのである。
「……僕をどうするんだ?」
そう言った僕に対して、彼女は笑っているような、とぼけているような――目を片方だけ細める奇妙な表情をしてみせた。どういう心情なのかは分からないが、不思議と害意は感じられない其の表情の儘に、僕の隣で膝を付いた。
「……正直決めかねているよ」
相変わらず抑揚の無い声色に不思議な心地良さすら感じながら、僕は寝転がった儘で彼女を見詰めた。
座り込んだ彼女は左右非対称の奇妙な表情の儘に星空を見上げていた。そして、口笛を吹き始める。先程も聞こえてきた物と同じ旋律で、賑やかだけど何処か物悲しかった。
「……夜中に口笛吹いたら蛇が出るぞ」
「前時代的な迷信を口にするんだね、意外だよ」
字面だけ見ると馬鹿にしている様だが、そう言った雰囲気は感じられなかった。其れは抑揚の無い喋り方の所為か、其れとも彼女の持つ不思議な雰囲気の所為か。
「この力は……僕の力なのか?」
死なない。其れは人に寄っては喉から手が出る程に欲しい力であろう。だけど僕には、恐ろしくて、不気味で、不可解で、不幸を
「そうだね、その力は《異能》だとか《異能力》と呼ばれるものだよ。異なる能力と書いて《異能力》」
「お前もそれを持ってるのか?」
「それは、複雑な所だね……僕は自動的だから」
――自動的。其れがどう言う意味かは分からなかったが、其れを訊く事は何故だか憚られた。何よりそんな余裕も無かった。得体の知れない何かが僕に宿っている。其の恐怖と不快感が僕の思考を掻き乱していた。
「僕の異能は……死んでも生き返ると言うものなのか?」
若しくは、死んだ者を生き返らせる。そんな非常識で、冒涜的な力なのだろうか……そう思ったのだが、円筒状の少女は首を振った。
「少し違うね。死んでも生き返るとか死んだ者を生き返らせるとかそう言う次元じゃない。君が望んだように、君が思ったように何でも起きる力だ」
「何でも……」
夢の様な力だとは思う。だが、そう言った物は何かと“副作用”と言う物があるのが定番だ。穢れた聖杯然り、魔法少女勧誘係の白い生き物然りである。某龍の玉だって一回一回の
「代償を払ってでも叶えたい事がある奴なら、喉から手が出るほど欲しいものだろうな……」
「だろうね……でも、だからこそ、その力は君に芽生えたのかもしれないね」
其れは……随分と儘なら無い物である。
「君の力は歪だよ、君の望んだ結果にするためにありとあらゆる事象を捻じ曲げる。いずれは世界そのものを歪ませかねない」
僕が望んだから妹は生き返った……。何かの因果関係を代償にだ。その結果、世界が歪んで妹が増えた。蝶の羽ばたきが竜巻を起こすなんて表現もあるが、其れにしても荒唐無稽である。
「世界を歪ませるか……」
「そう、だから世界は危機を感じ、僕が浮かび上がって来た。僕の名前は角野浩平、世界に危機が訪れた時に自動的に浮かび上がってくる“ブギー・ポップ”」
……“
「…………どうすれば、僕は世界の敵とやらにならずに済むんだ?」
そう尋ねる僕に、彼女――もしかしたら彼かも知れない――は先程と同じ様な片方の口の端を吊り上げる様な左右非対称の、憐れんでいる様な悲しんでいる様な不思議な表情をして見せた。
「簡単だよ、その力を使わなければ良い」
「でも、使わないと妹が……」
「大丈夫だよ、君の妹はもう大丈夫……いや、見方によっては大丈夫ではなくなってしまっているのだけどね……」
そう言うと
「どういう事だ……?」
角野は少し躊躇う様な短い時間を経て、平坦な口調の儘で、然し、僕の気の所為かも知れないが、此方を気遣うかの様な雰囲気を纏って話し始めた。
「……君の妹はもう、外的要因で死ぬことはない。トラックに轢かれようが、銃で撃たれようが、刀で首を撥ねられようが……それこそ、隕石が落ちてきたってね。君の力で、
頭が真っ白になった。
僕が願った所為で、妹が
脳が理解を拒む。
死なないとはどう言う事だろうか?
死とは何か? 一般的には心臓や脳等の生命維持に必要な器官が停止して意識・身体共に可動出来なくなる不可逆的な事象で、一部を除き
其れが適応されなくなると言う事は、逆説的に生物であると言う、人間であると言う事の放棄に他ならない。
つまり。
要するに。
僕は、僕の手で
不思議ではあったのだ。在れだけ毎日死んでいた妹が、夏休みに入る頃からぱったりと死ななくなったのだ。不老不死になったと言う訳では無いのかも知れないが、其れ許りは未来を見れる訳でも無いので分からない。
妹は死なない。
人間ではない何かになった。
其れだけが事実だった。
嘘だと叫ぼうとしたが、喉が乾燥して張り付いて声が出ない。
嗚咽とも呻き声ともつかない声を漏らす僕の傍らで、